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本能寺の変1582 テーマ別 光秀の年齢 テ第13話 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

テーマ別 光秀の年齢 テ第13話 

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テーマ別 光秀の年齢

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テーマ別 光秀の年齢 テ第13話

 光秀は、苦悩していた。

 なるほど、明智の再興は、成った。
 光秀は、織田家最高位の重臣の一人にまで上り詰めた。
 最早、かつての明智にあらず。
 今や、家中、一、二の大身。
 多くの家臣たちがいた。
 順風満帆。
 武士の鑑。
 憧れの存在。
 そのように、見えた。
 されど、・・・・・。

 光秀には、先が見えた。

 天正十年1582の、この年。 
 光秀は、五十九 ± 四歳。
 信長は、四十九歳。
 二人の間には、大きな年齢差があった。

 光秀は、猜疑心が強い。
 信長を信用していない。

 後継者光慶は、あまりにも若すぎた。
 まだ、十三歳 。

 光秀は、信長より、確実に、先に死ぬ、・・・・・。

 天正四年1576、光秀は、陣中で、大病を患ったことがあった。
 体力的に見て、それ程、頑健というレベルではなかったように思う。
 老い先は、長くはなかろう。
 そう、思っていたのではないか、・・・・・。

 「人生五十年」の時代。
 光秀は、疾(と)うに、その年を越えていた。
 「老い」

 いつ、死んでも、おかしくない年代だった。

 〈 参考までに 〉
  五年後 天正十五年1587
   光秀 六十四 ± 四歳 
   光慶 十八歳

  十年後 文禄元年1592
   光秀 六十九 ± 四歳 
   光慶 二十三歳

 未熟な光慶を一人残して、・・・・・。

 光秀は、信長の気性・性格を知悉していた。
 役に立たねば捨てられる。
 光秀は、粛清を怖れていた。

 己の死後。
 光慶の代。
 信長は、生きている。

 これでは、死んでも、死に切れぬ。
 だが、残された時間は、あまりにも短い。
 光秀は、きわめて、難しい局面に置かれていた。

 光秀は、不安だった。
 明智の将来は、暗い。
 明智に、危機が迫っていた。

 ならば、・・・・・。

 このことが、「本能寺の変」の一因となる。



 ⇒ 次へつづく


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