文字を持たなかった昭和399 介護(18) 姑⑫床ずれ
昭和の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子(母)の来し方を軸にして庶民の暮らしぶりを綴っている。
最近はミヨ子が嫁として仕え最期を看取った舅と姑の介護の様子を、「介護」というタイトルで書きいてきた。 昭和40~50年代のできごとである。介護という概念すらなかった当時の状況(①、②)、舅・吉太郎(祖父)のお世話(①、②)に続き、姑・ハル(祖母)について。「徘徊」したり粗相したりから、やがて足腰が弱りほとんど寝たままの状態になったが、ミヨ子はとくに愚痴ることもなくお世話を続けた。
家庭で使える介護用品など売られてもおらず、当時の言い方をすれば「ボケた」お年寄りを抱えた家庭では、どこも手探りでお世話をしてた時代。農業を営むミヨ子たちは、農作業とお世話の両立を模索し、最低限のお世話が優先された。食事をさせること、おむつを換えること、体を拭いてあげること、の3点である。
その中でも食事と排泄は最優先で、清潔についてはその次になりがちだった。体は毎日拭いてあげていても、どこまでていねいにできるかはその日の状況によるし、寝間着を毎日交換できたかについては、二三四(わたし)ははっきりとは覚えていない。
体を拭いてあげるとき体の位置を換えるのは重要だ、ということは、地域のお年寄りを抱える家庭で浸透しつつあった。寝たきりで動けないお年寄りに「床ずれ」が生じて苦労するケースが聞かれるようになったからだ。
床ずれ(褥瘡)とは圧迫やズレ力(りょく)によって皮膚や皮下脂肪、筋肉の血流等が阻害されが障害が起きた状態で、組織が変化しひどい場合は壊死する。通常は寝たきりの方に起きることが多く、お年寄りでなくても発生する場合がある。だが、家庭で寝たきりというのはほとんどお年寄りなので、お年寄りの症状のように思われていた。
床ずれについてミヨ子は知見があった。ハルより先に認知機能が衰え、徐々に寝たきりになっていった自分の父、直次(母方の祖父)のケースである。実家は同じ集落にあるので、農作業の帰りや用事のついでに立ち寄っては父親を見舞った。直次のお世話はミヨ子の母親・ハツノ(母方の祖母)が行っていたが、数年にわたり寝たきりだった直次の腰や背中に床ずれができたのだ。
直次のお世話や床ずれ治療の詳細についてはハツノの思い出を書くときに改めるとして、床ずれについて予備知識があったミヨ子は、ハルに床ずれだけはできないよう気をつけた。
ただ、ハルは明治半ば生まれの農村の女性としては体格がよかった。子供たちが物心ついた頃には腰が曲がっていたので大柄には見えなかったが、もし腰が伸びれば小柄なミヨ子より上背があっただろう。骨格もがっしりしていて、ひらたく言うと男のようだった。
なので、ハルの体を拭いたり、おむつを換えたりにはけっこう力が要った。体の位置を換えてあげるのも一苦労だった。それでも床ずれができないようにという一心で、ミヨ子は注意深くお世話を続けた。
《参考》
画像でみる褥瘡(床ずれ)―その原因とは? | メディカルノート (medicalnote.jp)
