文字を持たなかった昭和345 梅の実のある風景(6)梅酒①

 昭和中期の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子(母)の来し方を中心に、庶民の暮らしぶりを綴っている。

 最近では、保存食品として毎年手作りしていた梅干しをテーマに書いた(「梅干し(1)梅の木(11)保存、おまけ」)。ついでに梅の実にまつわるエピソードをしばらく綴ることにして、日の丸弁当砂糖梅梅干しの食べ方、そして梅干しの「仁」それにまつわる思い出について述べた。

 今回は梅酒だ。

 梅の実の使い方としては、梅干しよりむしろ梅酒のほうが一般的かもしれず、それぞれの家庭のレシピがありそうだ。それでも、仕込みにはそれなりの手間がかかるし、寝かせておかなければならないし、保存する場所が必要とあって、ことにマンションやアパート暮しなどでは、作りたくても二の足を踏む人のほうが多いかもしれない。

 これを書いている本人(二三四)もその一人だが、実家つまりミヨ子の嫁ぎ先には、「〇年もの」の梅酒がたくさんあった。もちろんミヨ子が――姑のハル(祖母)が健在の頃はハルも――作ったものである。

 二三四が覚えている限り、作り方は梅干しより各段に簡単だ。材料は、よく洗って水気を拭いた青梅と砂糖、焼酎。漬け込むガラス瓶は、いただきものの海苔の瓶をよく洗って熱湯をかけ、乾かして使うことが多かった。どれだけ大きな瓶だ? と思うが、一升分の焼酎が入るほどの瓶に入ったの海苔を、お中元やお歳暮でいただいていたのだ。

 材料にする砂糖は、インターネット上のレシピだとほぼ氷砂糖だ。当時氷砂糖が手に入らなかったわけではないがやはり高価なので、ミヨ子はだいたいザラメを使った。たまに白砂糖を使うこともあった。

 焼酎は、これまたネット上のレシピでは癖のない甲類焼酎を使うのが前提で、香り重視でブランデーを勧めるレシピまである。しかし、芋焼酎が身辺に溢れている、というより「酒」と言えば芋焼酎である鹿児島のこと、梅酒に使う焼酎も芋焼酎だった。

 それでも、舅や夫の「だれやめ*」(晩酌)用にではなく、どちらかというと女性がたまに飲むための梅酒に使う焼酎を、別に一升買ってくることは、けっこうな出費だったはずだ。

 さて、用意した梅を瓶の中に入れたら、上からザラメ(か白砂糖)をどっさり入れてから、焼酎を注ぐ。分量は――ミヨ子の目分量としか言えないが、一升分の焼酎を使うのにザラメは一袋、1kgは使ったはずだ。梅は、瓶の半分くらいを埋めていた。

 最後に蓋をするが、もともと海苔が入っていた瓶の蓋を閉めたくらいではアルコールが飛んでいく可能性がある。蓋を閉めてからビニール袋などを何枚か被せ紐で幾重にも縛る。あとは寝かせる、というか放っておく。台所の隅や流し台の下などで、熟成を待つのだ。

 梅酒の熟成中の様子やできあがってからのことは、②へ続けたい。

*鹿児島弁「だれやめ」。だれ(疲れ)を止める、だれが止むという意味。短縮して「だいやめ」とも言う。


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