文字を持たなかった昭和 終末期46 3月21日から22日② 下血
鹿児島の農村で昭和5(1930)年に生まれたミヨ子さん(母)の近況について、「3月21から22日①」にそのまま続ける。(前項の「つぶやき 出血の意味」はあとで思い至ったできごとの回想だ。)
ミヨ子さんへのお見舞いのための1週間弱の帰省をいったん切り上げ、わたしは帰宅していた。2月の初めに「危ないかも」という状態になってから1カ月半以上。ときどき、このままで――点滴に頼るだけの状態だが――あと数週間も、1カ月も、ミヨ子さんは永らえるのではないかと考える。が、すぐにそれを否定する。そんな状態がミヨ子さんにとって幸せだと思えない、むしろ、点滴から解放されてほしい。だがそれが意味する現実を思うと、その展開を願うのは人としてあるまじきことではないか、と逡巡する。
3月22日(土)の外出中、ミヨ子さんにとってのお嫁さん(義姉)からスマホにメッセージが入っていることに気づいたが、用事の途中だったので夕方近くになってからメッセージを開いた。
「お義母さんの顔を見に行ってきました。看護婦さんから『とにかくびっくりするぐらい心臓は強く、心肺機能は安定している。呼吸の乱れもない』と説明されました。
問いかけにはあまり反応しませんが、『無理に声をかけても本人に与える負担が大きい。多分このまま痛みも苦しい思いもなく、静かに眠るように最期を迎えられるんじゃないでしょうか』と言われました」
安定とも言えるけど容態は急変するかもしれず、看護師さんも『(それだけは)わからないですよねぇ』と言ってました。心臓は強くても他の臓器の影響もあるし」
とあり、モニター画面の写真が添えられていた。
お礼を伝え、見た目はどんな感じだったかを問うと、返事には「二三四ちゃんが帰ってきていっしょにお見舞いに行ったときとあまり変わらないかな。声をかけても薄眼を開けるくらいでした」とあった。
お嫁さんからのメッセージにはひとつ重要と思われることが補足されていた。それは看護師さんからの説明に、この日下血が少しあった、というものだった。
入院生活に入ってから下血は初めてだ。消化器系にダメージが生じているということだろう。1カ月半以上も飲まず食わず、お腹に入れたものによる影響ではない。臓器そのものが変容(?)しているということだ。ミヨ子さんの左脚にはむくみのために壊死の兆候が見えたが、同じようなことが内臓に起きてもおかしくない。
終末期に入ってからの腹水や胸水は「その時」の兆候だとも言う。体内での水分の「配置」がうまくいかなくなり、一部の臓器にダメージが出始めると……ということなのだろう。ミヨ子さんの体の中でも同様のことが起きつつあるのではないか。
わたしは暗い気持ちで、しかし「日によっても状態が違うかもしれないしね。看護師さんが言うように負担にならないようにして、見守るしかないのでしょう」と返信した。ミヨ子さんの心(魂)はいまどこにあるのだろう、と思いながら。(次は「3月23日」)
