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何の変哲もない現象に意味を見出す――バリ島で出会った日本人残留兵・第三部

平良さんから聞いた世にも不思議な話は、東京に戻ってからも、僕の頭から離れなかった。

僕は友人たちに、平良さんから聞いた話を何度となく語った。

すると、ある友人が居酒屋で、僕から聞いた平良さんの話をしていたときのことだった。

たまたま隣の席に、一人の老人が座っていた。

老人はその話を聞いていたらしい。

そして友人に、一冊の小冊子を渡した。

「その話をバリ島で聞いた彼に、これを渡してくれ」

そう言ったという。

後日、僕は友人からその小冊子を受け取った。

表紙には、

『インドネシア独立戦争秘話』

と書かれていた。

僕は一気に読んだ。

そこには、インドネシア独立に至る過程で日本が果たした役割について書かれていた。

インドネシアの郷土防衛義勇軍PETAが創設され、それが後のインドネシア軍の基礎の一つになったこと。

インドネシア語の統一にも日本軍が関わっていたこと。

文章全体からは、インドネシアという国に寄せる強い愛着のようなものが感じられた。

小冊子の裏には、電話番号が書かれていた。

僕は電話をかけた。

その小冊子を書いた人物は、新宿と新橋でインドネシア料理店や花屋を経営する傍ら、インドネシア独立戦争前後の戦史研究に没頭している人だった。

その人の紹介で、僕はやがて、もう一人の日本人残留兵と会うことになる。

石井サトリアさん。

僕はジャカルタへ向かった。

石井さんと最初に会ったのは、僕が泊まっていたホテルのレストランだったと思う。

その後、石井さんの事務所を訪ねた。

石井さんは当時、ジャカルタで、在インドネシア日本人向けの新聞を発行していた。

事務所の棚の上には、一枚の写真が飾られていた。

若き日の石井さんだった。

日本兵だった頃の写真だ。

そこには、凛々しく、そしてどこか純真な顔をした青年が写っていた。

石井さんもまた、終戦を迎えても日本には帰らなかった。

日本兵だった頃、石井さんは一度も実戦を経験しなかったという。

また、日本にいた頃から大川周明の思想に強い影響を受けていた。

それもまた、敗戦後に日本へ帰らず、インドネシアに残る道を選んだ理由の一つだったという。

やがてインドネシア独立戦争が始まる。

実戦経験が一度もなかった石井さんは、いつしか700人ものインドネシア兵を率いる隊長になっていた。

実戦経験はない。

しかし、戦争についての知識は日本軍で徹底的に叩き込まれていた。

戦争をするには地図が必要になる。

ところが、石井さんの部下となったインドネシア兵たちは、その扱い方すら知らなかった。

石井さんは一から教えた。

大勢の兵士たちに教えるため、双眼鏡のレンズをばらして、図を大きく投影するための装置まで自作したという。

武器も十分ではない。

トラックのサスペンションをばらし、その鋼を叩き、研いで刀を作った。

そうやって石井さんは、700人の兵士を率いてジャングルを進み、オランダ軍と戦った。

しかし、石井さんには一つ、大きな悩みがあった。

部下たちの戦闘意識だった。

日本兵のような、死をも恐れずに突撃する気迫がない。

戦闘が始まり、銃撃戦になると、恐怖に駆られて逃げ出す者もいた。

どうすれば、死を恐れない部隊を作ることができるのか。

石井さんは考え続けていた。

そんなある日。

部隊を率いてジャングルを進んでいた石井さんは、一人のシャーマンと出会った。

石井さんは、その悩みをシャーマンに打ち明けた。

するとシャーマンは言った。

「不死身になる行法がある」

石井さんは、その行法を自分に施してほしいと頼んだ。

もし自分が本当に不死身になることができたなら、次は部下たちにも同じ行法を受けさせればいい。

そう考えた。

しかし、シャーマンは言った。

「でも、あなたは不死身にはなれない」

なぜなのか。

シャーマンは、こんなことを言ったという。

もし私が、コップ一杯の水をあなたに差し出して、

「これを飲め」

と言ったら、あなたはどうするか。

おそらくあなたは、その水を見て、一瞬躊躇するだろう。

この水は本当に飲んでも大丈夫なのか。 
ばい菌が入っているのではないか。

そう疑うだろう。

その「疑い」がある限り、あなたは不死身にはなれない。

それでも石井さんは食い下がった。

そして、その行法を受けることになった。

寝ない。

水を飲まない。

食べない。

塩を断つ。

過酷な行だった。

その苦しさは、狂おしくなるほどだったという。

寝たい。

寝たい。

水を飲みたい。

飲みたい。

やがて意識のすべてが、その欲求だけに集約されていく。

最後の行は、土の中に身体を埋めるというものだった。
首から上だけを地表に出し、首から下はすべて土中に埋める。

しかし、さすがに石井さんはそれだけは断った。

もし、そのとき敵が攻めてきたら、部隊の指揮を執ることができないからだ。

それでも、石井さんは過酷な行を続けてきた。
果たして自分は、本当に不死身になったのだろうか。

石井さんは試してみた。

ナタを手にした。

そして、自分の腕を切った。

血が出た。

何も変わっていない。

少なくとも、身体は不死身にはなっていなかった。

ところが、しばらくして石井さんは、自分の中に起きたある変化に気づき始めた。

ふと、嫌な予感がする。

何かがおかしい。

しかし、目の前では何も起きていない。

それでも石井さんは、その感覚に従って部隊を移動させる。

すると、その直後。

それまで自分たちがいた場所が、敵の爆撃を受ける。

そんなことが、何度も起きるようになったという。

石井さんは、自分に何らかの予知能力が備わったのではないかと考えるようになった。

そしてもう一つ、自分の思考そのものが変わっていることにも気づいた。

例えば、一匹の蝶が飛んでくる。

ひらひらと飛んできて、自分の目の前にある草花にとまる。

以前の自分なら、

蝶が飛んできた。

ただ、それだけだった。

しかし、今は違う。

なぜ、この蝶は今、ここに飛んできたのだろう。

なぜ、この花にとまったのだろう。

そこには、何か意味があるのではないか。

石井さんは、そう考えるようになったという。

何の意味もなさそうな現象に、意味を見出す。

僕は石井さんのその話を、いたく感心しながら聞いていた。

明確に意識していたわけではない。

けれど、自分自身もどこかで、同じような思考をしているのではないか。

そんなことを思いながら、石井さんの話を聞いていた。

やがて、インドネシア独立戦争は終わった。

結局、石井さんが率いた部隊からは、一人の戦死者も出なかったという。

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「虚空門GATE」監督 小路谷秀樹 Hideki Koujitani 『ヒグマカルマ』は現在も北海道・東北で取材と撮影を続けています。 もし活動を応援していただける方がいましたら、サポートいただけると制作継続の力になります。 いただいた支援は、移動費・撮影費として大切に使わせていただきます。