書けなくなりそうだった、迷いの時期|ことばの森便り(2025年振り返り・迷い編)
引き続き、2025年noteで過ごしてきた時間の振り返りを書いていきます。
今日は、2025年振り返り・迷い編です。
第1弾はこちらです。
▼2025年振り返り・写真編
noteを書き続けてきたこの半年間のなかで、
迷いがなかったわけじゃない。
むしろ、うまく書けない時期、言葉が出てこなくなるような時間もありました。
今日は、その"迷っていた時間"のことについて書こうと思います。
noteを書いていて、
もっとたくさんの人に読んでもらいたい。
ちゃんと認められたい。
そんな気持ちが少しずつ膨らんで、
気づけば、承認欲求が前に出て
自分でもコントロールができないくらい、暴走しそうになっていた時期がありました。
今振り返ると、ですが、
それは「いっちょまえなnoterへの一歩」みたいで、
少し照れくさくて、どこか自分が愛おしくも思えてきたりします。
でも、当時のわたしはそんなふうに余裕をもって見てられる気持ちの状態じゃありませんでした。
「もしかして、もう書けないかもしれない」
そう思うほど、迷いのまんなかにいたんです。
考えれば考えるほど、
もっと価値のあることを書かなきゃ。
もっと評価される自分にならなきゃ。
そんなふうに焦り、次第に心が追いつかなくなっていく。
そして、文章を書くことがどんどん重たくなっていきました。
認められる自分になるにはどうしたらいいか。
いつの間にか、それがゴールになっていて、
今ここにある気持ちや、本当の自分は、置き去りになっていたんだと思います。
毎日投稿しなければ。
意味のあることを書かなければ。
そんな不安をなんとかしたくて、安心を探すように、わたしは書くことに追われていたような気がします。
そんな時間を過ごしながら、ずっと試行錯誤していました。
あるとき、少し立ち止まってみたことがありました。
書かない時間を持って、自分と向き合って、ゆっくり見つめ直してみたんです。
そこで気づいたのは、とてもシンプルなことでした。
それは、
大事なのは、原点の気持ちだったということ。
最初は、認められたいとか、結果を出したいとか、そんなことを目的に書いていたわけじゃなかった。
ただ、自分のために書きたくて始めたことだった。
自分の中に渦巻いているものを、外に出したくて書いていたんだった。
最初はそうだったはずでしょう?
そんな原点の気持ちを思い出した。
そうやってわたしは、
書くことで、自分を理解してきた。
過去の自分を、少しずつ癒してきた。
言葉を通して、自分を取り戻し、自分を救ってきた。
さらに、ここで出逢えた人たちがいる。
それだけで、もう十分すぎるほどだった。
それ以外に、
何を求める必要があるっていうのだろう。
どこかを目指さなくてもいい。
何かを成し遂げなくてもいい。
今いるこの場所で、
自分のやりたいことを、
ここに流れる時間を、
ずっと大切にしていたい。
そんな気持ちで書いた言葉が、
もし誰かひとりにでも届くことがあるなら、
それで十分。
そんなふうにして、迷いと葛藤の時期を通り過ぎ、
今は、その時その時で「自分が楽しめること」を
大事に選びながら、歩けている実感があります。
正解を探すよりも、ちゃんと自分を感じながら進めているような気がします。
だからこそ、
迷った時期も、無駄じゃなかったんだと思う。
あの苦しさがあったからこそ、自分をより深く理解できたんだと、今は思えています。
そんな「いっちょまえなnoter」になれた気がした、
わたしの【2025年・迷い編】でした。
来年からの歩みも、原点を大事に抱えたまま、
自分らしい道を進んでいきたいと思っています。
あまり振り返りが長くなるのもなぁ…と思うので、
次、振り返るときが、最後の編になると思いまーす!
最後までお読みいただきありがとうございました。
読んでくださることがわたしの力になってます。

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お読みいただきありがとうございます🕯
そのあたたかさが、また次のことばを灯す力、わたしの書く力になります。
これからも一緒に素敵なあかりを灯せたらうれしいです。