「がん予防サプリありますか」と聞かれて、自分が困った話
「先生、がん予防にいいサプリってありますか」
外来でときどき聞かれる。
この質問をする人は、健康意識が低いわけではない。むしろ高い。人間ドックも受けている。ジムにも行っている。プロテインも飲んでいる。睡眠アプリのスコアまで確認している。
ただ、話を続けると少し引っかかる。
ピロリ菌を調べた記憶がない。肝炎ウイルスの検査歴も曖昧。会食は週に何回もある。寝る前まで酒が残っている。昔吸っていたタバコの話は、なぜか健康相談の後ろに回る。
こういうとき、自分はいつも同じことを考える。
がん予防は、何を足すかより、何を残したままにしているかのほうが大事なことがある。
サプリが全部悪いわけではない。検査もデバイスも、うまく使えば役に立つ。自分も新しい論文や新しい検査は好きだし、新しいサプリもすぐ買いたくなる。買って、妻に怒られて、捨てられるまでが様式美だ。
ただ、順番を間違えると迷子になる。
タバコを残したまま、抗酸化サプリを飲む。
毎晩飲みながら、肝臓にいいサプリを探す。
感染に関わる検査歴が曖昧なまま、高額な全身検査を受ける。
穴の空いたバケツに、水を注いでいる感じに近い。
水を足す前に、穴を塞ぐ。
これは、がんになった人を責める話ではない。がん経験者に「生活が悪かった」と言いたい話でもない。あとから一人の人生を振り返って「あれが原因だった」と決める話でもない。
がんは、遺伝、年齢、偶然、感染、環境、生活、医療アクセスが絡む。
それでも、減らしやすいリスクには順番がある。

世界のがんの37.8%は、修正できるリスクと関係していた
2026年、Nature Medicineに大きな解析が発表された。185カ国、36種類のがん、30の修正可能リスク因子を対象にした研究だ¹⁾⁵⁾。
修正可能リスク因子というのは、行動や環境で動かしうる要因のこと。タバコ、酒、感染、運動不足、食事、空気、紫外線、職場での曝露などがここに入る。年齢や遺伝のように、自分の側で動かせないものは含まない。
2022年の世界の新規がん約1870万件のうち、約710万件、37.8%が30の修正可能リスク因子に起因すると推定された。
寄与が大きかった順に、喫煙15.1%、感染10.2%、飲酒3.2%。肺がん、胃がん、子宮頸がんの3つで、修正可能リスク因子に関係するがんの約半分を占めていた。
IARC/WHOはこの結果を「世界のがんの最大4割は予防可能」と説明している²⁾³⁾⁴⁾。
ただし、37.8%は「あなたが頑張れば、あなたのがんリスクが37.8%消える」という意味ではない。集団レベルの推定だ。あなた一人の未来に、そのまま貼りつける数字ではない。
「がんの4割は自己責任」でもない。
これは完全に違う。

この数字が示しているのは、個人の努力だけではなく、社会の仕組みまで含めて減らせる余地が大きいということだ。タバコを吸いやすい環境、酒を断りにくい文化、ワクチンや検査が届きにくい地域、職場での曝露、空気の悪さ、紫外線対策の不足。全部が入っている。
責める数字ではない。
順番を決めるための数字だ。
がん予防サプリの前に、まだタバコが残っていないか
今回の解析で、喫煙は全新規がんの15.1%に関係していた。男性では23%だった。
別格に大きい。
ここは、やわらかく言いすぎない方がいいと思っている。
がん予防サプリを探す前に、 今も吸っているならまずタバコだ。きれいごとではなく、数字の大きさからそうなる。
ただ、禁煙を根性論で話すつもりはない。
「やめた方がいいのは分かっているんです」
呼吸器内科の外来で、何回も聞いた。分かっている。でもやめられない。
ニコチン依存を意志の弱さで片づけると、たいてい失敗する。依存として扱った方がいい。禁煙外来、ニコチン代替療法、内服薬、家族や職場の環境調整。使える手段はある。
もうひとつ忘れたくないのが、抗酸化サプリとの組み合わせだ。
1990年代、喫煙者にβカロテンサプリを飲ませたら肺がんが減るかを調べた大規模試験があった。緑黄色野菜を多く食べる人で肺がんが少ない、という観察データがあったからだ。
期待されていた。
結果は逆だった。
ATBC試験では、βカロテンを飲んだ男性喫煙者で肺がんが増えた⁶⁾。CARET試験でも、喫煙歴やアスベスト曝露のある高リスク群でβカロテンとビタミンAの組み合わせが肺がんを増やし、試験は途中で止まった⁷⁾。
喫煙者に限った話でもない。健康な男性でも、ビタミンEのサプリで前立腺がんが増えた試験がある⁸⁾。
「抗酸化で守る」が、逆向きに働いた。
サプリは中立ではない。タバコという大きな穴を残したまま何かを足すと、よい方向へ振れるとは限らない。
感染は、生活習慣ではなく検査とワクチンの話になる
喫煙の次に大きかったのが感染だ。今回の解析では、新規がんの10.2%に感染が関係していた。
身近なところだと、胃がんとピロリ菌、子宮頸がんとHPV、肝がんとB型・C型肝炎あたりになる。
ここは「生活を整えましょう」だけでは足りない。
必要なのは、検査とワクチンだ。
ピロリ菌を調べたことがあるか。肝炎ウイルス検査を受けたことがあるか。HPVワクチンやB型肝炎ワクチンの対象に入るか。子宮頸がん検診を年齢に合わせて受けているか。
地味だ。
でも、削る側としてはかなり大きい。
高額な全身スクリーニングを足す前に、感染に関わる検査歴とワクチン歴を確認する。この順番の方が、医学的にはずっと筋がいい。
もちろん、ワクチンや検査をどこまで受けられるかは、年齢、既往歴、住んでいる地域、自治体の制度、医療アクセスで変わる。
「受けていないあなたが悪い」ではない。
ただ、自分はどうだったかを一度確認する価値はある。
酒は記録する
飲酒は、今回の解析で全新規がんの3.2%に関係していた。
喫煙や感染よりは小さい。とはいえ、会食が多い人には無視しにくい数字だ。
昔は「適量の酒は体にいい」という話が根強かった。いわゆるJカーブの話だ。
ただ、この物語は近年かなり揺らいでいる。過去に体を壊して酒をやめた人が「飲まない人」に混ざっていた問題などが分かってきて、「少し飲む人の方が健康」とは言いにくくなってきた。
少なくとも、がんリスクという軸では、酒を健康法として扱わない方がいい。
ここで難しいのは、酒には文化と人間関係が乗っていることだ。接待、会食、仕事の付き合い、家族との時間、好きな店、人生の楽しみ。医学だけで割り切れない。
自分も外で酒は飲む。だから、ゼロ宣言の医者にはなれない。
ただ、ゼロにできるなら、それが一番リスクは低い。
ゼロにしないなら、記録する。
週に何日飲んでいるか。寝る何時間前まで飲んでいるか。顔が赤くなる体質か。肝機能、脂肪肝、尿酸、血圧、睡眠の質がどう動くか。
酒を「体にいいか悪いか」で語るより、ログとして扱う方が、自分には合っている。
運動を足しても、全部はチャラにならない
運動とがんの関係は面白い領域だ。
運動量が多い人では、一部のがんが少ないことが報告されている。最近はウェアラブルを使って、日常の短い高強度活動とがん発症を調べる研究も増えてきた。
それでも、運動を「全部チャラにする道具」として扱うのは間違い。
タバコを吸いながら、運動する。毎晩飲みながら、運動する。感染に関わる検査歴が曖昧なまま、運動する。
自分は、運動を「削ったあとの土台を支えるもの」として考えている。筋肉、心肺機能、血糖、睡眠、気分。運動が支えるものは多い。ただし、喫煙、感染、飲酒、職場曝露のような大きいものを見ないふりする免罪符にはならない。
忙しい人ほど、健康投資の前に損切りを決める
経営者や忙しいビジネスパーソンを診ていると、健康も投資で解決しようとする人が多い。
いい検査を受ける。いいサプリを飲む。いいジムに行く。いい睡眠デバイスを買う。
それ自体は悪くない。
ただ、ひと月のサプリ代で、感染症の検査や必要なワクチン歴の確認がかなり進むこともある。投資の話なら、順番が逆になっていることがある。
投資の前に、損切りが必要なことがある。
毎晩の酒。寝る直前の食事。過去の喫煙歴を「もう関係ない」と扱うこと。受けていない検査。じわじわ増えている体重。座りっぱなしの仕事。紫外線を浴び続ける習慣。職場の曝露を確認しないこと。
これを残したまま、上に健康法を積み足しても、帳尻は合いにくい。
外来でよく使うのは、「まず一個だけ削る」というやり方だ。
全部は無理でいい。
いきなり禁酒できないなら、寝る3時間前でお酒を切り上げる。会食を減らせないなら、締めだけやめる。検査が面倒なら、まず肝炎ウイルスとピロリ菌の履歴だけ確認する。
小さい。

でも、小さい引き算は続く。
平均で考える怖さについては、以前「あなたの体にポートフォリオは組めない」に書いた。集団の平均は、あなた一人の時間軸を守ってくれない。がん予防でも、この感覚はかなり大事だ。
がん予防で何かを足したくなったら、先に確認する5つ
タバコは残っていないか
今も吸っているなら、サプリより禁煙の方が数字としては大きい。意志ではなく依存として扱う。感染に関わる確認は抜けていないか
ピロリ菌、肝炎ウイルス、HPVワクチン、B型肝炎ワクチン、子宮頸がん検診。自分の年齢と既往歴で必要なものを医療機関で確認する。酒は量だけでなく頻度で記録しているか
毎日か、週に何回か。寝る直前に残っていないか。顔が赤くなる体質か。体重、内臓脂肪、運動不足を後回しにしていないか
毎年の変化は地味だが、長い時間では効いてくる。運動は足し算ではなく、削ったあとの土台を支えるものとして使う。職場、紫外線、空気の曝露を一人で抱えていないか
職業曝露、大気汚染、紫外線は、根性で抱える領域ではない。産業医、安全衛生の窓口、自治体の制度を使う。
がん予防は、未来を完全にコントロールする話ではない。
どれだけ整えていても、がんになる人はいる。「ちゃんとしていた人はならない」なんて話ではない。
それでも、自分の行動で減らせるリスクはある。
怖がりすぎない。
でも、見ないふりもしない。
安心を買う前に、まず一個だけ削る。
まとめ
がん予防は「何を足すか」より、先に残っている大きなリスクを確認した方がいい
2026年のNature Medicine解析では、世界の新規がんの37.8%が30の修正可能リスク因子に起因すると推定された
寄与が大きかったのは、喫煙15.1%、感染10.2%、飲酒3.2%
この数字は自己責任を責める数字ではなく、順番を決めるための数字
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参考文献
1) Fink H, Langselius O, Vignat J, et al. Global and regional cancer burden attributable to modifiable risk factors to inform prevention. Nature Medicine. 2026;32:1306-1315. doi:10.1038/s41591-026-04219-7. PMID:41634393.
2) World Health Organization and International Agency for Research on Cancer. Four in ten cancer cases could be prevented globally. Joint News Release. 2026年2月3日.
3) International Agency for Research on Cancer. Press Release No.375. Four in ten cancer cases could be prevented globally. 2026年2月4日.
4) International Agency for Research on Cancer. Global and regional cancer burden attributable to modifiable risk factors to inform prevention. Questions and Answers. 2026年2月4日.
5) Nature Medicine. Modifiable risk factors drive a large share of the global cancer burden. Research Briefing. 2026;32:1201-1202. doi:10.1038/s41591-026-04310-z.
6) The Alpha-Tocopherol, Beta Carotene Cancer Prevention Study Group. The effect of vitamin E and beta carotene on the incidence of lung cancer and other cancers in male smokers. N Engl J Med. 1994;330(15):1029-1035. doi:10.1056/NEJM199404143301501. PMID:8127329.
7) Omenn GS, Goodman GE, Thornquist MD, et al. Effects of a combination of beta carotene and vitamin A on lung cancer and cardiovascular disease. N Engl J Med. 1996;334(18):1150-1155. doi:10.1056/NEJM199605023341802. PMID:8602180.
8) Klein EA, Thompson IM Jr, Tangen CM, et al. Vitamin E and the risk of prostate cancer: the Selenium and Vitamin E Cancer Prevention Trial (SELECT). JAMA. 2011;306(14):1549-1556. doi:10.1001/jama.2011.1437. PMID:21990298.
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