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心肺機能の「ポートフォリオ理論」─HIITだけでは頭打ちになる理由

前回の記事で、自分はHIITこそ最強だと書いた。あれは正しかった。
でも、半分しか話していない。

あなたの未来を予言しよう。

最初の3〜6ヶ月、心肺機能はおもしろいように伸びる。
そして半年もすると、 ピクリとも動かなくなる。

同じメニュー、同じ強度、同じ頻度。なのに身体が応答しない。

追い込む運動だけでは、「土台」が育たないからだ。

前回は「攻め」の話をした。今回は、心肺機能のもう片方の車輪、「土台」のほうだ。主役は、VO2max(最大酸素摂取量)を頭打ちから抜けさせる低強度の有酸素、いわゆるZone2になる。


まず「低強度の運動」とは何か(Zone2)

隣の人と普通に会話できるペースのジョギング。少し汗ばむ程度の早歩き。「これで本当に運動になってるの?」と不安になるくらいのゆるさだ。

トレーニング科学では「Zone2」と呼ばれる心拍ゾーンになる¹⁾。心拍数でいうと、最大心拍数の60〜70%くらい。定義によっては65〜75%とするものもあって、個人差も大きいので、あくまで目安にしてほしい。

参考までに、年齢別の心拍数の目安を下にまとめた。最大心拍数の目安は、220から年齢を引いた数だ。

年齢別の心拍ゾーン早見表

スマートウォッチで心拍をたしかめながらだと、自分が今どのゾーンにいるかすぐわかる。

このゆるさにこそ、意味がある。以下では、この低強度域を「ゆるい有酸素」と呼ぶ。

「ゆるい有酸素でミトコンドリアが増える」は本当か?

SNSでは「低強度の有酸素こそがミトコンドリア増加の最適強度」が、ほぼ常識になっている。海外インフルエンサーの影響もあって、この「ゆるく長く走れ」という信仰は世界中に広がった。

ところが2025年に出た大規模メタ回帰分析が、この常識をひっくり返した。Mølmenらが約6,000人のデータを統合した、Sports Medicine誌の論文だ²⁾。

ミトコンドリア含量の増加率は、こうだった。

  • ゆるい有酸素(低〜中強度の持続運動):+23%

  • 高強度インターバル(HIIT):+27%

  • スプリントインターバル(SIT):+27%

3群のあいだに、統計的な有意差はなかった。

時間効率がまた面白い。1時間あたりのミトコンドリア増加量で比べると、HIITはゆるい有酸素の1.7倍も効率的だった。同じリターンなら、投下時間が短いほうがいい。投資と同じだ。

つまり「ゆるい有酸素でしかミトコンドリアは増えない」は、最新のエビデンスでは否定されている。

ただし、注意点がある。このメタ回帰分析が指標にしているのは、骨格筋のミトコンドリア含量(おもにクエン酸合成酵素活性やミトコンドリアタンパク質量)だ。ミトコンドリアの「量」は測れているが、「質」、つまり一つひとつのミトコンドリアがどれだけ効率よく酸素を使えるかまでは、この指標だけでは語りきれない。量と質は別の話だということは、頭の隅に入れておいてほしい。

じゃあゆるい有酸素は意味がないのか?

いや、全然そんなことはない。

同じMølmenらのメタ回帰分析に、もう一つ見逃せないデータがある²⁾。毛細血管密度の増加幅は、ゆるい有酸素のほうがHIITより5〜10%大きかった。

地味な数字だ。でも自分はこれを見たとき、「ああ、これか」と声が出た。

毛細血管が増えるというのは、筋肉への酸素の届き方が根本から上がるということだ。ミトコンドリアをいくら増やしても、酸素が届かなければ発電できない。

発電所(ミトコンドリア)を建てるのは高強度が得意。送電線(毛細血管)を張り巡らせるのは低強度が得意。

どちらか片方では、システムとして穴が残る。追い込む運動は「攻めの投資」。ゆるい有酸素は「守りのインフラ」。どちらが欠けても、資産は守れない。

攻め=発電所/守り=送電線

何十年も運動を続けた人の身体で起きていること

長い目で見た運動習慣の威力を示すデータもある。

フロリダ大学のHepple教授の研究では、生涯にわたって運動を続けた80歳以上のマスターズアスリートは、176種類のミトコンドリア関連タンパク質が、若い人より高い水準にあった³⁾。

McKendryの研究では、生涯運動を続けてきた高齢者は、若者や運動しない同年代より、毛細血管が35%以上多かった⁴⁾。

これらは「低強度だけ」の効果ではない。共通しているのは、何十年も運動を続けてきたという事実だ。HIITだけを何十年も続けるのは、現実には難しい。毎日の早歩きや軽いジョグのような低強度の運動こそ、一生回し続けられる「継続のエンジン」になる。

短期の「ミトコンドリアを増やす」だけならHIITの圧勝。でも長期の「ミトコンドリアの質と血管インフラ」では、ゆるい有酸素が効いてくる。低強度トレーニングを完全には切り捨てられない、いちばんの理由がここだ。

前回の記事で、自分は「ダラダラ走るジョギング」をかなり否定的に書いた。VO2max(心肺機能の偏差値のようなもの)を上げる効率だけで言えば、あれは事実だった。

でもジョギング(ゆるい有酸素)には、HIITでは代わりがきかない固有の仕事があった。それが毛細血管を作ることだ。

前回「まずは4〜6週間で土台を作れ」と書いた。あれをステップアップ用の準備期間のつもりで書いていたが、本当は、あの土台作りはずっと続けるべきものだった。

忙しい人は、ここだけ覚えてほしい。 一駅ぶん歩く。プラス、週1回だけ全力で追い込む。 この2つだけで、心肺機能は頭打ちを抜けられる。

エリートが「二刀流」を選ぶ理由(ポラライズドトレーニング)

世界トップのマラソンランナー、クロスカントリースキーヤー、自転車選手。彼らのトレーニング配分を調べると、面白いことがわかる。

ゆるい有酸素が75〜80%、全力の追い込みが15〜20%。

スポーツ科学では「ポラライズド(二極化)トレーニング」と呼ばれる。要は「ゆるい日」と「追い込む日」の二刀流だ。中途半端な強度の日は、ほとんど作らない。

ノルウェーのSeiler教授が世界中のエリートのデータから導き出したこの配分は、複数のシステマティックレビューで有効性が確かめられている。

Stögglらの研究では、9週間のトレーニングで4つの群を比べた⁵⁾。

  • 二刀流群(ゆるい有酸素80%+全力の追い込み20%):VO2maxが11.7%改善(最大の伸び)

  • 追い込みだけ群:VO2peakが4.8%改善、体重は3.7%減

  • ややきつめの強度で続ける群:有意な改善なし

  • ゆるい有酸素だけの群:有意な改善なし

4群のVO2max改善比較

ただし、この研究の対象は、もともと低強度トレーニングを十分に積んでいたエリート持久力選手だ。一般のビジネスパーソンがゆるい有酸素を始めるなら、「ゆるい有酸素だけ群」でも十分な伸びが見込めるだろう。この研究の射程は、あくまでトレーニング歴のある集団に限られる。

それでも注目したいのは、追い込みだけでもVO2maxは伸びたが、二刀流群の半分以下だったこと。ゆるい有酸素を組み合わせた群が、追い込みだけの群の2倍以上の伸びを見せている。

2024年のOliveiraらのメタ分析でも、短期(12週未満)のVO2max改善で、この二刀流が他のモデルより優れていた⁶⁾。「低強度だけ」でも「高強度だけ」でもなく、両方を適切な比率で混ぜた群が、いちばん伸びた。

冒頭の予言は、自分自身の実体験だ。

HIITだけの2年間で、VO2maxは52から58まで伸びた。そこから半年、ピクリとも動かなかった。週2回のゆるいジョグを足して3ヶ月。59、61、63。止まっていた数字が、また動き始めた。

二刀流の威力を、自分の身体で確かめた瞬間だった。

「追い込むだけ」だと何が起きるか

自分の臨床経験と研究データを合わせると、追い込む運動だけを続けたときの限界は、こう説明できる。

一つ目は、回復が追いつかなくなることだ。

HIITは週2〜3回が限界になる。それ以上やると、オーバートレーニングのリスクが跳ね上がる。前回も触れたFlockhartらの研究では、過度な高強度トレーニングがミトコンドリア機能をかえって落とし、耐糖能まで悪化させることが示されている⁷⁾。週2〜3回のHIITだけでは、そもそもトレーニングの総量が足りない。

二つ目は、毛細血管の適応が足りないことだ。

毛細血管密度を増やせるのは、さっき書いたとおり低強度のほうだった。HIITだけだと「エンジンは強いのに、燃料の通り道が細い」状態になる。
経営者のクライアントで、HIITを半年、週2回続けた人がいた。最初の3ヶ月はVO2maxが順調に伸びて、そこから横ばい。ゆるい有酸素を週2回足したら、2ヶ月でまた伸び始めた。

とはいえ、同じ時期に仕事の負荷が減ったこともあって、どこまでがゆるい有酸素のおかげなのかは、正直わからない。ただ本人は「明らかに疲れにくくなった」と言っていた。

忙しい人のための「ゆるい有酸素」の入れ方

エリートの80:20を、そのまま真似する必要はない。あれは、週に15〜25時間トレーニングする人たちの話だった。

忙しいビジネスパーソンにとって大事なのは、わざわざ「運動の時間」を作らなくても、毎日の生活のなかにゆるい有酸素を散りばめることだ。自分がクライアントに勧めているのは、こういうやり方だ。

通勤・移動を、運動に変える

  • 一駅ぶんを早歩きする。片道15分の往復で30分。これだけで立派なゆるい有酸素になる

  • 自転車通勤。息が上がらない速度を守る

  • タクシーに乗るところを歩く。経営者こそこれだ。移動そのものを投資だと思ってほしい

オフィスのなかで積む

  • エレベーターを使わず階段を歩く。駆け上がらなくていい。普通のペースで十分

  • ランチを10分遠い店にする。往復20分の早歩き。これがいちばん続く。自分も昼は15分歩いた先の店にしている。食後の血糖の跳ね上がりも抑えられて、一石二鳥だ

  • 電話ミーティングは歩きながら。30分に1回、3分だけオフィスを歩く。座りっぱなしを崩すだけで効く

週末にまとめて

  • 公園や河川敷で40〜60分のジョグか早歩き。会話できるペースを厳守。音楽やポッドキャストを聴きながらでいい

  • 家族と散歩。子どもと遊びながら歩くのも、立派なゆるい有酸素だ

  • ゴルフのラウンド。カートを使わず歩けば、18ホールで8〜10kmになる

目安は、1日トータルで30〜60分のゆるい有酸素。まとめて30分でもいいし、10分を3回に分けてもいい。最近の研究では、こま切れでも1日の合計が確保できれば、効果は同じくらいと報告されている。

ポイントは「頑張らないこと」。息が上がった瞬間、低強度から外れてしまう。「運動した感」がないくらいで、ちょうどいい。

HIITとの組み合わせ方(週間スケジュール例)

ゆるい有酸素を毎日に散りばめたうえで、週1回のHIITと、週2回の筋トレを組み合わせる。自分が実際に回しているメニューだ。

ポイントは3つだけ。

一つ、HIITは週1回でも十分。
前回は「週2〜3回まで。それ以上はやりすぎ」と書いた。あれはHIIT単体で心肺を鍛える場合の話だ。ゆるい有酸素を毎日に組み込むなら、HIITは週1回でも十分に効く。週1回のノルウェー式4×4でVO2max向上のメイン刺激を入れて、残りの日はゆるい有酸素で土台を育てる。この組み合わせが、いちばん効率がいい。もちろん体力に余裕があれば、週2回に増やしてもいい。

ただ同じHIITでも、効くところは別物だ。きつさで選ぶと、頑張っても疲れるだけになる。ノルウェー式や短いHIIT、タバタの使い分けは、目的別にまとめてある。

二つ、ゆるい有酸素は「毎日に溶かす」。
時間がある人は、どんどんやる。
わざわざジムに行かなくていい。通勤、ランチ、階段、散歩。これを意識して増やすだけで、1日30〜60分は自然に積み上がる。HIITと違って、ゆるい有酸素にはやりすぎのリスクがほぼない。時間に余裕がある日は、60分でも90分でも好きなだけやっていい。やればやるほど、毛細血管のインフラが育つ。本質は「頻度かける継続」だ。まとまった時間が取れなくても、こま切れで足りる。

三つ、筋トレは削らない。

経営者のクライアントには「筋トレを削ってまで、ゆるい有酸素をやらないでください」と必ず伝えている。筋量を保つことは、全死亡リスクを下げる最強の因子の一つだ。有酸素は、筋トレの上に乗せるものだと思っている。



まとめ:心肺機能の「ポートフォリオ」

  • 攻めの投資(HIIT):VO2maxを引き上げるメインエンジン。時間効率は最強で、ミトコンドリアも増やす。ただし週2〜3回が上限。やりすぎれば身体が壊れる

  • 守りのインフラ(ゆるい有酸素):毛細血管を張り巡らせる。ここはHIITでは代われない。ミトコンドリアも同じくらい増やすが、本領は「酸素の通り道」を育てること。やりすぎのリスクがほぼなく、一生続けられる

  • ミトコンドリアの常識は更新:「ゆるい有酸素でしか増えない」は否定された。高強度でも低強度でも同じくらい増える。時間効率ではHIITの圧勝

  • 配分:エビデンスがいちばん厚いのは、ゆるい有酸素80%+全力の追い込み20%の「二刀流」

  • 忙しい人の現実解:毎日にゆるい有酸素を散りばめ、週1回のHIITでレバレッジをかける。筋トレは別腹で週2回

レバレッジだけで資産は作れない。インデックスだけでは爆発力がない。

両方を同時に回して、はじめてポートフォリオが完成する。

ゆるい有酸素は「わざわざやる運動」ではなく「毎日の自動積立」だ。明日の昼、いつもより10分遠い店まで歩いてみてほしい。それが、最初の積立になる。

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※本記事は一般的な健康・医学情報の提供を目的としたものであり、特定の個人に対する診断・治療・医学的助言を行うものではありません。心疾患、コントロールできていない高血圧、整形外科的な痛みがある方は、トレーニングを始める前に必ず主治医に相談してください。健康上の懸念がある場合は、必ず医療機関を受診してください。記事の情報に基づく行動の結果については、筆者は責任を負いかねます。

参考文献

Mølmen KS, et al. Effects of Exercise Training on Mitochondrial and Capillary Growth in Human Skeletal Muscle: A Systematic Review and Meta-Regression. Sports Med. 2025;55:115-144.

Storoschuk KL, et al. Much Ado About Zone 2: A Narrative Review. Sports Med. 2025.

Stöggl T, Sperlich B. Polarized training has greater impact on key endurance variables than threshold, high intensity, or high volume training. Front Physiol. 2014;5:33.

Oliveira PS, et al. Comparison of Polarized Versus Other Types of Endurance Training Intensity Distribution. Sports Med. 2024;54(8):2071-2095.

Flockhart M, et al. Excessive exercise training causes mitochondrial functional impairment and decreases glucose tolerance in healthy volunteers. Cell Metab. 2021.

Hepple RT, et al. Mitochondrial protein markers in lifelong master athletes. University of Florida.

McKendry J, et al. Capillary density in lifelong exercisers vs. sedentary older adults.

#有酸素運動 #HIIT #健康 #筋トレ #心肺機能 #VO2max #Zone2

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