デモクラシー国民国家におけるマスメディア パワー(権力)について リンク
「日本だけ異様に高い信頼度」マスコミを盲信
マスメディアの信頼性
マスコミツイートに付いたコミュニティノート分析
世論操作
ペンは剣より強し
当初の意味とは変わっていますが、マスメディア パワーをよく表しています。
ここのところ、「新聞記者に専門性がなさすぎて、このまま報道をさせ続けていると社会を内側から破壊する要因になるのでは」という話は専門家の間では頻繁に出ていて、少しでも破壊的でない方に導こうと自分の分野で色々工夫はいるが、ポピュリズムの危険な刃物を振り回して手をつけられない状態。 https://t.co/qgDLilDNgo
— Satoshi Ikeuchi 池内恵 (@chutoislam) January 25, 2018
第四権力という誤訳?
「「第四番の権力」という位置付けの表現は、日本語訳が1978年に日本経済新聞社から発行されたジャン=ルイ・セルバン=シュレベール著、『第四の権力/深まるジャーナリズムの危機』によって、人口に膾炙するようになったのである。
ジャン=ルイ・セルバン=シュレベールは、当時のフランスのジャーナリズムを、権力そのものとして、批判していたのである。立法、行政、司法の三大権力を監視する役割を説いたのではなくて、ジャーナリズム、またはマスメディアが、立法、行政、司法の三大権力と肩を並べる権力となっていることを、厳しく批判したのである。」
「ジャン=ルイ・セルバン=シュレベール著、『第四の権力/深まるジャーナリズムの危機』を、丁寧にめくって読んだ。原題は、LE POUVOIR D'INFORMERである。直訳すると、「情報権力」である。主題がジャーナリズムなのだから、それが「情報権力」なのだという意味である。
本文の目次や小見出しには、「第四の権力」という言葉は出てこない。」
【「第4番目の権力」に成り下がった「メディア」との甚だしき誤解に基く岩波書店全4冊仰天早仕事】
https://www.jca.apc.org/~altmedka/2003aku/aku1009.html
https://lovelovedog.hatenadiary.org/entry/20060822/daiyon
マスメディアの影響力
マス・コミュニケーション論
私は、マスコミをさんざん批判してますが、よく考えてみれば、マスコミがこのまま力を失っていけば国民国家自体が崩壊するのではないかと思っている。それはそれで困ったことになるだろう。
— データをいろいろ見てみる (@shioshio38) May 22, 2025
よくマスコミは自分たちは民主主義の基礎だと言うが、実際は国民国家の基礎なのではないか?…
国民国家とマスメディア
想像の共同体
――ベネディクト・アンダーソンの「想像の共同体」という考えには結構な衝撃を受けました。自分が日本人であるとか、アメリカ人、中国人、フランス人であるといった国民認識は、日本なら日本という国民共同体に属しているという想像に過ぎない。疑う余地もないほど自明だと思っていたものが、実は実体のない想像力の産物だったのかと。そしてその想像力を賦活しているのがマスメディアであるというのも目から鱗でした。
見たことも会ったこともない人同士が同じメディアから情報を摂取することで、一つの共同体(国民国家)に属する同胞だと想像できるようになる。
想像の共同体
印刷メディアと共同体
デモクラシー国民国家の国民世論創生機能
「民意」というかぎり、そうした機能の発揮は近代以降のことであり、集団の意見形成の前提として、次の3要素が出そろうことが必須となる。その第一は出来事・事件・事故などを取材し、記事・番組・本を作成して広く公表・伝達する行為、すなわちジャーナリズム(報道機関)が存在しなければならないし、第二は、言論を広めるメディアがなくてはならない。第三に、意見表明を保証する自由主義と民主主義が成熟していなくてはならない。いくら近代国家の体裁をとり、かつジャーナリズムがあっても、そこに自由主義と民主主義がなければ、世論は政権のスポークスマンいわば「権力の使い走り」の機能しか果たさないこともある。そこにはジャーナル活動の任意性・自主性が決定的に欠如している。西洋にせよ日本にせよ、これら3要素が出揃うのは19世紀半ば以降
日本のマスメディア
日本のマスメディの歴史
日本のマスメディア
ジャーナリズムが単なる世論の伝達機関であることをやめて、世論をつくる主体となってきた。そのせいで「世論」と呼ばれるものに一様性が戻ってきた。それもそうだ。大衆が沈黙するのと同時に、ジャーナリズムの全能時代が戻ってきたからだ。
近年におけるマスメディアの情報収集能力と速報性は以前の比ではなく、量的にも質的にも変化してきている。そこから、世論の自立形成の力が失われてしまうことにより、マスメディア自体が世論形成の実際的な役割を演じるようになったのだ。
それが極大化し、現在の日本ではマスメディアが三権分立の仕組をぶち壊すまでになる。つまり、立法・行政・司法を左右する事実上の主人公は第四の権力=マスメディアである。これに逆らって議員であること、行政の長に就くこと、公正な裁判をなすことも難しくなった。マスメディアがスキャンダルを暴露すれば、議員の当選はおぼつかなくなり、行政の首長についても座から降りざるをえず、司法権については検察当局のヘマひとつで失格する。しかも、これら三権の中にマスメディアに呼応する人物(スパイ)を忍ばせておけば、“摘発” 行為はいともたやすいことだ。現に、既存の三権は今まで公然とは姿を現わすことのなかった政治勢力の浸透を許すようになる。しかも、このマスメディアをチェックする法的機能はどこにも事実上ないのである。マスコミ側に何か不祥事が起きれば「言論弾圧だ!」と叫ぶか、あるいは黙殺するかのみで十分対処できる。
動画『NYタイムズは信頼できるのか?』を訳してみた。NYタイムズは、世界で最も影響力のあるニュース・ソースだ。毎日、世界の何百もの新聞や放送局がNTタイムズの記事を追いかける。同紙はジャーナリズムの最高峰なのか? 調査報道記者のアシュリー・リンズバーグが解説します。https://t.co/uxwiAr0Rey pic.twitter.com/vlnuHZHkJY
— tarafuku10 (@tarafuku10) January 14, 2022
マスメディア関連書
過去のKGBのスパイ
「各新聞社のエージェントのコードネーム。
— みつうろこ (@m_uroko) July 24, 2017
・朝日新聞《BLYUM》
・読売新聞《SEMYON》
・産経新聞《KARL(またはKARLOV)》
・東京新聞《FUDZIE》
・その他《ODEKI》」
via "The Mitrokhin Archive II"#ミトロヒン文書 pic.twitter.com/ESQZTpAu5E
「レフチェンコ・メモには、サンケイ新聞編集局次長の山根卓二(コードネームは「カント」)、読売新聞の外山四郎(トマス)、テレビ朝日の三浦甲子二(ムーヒン)、『インサイダー』の山川暁夫(バッシン)の実名が明らかにされているほか」
— みつうろこ (@m_uroko) July 24, 2017
via https://t.co/2vQp79uBSN
「実名は不明ながら、サンケイ新聞東京版記者で山根編集局次長を補強しうる「デービー」(コードネーム・以下同)、韓国問題専門家の東京新聞記者「カミュ」、共同通信記者の「アレス」、大手新聞元モスクワ特派員の「アギス」、フリージャーナリストの「ドクター」の存在が明記されている。」引用同じ
— みつうろこ (@m_uroko) July 24, 2017
認知戦:今起きているマスメディアに仕掛けられている戦争
認知領域を含む情報戦への対応https://www.mod.go.jp/j/approach/defense/infowarfare/index.html
中国が推進する認知戦の姿1飯田将史(防衛研究所)https://www.cistec.or.jp/jaist/event/kenkyuutaikai/kenkyu36/02-03_iida.pdf
保守とリベラル 遺伝
註 power とその翻訳語の権力について
日本語の権力
権力とは規範としての意思による支配である。滝村隆一
— Kuto (@KutoCat) January 31, 2015
組織のあるところ権力は存在します。権力とは、規範による、個々の組織構成員の意志に対する支配力のことです。この支配力に対して、組織の個々人が喜んでそれを受け入れようと、いやいや受け入れようと権力の本質には関係ありません。このことは滝村隆一さんから学びました。
— 蝸牛疾走(かぎゅうしっそう) (@kagyu_tetsu6) August 11, 2015
