「桜花」に捧げるレクイエム
私 ISSA は、これまでに特攻隊について幾つも取り上げてきましたが、未だ、避けては通れない重たいテーマが残されています。
今回、取り上げる特攻機の名は「桜花」(おうか)です。
桜花の概要
桜花は、大東亜戦争中に日本海軍が開発した兵器で、人間が乗り込んで誘導し体当たりするという、いわば「人間爆弾」に特化した乗り物でした。

《大分県宇佐市閤・宇佐市平和資料館》
(Photo by ISSA)
機体後部に、数秒間だけ噴射可能な固体燃料ロケット3基を装備し、機首部には巨大な徹甲弾(注1) を搭載。
(注1) 特攻隊の戦闘機が抱えていたものが250kg爆弾だったので、人間爆弾「桜花」(炸薬量1.2トン)や、人間魚雷「回天」(炸薬量1.5トン)が、如何に破壊的であったが分かる
一式陸攻の腹部に吊り下げられて基地を発進し、敵艦隊に近づくと特攻隊員が機体に乗り込み、高高度から切り離され、

《鹿児島県鹿屋市・鹿屋航空基地史料館》
(Photo by ISSA)
しばらく滑空した後、3基の固体燃料ロケットを順次、手動で点火しながら敵艦に向かいます。

最終的には時速800kmという超高速になるので、当時の軍艦や戦闘機では迎撃が極めて困難であり、桜花は米軍から最も恐れられた存在となっていました。
米軍のレーダー網に阻まれる
しかし、米軍は特攻機から主力の戦艦や空母を守るため、レーダー(注2) を装備した軍艦を配置した円状の防御陣形(レーダー・ピケット・ライン)を取るようになっていました。
(注2) 米軍のレーダーの性能を飛躍的に高めたのは、皮肉にも日本人が発明した八木・宇田アンテナの技術だった

によって苦戦を強いられた
(Created by ISSA)
加えて、桜花は高度7,000mから投下しても、到達距離は40kmにしかならないので、一式陸攻は敵のレーダーに探知されることを覚悟の上で、標的のギリギリまで近づく必要があったのです。
そのため、切り離し地点に到達する前に、ピケット艦に探知され、しばしばF6Fヘルキャットなどの米軍戦闘機の餌食になりました。

《鹿児島県鹿屋市・鹿屋航空基地史料館》
(Photo by ISSA)
桜花の開発経緯
1944年10月1日、百里原飛行場(現在の航空自衛隊・百里基地)に第七二一海軍航空隊(神雷部隊)が編成され、ここで開発試験が行われました。

10月23日、海軍航空技術廠(空技廠)は、相模湾において桜花ダミー機の母機からの離脱実験を行い、その後、単座練習機の実用試験に成功します。

《鹿児島県鹿屋市大手町・リナシティかのや》
(Photo by ISSA)
11月7日、本格的な訓練のため、部隊は神ノ池飛行場(現在の茨城県鹿嶋市・櫻花公園付近)へと移転。

《茨城県鹿嶋市光・櫻花公園》
(Photo by ISSA)
11月20日、空技廠は桜花の弾頭部の爆発試験に成功します。

《茨城県鹿嶋市光・櫻花公園》
(Photo by ISSA)
空母「信濃」と共に大海に沈む
こうして、実戦投入に向けた最終確認を終えた桜花は、横須賀から呉に回航する空母「信濃」(注3) に50機を載せて運ばれたのですが、
11月29日、「信濃」は潮岬沖で米潜水艦による雷撃を受けて、50機の桜花もろとも沈没してしまいました。
(注3) 「信濃」は当初、「大和」「武蔵」に次ぐ第3の戦艦として横須賀海軍工廠で起工されたが、ミッドウェー海戦での大敗に伴い、戦艦から空母へと設計変更がなされた
沖縄戦のため鹿屋に進出
その後、態勢を立て直した部隊は、沖縄方面での菊水作戦に参加するため、1945年1月20日、九州の最前線である鹿屋へと移転しました。
その際、鹿屋基地の近傍にあった野里国民学校が、神雷部隊の宿舎として使われました。

《鹿児島県鹿屋市野里町》
(Photo by ISSA)

《鹿児島県鹿屋市大手町・リナシティかのや》
(Photo by ISSA)
2月10日、宇垣纒・海軍中将が着任して第五航空艦隊が新編されると、神雷部隊もこれに編入され、他の特攻隊ととも鹿屋から出撃するようになります。

《鹿児島県鹿屋市野里町》
(Photo by ISSA)
初陣で大敗を喫す
3月19日、桜花の初陣が決まると、神雷部隊の指揮官であった岡村基春・海軍大佐は、
「護衛の戦闘機が十分ではないので、このままでは目標に到達する前に部隊は全滅してしまう」と、宇垣中将に出撃の見合わせを具申しますが、

《鹿児島県鹿屋市大手町・リナシティかのや》
(Photo by ISSA)
宇垣中将から「このような好機(米艦隊が近くにいる状況)に桜花を使わずして、いつ使うというのか」と言われ、聞き入れてもらえませんでした。
3月21日、こうして野中五郎・海軍少佐が率いる第1次桜花特攻隊が出撃することになったのですが、

《茨城県鹿嶋市光・櫻花公園》
(Photo by ISSA)
結局、岡村大佐が予見したとおり、桜花を抱えた一式陸攻18機すべてが、目標に到達する前に全滅するという凄惨な結果に終わりました。
証明された恐るべき破壊力
その後、戦術を立て直した神雷部隊は、4月から5月にかけて戦果を上げています。
4月12日、土肥三郎・海軍中尉が操縦する桜花が、米駆逐艦「マナート・L・アベル」の中央部に命中し、衝撃で船体が真っ二つに折れて轟沈。
同日、別の桜花が米駆逐艦 「スタンリー」にも被害(注4) を与えました。
(注4) 桜花は、そもそも戦艦や空母などの大型艦を想定して設計されていたため、比較的に装甲が薄かった「スタンリー」の場合、艦首部を突き抜けた後に爆発したという
5月4日、沖縄周辺で防空任務にあたっていた米駆逐艦「シェイ」の右舷に桜花が命中し、艦橋や戦闘指揮所を破壊。
5月11日、神風特攻機と桜花による連合攻撃では、米駆逐艦「ヒュー・W・ハドレイ」を大破させました。
失った代償は大きかった
このように、起死回生のゲーム・チェンジャーとして期待された桜花でしたが、最終的に桜花を運用した神雷部隊が支払った代償は、極めて大きなものでした。

(Created by ISSA)
櫻花別盃之地碑
野里国民学校跡の近くには、神雷部隊が出撃前に最後の杯を交わした場所に櫻花の碑が建っています。

《鹿児島県鹿屋市野里町》
(Photo by ISSA)
昭和20年春、出撃していった桜花の隊員たちを祀るため、神雷部隊の特攻隊員であった小城久作氏が建立し、作家の山岡荘八氏(注4) が揮毫しました。
(注4) 1945年4月、川端康成氏とともに、海軍報道班員として鹿屋の神雷部隊に滞在し、特攻隊員たちの「生と死」に向き合ったことが、その後の彼らの創作活動に大きな影響を与えたという

していた山岡荘八と川端康成☆
《鹿児島県鹿屋市・鹿屋航空基地史料館》
(Photo by ISSA)
現在、野里国民学校があったところは、まるで何事もなかったかのように、「田の神」が見守る、のどかな田園風景が広がっています。

《鹿児島県鹿屋市野里町》
(Photo by ISSA)
桜花が描かれた作品
故・松本零士さんの「ザ・コクピット」シリーズでは、「音速雷撃隊」として神雷部隊の奮闘が描かれたほか、
2015年には映画化されました。
「海ゆかば」のご紹介
この映画のバックグラウンドで流れる「海ゆかば」について、少しご紹介しておきたいと思います。
この曲は、1937年に作曲された日本の国民歌謡のひとつで、特に戦時中は準国歌、第二国歌とも呼ばれました。
海行かば水浸く屍
山行かば草生す屍
大君の辺にこそ死なめ
かへり見はせじ
※ 信時潔が749年の万葉集から引用
信時潔により、大伴家持の歌詞を原詞として作曲された荘重な調べで、戦没者へのレクイエム(鎮魂歌)となりました。
特攻隊について考えて欲しいこと
知名度の高い知覧に行きたがる人の中には、しばしば、単なるウケ狙いや、SNS映え、「道に迷ったら知覧に行け」的な自己満足など、動機が不純な人たちが見受けられます。
特攻隊のことを、本当に深く理解(わか)りたいと思う方は、犠牲者の規模や、特攻兵器・作戦の多様性という観点では、鹿屋の方が、より多くの学びがあると思いますので、是非、鹿屋にも足を運んでみて下さい。
特攻隊の真実を学思し
鎮魂を捧げる場所
という特攻史料館の本来の趣旨だけは、どうか見誤らないようにして欲しいと思います。

《鹿児島県鹿屋市・鹿屋航空基地史料館》
(Photo by ISSA)
そして、特攻隊について深慮するとき、次の点について自問してみて下さい。
📌 特攻は「テロ」なのか
📌 彼らは洗脳されていたのか
📌 彼らは血も涙もない人間だったのか
答えは、すべて「ノー」です。
(というか、すべてが対極)
何故、「ノー」なのか。
その答えは、過去の記事で述べていますので、もし、ご関心があれば、訪れてみて頂ければと思います。
おわりに
特攻という作戦の是非を問われれば
それはもちろん
二度とあってはならないこと
だと思います
他方で、この時代この状況に置かれた
隊員一人一人の心中を思うとき
利己的だったり、狭視野的なままでは
恐らく真実にはたどり着けまい…
と思う部分もあります
国の行く末を案じ
愛する郷土・家族のために
身を奉じると覚悟を決めた御心に
「崇高な人間性」を感じることは
とても自然な感情であり
こうした気持ちに蓋をせず
彼らが置かれた心境に寄り添い
共感し涙することが
英霊に対する本当の「レクイエム」
なのではないでしょうか…
最も美しい名を冠しながら
最も壮絶な戦いに挑んだ
「桜花」の特攻隊員と
彼らの大義を支え続けた
「一式陸攻」の搭乗員に
心からの深い崇敬の念を
捧げたいと思います💐

いつも、ありがとうございます🍀
