”何も起きない”に賭ける危うさ、中東危機が知らせる「外注で支えられた平時」の終わり
皆さん、こんにちは。村田雅志です。
「トランプがまた暴れている」
「中東なんて遠い話だ」
「停戦したなら、いったん終わりでしょ」
そう思っている方も多いかもしれません。
しかし私は、今回のアメリカとイランをめぐる動きを、
単なる“トランプ劇場”と片づけるべきではないと思っています。
なぜなら、ここで起きているのは、一人の大統領の気まぐれではなく、
アメリカという国家が、長く背負ってきた役割を組み替え始めている
という話だからです。
この変化は、中東の話にとどまりません。
エネルギー、物価、株価、円相場、安全保障、企業経営、働き方。
私たちが「当たり前」だと思ってきた日本の平時の前提そのものに、静かに亀裂を入れ始めています。
今回のコラムでは、トランプ政権の対外姿勢、イランとの対立、地政学の基本構造を整理した上で、日本人が本当に見るべき論点を考えてみたいと思います。
今回もぜひ最後までお付き合いのほどお願いいたします。
トランプは「異常」ではなくアメリカの構造
まず確認しておきたいのは、トランプの対外姿勢は、彼の個人的な気質だけで説明できないということです。
アメリカはそもそも、ヨーロッパの大国政治から距離を取り、自国の安全と繁栄を優先する発想の上に生まれた国です。
冷戦期にはソ連封じ込めのために「世界の警察官」であることに戦略的意味がありました。しかし、冷戦が終結した後、その前提は徐々に薄れました。
アメリカのオバマ大統領(当時)は2013年のシリア演説で、アメリカは「世界の警察官ではない」という立場を明言しています。
さらに、2025年末に公表された国家安全保障戦略では、西半球重視と同盟国への負担転嫁がより鮮明になりました。
加えて、アメリカは2025年に原油生産で過去最高を更新し、LNGでも世界最大の輸出国です。つまり、遠い地域の秩序維持が、昔ほどアメリカ自身の生存条件ではなくなっているのです。
この意味で、トランプは「突然現れた逸脱者」ではありません。
むしろ、アメリカが長く抑えてきた本音を、露骨に、商人的に、そして遠慮なく表に出している存在、と見たほうが自然です。
なぜイランは、そう簡単に終わらないのか
アメリカとイランの対立は、昨日今日に始まったものではありません。
1951年、モサデク政権下のイランは、英系石油会社の国有化を進めました。その後、1953年にモサデク政権が倒され、シャー体制が復権します。さらに1979年の革命で反米色の強い体制が成立し、同年のアメリカ大使館人質事件では、アメリカの外交官らが444日拘束されました。ここには、石油、体制、宗教、そして屈辱の記憶が折り重なっています。
しかもイランは、中東の一国として孤立しているわけではありません。
世界のムスリムのうちシーア派はおおむね10~13%ですが、イランはその中心的な大国であり、地域の複数勢力に影響力を持っています。だからこそ、イランをめぐる緊張は、単なる二国間対立ではなく、中東秩序そのものの揺れとして表れます。
足元でもそれは同じです。4月8日にアメリカとイランは二週間の一時停戦に合意しました。しかし、これは恒久和平ではなく、条件付きの脆い休戦にすぎません。
地政学は国家の座標軸
地政学という言葉を出すと、どうしても話が大きくなりすぎると感じる方もいるかもしれません。
しかし、国家の行動を理解するうえで、地政学は今でも極めて有効です。
とりわけ重要なのが、ユーラシア大陸の中心部と、その周辺地域をどう見るかという視点です。
東欧。中東。南アジア。朝鮮半島。
このあたりで紛争が繰り返されるのは、偶然ではありません。
資源、海峡、宗派、文明圏の境界、大国の緩衝地帯。
あまりにも多くの要素が重なりやすいからです。
イランもまた、その典型です。
中東の一国でありながら、エネルギー、宗派、対イスラエル、対米、対ロシア、対中国、海峡封鎖リスクといった複数の地政学要因が一点に集中しています。
つまり、イランをめぐる緊張は、単なる“危ない国の問題”ではなく、
世界秩序の継ぎ目に生じる摩擦なのです。そうした要素が重なりやすい「継ぎ目」では、紛争は偶然ではなく、構造として繰り返されます。
今回のアメリカとイランの衝突を「トランプが気分で始めた」と考えてしまうと本質を見誤ります。
地政学は、「なぜそんなに非合理に見えることが起きるのか」を、感情論からではなく構造から理解するための座標軸と言えます。
それでも株式市場がすぐに崩れない理由
ここまで読むと、
「そんなに危ないなら、世界の株式市場は、
もっと大きく下がってもよさそうだ」
と思われるかもしれません。
しかし、市場はしばしば、地政学の深刻さと同じ速度で動きません。
理由は単純で、今の相場の主役は、中東情勢それ自体ではないからです。
AI、半導体、データセンター、電力需要、再産業化、防衛関連。
こうした巨大テーマが、依然として相場の中核にあります。
中東リスクは無視できません。
エネルギー価格の上振れ、物流の混乱、企業マインドの悪化は当然ありえます。ただし、それがただちに「世界全体のリスク資産崩壊」につながるとは限りません。
むしろ今の局面では、
地政学リスクは相場全体を壊す要因ではなく、
資金の行き先を選別し直す要因
として効いている面が強いように見えます。
なぜアメリカはイランに向かうのか
ここで忘れてはならないのが、アメリカの国内政治です。
アメリカの大統領は、抽象的な“国益”だけで動いているわけではありません。
支持基盤、献金、宗教、選挙、政権内の人材構成、メディア環境
そうした国内要因が、対外行動に強く影響します。対外政策は、抽象的な国益だけで決まるわけではありません。支持基盤、宗教、選挙、メディア、そして政権内人事が大きく効きます。
トランプ政権がキリスト教保守層、とりわけ福音派によって強く支えられている構図はよく知られたことです。福音派プロテスタントはアメリカ成人の23%を占めます。今回のイラン戦争をめぐって、白人福音派がトランプ支持基盤の中核として意識されていると報じられています。
また、イランへの軍事行動への支持は共和党内で強く、共和党支持者の85%が対イラン軍事行動を支持しました。つまり、対イラン強硬は、単なる外交判断ではなく、国内政治的にも“採算が合う”ものなのです。
一方で、政権の意思決定が本当に安定しているかは別問題です。
国家安全保障担当のマイク・ウォルツは2025年5月に更迭され、後任は一時的にマルコ・ルビオが兼務しました。
政権の対外判断には、常に人事と内紛の不安定さがつきまといます。
強硬であることと、戦略的に首尾一貫していることは、同じではありません。
日本人が本当に見るべきもの
以前、私はインフレと円安が、日本社会に新しい階級を生むと書きました。
今回あらためて感じるのは、そのさらに上流に、日本人がどの秩序の上で暮らしているつもりなのかという問題がある、ということです。
戦後の日本は、きわめて特殊な環境の上に成り立ってきました。
安全保障はアメリカ
エネルギーはグローバル市場
通商秩序は自由貿易
物価は低位安定
国内で真面目に働き、円で給料を受け取り、制度の中で生きていれば、人生設計は大きく外れない。
そういう時代が、長く続きました。
しかし、いま起きているのは、その前提の解体です。
アメリカは、もはや、無条件の秩序供給者ではなくなりました。
エネルギーは、いつでも滑らかに入ってくるとは限りません。
通貨も物価も、外からのショックで簡単に揺れるようになりました。
そして日本は、それらを決める側ではなく、受け取る側にいます。
「日本も軍事大国になれ」という単純な話ではありません。
ここで重要なことは、個人レベルで、
何も起きないことを前提に人生設計を組むこと自体が、最も危うい賭けになりつつあるということです。
会社が守ってくれる。
円だけ持っていればよい。
国内制度の中だけで完結していれば十分。
遠い戦争は、自分には関係ない。
こうした前提は、これからますます脆くなるでしょう。
日本人が本当に失うのは、
外部に委ねておけば日常が成立した平時
です。
もしその時代が終わるのだとしたら、最後に差を生むのは、楽観でも悲観でもありません。
自分の仕事、住む場所、学び方、資産の持ち方を、秩序が揺らぐ前提で組み直せるかどうかです。
私は、そこにこそ、これからの日本社会の見えにくい分岐点があると思っています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
皆さんは、これからの日本で
「最も当てにしてはいけない前提」は何だと思われるでしょうか。
アメリカの庇護でしょうか。
円の安定でしょうか。
それとも、国内だけで完結する働き方でしょうか。
コメントで教えていただけると嬉しいです。
もし、今回の内容が「視点が増えた」と感じていただけたら、記事へのスキと、noteのフォローをいただけると励みになります。
よろしくお願いいたします。
なお、私の「Xアカウント」では、
こうした“世界の構造変化が、日本の暮らしや制度にどう跳ね返るか”
を、日々リアルタイムで追っています。あわせてご活用ください。
また次回のコラムでお会いしましょう。
村田雅志(むらた・まさし)
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