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【ポルトガル生活】環境を変えても、変わらなかった自分の話。

こんにちは、SHUNです。

2025年9月にポルトガル・ポルトに来て、半年が経ちました。
そして、仕事を辞めてから振り返ると、もう少し長い時間が経ちました。

書きたいのは、ポルトに来て半年、そして仕事を辞めてから見えてきた「思っていたのと違ったこと」についてです。

「環境を変えれば、自分も変わる」。
渡航前、どこかでそう信じていた気がします。
でも半年経った今、正直に言えることがひとつあります。

環境を変えても、変わらなかった部分が、確かにある。

そして、むしろその「変わらなかった部分」こそが、自分にとっていちばん大事な気づきだったのかもしれない、と今は思っています。


ここまでの道のり

2025年
7月:最終出勤 → 有給消化開始
8月:ワインエキスパート一次試験合格🌸
9月:🇵🇹 渡航 → ポルトガル周遊(リスボン、エヴォラ、エストレモス、コインブラ、アヴェイロ)
10月:🇵🇹 ポルト生活スタート
11月:🇩🇪 ベルリン & 🇩🇪 ドレスデン/🇵🇹 バルセロス
12月:🇵🇹 リスボン/CISM合格🌸

2026年
1月:🇬🇧 ロンドン/🇵🇹 ブサコ/AWS SAP・DOP再認定🌸
2月:🇹🇷 イスタンブール & 🇬🇪 トビリシ/AAISM合格🌸
3月:🇫🇷 ボルドー & 🇪🇸 サン・セバスティアン & 🇪🇸 ビルバオ ← 今ここ


まずは数字で振り返る

せっかくなので、定量的に振り返れる部分は、先に並べておきます。

資格・学習

  • CISM: 試験合格

  • AAISM: 試験合格

  • AWS SAP / DOP: 更新(再認定)完了

  • ワインエキスパート一次試験: 合格(二次試験は2026年帰国後に持ち越し)

  • 総学習時間(StudyPlus計測): 約474時間(2025年10月6日〜2026年3月1日)

明確な学習のみ記録

各資格の勉強法や裏側の思考については、個別の合格体験記にまとめています。

旅行(ポルト拠点で各地へ)

  • 🇵🇹 ポルトガル国内: リスボン、エヴォラ、エストレモス、コインブラ、アヴェイロ、バルセロス、ルゾ/ブサコなど

  • 🇩🇪 ドイツ: ベルリン、ドレスデン(世界最古のクリスマスマーケット)

  • 🇬🇧 イギリス: ロンドン(アフタヌーンティー&ハリポッター)

  • 🇹🇷 トルコ: イスタンブール(人生初のビジネスクラスと猫の街)

  • 🇬🇪 ジョージア: トビリシ(硫黄温泉と初のジョージア料理)

  • 🇫🇷 フランス: ボルドー(ワインエキスパートで学んだワインや風景)

  • 🇪🇸 スペイン: サン・セバスティアン、ビルバオ(美食の街でバル巡り)

  • 今後の予定: 🇵🇹マデイラ島、🇲🇦モロッコ、🇵🇹アゾレス諸島など

生活

  • 月の生活費: 約30〜35万円(夫婦2人・ポルト中心部・75㎡ロフト付き)

  • 為替: 想定1€≒165円 → 現在1€≒183円前後(じわじわ効いてくる痛み)

数字だけ見ると、「けっこう充実してるじゃん」と思えるかもしれません。
実際、外側だけなら、そう見えると思います。

でも、この期間の「内側」は、もう少し複雑でした。

なお、家賃や食費を含めたポルトでの生活費のリアルについては、こちらの記事で詳しく書いています。


ポルトガルという国で暮らすということ

到着。そして「本当に1年間いけるのか?」

2025年9月2日、ポルトガル・リスボンに到着しました。

最初の1ヶ月間は、ホテルを転々としながら移動する生活でした。
リスボン、エヴォラ、コインブラ——そして定住の地となるポルトへ。

住む場所はもともとポルトに決めていたのですが、せっかくなら最初にいろんな街を見てみたかった。
でも実際は、毎週スーツケースを引いて移動する生活が、想像以上に体力も気力も削りました。

そして、到着直後の正直な感想を書きます。

「本当にここで1年間暮らしていけるのか?」

道端は思っていたより雑然として見えた。
スーパーに行っても、日本みたいに新鮮な野菜がずらっと並んでいるわけではなかった。
当然ポルトガル語は分からない。お店で何か聞いても、少し冷たく感じることもあった。

それに、渡航前は「ポルトガルはもう少し物価が安いのかな」と思っていたのですが、少なくとも到着直後の自分には、家賃や外食、ちょっとした日用品まで含めて、思っていたほど気楽な水準には感じられませんでした。

正直、なんなんだ一体、と思いました。


でも、少しずつ変わっていった

変わったのは、ポルトガルではなく、自分の方でした。

生活に慣れていく中で、最初は見えなかったものが少しずつ見えてきた。

話しかけると、驚くほど親切に、笑顔で対応してくれる人が多かった。
レジのおばちゃんも、カフェの店員さんも、道を聞いた通行人も。
ポルトガル語が分からない私たちに、身振り手振りを交えて一生懸命伝えようとしてくれる。
英語が通じるお店も多く、「言葉の壁」にぶつかって立ち往生する場面は、思っていたほど多くなかった。

買い物にも慣れてきました。
スーパーの使い方が分かり、Continenteアプリのポイント還元を覚え、Bolhão市場で新鮮な野菜や果物を選ぶようになった。
実は、ポルトガルの野菜も果物も、慣れてしまえばとても美味しい。

そして何より、ポルトという街が、本当に美しかった。

少し歩けば絶景が広がる。
ドン・ルイス1世橋から見下ろすドウロ川、夕暮れ時のリベイラ地区、アズレージョが輝く教会の壁。
歩くたびに写真を撮りたくなるし、動画を回したくなる。

以前の記事で散歩のことを書きましたが、あの記事の景色は、誇張ではなく「日常」です。
階段だらけの街を息を切らしながら登った先に、ふっと視界が開ける。
その瞬間だけで、「ああ、ここに来てよかったな」と思える。

最初の「なんなんだ一体」から、半年後の「ここに来てよかった」まで。
この変化自体が、キャリアブレイクがくれた贈り物かもしれません。


お金が減り続ける、という静かなストレス

これは渡航前から分かっていたことです。
「1年間、基本的にフルタイムでは働かない」と決めた以上、貯金が減っていくのは当たり前。

頭では分かっていました。
でも、毎月30万円以上が出ていく現実は、想像以上にメンタルを削ります。

日本にいた頃は、毎月給料が振り込まれることが「当たり前」でした。
その当たり前がなくなったとき、驚くほど自分の中の安定感が揺らぎました。

スーパーで買い物をするとき、ふと「これ、本当に必要かな」と考えてしまう。
カフェでナタ(エッグタルト)を食べるだけなのに、「今月もう何回カフェに行ったっけ」と数えてしまう。
旅行から帰ってきて、Wiseの残高を見て、少し気持ちが沈む。

「キャリアブレイクは投資だ」と自分で書いていたのに、実際には小さな出費にビクビクしている。
このギャップが、けっこうキツかった。

ただ、苦しかったからこそ分かったこともあります。
自分にとって「お金」は、単なる数字ではなく、「安心」そのものだったということ。
会社員時代の安定感は、お給料という「安心の供給」で成り立っていた。それを失って初めて、自分がどれだけそこに依存していたかが見えました。


ここまでが、数字と事実で語れる「この期間の結果」です。

ここから先は、その裏側で考えていたことを、もう少し正直に書いています。
夫婦ふたりで暮らす中で初めてぶつかったこと。
自由な時間の中で見えた、自分の怠惰さや意志の弱さ。
そして、残り半年をどう組み直したいと思っているか。

応援の意味も込めて読んでいただけたら、とてもうれしいです。


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