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【完結編】名盤『ザ・ケルン・コンサート』の写真の謎を探ってみた

以前、キースジャレットによるソロピアノの即興演奏の金字塔『ザ・ケルン・コンサート』(1975年1月24日ライブ録音)の印象に残るアルバムジャケット写真の出自の謎について調べた記事を書きました。

その拙記事『名盤『ザ・ケルン・コンサート』の写真の謎を探ってみた』での結論はこちらです。

「1972年6月16日にベルリン新国立美術館の彫刻庭園に於いて開催された屋外コンサート”Jazz in the Garden”のイベントで、聴衆に囲まれて地元製造のベヒシュタインピアノをトリオ演奏で弾くジャレットの姿を捉えた、ベルリン出身の写真家が撮影した作品をジャレットが気に入ってアルバムジャケットに採用したもの」

2024年2月9日Note拙記事(以下リンクより)

コンサートから時を遡ること約2年半前に、ベルリンでの屋外演奏時に撮影された写真だった、という仮説を立てました。詳細はこちらをどうぞ。

今般、ECMレーベルがコンサート当時の様子を記し、新規の写真を含む50周年を記念する2枚組LPのSpecial Editionを12月12日に発売するということで、これを機にアルバムジャケット写真に関する個人的に導き出した結論をお伝えすることにしました。また、演奏時ではありませんが、コンサート前後に撮影されたと考えられる写真を幾つか特定していますので、それらについても後述いたします。

https://www.universal-music.co.jp/keith-jarrett/news/2025-10-31/

同コンサートの背景や演奏に関しては、こちらの拙記事をどうぞ。

さて、更なる調査の手掛かりとして依拠するのは、前回の記事で出自として触れたアルバムジャケット写真撮影者のウォルフガングフランケンシュタイン氏による”PIANOPHOTO”と名付けられた1982年初版の写真集です。

https://www.abebooks.com/first-edition/Wolfgang-Frankenstein-PIANOPHOTO-Berlin-Konzert-Verlag/30440536093/bd

仮説を事実として結論付ける何らかの手掛かりがそこにあるだろうと、ドイツのオンライン書店で販売されていた初版の古本を購入して取り寄せてみました。価格は送料込みでUS$47.41で、内訳を言うと送料の方が書籍より高くて躊躇しましたが、ここまで来て後戻りは出来ないので、期待を込め、ポチッと言うよりは神頼みの心持ちで手に汗をかきながらギュッと購入ボタンを押しました。

待つこと約二週間、思いの外、大きいA4サイズの書籍が簡素な梱包で遂に手元に届きました。

写真集の奥付

では、写真撮影場所と特定したベルリン拠点の出版社による1982年の初版に掲載されているジャレットの写真を見ることにしましょう。もちろん、期待を裏切ることなく以下のアルバムジャケット写真を含む、計10枚が掲載されていました。

表ジャケット⑩80ページ
https://ecm-server.de/audio/00422810/0042281006722/Cover_1000.webp
裏ジャケット③73ページ
https://www.facebook.com/share/p/1GmBZ4m2y9/?mibextid=wwXIfr

写真集の目次には、著名なジャズピアニスト達の名前が並んでいます。中身は大半がドイツで撮影された白黒のピアニストの情動が伝わって来る芸術的な要素を持った写真群です。写真集の表紙にも登場しているジャレットは最後、大トリの位置に掲載されています。

目次の該当箇所

遂に待ち望んでいた決定的な証拠がそこにありました。この写真集に期待していた確固たる証拠、それは撮影時のクレジットです。目次にはベルリン新国立美術館で開催された屋外コンサート、”Jazz in the Garden”での撮影とあり、仮説が正解だったと胸を撫で下ろしました。

しかし、何か違和感があります。記載されている撮影時期が1971年と、私の資料による調査が導き出した1972年とは異なるためです。

前回の調査時にも直面した撮影年問題が再浮上した次第ですが(1973年説)、出版社も存在しておらず確認のしようもありません。ここまで辿り着いて歯痒いところですが、前回調べたコンサートパンフレットにあった日付と同年のジャレットの欧州ツアースケジュールの整合性、Keithjarrett.orgに掲載されているジャレットの1971年のコンサート記録はマイルスデイビスのバンド演奏のみであり、ジャレットがこの年度以外に”Jazz in the Garden”に参加した記録が無いという状況証拠から、1972年と結論付けたいと思います。こういった記載のバラツキが悩ましい反面、事実探求の面白みでもあります。

気を取り直して、ジャケット写真以外でオンライン上にて閲覧が可能な同写真集掲載作品を紹介します。調査の重要な手掛かりとして取り上げてきた以下の2枚が含まれていました。

②72ページ
LOS ANGELES - CIRCA 1973: Musician Keith Jarrett poses for a portrait session in CIRCA 1973 in Los Angeles, California. (Photo by Michael Ochs Archives/Getty Images)
⑨79ページ
Wolfgang Frankenstein Date1972, June 10
KEITH JARRETT TRIO
https://www.willisaujazzarchive.ch/photos/1972/1210.html

参照元となった写真のクレジット、②のGetty Imageの1973年ロサンゼルスも、⑨の写真を掲載している1972年のスイスのヴィリザウジャズフェスティバルのクレジットも、写真集が正だとすると誤りだということが分かります。

写真集には、あと6枚の写真が含まれています。貴重な資料なので、それらについても公開する価値があるかと、先ずはオンライン上の有無を画像検索や様々なキーワードでサーチしましたが見当たりません。そのため、思い立って掲載許諾の可否をドイツの著作権協会に問い合わせてみました。同書が絶版されていて先に申し上げた通り版元も存在していないためです。すると、日本での許諾は一般社団法人日本美術著作権協会(JASPAR)が担っているとの連絡があり、その流れでJASPAR経由にて非商用目的での期間限定の著作権利用許諾を取り付けられることが判明しました。許諾手続きというと煩雑で時間を要すイメージを抱いていましたが、明快な利用料単価が定められており、申し込みから決済まで使用許諾プロセスが定められていて円滑且つ容易で大変驚きました。そういった後押しもあり、今般、許諾料を払って非商用目的で公開することに決めました(関係者の方々に感謝です)

一方で、許諾契約(許諾番号C5253)に基づき一年間の期間限定での掲載となりますのでご容赦ください。

それでは、今回許諾を取得した、恐らく大半の方にとっては初見となるはずの写真を眺めてみましょう。ここからは手元にある写真集の掲載作品をGoogleのフォトスキャンアプリ(使い勝手が良くて素晴らしい)で撮影したiPhoneによる写真です。ジャレットの服装、背景の観客の雰囲気、あのジャケット写真と同じ演奏時のもので間違いありません。

@VG BILD-KUNST, Bonn & JASPAR, Tokyo, 2025
C5253
①71ページ
@VG BILD-KUNST, Bonn & JASPAR, Tokyo, 2025
C5253
④74ページ
@VG BILD-KUNST, Bonn & JASPAR, Tokyo, 2025
C5253
⑤75ページ
@VG BILD-KUNST, Bonn & JASPAR, Tokyo, 2025
C5253
⑥76ページ
@VG BILD-KUNST, Bonn & JASPAR, Tokyo, 2025
C5253
⑦77ページ
@VG BILD-KUNST, Bonn & JASPAR, Tokyo, 2025
C5253
⑧78ページ

いかがでしたか。ジャレットは音楽同様に表情にも豊かな表現力がありますね。あの独特の雄叫びや唸り声がピアノの音色と共に写真から伝わってくるかのようです。静止画ではありながら、動きが感じられる瞬間を捉えていることと、写真に付帯的なものを含めて多くの情報が含まれていることが分かります。これらの写真を純粋に鑑賞できるように写真へのコメントは控えましたが、その下に許諾クレジット共に番号とページ数を付記しました。写真集では、その番号順に掲載されていますので、もし良かったら、ページめくりのように番号順でもご覧ください。フランケンシュタイン氏が意図した一連のジャレットの動きの流れが掴めるかと思います。

そして、仮説立てに多大なる情報を与えてくれた以下の写真は、同コンサート時の撮影と推測されるものの、写真集には含まれておりませんでした。クレジットやジャーナリスト的な作風の違いからすると別の撮影者の方の作品なのでしょうか。

(GERMANY OUT) Jarrett, Keith *08.05.1945-Musiker, Pianist, Komponist, Jazz, USA- Portrait waehrend der Veranstaltung 'Jazz in the Garden' in Berlin- 1972 (Photo by Binder/ullstein bild via Getty Images)
© Staatliche Museen zu Berlin, Neue Nationalgalerie/Frank Roland-Beeneken
https://blog.smb.museum/jazz-in-the-garden-musik-in-der-neuen-nationalgalerie/

若干話が逸れますが、この撮影から約4年後の同じ会場における山下洋輔さんの演奏時の姿も写真集に掲載されていました。ジャレット同様に素晴らしい写真ですので、これはまた別の機会に紹介したいと思います。

その写真集のあとがきには、「私にとって最も重要な要素は時間の点(Punkt)だ。この真実の一瞬こそが写真である」と述べて、ジャズの巨人エリックドルフィーが語った有名な言葉、”If it's played, it's gone in the air"を引用するフランケンシュタイン氏による、音楽と視覚芸術の関係性に関する興味深い記述があります。それは、抽象絵画の創始者とされるロシア出身の画家であり、美術理論家でバウハウスの教官でもあったヴァシリー・カンディンスキーの名を挙げて恐らくその著書『点と線から面へ』を参照した形での音楽と視覚芸術の概念比較です。

音楽(聴覚芸術) / 視覚芸術 (造形芸術)
Klang (響き) / Farbe (色彩)
Rhythmus (リズム) / Punkt (点)
Melodie (メロディー) / Linie (線)
Harmonie(ハーモニー) / Fläche(面)
Zeit (時間) / Raum(空間)
Hören(聴く) / Sehen(見る)

Wolfgang Frankenstein
Berlin, 25. 10. 1982

ウォルフガングフランケンシュタイン著
“PIANOPHOTO”あとがき
Gemini翻訳

カンディンスキーは、線的な楽器としてパイプオルガンを、点的な楽器としてピアノを挙げていますので、フランケンシュタインはそれも意識してピアノを題材とした写真を撮影したものと考えられます。そして、目で視るものと耳で聴くものには、美を構成する共通の要素があるということが分かります。

この音楽と視覚芸術の間で通じる概念の指摘として想起するのは、ジャズピアノの巨人ビルエバンスの手によるジャズ屈指の名盤”Kind of Blue”の日本の水墨画を即興音楽に擬えたライナーノーツです。ご興味ある方は、その翻訳を含んだ以下の拙記事をご覧ください。

そして、音楽と視覚芸術の交差点というと、先日まで東京都現代美術館で開催されていた坂本教授の展示会テーマを思い起こしました。

では、ケルンコンサートの際の写真は存在しているのでしょうか。もしかしたら今回の50周年記念盤に含まれているのかもしれませんが、可能性の高い写真を二つ特定しておりますので、ご紹介しておきます。

一つ目は、以前記事に取り上げた同コンサートで使用されたピアノを探し求めるフランス発で進行中のプロジェクト”Köln Tracks”が、その過程において入手したという、現存する唯一の写真として動画で紹介したものです。

“We've found the only photo from Keith Jarrett's Köln Concert”
https://youtu.be/MXVteJe3ibg?si=kLPLtTQAz8U9gANO

引き伸ばしてみます。色褪せのせいかもしれませんが、セピア色なのが時代を感じさせます。録音用にピアノの天板が外されてジャレットの正面にマイクが2本設置されていることがわかります。奥の手を組んでいる男性は誰なのでしょうか。この写真の撮影者と入手経路は、まだ明かされていません。

使用されたピアノはベーゼンドルファーの
1969年製モデル225との説がある

二つ目は、この名盤がミキシングされたシュトゥットガルト近郊のルートビヒズブルクにあるスタジオ”Tonstudio Bauer”内に掲げられている写真です。

ECMレコードレーベル50周年の一連の動画で、
本作を録音したマルティンヴィーラント技師が登場する回に一瞬映し出される右側の写真
https://youtu.be/MeH3EWeocKk?si=sCb1ihR2u_M1ij8Z
引き伸ばしてみると、こう書いてあります
Keith Jarrett „Köln Konzert“ 1975
Live-Mitschnitt für ECM
「キース・ジャレット『ケルン・コンサート』1975年
ECMのためのライブ録音」

同スタジオのホームページには、ジャレットの写真と同コンサートの録音とミキシングを手掛けた実績が掲載されていますが、この写真もコンサートの際に撮影されたものでしょうか。

https://en.bauerstudios.de/

先の写真同様に腕組みをしたスーツ姿の男性が背後に居るのが共通項ですが、同じ男性で同じ時に撮られた写真なのかは定かではありません。ジャレットの手元を見るとこちらは時計と指輪をしているのが、一つ目の写真との大きな相違点です。同スタジオのスタッフが録音に立ち会ったのは間違い無いので、こちらも信憑性の高い写真かと思います。そこで、駄目元でクレジットと共に飾られている二つ目の写真について、スタジオに直接メールで問い合わせをしてみました。

すると有難いことに御丁寧な返事を頂けました。その内容は、撮影者であり同スタジオの前オーナーだったRolf Bauer氏が2008年にお亡くなりになっているため、これがケルンコンサートの際に撮影されたものか100%断言出来ない、とのことでした(残念)。

ちなみにコンサートを収録した機材が同スタジオに保管されて現存しており、Instagramにて紹介されておりましたので、写真を掲載しておきます。

TELEFUNKEN M5-BANDMASCHINE
https://www.instagram.com/reel/DNPtqRXAyHF/?igsh=MWVwbnpjNTJ4bzJybQ==

その一連のInstagramにて、この機材を使った当時の収録について語っている女性がいるのですが、その方が以前の記事で参照したBBCのラジオ番組に登場して、ヴィーラント録音技師と共に収録時の様子を語っている、Bauer氏のご令嬢だとこの度認識した次第です。このコンサートを催したベラブランデス氏の他にもう一人、このコンサートに貢献した女性の語り部が存在しているということになります。

The concert promoter was an amateur jazz enthusiast: Vera Brandes, who was only 17 at the time. For this programme she returns to the Cologne Opera House, sharing her memories of an extraordinary evening with others who were there, including sound engineers Martin Wieland and Eva Bauer-Oppelland, and members of the audience.
コンサートのプロモーターはアマチュアのジャズ愛好家、当時わずか17歳だったベラブランデスでした。この番組のために、彼女はケルンのオペラ座に戻り、録音エンジニアのマルティンヴィーラントとエヴァ・バウアー=オッペランド、聴衆といった、あの特別な晩に立ち会った面々とその思い出を共有します。

BBCラジオ番組“For One Night Only -
Series 6 Keith Jarrett: The Cologne Concert”紹介文
https://www.bbc.co.uk/programmes/b0103z8j
Nabe訳
エヴァ・バウアー=オッペランド氏
https://www.instagram.com/reel/DQGg_aMgEil/?igsh=MTg5Z2JjeGpoMTQ4cw==

果たして、これらはコンサートの際の写真なのでしょうか。先ずは”Köln Tracks”の続報を待ちたいと思います。

今年はケルンコンサート開催から50周年のみならず、ジャレット生誕80歳周年の節目でもあります。

そのジャレットの近況が窺える映像がありますので最後にご紹介いたします。動画開始後10分あたりから左半身に不自由が残りながらも右手だけで演奏する姿を見ることができます。また、ジャレットを献身的に支えているパートナーのAkiko Yamazakiさんの姿も垣間見えますので、ご興味のある方はご覧ください。インタビューでは、ジャレット自身の近況、マイルス独特のしゃがれ声のモノマネを交えたその出会いの経緯みならず、「スタンダーズ・トリオ」を結成する前に、正メンバーとなったゲイリーピーコックではなくて、先ずスティーブスワローに声を掛けたものの、ウッドベースはもう弾かないという理由で断られたとのエピソード、トリオを組んだチャーリーヘイデンとピーコックの奏法の違い等についても語っています。インタビュアーのRick Beato氏によるジャレットをはじめとする一流アーティストの一連のインタビュー動画については、また別の機会に触れてみたいと思います。

これを以って、ケルンコンサートのアルバム掲載写真の謎について終止符を打ちます。そして今後はコンサート時の写真とピアノの情報を追っていきます。最後まで長文にお付き合いいただきまして、どうも有難うございました。

ジャレットの音楽と共に視覚芸術に溢れた素敵な一日をお過ごしください。

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