最強の青春物語『チボー家の人々』(ロジェ・マルタン・デュ・ガール)は20世紀ヨーロッパ社会が抱えた対立軸をこれでもかと盛り込み、なんとか解決を目指しながらも、第一次世界大戦の勃発を止めることができないという「終わりの始まり」を描いた大河小説なのだ! - 第一次世界大戦と戦争文学①
7月にスタートしたメンバーシップ用の記事も6ヶ月目に突入! いつもありがとうございます。あっという間の半年でした。
これまでは以下のようなラインナップでお送りしてきました。
◆7月「自己啓発本の変遷に見るわたしたちのリアリティ」
◆8月「シェイクスピアと陰謀論」
◆9月「柚木麻子『BUTTER』と王谷晶『ババヤガの夜』をきっかけに女性作家の活躍を考える」
◆10月「宮野真生子・磯野真穂 『急に具合が悪くなる』と偶然性と必然性と」
◆11月「現代日本で『紅楼夢』をどう読むか、かつての日本で『紅楼夢』はどう読まれてきたか」
今日から第6弾「第一次世界大戦と戦争文学」をお送りします。と言っても、無料部分もけっこうあるので、みなさん、途中までお楽しみください。
(よかったら、ぜひ、メンバーシップに!)
さて、早速、本題に入っていきましょう。
今月は「第一次世界大戦と戦争文学」と題して、代表的な作品を次々見ていこうと思っています。まずはフランスのロジェ・マルタン・デュ・ガール『チボー家の人々』から。
この作品は最強の青春物語として日本でも人気となりました。20世紀ヨーロッパ社会が抱えた対立軸をこれでもかと盛り込み、なんとか解決を目指しながらも、第一次世界大戦の勃発を止めることができないという「終わりの始まり」を描いた大河小説なので、これを読めば、当時なにが起きていたのか大体把握できます。
ただ、その前提として、ヨーロッパ史を振り返る必要があるので、少々、お付き合いください。時代区分については社会制度を中心にしています。
☆ 古代 特徴:奴隷制

大きな川沿いで灌漑農業による富の蓄積と定住が可能になりました。
文明が生まれ、文字が使われるようになったことで、以降、歴史記録が残され始めます。都市の建設が進み、権力者が誕生し、神話を根拠に武力で周辺地域の人々を制圧。奴隷を労働力や軍事力として使い始め、中央集権的な官僚機構が作られたと言われています。
話を西洋に絞ると、4世紀末から6世紀末にかけてゲルマン民族の大移動が起こったことで社会が混乱。ゲルマン民族が西ローマ帝国に侵入し、各地に王国を建国。それが後のヨーロッパ諸国につながっていきます。
小国が増えたことで武力の均衡に至り、戦争が減り、奴隷も土地も増えなくなります。結果的に奴隷制が崩壊します。
☆ 中世 特徴:封建制

中央集権が成り立たなくなったことで地方自治に移行。君主が諸侯に土地や人民の支配権を与え、諸侯は忠誠や軍役を奉仕する主従関係が広がっていきます。
君主>諸侯>農民 の身分が固定化。国教となっていたキリスト教はこれを理論的に支え、最下層の農民たちには「信じるものは救われる」で甘いことを言いながら、着実に腐敗が進み、ルターの宗教改革につながっていきます。
10~11世紀に気候変動や農具改革によって生産量が向上すると、余剰作物をお金に変える農民が増え、貨幣経済が浸透し、土地の価値が相対的に減少。オスマン帝国の台頭もあり、封建制は崩壊します。
☆ 近代 特徴:主権国家体制

ルターの宗教改革でキリスト教はカトリックとプロテスタントに分裂。貨幣経済の浸透で裕福な農民が増え、封建制に従わなくなると移動の自由が生まれました。
宗教的なしばりも弱くなってので好きなことをやる人が増え、コロンブスなど命知らずの若者たちが一発逆転を狙って新大陸を目指す冒険ビジネスにも乗り出します。こうして大航海時代が始まると世界中の情報が行き交うようになり、学者たちの知識も爆発的に増え、科学的な発見が次々なされるようになります。
各国、かつてないほど力を持つようになる中、複合国家だった神聖ローマ帝国で1618年から1648年にかけて三十年戦争が勃発。
三十年戦争はプロテスタントとカトリックの対立に端を発した宗教内乱だったはずなのですが、ハプスブルク家とブルボン家の対立、支援と称した他国の介入、火薬普及で大砲・小銃が標準装備となった軍事革命など様々な要素と思惑が重なり長期化。複雑に利害関係が絡み合う形で、800万人以上の死者を出す凄惨な戦いとなりました。
戦後の講話で結ばれたウェストファリア条約は、今後、似たような戦争の再発を防ぐため、神聖ローマ帝国内の各領邦国家に独立した主権を持つことを承認。相互に内政不干渉の原則を守る国際秩序が形作られました。これが現在まで続く主権国家体制の基礎となります。
他にも七年戦争など、大規模な戦争で疲弊した人々は現状の政治に不満を募らせ、アメリカ独立戦争(1775-83)やフランス革命(1789-99)といった市民革命が起こ流ようになります。ここから民族自決の思想が生まれ、他地域でも民族単位の独立国家が目指されます。
革命の後、フランスでは政治的混乱が生じ、ナポレオンが権力を掌握。
ナポレオンは自衛を名目にヨーロッパ全土を支配下に置こうと侵攻を続け、
ナポレオン戦争(1803-1815)を起こし、再び、戦乱の時代に突入していきます。
ちなみにトルストイ『戦争と平和』(1865-1869)はナポレオン戦争を軸に、近代戦争の悲惨さと無益さを描き、このままだとより大きな戦争につながると警告しました。
ナポレオン戦争終結後、正統主義と勢力均衡を原則とするウィーン体制が敷かれ、自由主義とナショナリズムを抑える形でヨーロッパに平和が訪れます。ただ、同時期、1760年からイギリスで産業革命が始まり、工業化で人々の生活スタイルは根底から変わり、資本家と労働者に社会は再編成。世界の資本も人口もなにもかもが爆発的に増加してしまいます。
そうなると安い労働力を得て、高く買ってくれる消費者を得ることが重要になり、各国、植民地の獲得を目指す帝国主義に至り、軍備強化が進んでいきます。このあたりから各国、悲惨な戦争を避けるため表立っては行動しないけれど、他国の揉め事を止めに入るという設定で、植民地拡大を図るようになります。
1853年から1856年にかけて、ロシアが南下政策を進め、民族自決の空気で弱体化していた多民族国家オスマン帝国に攻め入ると、聖地を守るとかギリシア正教徒を守るとか理由をつけて、イギリスやフランスが参戦。クリミア戦争が勃発し、勝利したイギリス・フランスの影響力は大きくなります。
このクリミア戦争は感染症による死が多発、看護師として派遣されていたナイチンゲールは衛生環境を整えれば救える命があると統計学を盾に軍部とバチバチに戦いました。「白衣の天使」という言葉のイメージに反し、理論と行動の人だったんですね。
クリミア戦争をきっかけにウィーン体制は崩壊します。見せかけの平和がなくなると1870年代、産業革命を背景とした生産力向上によって、余ったお金をダブつかせている銀行が産業に参入。お金を眠らせたままにしないため、株式会社に資本を投入することで経営に参画し、その売上が銀行を支える金融資本が完成。
そうなるとすべての会社と銀行は成長することが至上命題となり、軽工業から重工業に産業の重心はシフトし、財閥を形成することが効率的となります。そして、その売上から税金を回収できるので、国家として経済圏を広げるための植民地獲得競争がさらに激化していきます。
この頃、三十年戦争で神聖ローマ帝国が消滅し、まとまりを失っていたドイツはイギリス・フランスの経済発展に出遅れるも、プロイセンが普仏戦争(1870-71)でフランスに勝利したことで統一。鉄血宰相ビスマルクがベルリン会議(1884-85)を主催し、アフリカ分割のルールを作っていきます。当事者であるアフリカの国が参加しない中、列強だけでアフリカ分割の筋道を立てました。このベルリン会議で引かれた国境が未だに存続し、住んでいる人たちの民族分布が無視されたことが内戦や独立運動につながっていると言われています。
いずれにせよ、ドイツはイギリス・フランスとの協調に成功し、戦争を避けることはできたのですが、1890年、ビスマルクを辞職させた後のヴィルヘルム2世はイギリス・フランスとの武力衝突を辞さない強硬路線で植民地分割に乗り出します。
また、クリミア戦争敗北の反省を活かしたロシアがバルカン半島の民族自決を利用したり、各国、探り合いの状況が続き、強くなければやられるという緊張感が広がっていきます。
そんな資本主義の不条理に対し、マルクス『資本論』(1867-1894)は支持を集め、どの国も内側で共産主義勢力をどうするかという悩みも抱えるようになります。
前置きが長くなりましたが……
そんなわけで1900年ごろのヨーロッパ社会では、金融資本の完成と帝国主義の広がりで、成長を続けることでしか幸せになれない世界が出来上がってしまいました。
誰もが負け組になりたくないという恐怖心から寛容さが失われていきます。というのも、誰かを支配するということは、裏返せば、誰かに支配される可能性を秘めているわけで、疑心暗鬼に陥らざるを得ないからです。
ブルジョワとプロレタリア、カトリック(旧教)とプロテスタント(新教)、家父長制と個人主義、異性愛と同性愛、保守とリベラル、実学と芸術、共産主義者やユダヤ人に対する差別意識など、様々な対立軸が生まれた。
そんな20世紀初めのヨーロッパ社会が抱えた対立軸をこれでもかと盛り込み、なんとか解決を目指しながらも第一次世界大戦の勃発を止めることができないという終わりの始まりを描いた大河小説がマルタン・デュ・ガール『チボー家の人々』なのです。
作者はどんな人?

1881年、ロジェ・マルタン・デュ・ガールはパリ市の西南西に接するヌイイ=シュル=セーヌに生まれます。
いわゆるパリ郊外だけど、パリ中心地まで約7キロの位置で、高級住宅地として人気のエリアです。エディット・ピアフが暮らしたり、マリーヌ・ル・ペンやジャン=ポール・ベルモンドなど、
世界的な有名人の出身地として知られています。パリコレの原型を作ったとされる高田賢三はフランスでコロナに感染し、この地にある病院で亡くなりました。
そんなわけでマルタン・デュ・ガールの家はブルジョワ。法曹関係の家系でお父さんは弁護士でした。
17歳のとき、通っていた学校の校長からトルストイ『戦争と平和』を勧められ、文学に目覚めます。
1906年、25歳で結婚し、翌年には娘が生まれます。
1908年、若者の内心的苦悩を綴った『生成』を自費出版。
1913年、ドレフュス事件を題材とした『ジャン・バロワ』を出版社に持ち込み拒否されるも、アンドレ・ジイドには気に入られ、話題作となります。
1914年夏、33歳で第一次世界大戦に自動車輸送班員として従軍。
1920年、39歳で除隊になると地方に籠もって『チボー家の人々』を書き始めます。性格が異なる兄弟の人生を描くことで『戦争と平和』に匹敵する大河小説を目指しました。
3年間、平日は執筆に没頭。第1〜3部『灰色のノート』『少年園』『美しい季節』完成。人間嫌いで有名でしたが、アンドレ・ジイドとの交流だけは続け、そのツテで出版に成功。
第4〜6部にあたる『診察』『ラソレリーナ』『父の死』はフランス中央高地に位置する都市クレルモンまたはパリのテルトル広場で書き上げました。
1931年、50歳、パリで交通事故に遭って重症。2ヶ月入院。このとき構想を練り直し、完成間近だった第7部を破棄し、一から書き直します。
第7・8部『1914年夏』『エピローグ』はテルトル広場とリゾート地ニースで執筆。39歳でスタートした『チボー家の人々』は1940年、59歳で完結しました。
そして、1937年、一から書き直した第7部『1914年夏』でノーベル文学賞受賞。第一次世界大戦の無意味さを説く作品だったが、皮肉にも1939年、
完成を前にポーランド侵攻で第二次世界大戦が始まってしまいます。
その後、ナチスに自宅を占拠され、転々としながら執筆に取り組むも生前まとまった作品は発表できないまま、1958年、77歳で心筋炎の発作で亡くなります。
☆ 『チボー家の人々』あらすじ
20世紀に突入したフランスを舞台に、カトリックのブルジョワ・チボー家を中心として、二人の兄弟の生き方の違いから、人々の幸福感がどのように変化し、第一次世界大戦をきっかけにすべてがどうでもよくなっていくまでを描く青春大河小説。
前半の軸はチボー家の厳格な父親と14歳の次男・ジャックの対立。この家族は早くに母親を亡くしていて、父親は二人の息子に過度な期待を寄せていた。
ジャックは親友のダニエルと手紙のやりとりをしているのだが、そこに書かれた内容が同性愛的と決めつけられ、カトリックの教えに反すると先生や父親から怒られてしまう。
卑怯な振舞いはぜったいやめよう! 嵐に向かって突進するのだ! むしろ進んで死をえらぼう! われらの愛は、誹謗、威嚇の上にある! ふたりでそれを証明しよう! 命をかけてきみのものになる
魂のつながりを尊んでいたジャックとダニエルは周囲の反応に憤る。「大人はわかってくれない!」ということで二人、家出をすることに。
ダニエルの妹に協力してもらいながら、ジャックとダニエルはパリからマルセーユへ。
息子の家出を知り、父親は怒り狂い、はやく見つけ出せと息巻いている。
医学生である長男・アントワーヌは弟を心配し、ダニエルの母親とも相談しなきゃいけないと冷静に振る舞うも、父親は「あんな新教徒!」とプロスタントであるダニエルの家をバカにしている。
その頃、二人の少年は貿易船に乗り込み、アルジェリアに渡ろうと計画するも、ジャックの父親が港に捜査網を引いていて、間一髪、二人はバラバラに。
このときダニエルは偶然知り合った売春婦と懇ろになり、初めての性体験に感動。そのせいか、翌日、少年たちが再会したとき、これまでと違う空気が流れ、結局、ダニエルの裏切りで二人は父親の息がかかった関係者に確保されてしまう。
父親は反抗的なジャックの病気を治さなければいけないと、自分が寄付をしている感化院(非行少年の立ち直りを助ける施設)に預けてしまう。
兄のアントワーヌはそこで行われている非人道的な扱いが許せず、これまで逆らってこなかった父親の意思に反して、弟・ジャックを助け出し、責任を取るべく、実家を出て、弟の面倒を見ることに。
シャバに出てきたジャックが久々に親友ダニエルに会いにいくと、彼は画家になっていて、モデルの女性たちと遊ぶことに喜びを見出していた。
※ダニエルの父親は浮気もので放浪癖がある設定で、そのことをめぐるエピソードも重要なんだけど今回は省略
対して、ジャックは真面目な性格のダニエルの妹・ジェンニーに恋をしていて、仲良くなりたいけれど、かつて、家出に協力させたことを恨まれていて距離が縮まらない。
※チボー家には母親代わりに家事をしている叔母さんがいて、その娘がマダガスカル系のミックス(植民地生まれ)なのだが、ジャックにぞっこんで、幼い頃はジャックもまんざらじゃなくて……というエピソードも重要なんだけど今回は省略
こんな風に生きたいわけではないと感じつつ、じゃあ、どうすればいいかわからないまま、ジャックは思春期の欲求不満を抱えながら、父親の望むように勉強し、難関校、エコール・ノルマル・シュペリウール(高等師範学校)に合格する。
長男は医者になり、次男は立派な教師になることが約束された学校に入り、父親はチボー家の安泰っぷりに安堵し、心配事は二人の結婚だけだとご満悦の様子。
このとき、長男・アントワーヌは命を救う医者の仕事に従事し、弟の将来に筋道を立て、他者を支える自分に誇りを覚えつつ、漠然と、ケアしてばかりの自分の人生ってなんなんだろう? と戸惑いを覚えていた。
そんな矢先、アントワーヌは交通事故に遭った子どもを助けることになり、たまたま手伝ってくれたユダヤ人の女性と恋に落ち、彼女の自由さに魅了されてしまう。
※正確には母親がユダヤ人なので半ユダヤ人
彼女は金持ちの愛人で裕福な暮らしをしてきたが、その支配から逃げ出してきたんだとか。真面目なアントワーヌと真逆の性格で、毎日、破天荒な日々を楽しむも、父親から結婚を催促されていることもあり、プロポーズしてしまう。
すると、医者の妻という新たな支配関係(家父長制)を恐れた彼女は再び逃げ出し、親子ほど年の離れた金持ちのもとに戻ってしまったので、アントワーヌは絶望する。
同じ頃、文学の素晴らしさに目覚めたジャックは父親のようなブルジョワを嫌悪し、親に敷かれたレールの上を歩くわけにはいかない(個人主義)と学校を辞める決意。予想外の展開にブチギレる父親に対して、縁を切る覚悟で家を出て行ってしまう。
時は流れ、小児科の開業医となった兄アントワーヌは消えたラシェルを想いつつ、子どもの病気を治してもらうためにやってきた母親と不倫関係に陥っていた。
行方知れずとなった弟・ジャックのことは心配していたが、そんなことより自分の仕事や人間関係でアントワーヌはいっぱいいっぱいだったが、父親の危篤状態に弟を呼び戻さなくてはと決意。
アントワーヌはジャックが慕っていた文学の先生を訪ね、どうにか足跡を探し当て、弟がスイスのローザンヌで社会主義者グループに出入りし、作家として父親みたいなブルジョワジーを否定するために戦いをしていると知る。
いよいよ父親の死期が近いというタイミングでアントワーヌはジャックを連れ戻すためローザンヌへ。
最初は抵抗していたジャックだったが、説得の末、パリの実家へ帰還する。このとき、父親はすでに意識が混濁としていて、お金を稼ぎ、名誉を得て、誰からも羨まれる生活を送ってきたけれど、他人を愛することも愛されることもなく、死を前にして積み上げてきた全ては無意味だったと悟り、信仰の無意味さを嘆く。
哀れな父親の姿にショックを受けた兄弟はモルヒネを投与し、楽に逝かせる選択をする。
父親の死後、書類を整理していると知らない女性からの手紙を発見。なんと母親が亡くなった直後、父親は密かに恋をしていたんだとわかり、やっぱり父親も完璧な父親ではなく、単なる個人だったのだと二人はどこかホッとする。
それから遺産相続の話になるのだが、ジャックは相続分を社会主義運動に寄付すると宣言。あり得ない! と怒るアントワーヌと対立が生じ、激しい口論となる。
兄さんは医者で金を稼ぐことしか頭になくて、社会全体が見えていないとジャックは言う。医者は実際に命を救うが、お前はそれっぽい文章を書いて、仲間内で褒めあって、なにかやった気になっているだけの役立たずじゃないかとアントワーヌは反論する。結局、平行線のまま、それぞれがは世の中に意味のあることをやっていると自負する。
だが、そんな二人とは無関係にヨーロッパは帝国主義を極め、望むと望まないとにかかわらず植民地を前提とした経済活動に基づき人々は暮らし、投資に対するリターンを実現する金融資本の原則ゆえ、成長が至上命題なので、着実に第一次世界大戦に至る破滅のカウントダウンが始まっていた。
1914年、ジャックはジュネーブにいた。
緊張感の高まるヨーロッパ情勢に歯止めをかけるべく、社会主義者たちは集まっているが、サークル内で恋愛トラブルや平等を目指しているはずなのに上下関係が生まれ、シンプルに資金不足で息詰まるなど、社会主義の理想と現実の乖離にジャックは苦しむ。
やがて、疲れ果てた仲間の中には暴力革命による一発逆転を求める声も出るが、ジャックはあくまで暴力を伴わない思想的な革命が大切なんだと譲らない。
そんな矢先、サラエヴォでオーストリア皇太子が暗殺されたとニュースが入る。
この辺りから『チボー家の人々』は現実の出来事とリンクするようになり、文学史上、初めての試みもなされます。それは実際の暗殺事件と絡めた演出なのですが抜群に面白く、第1巻の刊行から100年以上が経った現代でも十分に驚くものとなっています。
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