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100名城RTA(083-084/100): 観音寺城・安土城

 この記事は「100名城RTA」シリーズの構成記事です。いきなりこちらの記事にたどり着かれた方は、Indexページも適宜ご参照ください。前回はこちら


'25/11/30: 観音寺城(No. 52) - 083/100

 振り返ると、この週はかなり正気ではなかったのではないか。23, 24, 29日に続いての城攻め。ゴールからの逆算と、ここを真冬に残すのはまずいとの判断ではあるけど、まさか1週間に3回米原で降りる日が来るとは思わなかった。温存してきた滋賀4城を一気にここで片付けるという形。

 それにしても、4城全てが山城というのはちょっとどうなのか。まして今回は山城二連。若干の「腹括って今日も行くか」的なやれやれ感を帯びつつ、いつもの最速で米原に向かう。

わざわざ車掌から
「富士山がきれいに見える」
とのアナウンスが入った

 米原からは毎度のレンタカー。「当店はご利用されたことはございますか?」「はい、先週」「あっ」というやり取りがあったのを思い出す。浅い角度の陽光を琵琶湖が照り返すちょっといい雰囲気を脇に見つつ、観音正寺の表参道駐車場に向かう。ここも積雪時は通行止め。やはりこのタイミングで行くしかなかったのだ。

お寺さんまでは石段を登る
(実は麓からの石段参道に割り込む形)
公式によると駐車場からは400段
小谷城よりは紅葉遅い感
先が見えてきた
到着
案内看板
観光ルート外にも遺構はたくさんある
超快晴ですね
境内はいい具合に紅葉
また後で
脇道から城趾に向かう
「城趾ダンジョン」の入口感
めっちゃ山道
案内は高頻度で丁寧
まずは本丸跡へ向かう
本丸跡到着
本丸全景
本丸虎口
本丸虎口 外側から
おそらく四辺に石垣が残っている
井戸・・・?

 先の分岐で本丸ではない側に行くと、次の曲輪(平井丸)に行けたのだけど、そちらには戻らず、本丸の奥からも平井丸に行ける(降りられる)ので、往路はこちらから行くことにする。

本丸奥の通路
内部の関係者専用ルートだったのかね
平井丸に到着
石垣が見える
外の通路向きの石垣を内側から見る形
平井丸
奥の方も見ておく
石垣が残る
方形に石垣が残っている
櫓でもあったのかな
平井丸をでたところ(入口)
メインルート
奥に行くと本丸(への分岐点)に着く
階段も残っている
左に曲がると池田丸を経て大石垣
もう少し平井丸の周りを見る
平井丸外側奥の方を見てみる
しっかり石垣
こちらも
奥から振り返る

 小谷城を見た後だから、山の上によくもこんなに戦国時代で滅んだ城の石垣がしっかり残っているもんだと思った。正直安土城のおまけ程度に思っていたので、思った以上に面白さを感じ始めていた。先程の池田丸方面への道を進む。

石垣が残る道
小さな曲輪?への階段が横にある
ちょっとした平場があった
更に進む
少しずつ下っていってる
池田丸到着(奥を右)
池田丸
ここも四方に石垣がのこる(だけ)
虎口かな
広く撮る
広く写す

 前日に予習したところによると、比較的最近になってこの先で大石垣が発見され、更にかなり最近になってそこへの観光ルートが整備されたという。自分が見た記事だと作りかけの観光ルートの様子だったので、行けそうだったらいく、程度の腹で来たけど、思った以上にしっかり案内が用意されているので、行くことにした。

石垣まで5分
しっかり階段が整備されていた(下ってから振り返って撮った)
もうすぐ。
文字のくっきり度合いから、出来たのがやはりかなり最近とわかる

 少し下ると、木がしっかり伐採されて大きく開けたエリアに出た。誘導に従って、下界を見つつ開けたところを奥に進む。

奥に進む

 そして振り返ると…

おお~~
ええやん
気に入ったわ

 石垣を真下と真横からじっくり見られるように道が整備されている。

真下からみたら、少し登って真横から
いいゾ~これ
見ろよ見ろよ
下界とセットで
目の前には東海道新幹線
何本も走ってきたのが見えた
去り際にもう一枚

 石垣が見えた瞬間、キャプション通りに「おー」と声に出してしまった。石垣の残る山城ですごいところと言えば、たとえば竹田城なんかがあるけど、この百名城RTA以前に履修済みではあったので、想像を超えた凄さという点も加わって、百名城全編において最も印象に残った風景だったと思う。

戻り道

 最初に本丸に向かった時に使わなかった分岐を通ってお寺さんに戻る。このルートには大石段という見どころがある。

大石段
見上げるといい感じの紅葉が
本堂裏の神社にて
本堂
いい具合に紅葉してた

 休憩所(事務所)でスタンプをいただく。

やったぜ。
わんこがいた
だるいーぬ

'25/11/30: 安土城(No. 51) - 084/100

 前座のつもりがメイン級の凄さがあった観音寺城を後にして、道路を挟んでお向かいさんと言っていい安土城に向かう。こちらは流石にお城としては超メジャーなところなので、混んではいないけど、普通にお客さんで賑わっている。こちらも山城だけど、麓にも遺構が結構残っている。

正面から
入口が3つあったのだと
東側入口
少し寄る
説明板
上段に上る
登ったところ
正面まで引いて石塁を写す
振り返って西側を
西側の説明板
こちらには入口が2つあったと(先の東と合わせて3つ)
西入口1
西入口2
西・上段の説明板
山の法面に残る石垣
竈門跡
西・上段の様子

 それではいよいよ登り始める。

有名な大手道の石段
縦構図で
ケーブルが惜しい
大手道脇に上位家臣の邸宅が並んでいた(とされている)
ここは前田利家邸
上の石垣は伝徳川家康邸の下端
登り石垣と言えるのかな
登り石垣越しに上を見る
大手道を挟んで向かいのお家へ
ここは伝羽柴秀吉邸
前田さんち方面
秀吉邸上段の石垣
奥から上段に登れる
秀吉邸奥から
礎石群が残る
秀吉邸説明図
お向かいさんが伝・家康邸
今は摠見寺のお堂がある
左奥に信長公の像
出土品の展示もいくらか
これは金箔瓦
お茶をいただいて小休憩
「天下布武」せんべいもあるよ
前田邸を見下ろす
家康邸上段
鐘楼の奥のところがスタンプ設置場所
秀吉邸を見下ろす

 この辺の前田、羽柴、徳川邸はそういう場所だったかは確からしくないようで、いかにもな敷地に当時のキャストを当てはめたっぽい。

更に大手道を進む
割と過酷な「本社」通勤ルート
まあ「タクシー」使ったんだろうけど
紅葉を一枚

 縁石にしばしばそこらの石仏が使われている。少なくとも3箇所。

石仏
使いやすかったんだろうけど
多分他にもたくさんあるのでは
伝・武井夕庵邸
暇つぶしに呼ばれる人(失礼)は近くを充てられたのかな
まだまだ登る
織田信忠邸跡
流石に上の方は身内
ここで天主方面と摠見寺跡方面に分岐
帰り道に摠見寺を見て回るのが順路
いやらしいクランクも無くストレートな登り道
この城の性格がわかるというか
織田信澄と森蘭丸邸跡
蘭丸の優遇ぶりよ
蘭丸邸側より
登りやすい勾配ではある
ちょっとした職人芸
あるいは間違って割ってしまったか
黒金門直前
黒金門跡
中枢部入口だけに
これみよがしに巨石を使っている
説明板
一応クランクになっている
奥を上ると二の丸
左手には伝・長谷川氏邸跡
少し上る
今は織田家歴代の供養塔がある
二の丸へ向かう
階段踊り場に
石仏転用の中の大物 仏足石
これ登ったら二の丸
着いた
左手が二の丸、右手は本丸・天主
二の丸
二の丸は信長公の廟所になっている
廟所入口
墓所
もちろん御骨は本能寺で燃え尽きただろうけど
ここで紅葉ショット

 いよいよ本丸へ。

本丸説明版
たくさんの礎石
奥は未公開ゾーン
向かって左奥も入れない
最後、天主へ
安土城では天守ではなく「天主」と書くらしい
まだまだ発掘作業が続いている
天主入口
天主としてはすごい数の礎石
信長公廟所を見下ろす
礎石群を見下ろす
礎石部の倍程度が床面積だったらしい
凄すぎんか

 天主まで見たところで、いただいておいたスタンプ撮影の儀。

やったぜ。
こんなすごい城が10年も保たなかったのねえ…
下り道で一枚
摠見寺跡を通る帰り道へ
当時の一般人の登城ルートにあたるらしいが
着いた
説明板
本堂礎石
立派な大イチョウ
琵琶湖を望む
三重塔が残る
山門から出る
でたところ
振り返って一枚
最後に紅葉ショット

 せっかく来たのだから、安土城関連の歴史資料館を見て回る。

安土城全体模型
今回見たところをクローズアップ
伝・秀吉邸のあたり
大手道 往時の姿
大手道 発掘当時
大手道 観光整備後

 思った以上に見どころが多くてすごい枚数になった。滋賀四城・・・紅葉登山、現存天守、大石垣、ロマンの跡と、かなり強い印象の残る城ばかりで、全編を通じて満足感高い行程だったと思う。季節バフは多分に乗っているだろうけどね。

昼食べずに山城攻めてたのだ

Next: 

 多分再来週。来週はMisskey写真部展なので、ローカロリー編集な写真ペタペタ記事の予定です。→6/14書きました!


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