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【片想い文芸部】鏡餅【2000字小説】

鏡餅は、バーカウンターの一番隅に置いてある。
乱雑に並んだ酒のボトルや、積まれたレコードの束の隙間にひっそりと隠れるようにして。

ジャズバー“Dukeデューク”の創業当時から変わらないという、先代ご自慢のバーカウンター。磨き抜かれたオーク材がつやつやと輝くそこに、プラスチック製の招き猫の人形が乗った偽物の鏡餅は、似合ってなんかいなかった。
大晦日、年越しライブに出演するため現れた、ピアニストの柳井瑞貴やないみずきさんが持って来たものだ。

「安くなってた。飾れば」
と、柳井さんは現オーナーのくぼさんに半分投げるように渡した。
窪さんは、
「大晦日に飾るのは、一夜飾りって言って縁起が良くねえんだよ」
だから安くなってんだ、と文句を言っていたのだけれど。

「結局飾るんですね」
カウンターに座って、仕入れ表を確認していた窪さんは「ん?」と顔を上げる。
聞かせるつもりで言った言葉じゃなかった、という言い訳は、母国語ではない、日本語を口にした時点で通用しない。

聞かせたくて、言った。答えが欲しくて、言ったのだ。
縁起が悪くても、安売りしていたからなんて理由で投げ渡されても、店が自慢するカウンターの上に、子どもだましな鏡餅が飾られている理由。

「ああこれ?」
「オーナー、縁起が悪いって言ったじゃないですか?」
「気になる? あれか、中国とかって縁起が悪いとかそういうの厳しいんだっけ」
気になるのは、僕が中国人だから、という理由ではないのだけれど。

窪さんは、何かというと僕が中国人だからということを気にしてくれる。
傷ついてはいないか、嫌な思いをしてはいないか、戸惑ってはいないか。
そうして、どこかで聞きかじって来た、どことなく怪しい情報をもとに、少し的外れな気遣いを向けてくれる。最初の頃はそれがむしろ、苦手だったのに。
今はなんだかくすぐったい。
「僕は気にしませんけど、オーナー、気にしてましたね?」
「あー」

鏡餅って、片付ける日はいつなんだろう?
新年の飾りを片付ける日はあるだろうけれど、きっとこの鏡餅はずっとこのまま飾られて、バーカウンターに居座っていく。そんな気がした。

それは、柳井さんがくれたものだから?

「じゃあ、食っちゃうか」
「え?」
窪さんが、ひょいと鏡餅を手に取る。

「これ、あれだろ? 切り餅が一個入ってるだけのやつ」
開けようとするのを、慌てて手を伸ばして止めた。
「ちょっと待ってください。え、まだ飾る日じゃないですか?」

今日は一月四日だけれど、街には、まだ新年の飾り付けがされていた。
出勤の時に見かけたショーウィンドウには、この鏡餅とは比べ物にならないような、本物の大きな鏡餅があって、それを片付ける素振りはなかった。
片付けるのは、まだ先なんじゃないのか。

「うーん、でも俺もともと飾る気なかったし、瑞貴が持って来ただけで。ここに鏡餅があるのも、全然忘れてたっていうか」
「忘れてた?」
「目が慣れちゃって。置いてあるものが意味を持って見えなくなるというか、景色にならない?」
窪さんは照れたように笑う。

「でも、せっかく柳井さんが持って来たものですよ」
「あいつは持って来たことなんて忘れてるから、なくても怒らないよ」
そうじゃない。
そうじゃなくて。
あなたが、嫌なんじゃないですかって、言いたいけれど言いたくない。

見る間に窪さんは、バリバリと封を破って、プラスチックで出来た鏡餅の中から、たった一個の餅を取り出す。

「はいシェフ」
「なんですか」
手の平の上にポンと、ビニール袋に入った切り餅が置かれる。
「何か作って」
「これだけで?」

窪さんは、ふっふっふと、わざとらしい笑い方をする。
可愛い。
生まれも育ちも全く違う、自分よりも全然年上の男が、可愛く見えるのなんてもうどうしようもない。

「じゃーん」
と言って、窪さんは真空パックの餅が入った大袋を掲げて見せた。
いつ買って来たんだ。
「こんなにたくさん、何のために」
「正月と言えば餅じゃん? 中国では食べない?」
「……年年高ニェンニェンガオ、があります。春節のときに食べます」
「春節ってあれだ、旧正月」

窪さんが乱暴に大袋を破る。こぼれ出た餅に、柳井さんの寄こした餅が紛れ込んで、どれがどれだかわからなくなっていく。
「何か作ってよ、翔宇シャンユー
「急に言われても、簡単なものしかできないです」
「それでいいよ、翔宇が作るものはなんでも旨い」

ゴミ箱のペダルを窪さんが踏む。
ガコンと音を立てて口が開いた。その音が妙に大きく聞こえた気がする。
鏡餅だった残骸が、窪さんの手でゴミ箱の中に放り込まれていく。

後に残ったのは、ピンクの小さな招き猫。
「これは翔宇にやろう」
僕のエプロンのポケットに、招き猫が転がり込む。
「色とか上げてる手の左右とか、意味があるはずなんだけど、わかんねえや」

のほほんとした調子で窪さんは笑う。
「どっちみちラッキーアイテムだから、モーマンタイ」

ニコニコした顔に言いたいことも消え失せて、僕はこう言った。
「オーナー、それは広東カントン語です」


#年始は片想い文芸部から

四四田が体調不良を起こして参加できなくなっている間に、惜しまれつつも、定期企画としては終了されていた #片想い文芸部 さん。

四四田が参加させていただいた前回の片想い文芸部さんはこちら。

もっとたくさん参加させていただきたかったー!と残念な気持ちなのですが、不定期開催を予告してくださっているので、またぜひ参加させていただきたいなと願っております。


というわけで、クリスマスは参加しそこなってしまったのですが、年始のお題「鏡餅」でした。

この話に出てくる人たちです。

じつは、こっちにも出てきている。

今年の目標はDuke組がメインの話を書くこと、なので、その意思表明としてですね!

というわけでもなく、ただただ書いてしまった。
明確な片想いしてるのって、翔宇しか思いつかなかった……。
なお、翔宇は四四田の書いてる話の中で最も顔面偏差値が高い男、という書いてない設定があります(本編で書いてください)。


※見出し画像はみんなのフォトギャラリーからお借りしました。

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