夫の失敗から読み解く「育児の掟」
こんにちは☆
4歳の娘を育てている、もちこです。
今日は、先日我が家の食卓で起きた「チャーハンおにぎり事件」から、育児における「経験値の差」について考えてみたいと思います。
「良かれ」が招いた、食卓の悲劇
ある日の夕飯時。娘がスーパーで「これがいい!」と選んだ、チャーハンおにぎりを食べさせることにしました。
私は他のおかずの準備があったので、夫に「これ、温めておいて」とお願いしたんです。
数分後、食卓に並んだのは――
無残に崩され、皿の上に平たく広げられた「チャーハン」でした。
娘:「ちがーーう!!😭(絶叫)」
私:「……なんで崩したの?」
夫:「え、チャーハンなんだから、こうやって食べるのが正解でしょ?」
夫は、良かれと思って「チャーハンらしく」よそってくれた。
でも、娘が欲しかったのは「おにぎりの形をしたチャーハン」だったんです。
そりゃそうでしょ。
「先手必勝」のリカバリー術
ここで夫を責めても、娘の涙は止まりません。
育児において重要なのは、正論よりも「最短での解決」。
私はすぐに娘の隣へ行き、共感の魔法をかけました。
「おにぎりの形が良かったよね。おにぎりさん、なくなっちゃったね。よし、ママと一緒に『復活』させよう!」
娘をキッチンへ誘い、おにぎりの型を使って一緒に再成形。
なんとか娘の機嫌も戻り、事なきを得ました。
圧倒的な「場数」が生むスキルの差
なぜ、私は瞬時にこの対応ができたのか。
それは私が「すごい」からではなく、単に娘と過ごす時間の密度が違うからです。
娘の24時間を分解してみると、こんな感じです。
・睡眠: 9時間(ママと一緒)
・幼稚園: 5時間
・ママと二人きり: 6時間
・パパ・ママ・娘の三人: 4時間
圧倒的に、私と過ごす時間が長い。
この時間の差は、そのまま「トライアンドエラーの回数」の差になります。
「これを言ったら地雷を踏む」「このタイミングなら切り替えられる」
私は数え切れないほどの失敗を繰り返し、最短で解決するためのスキルを、いわば「汗と涙を流しながら」習得してきたのです。
夫が外で一生懸命働いてくれているからこそ、成り立つ生活。物理的に時間が取れないのは仕方のないことです。
でも、その「場数の違い」が、時としてこういった悲劇を生んでしまう。
生涯、子どもと一緒に過ごせる時間
呆れ果てて、でもちょっと笑えて。
そんなドタバタの中で、ふと思い出した数字があります。
関西大学の保田教授の調査によると、母親が子どもと生涯で一緒に過ごせる時間は、合計で約7年6ヶ月。
そして父親は、さらに短くて、わずか約3年4ヶ月なのだそうです。
結構、衝撃的な数字ですよね。
娘が生まれてから、もう4年。
母親である私の「持ち時間」は、もう半分近く過ぎてしまったのかもしれない。
そして父親である夫の時間は、もう後半戦に差し掛かっている。
そう思うと、この「中身がバラバラに崩れたチャーハンおにぎり」も、なんだか愛おしく……は、さすがにならないけれど、
でも、この「どうしようもない失敗」を家族で笑い合っているこの時間こそが、その限られた「3年4ヶ月」や「7年6ヶ月」の貴重な1ページなんだな、と。
完璧な育児じゃない。
完璧な父親、母親でもない。
けれど、この「あと数年」しかない密度の濃い時間を、こんな風に不器用に、でも一生懸命に埋めていければ、それでいいのかもしれない。
そんなことを、ボロボロのチャーハンを拾い集めながら考えたのでした。
「パパの尊厳」という、私の任務
最近、娘は時々「パパイヤイヤ」、時々「パパパパ」の不安定期。
もしかすると、パパを少し「舐めている」?ということもあります。
そういえば以前は、娘に「パパは私たちのためにお仕事を頑張ってくれてるんだよ。パパ、すごいね!」と意識して伝えていたのに、自分の仕事が忙しくなってから、すっかり忘れていました😂
夫は外で戦い、私は家で(娘という強敵と)戦う。
それぞれの戦場が違うからこそ、家の中にいない「戦友(夫)」の凄さを、一番近くにいる私が通訳してあげなければいけない。
夫の失敗を笑うだけでなく、彼の尊厳を守り、娘との絆を再構築する。
それもまた、場数を踏んできた私の大事な役目なのかもしれません。
……とりあえず、今日からは「パパすごいね」キャンペーン、再開します(笑)。
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