ソートリーダーシップの実践事例【Vol.11】 Plurality(プルラリティ)
ビジネスの世界では古今東西、様々な創造的取り組みがなされてきました。後から振り返ると、それらは「ソートリーダーシップ(Thought Leadership、TL)」の実践的な教材、ケーススタディといえるものも少なくありません。
様々な事例をビジネスの潮流や市場の拡大などの実績から俯瞰的に見つめなおし、学ぶべきところを見つけ出していきます。
今回はこの2025年、話題となった「Plurality(プルラリティ)」を取り上げます。
分断の時代になぜ「Plurality」か?
今回取り上げるテーマは“Plurality(プルラリティ)”。日本語で「多元性」とも訳されます。この新しい概念(ソート)について、詳細にまとめられた書籍も刊行されました。そのタイトルは、『PLURALITY-対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来』。
Pluralityが、いかにして対立を創造に変えていくのか。このソートが生まれた背景とともに、詳しく見ていきましょう。
「分断の時代」と言われる現代社会。その象徴といえるSNSには、さまざまな意見が集まってきます。しかし極端な主張が目立ちやすく、社会の分断、対立を深める一因ともなっています。
一方で、先進的なAI技術やデジタルインフラの開発・運用が一部の大手プラットフォーマーに集中してきました。その結果、ごく一部の限られた企業の活動が、市民生活に広く影響を及ぼすという構造が生まれつつあります。個人の自由や選択の幅が狭まる可能性も指摘され、懸念の声も上がっています。
こうした状況に対し、「世界は一つの声に支配されるべきではない」として、Pluralityという新たなソートが生まれました。
テクノロジーは本来、対立や支配を生み出すためのものではありません。「信頼と協働(コラボレーション)の仲介者」として機能すべきものです。だからこそ、多様な人々がデジタル空間で対話し、相互理解を進める仕組みをつくる必要があります。Pluralityとはいわば、デジタルを活用した新しい民主主義を目指す試みです。まさに一つのソートリーダーシップ活動といえるでしょう。
Pluralityは、2023年の「ETHGlobal Tokyo」(※)の関連イベント「Plurality Tokyo」などを通じて、注目されるようになりました。当初はweb3の文脈で取り上げられることが多かったものの、最近はデジタル民主主義に関心を持つ層に広がりつつあります。
※ETHGlobal Tokyo:ブロックチェーンを基盤とするイーサリアムなどのweb3開発者が世界から集まるイベント。
日本社会でも、高齢化に伴う世代間の負担の不均衡や、都市と地方の格差など、分断や対立に通じる問題が指摘されてきました。世代、地域の分断を越えて、合意形成するための新しい方法が求められています。そうした中、Pluralityが提示する枠組みは日本においても重要性を増しています。
本稿ではPluralityを「次世代の合意形成を切り開く試み」と位置付け、ソートリーダーシップの観点からその意義を検討していきます。
オードリー・タン氏とグレン・ワイル氏、二人の推進者
Pluralityという思想を形づくり、けん引するのは、台湾の元デジタル担当大臣であるオードリー・タン氏と米国の政治経済学者グレン・ワイル氏の二人です。
オードリー・タン氏はプログラマー出身の政治家です。史上最年少の35歳で行政院(内閣)に入閣、公開協議のプラットフォーム「vTaiwan」などを通じて「市民と政府が一緒に政策を検討する」新しい民主主義の形を実践してきました。タン氏はテクノロジーを「政府の効率化のための道具」ではなく、「市民の多様な声をすくい上げ、政策に生かす媒介」として活用しています。
もう一人は政治経済学者で、米の新しい民主主義や制度設計を研究する非営利コミュニティ「RadicalxChange」の創設者でもあるグレン・ワイル氏です。ワイル氏は、従来の多数決や市場メカニズムの限界を指摘し、新しい投票制度や公共財の資金調達モデルを提案しました。彼の研究と活動は、Pluralityの理論的な基盤を形づくるものとなっています。
▼両氏それぞれのインタビューはこちら(外部リンク)
両氏はPluralityの考え方をまとめた執筆プロジェクトを実施。両氏が中心となってGitHub上で公開執筆し、世界中の参加者と編集しました。まさに、そのプロセス自体そのものが「多様な人々が協働する」Pluralityの考え方を象徴するものです。
本稿の冒頭にもリンクを貼った書籍『PLURALITY』は、その日本語版。今年2025年に刊行されました。日本国内でも2023年以降にPluralityに関する議論が起こり、現在まで続けられてきたことが、この翻訳出版の土台にあります。徐々に日本でもPluralityへの理解が進み、「社会実装」に向けた歩みが進んでいます。
Pluralityが提唱する協働のあり方や、それがどのように民主主義を拡張するのかについて、さらに詳しく見ていきましょう。
協働(コラボレーション)テクノロジーと民主主義――拡張熟議
Pluralityの新しさは、テクノロジーを「分断を加速させる装置」ではなく、「協働を拡張する装置」と位置付け直した点にあります。
民主主義はこれまで、討議や投票といった仕組みによって発展してきました。しかし現代の複雑な時代に、従来の仕組みだけで多様な利害や価値観を調整するには限界があります。
Pluralityにおいてはまず、「協働(コラボレーション)の深さ」と「多様性の広さ」のトレードオフ構造と、Pluralityがいかにそれを乗り越えるか、生産可能性フロンティア(※)上で表現した図を示しました(図1)。「協働の深さ」は「親密さの程度」、「多様性の広さ」は「文化や立場を超えた多様性の程度」を意味します。
※生産可能性フロンティア:ある経済において、利用可能な資源とテクノロジーを最大限に活用したときに、生産可能な2つの財(またはサービス)の組み合わせを表す曲線。

協働を深めれば深めるほど(上に行けば行くほど)、多様性は狭まってしまう。多様性を広げようとすると(右に行こうとすると)、今度は協働が失われていく――。このトレードオフ構造を、Pluralityは乗り越えようとしているのです。
つまり、協働の「深さ」と多様性の「広さ」、この二軸を同時に高めていくこと。図1の右上に向かって矢印が向けられているように、協働と多様性、両方の可能性を拡張することを目指します。
果たしてそれは可能なのでしょうか。多様性を広げながら、協働を深めていくことは、Pluralityにおいては「新たなテクノロジーを用いた質の高い熟議によって、可能になる」といいます。まさにここがPluralityの核心です。
実践事例に学ぶPlurality
Pluralityは既に具体的な仕組みやプロジェクトとして形を持ちはじめています。その代表的な事例を3つ取り上げ、目指す姿を見ていきましょう。
①ブロードリスニング
一つが「ブロードリスニング」です。現在のSNSは、異なる立場の意見が衝突しやすく、結果として分断、対立を深めやすい構造を持っています。ブロードリスニングはこの構造に対抗し、「幅広い声を集め、共通点を浮かび上がらせる」ことを目的にした仕組みです。
書籍『PLURALITY』では、台湾で導入されたvTaiwanにおける議論プロセスが紹介されています。Polisというツールを活用して、市民の意見をクラスターで示し「多くの人が合意している点」を可視化。議論における、対立を越えた「共通項」の発見を促しました。政府が市民の意見を施策へ反映しやすくなったと、タン氏は述べています。
日本では、安野貴博・参議院議員が都知事選や参院選などでブロードリスニングとして「Talk to the City(TTTC)」というオープンソースのソフトウェアの活用を進めました。TTTCではAIを用いて市民の自由記述を整理・要約し、異なる立場の人々が互いの視点を理解できる仕組みをつくろうとしています。チーム安野との協働により、2024年の衆議院選挙における日本テレビの選挙報道番組や、GovTech東京による東京都の「2050年代の東京」に向けた意見募集の取り組みの中でTTTCが活用されました。このように日本でも、ブロードリスニングの手法が政策形成に取り入れられつつあります。
こうした事例は単なる技術的な工夫にとどまらず、次世代の合意形成基盤の萌芽を示しているといえるのではないでしょうか。
▼安野貴博氏の上記の取り組みは、「IISE FORUM 2025」(2025年2月7日)の基調講演でご紹介いただきました。
②クアドラティック投票
2つ目が、「クアドラティック投票(Quadratic Voting)」です。これは、複数の票を使って意思を示す投票方式です。「1人1票」が原則だった従来の民主主義システムを補完する新しい発想として注目されています。
多数決には、少数派の意見が十分に反映されにくいという課題があります。例えば、大勢が「どちらでもいい」と感じる案件と、少数の人が「絶対に実現したい」と強く願う案件があるとしましょう。従来の多数決では、後者の意見は少数ゆえに、埋もれてしまいます。
その解決策として「クアドラティック投票」では、票の配分に工夫を加えることで、個々の関心の強さをより正確に反映し、多様な声を政策に取り込むことを目指しています。
「クアドラティック投票」の参加者は、決められた一定の「投票権(クレジット)」を持ち、投票先を自由に配分できます。
あなたが、自分の住むA市の新たな政策を次の3つのうち、どれで進めていきたいか。投票に参加するとします。
A案:山火事の早期警報
B案:大気汚染の監視施策
C案:公共交通アプリの実装
そこで例えば「30クレジット」を配分するとしましょう。クアドラティック投票では、各選択肢に投じる票数に応じて、必要なクレジットが “二乗” で増える仕組みです。
たとえば、1票なら 1²=1 クレジット、2票なら 2²=4 クレジット、3票なら 3²=9 クレジットというように、同一の選択肢に対して票を重ねるほど必要なクレジットが大きくなります。
あなたは、「A案:山火事の早期警報」を最も重要な政策案と考え、そこに「5票」投じました。するとその二乗で、「25クレジット」を消費しました。残りは「5クレジット」。
あなたは次に大事と考えた「B案:大気汚染の監視施策」に「2票」投じました。これで「4クレジット」消費します。
残りの「1クレジット」を、「C案:公共交通アプリの実装」に「1票」投じることですべて消費できますが、あなたはこの政策案は重要ではないと考え、特に投票しないこととしました。

なぜこのような仕組みにするのか。それは、参加者が「本当に重要」と思うテーマにしか、多くの票を投じられないようにするためです。単に「3案の中から1つ選べ」という投票における「1票」では、少数派だが強い思いを抱える人々の意見を汲み取り、制度に反映することができません。
この「二乗による重みづけ」で、参加者の思いの強さを反映する考え方は、政策への投票だけでなく、NPOや公共プロジェクトへの資金提供(資金配分)などにも応用が提案されています。
③DAO、AI熟議
Pluralityを体現する新しい仕組みとして、もう1つ「DAO(分散型自律組織)」が挙げられます。ブロックチェーンを基盤とするDAOにおいては、リーダーに依存せず非中央集権的に意思決定を行います。市民運動などに応用され、参加者全員が透明なルールの下で協働できるという特徴を持っています。
加えてAIを活用した大規模な議論、いわゆる「AI熟議」も進行中です。従来は困難だった数百人規模の議論を、AIが発言を整理・要約することで効率的に進められるようになってきました。これにより、もっと多様な参加者が「深い議論」に関われる環境が整いつつあります。
DAOやAI熟議の試みは、民主主義や協働の新しい形を切り開く“フロンティア”として位置づけられます。
web3からPluralityへ――視点の転換、そしてソートリーダーシップ活動への示唆
筆者がPluralityを知ったのは、先述した2023年のイベント「Plurality Tokyo」がきっかけでした。そこで関心を持ち、ネット上で続く書籍『PLURALITY』の公開執筆を追いかけるようになりました。
当初はPluralityのプロジェクトから、DAOやトークンエコノミーの実践事例が登場するのではないかという期待を持っていました。しかし執筆を追いかけ、またイベントに参加する中で、Pluralityが単なるweb3の枠組みにとどまらず、「多様な人々の声を結び直すための社会的な仕組み」であることに気づき、強く関心を持つようになりました。
Pluralityとは何か。それは今あるテクノロジーが、社会の分断を強める傾向にあると捉えた上で、ブロードリスニングやクアドラティック投票、AI熟議などの「協働を促すテクノロジー」を導入することで、協働の深さや多様性の広がりを拡張しようとする試みです。
IISEが定義するソートリーダーシップ活動を、以下に述べます。
未来の構想をつくり、共感を生み、社会実装を行う一連の流れを示し、お手本がない中で、自らビジョン(ソート)をつくり、旗を立て仲間を増やし、共に未来の姿を実現していく活動。
Pluralityをこの枠組みに当てはめると、「分断を乗り越えるための“協働テクノロジー”を軸に、未来の社会像を構想し、共感を広げながら社会実装へとつなげる取り組み」として位置づけられます。
多様な人々が協働し、新しい社会の姿を共に構想していくための実践そのものといえるPlurality。日本社会でも多様な声を社会に反映させることが一層重要になる中で、Plurality は未来を共に描くための議論の起点になるでしょう。筆者も引き続き、追っていきたいと思います。
文:IISEソートリーダーシップ推進部 名和 達彦
名和 達彦
新聞や電子メディアの経済記者・デスクとして日本銀行・日米の金融資本市場・コモディティ・国内企業等を長年取材。その後、金融・経済情報会社でFinTech領域のオープンイノベーションを推進、米サンフランシスコのFinTech企業や大手暗号資産交換業者等へのスタートアップ投資をリードした。2022年よりIISEに参画し、現在「適応ファイナンス」テーマのソートリーダーシップ活動を担当する。
企画・制作・編集:IISEソートリーダーシップHub(藤沢久美、寺田亜紀子、福井衛)
引用・参考文献
Plurality: The Future of Collaborative Technology and Democracy
GitHub - pluralitybook/plurality
オードリー・タン、グレン・ワイル著「PLURALITY」日本語翻訳|サイボウズ式ブックス
Taiwan's digital revolution: Healing polarization and strengthening democracy | Institute for Business in Global Society
【地上波世界初】都知事選で使ったブロードリスニングの技術で衆院選を解析してみた|安野たかひろスタッフ@チームみらい【公式】
ブロードリスニングを技術面から大解剖!「2050年代の東京」に向けた意見募集の舞台裏|GovTech東京
RadicalxChange
