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ジーン・ケリー監督 『ザッツ・エンタテインメント PART2』 : 広くて狭いハリウッドの宇宙

映画評:ジーン・ケリー監督『ザッツ・エンタテインメント PART2』(1975年/アメリカ映画)

前年に公開されて大ヒットした『ザッツ・エンタテインメント続編である。

前作は、「1929年から1974年まで」に製作された、MGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)社の得意とする「ミュージカル映画」の名場面を集めた「アンソロジー映画」となっていたが、本作では、そこに収められなかったミュージカル作品の名場面を中心に、「エンタテインメント」というタイトルどおりに、ミュージカル作品以外からも、広くエンタメ映画として人気のあった作品の名場面を紹介している。

例えば、私が子供の頃、テレビでアニメ版の『アボットとコステロ』を見ていたのだが、実物の「アボットとコステロ」を、本作で初めて見ることができ、なかなか感慨ぶかいものがあった。

また、前作では11名の「往年のミュージカルスター」たちが「名場面」をつなぐ案内役を務めたが、今回はその中でも中心的な位置にいた、ジーン・ケリーフレッド・アステアの二人が、「踊る」案内役を務めており、往年のミュージカルファンには、垂涎的かつ感涙ものの、じつに貴重な一作となっている。

(共演の多かった、スペンサー・トレイシーキャサリン・ヘプバーンを紹介する、ジーン・ケリー)
(フランスのコメディ映画を紹介する、フレッド・アステア)

このあたりの事情については、「Wikipedia」による「概要」紹介がわかりやすいので、その引用で済まさせていただこう。

『第一作の成功により、翌1975年続編として『ザッツ・エンタテインメント PART2』が企画された。本作では、前作で紹介しきれなかったミュージカル映画のほか、コメディ(マルクス兄弟アボットとコステロレッド・スケルトンなど)、ストレート・プレイスペンサー・トレイシーキャサリン・ヘプバーンの競演作品)などが紹介され、編集の方法も単純な時代順ではなく、ミュージカル・シークエンスの内容に沿った「意識の流れ」の手法によるものとなった。

また、前作にプレゼンターとして登場し、当時歌手として比肩するもののない地位を築いていたフランク・シナトラのフィルモグラフィも加えられている。

本作において特筆されるべきは、プレゼンターのフレッド・アステアとジーン・ケリーが、アンソロジー・ピースをつなぐ場面で「ザッツ・エンタテインメント」や「ビー・ア・クラウン」(コール・ポーター)をスタジオ内に作られたセットの中で歌い、踊り、ミュージカルによってミュージカルを紹介するという枠組みをとったことである。

アステアはジーンのつよい慫慂によって出演を決めたものの、当初は「ソング&ダンスだけは勘弁してほしい」と主張していた。ところがBGMとなる「ザッツ・エンタテインメント」に関する打ち合わせ中に、突然、「ここで16小節くらい踊ってみたらどうだろう?」、「立ってしゃべっているだけでは、われわれはもう動けないと思われてしまうよ」と言いはじめ、最終的に上記二曲に歌詞の補綴を加え、歌によってアンソロジー・ピースを紹介しつつ、踊ってシーンをつなぐことが決まった。

これらのミュージカル・シークエンスはジーン・ケリーが振付と監督を行い、2人は『ジーグフェルド・フォリーズ』以来の競演を果たしたのであった。当時ケリーは64歳、アステアは76歳となっており、ミュージカル・シークエンスの撮影には「成功したが、ずいぶん奮闘した」(アステア)。

特に本作は、ミュージカル映画時代を代表するスターであったアステアにとって最後のミュージカル映画出演となり、映画、テレビを通してアステアのラスト・ダンスとなった。』

(Wikipedia「ザッツ・エンタテインメント」

(歌は別格のフランク・シナトラ
『錨を上げて』でジーン・ケリーと共演。さすがに踊りではだいぶ見劣りがする)
(上の2枚は『上流社会』。シナトラは、グレース・ケリービング・クロスビールイ・アームストロングらと共演した。この作品は「歌」が中心)

○ ○ ○

さて、本作の内容については、上の「Wikipedia」の説明に尽きるし、具体的な収録作品などもそちらにあるので、そのあたりを詳しく知りたい人は、そちらを参照していただくこととして、以下では、私の個人的な感想を書かせていただくことにしよう。

まず、本作は、前作で紹介しきれなかった名場面を紹介するものとなっているため、紹介される作品そのものはやや食い足りないし、1作目のような新鮮さにも欠けた。前作では「こんな作品があったのか!」だったのが、今回は「こんな作品もあったのか」という感じになっているのである。
また、そうした弱点を補う意味もあってか、収録作品を「ミュージカル」に限定しなかった点については、無論「興味ぶかく」はあるけれど、総花的で「統一感を欠く」感じになったとも言えよう。

(「タップの女王」と言われたエレノア・パウエル

しかしながら、それを補って余りあるのが、案内役のフレッド・アステアとジーン・ケリーによる「本作オリジナルのダンスシーン」である。

この時、フレッド・アステアが76歳、ジーン・ケリーが64歳だったのだから、まさか、この二人がコンビでダンスを見せてくれるなどとは、誰も予想しなかったはずなのだ。

無論、かつてダンスの「天才」と呼ばれたほどの非凡なダンサーだった二人だから、今のそれを最盛期のそれに比べれば見劣りはするけれど、しかし、決して「年寄りの冷や水」なんてことはない「華麗なステップ」は、じつに感動もの
まさに本作には「ダンスの神さまが降臨している」のである。

そもそも私は「ミュージカル映画」というものには、ほとんど興味がなかったのだが、それを見直すきっかけとなったのは、アカデミー賞作品賞の候補にもなった、2016年のミュージカル映画『ラ・ラ・ランド』デイミアン・チャゼル監督)であった。主演の二人(ライアン・ゴズリングエマ・ストーン)の歌とダンスが、と言うよりも、歌とダンスを伴う「ロマンチックな物語も悪くはない」と、そう見直したのである。
しかしながら、その頃はまだ新作映画しか見なかったから、数少ない新作ミュージカル映画の中では、ほかに特に見たいというほどのものもなく、なんとなくミュージカル映画への興味も、いつの間にか冷めてしまった。

その後、私が再び「ミュージカル映画」に興味を持つに至る「伏線」のひとつとなったは、ジャン=リュック・ゴダールの映画を見るようになり、その中の一作『女は女である』(1961年)の中で、アンナ・カリーナ演ずるヒロインが、

「ミュージカル映画に出たいの。共演はシド・チャリシージーン・ケリー。振付はボブ・フォッシー!」

と叫ぶセリフのあったことだ。

(『女は女である』のアンナ・カリーナ。上のセリフのシーン)

当時の私は、この3人のことをまったく知らなかったので、「何者かは知らないが、たぶん、相当有名な人なんだろうな」と、そんなふうに感じたのである。
一一だが、こうした興味も、ゴダールへの興味が優先されて、しばらくは再び休眠状態に入る。

次に、私が「ミュージカル映画」に興味を惹かれたのは、昔から好きなウディ・アレン監督の、まだ見てなかった作品『カイロの紫のバラ』をDVDで見た際だ。

この作品では、横暴な亭主との生活に倦み疲れている主婦のヒロインが、好きな映画に現実逃避を求める物語なのだが、そのおかげで起こる「奇跡」にも、結局は夢に敗れてしまう。そんな失意のヒロインが、最後にまた映画館に入っていって映画を見るのだが、その時に上映されていた作品が、フレッド・アステアジンジャー・ロジャースによるミュージカル映画『トップ・ハット』(1935年)なのだ。
この二人による、幸福で華麗なダンスシーンを見ながら、うちのめされていたヒロインの顔に微笑みが甦るという、そんな映画愛を語った救いのあるラストに、私は感銘を受けると同時に、この『トップ・ハット』を見てみたいと思ったのである。

そこで『トップ・ハット』のことを調べてみると、ジンジャー・ロジャースの方はまったく知らなかったが、もう一方のフレッド・アステアの方は、たしかに聞き覚えがあった。どんな作品に出ているのかまでは知らない。だが、映画ファンではない私にも聞き覚えがあるほどの「昔の俳優」なのであれば、相当有名な人なのであろうと思い、アステアの主演作を見てみることにした。そして、そこで見たのが一一、『トップ・ハット』ではなかったものの、アステア・ロジャースコンビの主演作品『スイング・タイム(有頂天時代)』で、私はこの作品で、アステアのダンスにすっかり魅了され、さらに他の作品も見ようと思うようになったのである。

ちなみに、この時なぜ、『トップ・ハット』ではなく『スイング・タイム(有頂天時代)』だったのかといえば、それは単純に後者の方が、安く中古DVDが手に入ったためである。
試しに見るのだから、まあ安い方でいいだろうというのと、後者の方が若干「後年の作品」なので、映画として『トップ・ハット』に劣ることもあるまいと判断したのだ。

『イースター・パレード』のアステアとジュディ・ガーランド
『フォー・ミー・アンド・マイ・ギャル』で初主演のジーン・ケリーとジュディ・ガーランド

一方、私がジーン・ケリーのファンになった経緯も、多少の曲折はある。
前記のとおり、『女は女である』で、その名前だけは耳にしていたものの、なにしろミュージカル映画をほとんど見ていなかったのだから、その名前もいったんは忘れてしまっていた。
ところが、ある時、「昔見た『2001年宇宙の旅』を、もう一度見たいな」と思い立って、DVDで見たところ、やっぱりこれが破格の傑作だったので、まだ見ていないキューブリックの他作品を見なくてはと思って『シャイニング』を見、その次に『時計じかけのオレンジ』を見たところ、そこに、主人公の不良少年が、『雨に唄えば』(1952年)でのジーン・ケリーのダンスを真似るシーンがあったのである。

で、ジーン・ケリーを知らなかった私でも、さすがに『雨に唄えば』というタイトルだけは知っていたので、この機会にオリジナルの方を見なくてはと考えた。そしてDVDを見たところ、この名作によって、私はすっかり「ミュージカル映画」の虜になると同時に、ジーン・ケリーのファンにもなってしまったのだ。
ちなみに私は、この映画を見てもなお、この映画が、先にあった同名曲をテーマにした同名映画だとは、よく理解していなかった。

ともあれ、そうした曲折を経て、私はフレッド・アステアジーン・ケリーのファンとなり、「ミュージカル映画」にも強く惹かれるようになった。
そこで、ミュージカル映画の傑作であるらしい、タイトルだけは聞いたことのある『ザッツ・エンタテインメント』を見ることにもなったのだ。

ただし、そのDVDを購入するまでは、私はこの作品が「名場面集(アンソロジー)映画」だということは知らず、普通のミュージカル映画だと思っていた。
そうと知っていれば、名場面ばかりを先に見てしまう結果にもなる『ザッツ・エンタテインメント』を敬遠したかもしれないが、しかし、結果としては、この作品で、他の名作の数々を知ることができたし、あれこれの名作の「味見」をすることもできたと、そう思っている。

(1作目『ザッツ・エンタテイメント』で、メインで紹介されていた一人、エスター・ウィリアムズ
(前作では紹介されなかった『イージー・トゥ・ラブ』が紹介された。吹き替えなしの水上スキーシーンが圧巻だが、アップは別撮りをしている)

要は、この映画で「名場面」を見て、それで惹かれないのなら、名作と言われる作品でも、あえて「全編通し」で見る必要もないだろうと、そう考えたわけである。
見たい映画や読みたい本は山ほどあるのだから、見る必要のない映画という情報も、それはそれで貴重だったのである。

(本作で初めて知ったボビー・ヴァン『小さな町の娘』。ジャンプしながらの極めて長い長回しシーンは圧巻。機会があればぜひ見てみたい)

さて、そんなこんなで『ザッツ・エンタテインメント』までたどり着ければ、『女は女である』でのアンナ・カリーナのセリフ、

「ミュージカル映画に出たいの。共演はシド・チャリシーとジーン・ケリー。振付はボブ・フォッシー!」

に登場する3人も、そのおおよそのことなら、すでに知るところとなっていた。

シド・チャリシージーン・ケリー『雨に唄えば』でのダンスで私を魅了したし、ボブ・フォッシーの方は「ミュージカル映画」について検索していれば、おのずと目につく著名な「振付師」であり、ミュージカル映画の「監督」にもなった人だ。

(本作で、シド・チャリシーを紹介するジーン・ケリー)
(『雨に唄えば』の、ジーン・ケリーとシド・チャリシー)

だが、本作『ザッツ・エンタテインメント PART2』では、そんなボブ・フォッシーが、俳優(ダンサー)として出演した初期作品『キス・ミー・ケイト』(1953年)が紹介されていた。
フォッシーは、この作品以前すでに、「舞台」の方でダンサーやパフォーマーとして活躍していた人だが、ハリウッドに招かれて『キス・ミー・ケイト』などに出演した後は、「ミュージカル映画」の振付師にもなり、さらに映画監督へと成長していくのである。

(『キス・ミー・ケイト』)
ボブ・フォッシーとキャロル・ヘイニー)

で、また面白いのが、この『キス・ミー・ケイト』の主演は、ハワード・キールキャスリン・グレイソンアン・ミラーの3人だそうなのだが、最後のアン・ミラーを、私はごく最近、別のおよそ思いがけない映画で見ていて、そのギャップに驚かされた。

(『キス・ミー・ケイト』の、トミー・ロールとアン・ミラー)

往年の「ミュージカル・スター」であるアン・ミラーは、私が最近DVDで再鑑賞したデイヴィッド・リンチ監督の『マルホランド・ドライブ』に、個性的な「管理人のおばさん」役で登場していたのだ。

で、ここからは「ミュージカル映画」から少し離れてしまうが、アン・ミラーの場合と同様、「思いがけないつながり」を知って、面白かったのは、先日見たばかりの今年(2025年)公開の映画『教皇選挙』エドワード・ベルガー監督)に、バチカンローマ教皇庁)に勤務する、凛とした修道女シスター・マチルダを演じたイザベラ・ロッセリーニが(イタリア映画の巨匠ロベルト・ロッセリーニと世界的な美女女優であるイングリッド・バーグマンの「実娘」であるばかりではなく)、デイヴィッド・リンチ監督の初期作品『ブルーベルベット』で、妖艶なクラブ歌手ドロシーを演じていたという事実を知ったことである。

(シスター・マチルダ)

私は、『ツイン・ピークス』デイヴィッド・リンチのファンになった人間なので、リンチと同じくらいに、『ツイン・ピークス』と『ブルーベルベット』で主演を務めたカイル・マクラクランのファンだった。
だから、『ブルーベルベット』でマクラクランの演じた大学生ジェフリーが、ドロシーを抱いているポスター写真は、これまで何度となく目にしてきたのだが、そこに写っている妖艶な美女が、まさか、のちのシスター・マチルダであるとはと、そのギャップが、なんとも面白かったのだ。
しかも、『ブルーベルベット』後の一時期、イザベラ・ロッセリーニは、デイヴィッド・リンチの恋人でもあったというのだから、イメージが違いすぎて驚いた。

私と「ミュージカル映画」を結びつけるひとつの起点は、『カイロの紫のバラ』であり、そのヒロインが見ていたアステアの主演映画だと書いたが、最近、同じようなパターンで、ジーン・ケリーの作品にも、思いがけないところで出くわしている。

その映画とは先日見た『レオン』(1994年/リュック・ベッソン監督)で、主人公の殺し屋であるレオンの趣味が、古い映画の鑑賞なのだが、そんな彼がテレビで映画で見ているシーンでテレビに映されていたのが、ジーン・ケリー『いつも上天気』だったのである。

この映画でジーン・ケリーは、ローラスケートを履いての見事なダンスを披露するのだが、『レオン』では、ケリーが気持ちよさそうに歩道を滑っているシーンか映し出されており、私はこのいかにも楽しそうな作品もぜひ見てみたいとだ思った。だが、どうやら日本ではDVD化はされていないようで、とても残念に思ったものである。

それにしても、日本の俳優では、あまり感じないこの種の面白さ、つまり「意外なつながり」の面白さを「外国映画」に感じられたのは、なぜなのだろうか?

思うに、日本の人気俳優だと、私の場合はテレビが先だから、あちらにもこちらにも出演しているというのを知っても、特に驚きはないし、その俳優の若い頃の写真などを見ても「こんな頃があったんだな」とか「こんな作品にも出てたんだな」と思う程度なのだが、「外国映画」の場合は、「ジャンル」や「監督」で、見る作品を選んでしまうために、あっちとこっちでは「別のもの」という感じになっていたため、そうした区分を超えた「意外なつながり」に気づくと、世界のハリウッドも、ただ「巨大」なだけではなく、それなりに長い「継続的な歴史」を持ち、それでいて、ある意味では「狭い世界」だったんだなと、そんなふうに感じられ、そこに「意外性」があって、面白く感じられたのであろう。

この先も、いろんな時代のいろんな作品を見ていけば、「作品」の内容そのものとは別のところでの、そうした面白さもさらに味わえるのではないかと、そんな気持ちを持つようになった。

そしてこれが、「映画ファンになる」ということなのかも知れないと、そんなふうにも感じたのである。

(素晴らしいエンディング)


(2025年4月23日)


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