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ロバート・ワイズ&ジェローム・ロビンズ監督 『ウエストサイド物語』 : 「赤狩り」と「ベトナム戦争」と「ミュージカル映画」

映画評:ロバート・ワイズ&ジェローム・ロビンズ監督『ウエストサイド物語』1961年/アメリカ映画)

あまりにも有名なミュージカル映画の傑作である。一一ということになっているのだが、正直なところ、私はあまり感心しなかった。私にこの作品の魅力がわからないだけなのかもしれないが、いずれにせよ、私が本作を高く評価しない理由については、後で書くことにする。

『ウエスト・サイド物語』(ウエストサイドものがたり、West Side Story)は、ロバート・ワイズジェローム・ロビンズ監督の1961年のアメリカのミュージカルロマンスドラマ映画。原作はシェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』を元にした、1957年にブロードウェイで上演された同名のミュージカルである。本作は、その映像権を映画プロデューサーのウォルター・ミリッシュが獲得し、映画化した作品である。ナタリー・ウッドリチャード・ベイマー主演。これにジョージ・チャキリスリタ・モレノらが加わり、「トゥナイト」「アメリカ」「マンボ」「クール」「マリア」など、映画の中で歌われる曲も多くの人を魅了して、サウンドトラック・アルバムも空前の売り上げとなった。

アカデミー賞では作品賞をはじめ、ノミネートされた11部門中10部門を受賞し、この中には作品賞、監督賞とともにジョージ・チャキリスとリタ・モレノがそれぞれ助演男優賞と助演女優賞を受賞した。またロバート・ワイズは4年後に『サウンド・オブ・ミュージック』でも監督賞を受賞している。

1961年10月18日にユナイテッド・アーティスツの製作・配給で全米で公開され、批評家、観衆からの絶大な支持を得て、その年のアメリカ国内第2位の興行成績となった。

そしてAFIアメリカ映画100年シリーズによると、アメリカ映画ベスト100では1998年に第41位、2007年に第51位、2004年のアメリカ映画主題歌ベスト100では『雨に唄えば』『サウンド・オブ・ミュージック』と並んで3曲が選ばれ、また2006年のミュージカル映画ベストでは『雨に唄えば』に続いて第2位(第3位が『オズの魔法使』、第4位が『サウンド・オブ・ミュージック』)となり、ミュージカル映画の代表作として評価は高い。』

(Wikipedia「ウエストサイド物語」

このように、「ミュージカル映画」の古典的名作として、すでに評価の定まった作品であり、それを昨日今日「ミュージカル映画」に興味を持った私があれこれ言うのも何なのだ、何かと感心できなかったという(私の)事実自体は否定できない。
そもそも、私が長らく「ミュージカル映画」に興味が持てなかったのは、本作『ウエストサイド物語』や、ここで挙げられている『オズの魔法使い』(1939年)、『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年)といった有名作に、あまり魅力を感じなかったせいではないかとさえ疑われるのだ。

先般初めて見た『雨に唄えば』(1952年)がきっかけで、私は「ミュージカル映画」に興味を持つようになったのだが、それ以外の『ウエストサイド物語』『オズの魔法使い』『サウンド・オブ・ミュージック』については、ほぼ間違いなく、子供の頃にテレビで見ているはずなのに、そのハッキリした印象は残っていない。残ってはいないのだが、何となく「ミュージカル映画には興味がない」と考えるようになったのは、これらの作品に、世評ほどのものを感じなかったせいではないのかと、そうも考えられるのである。

関西に住む私は、これら三作のタイトル自体は、子供の頃から「宝塚歌劇団」による再演舞台のポスターなどで何度となく目にしてきたから、とても馴染みはあるのだが、「ああ、あの有名作をやるのか」と思うだけで、何の興味もなかった。
だから、大人になり、ここ数年は映画に興味を持って古い作品まで見るようになっても、やはり、「勉強のため」であってさえ、これらの「名作」をあらためて見ようとは思わなかったのだ。

一一まあ、作品自体には興味はないが、ミュージカル映画黄金期の女優の象徴的存在であるジュディ・ガーランドの代表作として「『オズの魔法使い』くらいは見ておこうかな」という気にはなっているのだが、『ウエストサイド物語』『サウンド・オブ・ミュージック』の2作(どちらも1960年代の、ロバート・ワイズの監督作品)については、なぜか、まったく興味が持てなかったのである。

ところが先日、私の『ザッツ・エンタテインメント』のレビューを読んでくれた友人とのLINEでのやりとりの中で、友人が、この2作が自分のオールタイムベストの作品だというようなことを言ったので「そんなにすごい作品なのだろうか? やっぱり、ちゃんと見ておくべきなのか」などと思い、例によって「ブックオフ・オンライン」をチェックしたところ、この2作は人気作品だけあって、中古DVDがとにかく安かった。500円もしないのである。だから、「そのうち見ようか」と思って購入しておいたのだが、やはり、なかなか見る気にはなれないでいた。

しかし、そんな私が今回『ウエストサイド物語』を見ることになったのは、それなりの理由が生じたからである。
それは、津野海太の著書『ジェローム・ロビンスが死んだ ミュージカルと赤狩り』(2008年)を入手したからである。

もともとハリウッドにおける赤狩り」問題については、とても興味を持っていたのだが、最初にこの本の存在を知った頃の私は、まだ「ミュージカル」にも「ミュージカル映画」にも興味がなかったので、この本にも興味が持てなかった。
「赤狩り」問題には興味があっても、「ミュージカル」には興味がなかったから、「赤狩り」問題についての本を読むのなら、他に優先すべき本をすでに何冊も購入して、積んでいたからである。

ところが、前述のとおりで、私は最近になって「ミュージカル映画」に惹かれるようになったので、「赤狩り」と「ミュージカル映画」の重なる部分について書かれた同書に、がぜん興味が湧いてきた。
そこで、さっそく同書を入手したところ、その帯には、

「ウエストサイド物語」の巨匠は
 臆病な〈密告者〉だったのか?


『滑稽な巨人』(第22回新田次郎文学賞)の著者がさぐる
 アメリカ・ミュージカルの輝く光と深い影

と書かれていた。そこで、この「ジェローム・ロビンス」についてネット検索してみたところ、彼がブロードウェイの振付師と活躍し、最後は『ウエストサイド物語』の共同監督にもなった人物だということを知ったのである。

一一となれば、同書を読む前に『ウエストサイド物語』を見ておくしかないではないか。

 ○ ○ ○

そんなわけで、「ジェローム・ロビンス」という人を知るための「参考資料」として、本作『ウエストサイド物語』を見ることにした。そのため、事前の期待というものは、まったく無かった。
しかし「いま見れば、意外に楽しめるかもな」くらいの気持ちはあったのだが、やはり結果としては、「感心もしなければ、面白くもなかった」のである。

私が本作を楽しめなかった理由は、わりとシンプルである。
それは大きく分けて、次の二点だ。

(1)ストーリーが馬鹿っぽいメロドラマ。
(2)集団中心のダンスが、それほど良いとは思えなかった。

ということである。

「Wikipedia」にもあるとおり、本作は、シェイクスピア『ロミオとジュリエット』を下敷きにして、物語の舞台を1950年代当時の「現代」に移した作品である。

ただ、シェイクスピアの原作の方では「殺し合いも辞さないほど敵対している二つの家」の、若い男女の恋愛悲劇を描いているので、設定的には、それなりに説得力がある。なにしろ、王侯貴族の存在した封建時代が舞台なのだ。

ところが『ウエストサイド物語』の場合、敵対しているのは「不良少年グループ」だというのだから、そこで話が、かなりのところ迫力と説得力を欠くことになる。所詮は「不良少年グループ同士の縄張り争い」の話でしかないのだ。

(左がシャーク団、右がジェット団)

無論、「不良少年グループ同士の縄張り争い」でも、まれに殺し合いになることもあれば、死人が出ることもあるだろう。
だが、本作では、(貧しい)アメリカ人グループの「ジェット団」とプエルトリコ系移民の「シャーク団」の双方が、所詮は「若気の至り」でツッパっているだけであり、「縄張り」と言っても、そこで「麻薬密売」をしているとか、そうした生々しい話ではない。単なる「子供の縄張り争い」なのだ。
ところが、それが嵩じて死人を出してしまうことにもなり、そこに悲劇が生じてしまう。

そんな事情だからこそ彼らは、殺したしまった後に「こんなことになるなんて」となどと、ナイーブにも怯えながら後悔するのだが、映画を見ているこちらとしては「ナイフなんか持ち出したら、いずれ死人が出るのは当然だろ、馬鹿なガキどもめ」としか思えない。

(当初は「1体1の殴り合いによる決闘」という約束だったのだが、途中で話が拗れて双方がナイフを持ち出し、シャーク団のリーダーベルナルドが、ジェット団のリーダーであるリフを刺し殺してしまう。そして、マリアに頼まれてこの決闘を止めにきたはずのトニーが、弟同然のリフが殺されたのを目の当たりにして、思わずベルナルドを刺して殺してしまう。恋人マリアの兄を殺してしまったのだ)

さらには、その結果に怯えながらも、仲間の一人が「敵討ちだ!」とか叫び出すと、結局はそれに煽られて、また相手グループへの復讐へと走り出すのだから、結局のところ、こいつらは「何も考えていない」のである。言うなれば、動物的に、その場その場で「感情的に動いているだけ」なのである。

以上が、本作における「恋愛悲劇」の背景なので、結果としては悲劇は悲劇なのだが、いささか「馬鹿馬鹿しい」という印象が否めない。
主人公の二人にしても、もう少し「考えて行動していたら」悲劇の結末を迎えることもなかったのは明らかなのだ。つまり、主人公の二人も、端的に「頭が悪い」のである。

(トニーとマリア)

まあ、演じている役者がとても10代には見えないとしても、物語の設定としては、せいぜい10代半ばまでなのだから「馬鹿なガキンチョ」であっても仕方がないのではあるけれど、映画としては、いささか説得力を欠くのである。
これがせめて、前述のとおり「麻薬密売のショバ争い」だとでもいうのであれば、それなりに説得力もあるのだが、そうすると主人公の二人だけが「無垢」だという設定にもしにくい、といったことから、こういう無理のある設定になってしまったのであろう。

そんなわけで、最後は主人公の片方である男の方が死ぬことになり、男の遺体にすがって泣くヒロインの哀れな姿を見て、そこの集っていた両グループのメンバーたちが、肩を落としながら、一人また一人とその広場を去っていくラストシーンとなる。
たしかにこのシーンは、彼らが何かを「学んだ」(大人になった)ということを示しているのだろうが、私にしてみれば「そんなことでは学ばないよ」ということにしかならない。なんとなれば、彼らはそれまでも、仲間から死人を出して嘆き悲しみながらも、結局は同じことを繰り返してきたのだから、最後に死んだのが、主人公である男女の片方であり、ドラマとしては悲劇のラストであったとしても、作中の彼らにしてみれば、それは「特別な事」ではない、からである。
したがって、本作のラストは、真の意味でのラスト(結末)にはなっていないのだ。

以上が、本作についての、(1)の「ストーリー」面における、私の評価である。

次は(2)の「ミュージカル」の側面について。
こちらは、「Wikipedia」に、

『「トゥナイト」「アメリカ」「マンボ」「クール」「マリア」など、映画の中で歌われる曲も多くの人を魅了して、サウンドトラック・アルバムも空前の売り上げとなった。』

とあったとおりで、「ミュージカル」どころか「音楽」にすらさほど興味のなかった私でも「耳に残っている曲」が何曲もあったので、レナード・バーンスタインによる音楽が素晴らしかったというのは、間違いのないところだろう。
だが、音楽を聴くために「映画」を観るわけではないので、それだけでは高くは評価できない。

私が本作を「ミュージカル面」で評価できなかったのは、まず前述のとおりで、本作では「グループダンス」が中心となっているのだが、これが特に驚くほどすごいものだとは思われず、その点で、全体に物足りなかったせいだ。

たしかに、ブロードウェイの舞台で同じ役(シャーク団のリーダー・ベルナルド)を演じたダンサー、ジョージ・チャキリスのダンスは良かったが、もっと、彼の個人技をしっかり見せて欲しかった。
また、言い換えれば、その他のダンサーは無論、主演の二人のダンスも、悪くはないが特に良くもなかったのである。

(左から、マリア、アニタ、ベルナルド)
(ダンスの得意な、ベルナルド役ジョージ・チャキリスと、アニタ役リタ・モレノのダンスの見せ場)

少なくとも、私が「ミュージカル映画におけるダンス」に興味を持つきっかけとなった、フレッド・アステアジーン・ケリーのダンスの「華麗さ」には、遠く及ぶものではなかった。

本作『ウエストサイド物語』のダンスの特徴は、そのポスターにも見られる「腕を上と左につき伸ばし、右脚で爪先立ちながら左脚を高く真横に上げる」といった、言うなれば「伸び上がる」「つき伸ばす」といった動きに特徴があり、その前段としての「溜め」があって、その緩急が見る者に心地よさを感じさせるダンスだったのではないかと、ダンスの素人の私は、そのように感じた。

だが、個人的な趣味で言わせてもらえば、このダンスは「緩急」で見せるために「わかりやすく気持ちが良い」ものではあっても、高度な技量が要求される「流麗さ」、つまり、いっ時たりとも気を抜くことのできない「円運動」的なダンスの迫力、努力して真似のできるレベルではない天才的な超絶技巧に支えられた華麗なダンスに比べると、あまりにも「当たり前」で、物足りなかったのである。

本作で私が「唯一、高く評価できる」と思ったのは、ヒロインのマリアを演じたナタリー・ウッドの「歌」と、せいぜい、その恋人であるトニーを演じたリチャード・ベイマーとの「掛け合いの歌」だったのだが、ナタリー・ウッドの歌が、あまりにも素晴らしすぎたので、私は「これ、吹き替えじゃないのか?」と疑ってしまった。一一というのも以前に見た、ミュージカル映画の傑作『シェルブールの雨傘』ジャック・ドゥミ監督/1964年)のヒロインを演じたカトリーヌ・ドヌーヴの歌が、やはり吹き替えだったからである。

それで、映画を観た後「Wikipedia」を確認したところ、やっぱり、次のような事情であったことが確認できたのである。

歌の吹替問題
主役級の俳優たちの歌は大部分が吹き替えられており、吹替歌手の名前は映画でもサウンドトラック・アルバムでもクレジットされていなかった(現在販売されているものにはクレジットされている)。これは当時広く行われていた慣習であったが、後にいくつかの問題に発展した。

特に大きな問題となったのはナタリー・ウッドの吹替である。ウッドは自分の声が使われると信じて撮影を行っていたが、裏ではマーニ・ニクソンによる吹替が決められていた。撮影終了後に初めて自分の声が使われないと知ったウッドは激怒したと伝えられる。そのため、ニクソンの録音はウッドの協力のない状態で行わざるを得ず、アップショットの場面を中心にウッドの歌い間違いの修正に苦心した上、最後のシーンのマリアの「触らないで!」(“Don't you touch him!”)と「大好きよ、アントン」(“Te adoro, Anton.”)の台詞吹替まで行うことになった。このことからニクソンは、サウンドトラック・アルバムの売上の一部を要求するに至ったが、配給会社もレコード会社もこれを聞き入れず、結局はバーンスタインが自主的に報酬の一部をニクソンに回すことで解決を図った。

他にも、アニタの吹替を担当したワンドが訴訟を起こし、サウンドトラックの売上の一部を受け取ることで和解している。』

もちろん、「吹き替え」になるという事情を知らされていなかったナタリー・ウッドが怒るのは当然だし、プライドを傷つけられた彼女には同情もするけれども、しかし「映画」というのは、そもそも「切り貼り(モンタージュ)」によって作られるフィクションなんだから、イマイチな女優の歌をそのまま使うのではなく、上手な歌手の歌に差し替えるというのは、映画作りとしては正しいことだと思う。映画は、舞台とは違って、生身の演技が売り物ではなく、基本的には「つぎはぎのフィクション」であり「結果よければ全て良しの大嘘」なのだ。
だから、「吹き替え」によって、せめてヒロインの歌が「良かった」ということになったのだから、それはそれで正解なのだと、そう私は評価するのだ。

(主役の二人は、ダンスよりも歌で魅せるのだが‥‥‥)

だが、それでも、唯一「文句なしに評価できた部分」が、「吹き替え」であったということを知ってしまうと、やはり「全部イマイチ」という気分になってしまうのは否めない。なぜなら、歌手が俳優より歌が上手いのは当たり前だと、そう思わずにはいられないからだ。

このあたりは、これまでにも何度か論じてきた、アンドレ・バザンモンタージュ批判」の問題ともつながってくる話だろう。
バザンは「つぎはぎの虚構」のための「モンタージュ」という手法(の安易さ)を批判し、戦後イタリア映画の「ネオレアリズモ」を称揚して「映画とは、可能なかぎり、現実を切り取るものでなければならない。なぜならば、やはり現実には、それでしか持ち得ない力(存在感)があるからだ」という趣旨の主張をしたのであり、私もこの考え方には、大いに賛同した。
この理論の正しさは、「3DCGがいくらリアルになっても、現に存在するものの存在感には敵わない」ということを、私はしばしば感じていたためだ。

だから、ナタリー・ウッドの「イマイチな歌唱」よりは「歌手の優れた歌唱」の方がマシだとしても、ベストなのは、ナタリー・ウッド自身が「歌手並みの歌を現に歌って見せ、それをそのままフィルムに定着させること」なのだ。
だが、それができなかったからこそ、吹き替えのないダンス含めて、作品全体として、ダンスも歌も「イマイチ」という印象になってしまったのである。

 ○ ○ ○

だが、いずれにせよ、私にとって本作『ウエストサイド物語』の出来自体は、二の次であり、本来の目的は「ミュージカル映画と赤狩り」の関係だ。

『ザッツ・エンタテインメント』のレビューでも触れたとおり、ハリウッドの「ミュージカル映画の黄金期」である1950年代というのは、「朝鮮戦争」「ベトナム戦争」とうちつづく、アメリカにとっては「暗い時代」であった。
だからこそ、映画くらいは「人間の善性を描く、明るく楽しい映画」としての「ミュージカル映画」が提供されたし、求められもしたのだ。

だが、そうした「現実逃避」は、やがてその限界を迎えることになる。
アメリカ兵の死者数が増大するにつれ、アメリカ国内でも「ベトナム反戦運動」が盛り上がり、それまで信じられてきた「アメリカの正義」に疑義を突きつけるような「暗い映画」が作られるようにもなって、またそれが人気を博すようになった。
それが、1960年代後半から登場し始め、のちに「アメリカン・ニューシネマ」と呼ばれることになる、主として独立系映画の一群である。

そして、「アメリカン・ニューシネマ」の台頭と共に、「ミュージカル映画」は過去のものとして顧みられなっていく。
そうした「黄金期のミュージカル映画」が「懐古的」に顧みられるようになったのは、ベトナム戦争が終了して、人々が再び「明るい娯楽映画」を求めるようになった1970年代も半ばになってからであり、『ザッツ・エンタテインメント』(1974年)の思わぬヒットも、そうした時代背景があってのことだったのだ。

したがって、1961年公開の本作『ウエストサイド物語』の場合は、まだ「アメリカン・ニューシネマ」登場以前であり、「ミュージカル映画」の黄金期が後半にさしかかった時期の作品だと言えよう。

そして、そうした時期の作品の中で、アメリカ人グループの「ジェット団」とプエルトリコ系移民の「シャーク団」の対立が描かれ、どちらかといえば「ジェット団」の方が「憎まれ役」的に描かれていたというのも、当然「ベトナム戦争」と無縁なものではなかろう。
なにしろ最初に戦場へ行ったのは彼ら「貧民層」出の志願兵だったのだから、そんないろんな人種の「アメリカ国民」が身内で喧嘩をしていては不都合な状況になっていたのである。

ジェット団の面々)

また、その一方で「黒人」が登場しないのは、本作が「黒人の公民権運動」の最中の作品だったためなのであろう。

つまり、すでに「アメリカの正義」が、さまざまなかたちで揺らぎ始めていた時期の作品であり、私たちはこの映画に、今のドナルド・トランプ(第二次)政権の不法移民排除政策」を重ねて「まだ、この時代の方がマシだったのかも知れないな」などと、そんな感慨さえ抱かされもするのだ。

(プエルトリコ・コミュニティの中でも、男たちシャーク団の面々は、人種差別を理由に「反アメリカ」的だが、彼らの彼女である女性たちの方は、祖国を愛しつつも「自由なアメリカに満足している」と唄う)

ともあれ、こんな作品を作ったジェローム・ロビンズは、かつての「赤狩り」において、仲間を売った『密告者』と呼ばれる立場に、一度は立たされた。
だが、それにもかかわらず彼は、映画界での立場を失わなかったという事実が、「Wikipedia」では、次のように簡単に語られている。

『1950年代、米国中に吹き荒れた「赤狩り」の嵐の標的となった末、かつての同志8人を名指し(naming names)した「密告者」であったが、下院非米活動委員会に協力したことでロビンズの名前は傷ついていない。』

(Wikipedia「ジェローム・ロビンズ」

これは、どうしてなのだろう?

(振りを付ける、ジェローム・ロビンズ)

同じように「密告者」となりながらも、その後の映画界で活躍した人物に、映画監督のエリア・カザンがいる。
しかし、カザンの場合には、その後もずっと「裏切り者」という汚名は消えなかったのだが、ジェローム・ロビンズの場合は、そういうわけでもなさそうなのだが、この違いはどのあたりから出たものか、そこが私の興味のあるところなのだ。

そんなわけで、できるだけ近いうちに、前述の津野海太郎『ジェローム・ロビンスが死んだ ミュージカルと赤狩り』を読もうと思っている。

同書を読めば、『ウエストサイド物語』の見方も、また少し違ってくるのかもしれない。


(2025年5月6日)


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