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春先の粘っこい若葉や、青い空を、俺は愛しているんだよ「カラマーゾフを読む」(39)

春先の粘っこい若葉や、青い空を、俺は愛しているんだよ「カラマーゾフを読む」(39)

第五編 プロとコントラ 三 兄弟、近づきになる

さあ、いよいよ次男イワンとアリョーシャの対面です。

これまで「寡黙で冷徹な、謎めいた人間」として描かれていたイワンでありますが、カテリーナとの決別シーンでは思いのほか「熱いもの」を持っていることが明らかにされました。

この章からはそんなイワンの告白とも言える、恐るべき話が展開されていきます。

とはいえまずはジャブの応酬。イワンとアリョーシャが初めて腹を割って話すということで、食べ物の注文という何気ない会話から始まっていきます。

これもごく当たり前のやりとりのようにも見えますが、これまでずっと近くて遠かった二人にとっては急速な接近です。

しかもイワンの方から親しげに語りかけるのも重要です。彼はアリョーシャの好物の桜んぼのジャムまで覚えていたのです。この甘いジャムは後の伏線にもなるのでよく覚えておきましょう。

そしてイワンはまるでドミートリイのように人生について熱く語り始めます。

その中でも特に忘れられないのは《春先に萌え出る粘っこい若葉》という言葉です。私は初めてこの小説を読んだ時からずっとこの言葉が『カラマーゾフ』の象徴のひとつとして心に残り続けています。

これはもしかすると、私が北国の出身だからかもしれません。

北海道の冬の厳しさは皆さんも想像がつくと思います。しかも単に厳しいだけでなく、長いのです。私の住む北海道の南端たる函館ですら下手をすると11月初旬には冬景色になり始め、3月末までどんよりした寒い季節が続くのです。

そしてそんな長くて厳しい冬が終わり、朗らかな春の陽気を感じながら歩いていると、ふと目に入るものがあるのです。

それが《春先に萌え出る粘っこい若葉》です。

私はこの言葉を見た瞬間、「まさにこれだ!」と思いました。

私は春が好きです。春の始まりが最も好きな季節です。あの萌え出る緑がたまらなく好きなのです。だから、イワンの言う《春先に萌え出る粘っこい若葉》がものすごくわかるのです。イワンの言うような生命のほとばしりとまではいかなくとも、やはり私にはその感覚はなんとなくわかるのです。

これが熱血漢で詩人のドミートリイが言うならばまだしも、イワンが口にするというのがまたいいのですよね。冷徹な知識人たるイワンですらこの《春先に萌え出る粘っこい若葉》に撃ち抜かれるのです。

そしてここからいよいよ「大審問官」の章に至る核心的な話が始められていきます。この章ではまだ助走ではありますが、すでにして根源的な命題が提出されます。それが、

俺はこの神の世界を認めないんだ。それが存在することは知っているものの、まったく許せないんだ。俺が認めないのは神じゃないんだよ、そこのとこを理解してくれ。俺は神の創った世界、神の世界なるものを認めないのだし、認めることに同意できないのだ。断っておくけれど、俺は赤子のように信じきっているんだよ。

新潮社、原卓也訳『カラマーゾフの兄弟(上)』P592

というものになります。

「神の存在は信じる。しかしその神の創った世界を認めない」

こうイワンは言うのです。

多神教的な日本の土壌では、全知全能の創造者たる神が創った世界というのはあまりピンと来ない話かもしれませんが、当時の西欧、特にロシアではこの問題は非常に重要な論点としてよく議論されていたようです。ドストエフスキーにとってもそれは当然大きな関心事でした。

そしてこのイワンの言葉に対し、「なぜ神の世界を認めないのか説明してくれる?」とアリョーシャは問いかけます。

このありがたい問いによってイワンはさらに自らの内をさらけ出していくことになります。これもアリョーシャだからこそなせる業でしょう。おかげで私たち読者もこの謎めいた言葉の真意を次の章から見ていくことになります。

続く

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