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賢い人とはちょっと話してもおもしろい「カラマーゾフを読む」(43)

賢い人とはちょっと話してもおもしろい「カラマーゾフを読む」(43)

第五編 プロとコントラ 七 『賢い人とはちょっと話してもおもしろい』

さあ、長かった第五編もいよいよこの章で終了です。

父フョードルとのうんざりするような会話もそこそこに、イワンは部屋へと帰ります。スメルジャコフのねっとり話法に苛立ちを募らせていたイワンですが、それにしてもその不安定さには私達も驚かされます。

真夜中の奇行や異様な精神状態はすでに狂気の一歩手前のようにも見えますよね。

そんなイワンですが、翌朝、フョードルからの執拗な要求もそぞろに、ついにモスクワへと出発してしまいます。

そこで運命の一言が飛び出てしまうのです。それも、「ふいに」・・・。

つまり、イワンの意思とは言い難い、不可思議な発露だったのです。

そしてその発露によってスメルジャコフの名台詞「してみると、賢い人とはちょっと話してもおもしろい」が導かれます。

これが運命の分かれ道でした。

イワンも自らの意思でそうしたわけではありませんでした。しかし、これにより全ては決してしまったのです。人生の不可思議さがここにあります。

ただ、イワンはさすがです。いや、悲しき人間と言った方が正しいでしょうか。彼はこれから起こりうることを予感しています。そしてその道義的責任に圧し潰されそうになっています。

彼は直接的にはスメルジャコフに何も言っていません。ただ「チェルマーシニャに行く」と愛想よく言っただけです。法律的には何の道義的責任もありません。しかし、彼の中にある何かが警告してやまないのです。それを良心と呼ぶか、信仰と呼ぶかは人それぞれでしょう。ただ、イワンは「俺は卑劣な人間だ!」と」自分を責めるのです。

なぜそうまで思うのならあの家を出て行ってしまったのか。今からでも遅くはない、引き返せばよいではないか。

当然、私もそう思いました。しかし今更彼に何ができるのでしょう。賽はすでに投げられたのです。物語はすでに動き出してしまいました。もはやそれを止める術はありません。

これからカラマーゾフ家はどうなってしまうのか。いよいよ、舞台は整いつつあります。

さて、これにて第五編は終了です。「大審問官」の章をはじめとした重厚なストーリーの連続で読むのも疲れたかもしれませんが、きっと充実感もあるのではないかと思います。世界最高の物語と名高い名シーンを味わったのですからそれも当然です。

ここから先も『カラマーゾフ』はどんどん面白くなっていきます。ぜひこの勢いのまま進んでいきましょう。

続く

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