ゾシマはなぜアリョーシャを愛したのか、その理由が明らかに「カラマーゾフを読む」(43)
ゾシマはなぜアリョーシャを愛したのか、その理由が明らかに「カラマーゾフを読む」(43)
第六編 ロシアの修道僧 一 ゾシマ長老と客人たち
第六編ではまるまるその全てを通してゾシマ長老に関する事柄が語られることになります。
いつ亡くなってもおかしくない衰弱状態の中、ゾシマは奇跡的に元気な姿を皆の前に現していました。そしてアリョーシャもなんとかその場に間に合うことができました。
ゾシマはすぐにアリョーシャに兄に会えたかどうか問いかけます。そしてドミートリイの恐るべき運命を感じ取ったことを明かします。そうです、あの謎めいた跪拝の意味をここで語ったのです。
そしてその鍵となったのが「顔」でした。
昨日わたしには何か恐ろしいものが映じたのだ……。まるであの御仁の運命全体を、昨日の眼差しがあらわしているかのようだった。あの御仁はそういう眼差しをしておったよ……。だからわたしは心の中で一瞬、あの御仁がおのれのために用意しているものに慄然としたのだ。これまでの生涯でわたしは一、二度、あのような……まるで当人の運命全体をあらわしているような表情をした人に出会ったことがある。そして、悲しいことに、その人たちの運命はそのとおりになった。わたしがあの御仁のところへお前を遣わしたのも、アリョーシャ、弟であるお前の顔が助けになればと思ったからなのだ。しかし、すべては神の御心しだい。何もかもわれわれの運命なのだからの。『一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる』(訳注 ヨハネによる福音書第十二章)これをよく覚えておくとよい。アレクセイ、これまでにわたしは幾度となく心の中で、お前をその顔ゆえに祝福してきたものだ、このことも知っておいてほしい。
ゾシマは恐ろしい運命を背負った人間の表情を知っています。そしてそれをドミートリイにも見たのでありました。だからこそその苦悩の運命に跪拝したのです。
そして大事なのがアリョーシャの顔です。単に男前だとか、優しい顔をしているとか、そういう話ではありません。そこにはもっと深い意味が込められていたのでした。
なんと、かつて自分をこの世界に導いてくれた兄の面影がそこにあったとゾシマは言うのです。しかも単に顔つきが似ているというのではなく、精神的なものがあまりに似ているということでした。その精神的なものがアリョーシャの顔に現れているということでしょう。それがゾシマの心を打ったのです。
ここから先、ゾシマの生涯を決定づけた兄の存在と、彼自身の魂の遍歴を追っていくことになります。これだけでひとつの小説として読めてしまうほどその物語は濃厚です。
そしてもうひとつ上の引用箇所で注目したいのが『一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる』という聖書からの引用です。これは『カラマーゾフ』のエピグラフにも書かれていた言葉です。
エピグラフに書かれたということはこの小説において最大級に重要な言葉であることは間違いありません。
その言葉がここで語られたことの意味も私達は考えねばならないでしょう。今後の展開を占う大きな意味を持っているはずです。
では、次の記事よりアレクセイ・フョードロヴィチ・カラマーゾフによるゾシマの物語を読んでいくことにしましょう。
※今更かもしれませんが、アレクセイ・フョードロヴィチ・カラマーゾフはアリョーシャの本名です。アリョーシャはよりくだけた呼び方になります。この章でもゾシマが最初は彼をアリョーシャと呼び、その後アレクセイと呼んだのにも意味があります。正式名称に近くなればなるほどより形式的で相手を重んじるような呼びかけになります。場合によっては逆に他人行儀なニュアンスにもなります。
この名前の呼び方によって相手への心情や距離感が測れますので、ロシア文学においてはその呼び方が非常に重要なポイントになります。日本でも「たーくん」と呼ぶより「太郎君」、「太郎君」と呼ぶより「山田太郎様」と呼んだ方がよりフォーマルな感じがしますよね。それと同じです。相手をどう呼ぶかで見えてくるものがあるのです。
ロシア文学の難しさの例としてよく「呼び方が多くて誰が誰だかわからない問題」が取り上げられますが、法則性さえ掴めればどの名前の派生系かはすぐにわかるようになります。
特にドストエフスキーは意図的に呼び方を変えてその時の心情を表す場合が多いので、これが物語を読み解く非常に重要なポイントとなります。なので、この物語でも「誰が誰をどのように呼んでいるか」に注目してこれから読んでいきましょう。
続く
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