【心の居場所まとめ③】紹介小説第2話「心の居場所がある場所」
数日後。
駅前のペデストリアンデッキ。
一人ベンチに座り、万尋の言葉を思い出していた。
フリースクール。
考えてもいなかった。
「乃亜は心の動きに敏感だ。だから疲弊もしやすいけどその分、人との間を大事にできる」
万尋はそう言ってくれた。
人との間……manaさんの言葉を思い出す。
本当に私にできるだろうか。
そんなことを考えながらボーッとしていると、前方に丸いフワフワしたものが飛んで来た。
風船……?
階段を急いで昇って来る小さな女の子。
あの子の風船かな?
何かの拍子に手を離してしまったのだろう。
ベンチから立ち、風船のひもを捕まえた。
走って近くまで来た女の子に渡す。
「おねえちゃんありがとう!」
ここで女の子に声をかければ……と、頭では分かっているが、口からは何も出てこない。
「あ……うん」
少し離れたところで、お母さんらしき人が私に微笑みながら会釈している。
つられるように私も会釈する。
そのとき、のほさんの記事を思い出した。
駅のような場所……。
駅はどんな人でも受け入れてくれる、見知らぬ人たちが行き交う場所。
普段は繋がりのない人たち。
でも今、私は風船女の子と繋がった。
ほんのわずかな繋がり。
けれど何かあったとき、こうして助け合うことができる。
誰も干渉しない場所。
一人でいれる場所。
もし何事かあって声を上げたとしたら、誰かが振り向いてくれるような安心感。
繋がろうとすれば誰かと繋がることもでき、そうでない時は繋がりを意識することがない自由な空間。
こういう場所って落ち着く。
だから私も今こうしてベンチに座っているのかもしれない。
『心の居場所』って、安心感に似ている気がするなぁ……。
あっ……。
スマホを取り出して記事を読み返す。
これだ。
私が、
誰もが、
ありのままで、
心穏やかに居られる場所
blancheさんのお話とはちょっと違うかもしれないけど、今の私は似たような気持ちでいる。
自己肯定感を必要としない場所だけど、ベンチが『ここにいていいよ』と、言ってくれているような安心感がある。
わずかな時間だけど『ありのままを受け入れてくれる場所』かもしれない。
自己を受容してくれる場所なのかもしれない。
何となく石木さんの小説を思い出す。
今まで他人と交流しないで暮らしていた人に、いきなり『はい交流しましょう』っ言っても無理な話。
それは私が身をもって知っている。
人との交流を絶って、そのあと精神的に回復しても、すぐに人と関わりたい気分にはならなかった。
多分、今も心のどこかにそんな部分がある。
そんな私でも、風船の子としたような交流は苦にならない。
むしろ心が和んだ気がする。
絶食していた人がお粥から少しずつ食べて回復していくのと同じかもしれない。
まずは一人でいて、場の雰囲気を共有できるだけでもいい。
『べき』がない場所。
この駅前の空間も『べき』がない、私にとって心地良い空間。
自分の思うままに、ありのままの状態でいれる気がする安定した場所。
誰かに乱されることなく自分を保持できる場所。
とは言え、ここは一時的に足を止めただけの場所。心の居場所ではない。
……待って。
本当にそうなのかな?
『心の居場所』は心の中にある。
居場所や帰る場所は物理的な空間だけでなく、心の中に常に存在しているもの
誰もが、「心の居場所」は持っている。
頭を駆け巡る、虎吉さん、地方ケアマネkakiさん、mori hananaさんの記事。
心の居場所は自分の中にある。
逆に言えば、心安らかに居れればどんな場所でも居場所になれるということだろうか。
例えば駅のように。
それなら私達が作ろうとしている場所は『心の居場所』ではないのだろうか?
「それぞれの人たちが自身の『心の居場所』を見つけられるようなきっかけを提供する場」
そうか。
分かっていたはずなのに。
『心の居場所』は精神的な拠り所だって。
「居場所って精神的なものだと思うんだ」
万尋にも言われていたのに、私はまた物理的な場所で考えていた。
『心の居場所』を見つけるきっかけ作り。
それが私たちの目指す『居場所』なんだ。
虎吉さんの文章、すごく共感する。
私と同じような経験をされているからかもしれない。
人権シンポジウムの弁護士さんみたいに、自分の心の中にある『居場所』を自分で見つけられるきっかけとなるような、ちょっとだけ後押しをできるような場所。
そんな居場所を作りたい。
地方ケアマネkakiさんの様々な社会的視点からの考察。それを受けての心の居場所のお考え。
その地点で立ち止まり、進むべき道を間違ってはならないと思い悩んでいる場合、「後戻りしてもいいのだ」という事を伝えたいところです。また後戻りすることになったとしても、それは決して後退する事ではないのです。
後戻りOKな場所。
すごく安心できる気がする。
失敗するかどうかなんてやってみないと分からない。
ダメだったらまた戻ってやってみる。
それは決して後退ではない。
むしろ大きな一歩。
……なんかいいな。ワクワクする。
そういう心のゆとりができる出発点のような場所。
後戻りした時に変わらず迎えてくれる場所。
そんな居場所を作りたい!
「今ここ」が、
まずは「居場所」であるということ、
そして、それは、
「今、生きている」ということ。
生きていればこそ、
どこへでも行くことができ、
「ここだけ」などと考えなくても、
良いということ。
そして「生き抜く」こと。
mori hananaさんの『心』からの考察を読ませてもらって、なおさら実感した。
命が安全だからこそ、生きているからこそ居場所は欲しくなる。
きっと誰もが『心の居場所』は持っていて、でもそれを見失ってしまう人がいて……。
だからそれを忘れないこと、見失わないことが大切なんだ。
それに気付くきっかけになる場所。
見失ったものを思い出すきっかけになる場所。
それこそが私たちの目指す場所なんだ!
居ても立っても居られない気持ちになり、私はつい先刻まで『居場所』としていた駅前を離れ、万尋の元へと駆け出した。
あとがき
ここまでお読みいただきありがとうございました。
今回の舞台となったペデストリアンデッキは、宮城県の仙台駅前をイメージしました。
圧巻のペデストリアンデッキです!そしてめっちゃキレイな街!
ゴミ全然ないんじゃない?って思うくらいキレイ!
大きい街の中心地なのに、何となく温かさを感じる場所のようにも感じました。
のほさんの記事を拝読し、真っ先に思いついた場所です😊
今回のトップ画像は、『心の居場所』にもご参加頂いておりますRaMさんの作品を使わせて頂きました。
主人公に気付きのきっかけを作った風船。
ピッタリだ!と思いました。
素敵な画像ありがとうございます😊
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