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67.前向きな私と恐がる私を、こう扱ってます

手術まであと1か月あると考えたのが、昨日のことのような気がします。

気づけばあっという間に2週間後。

手術をすることになった理由はこちら

何日か前から、朝目が覚めるとモヤモヤ感に気付く。

「なにこれ?」

「ああ、緊張しているんだ。」
手術の日がどんどん近づいているから。

前向きな私と恐がる私

「落ち込んでも、クヨクヨ考えても、悩んでも、癌は消えない。
 治療して元気になるという選択をしたのだから
 そのための思考に切り替えよう。」

自動的にそんな考え方になって
ここまで楽しく過ごしてきた私でした。
今もそうですが。

今まで学んできたことが一気に作動して
気持ちが自然と切り替わる。
前向きな力強さに、自分でも驚く。

そんな状態の一方で
恐がっている私もいるんです。

2年前に経験したのは腹腔鏡手術。
今回は、しっかりメスを入れて片側の乳房を全摘する。

この違いが、恐さを膨らませています。

私の体の形が変わる。

その後も治療は続く。
再発の可能性がゼロになるわけでもない。

術前検査で、思いもしなかった別の病気の可能性まで出てきたり。

緊張しているという話をすると
夫からは、「そりゃあ当然だよ」と思いやる口調で返ってくる。

やさしさと一緒に夫の緊張感も伝わってきます。

出てきた恐さは、こう扱っています

結論をひとことで言うと、何もしません。

「恐がっちゃだめだ!」
なんて否定しません。

「恐くなんかない!」
といって、なかったことにはしません。
奥に押し込めることもしません。

「ああ、恐いんだね」
「私は恐がっているんだね」
そう認めるだけ。

思考はその後もいくらでも出てきます。
「恐くなって当たり前だよね」
「この恐さを責めなくていいんだよね」

それらも全部
「そうなんだね」
と、ただ眺めます。

自分のことを褒めたり励ましたりも、しないんです。

前向きで力強い私であっても
出てきたものすべてを
ただ受けとめるだけです。

「なんだ、私しっかりしてるじゃん!」
なんて出てきたときも

「そう思ったんだね」
と、認めるだけなんです。

ただ眺めると、こころはゆるんでいく

ずっと続けているこの
「ただ眺める」というやり方が
私にはとても合っています。

責めない。
「こうすべき」「こうあるべき」という、堅苦しい枠に押し込めようともしない。
ただ、出てきたものを出てきたまま認めるだけです。

恐がるこころを慰めようとか
なんとか励まそうとか
どうにかして恐さを弱めようとかも
しません。

なぜなら
それは結局「恐がる」ことを否定的に捉えているのと同じだから。
ない方がいいものとして扱っているのと同じだから。

どんな感情も思考も
それが出てきたことを認めるだけ。

否定も強制もしないでいると
私のこころはゆるみ
自然と落ち着いていくんです。

だから前向きで力強い私が出てきても、褒めないんです。

こころの安定のために整えたかったから

誰かに恐いと言えば
慰めてくれるかもしれません。
何かいい話を聴かせてくれるかもしれません。

それで救われていく人は、それでいいと思うんです。

私自身は
その瞬間にこころがあたたかくなったとしても
自分の感情や思考を否定する考え方があると
結局また、もとの状態に戻っていきます。

それに気づいてしまったときから
出てきたものをただ眺めることの
力をより理解できました。

私は、答えを自分の中にみつけたい人なんですね。


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