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【第2回】EU ETS 2026年改革案──航空CORSIA・海運IMOとEUの駆け引き、どうなる国際運輸の炭素価格

連載第2回は航空と海運です。7月8日の記事で航空カーボンクレジット制度CORSIAの市場動向を取り上げた際、「欧州委員会のレビューが最大の変数」という論点に触れましたが、その結果が7月17日の改正案で示されました。国際航空にはICAO(国際民間航空機関)のCORSIA、国際海運にはIMO(国際海事機関)の枠組みという多国間ルールがある中で、EUの単独措置がどこまで踏み込むのか。第1回(全体像と市場設計)に続き、今回はこの2部門を読み解きます。

■航空:CORSIAに「不十分」の判定

改正案の前提となったのが、ETS指令に基づくCORSIAの評価です。欧州委員会は、(1)CORSIAが長期目標の達成に向けて強化されていない、(2)CORSIAを実施する国が国際航空排出量に占める割合が70%未満にとどまる、と結論づけました。2023年の法改正時に「この条件が満たされなければ適用拡大を提案する」とあらかじめ定められており、今回はその条項が発動された形です。

▼「5,000km圏」という線引き

提案の中心は、2029年1月から、EEA(欧州経済領域)発の域外行きフライトのうち、目的地がフランクフルト空港から5,000km以内の便に排出枠の償却義務を課すことです。Reutersによれば、ドバイやイスタンブール行きは対象に入り、米国・中国行きは入りません。日本行き直行便も約9,000km超のため対象外です。適用は2032年までの4年間とされ、その先は後述の再評価に委ねられます。

CORSIAのオフセット義務と重なる路線では、オフセット費用相当分をETSの償却義務から控除する仕組みが用意され、二重負担を避ける設計です。また、CORSIAはICAOでの国際合意に基づく制度であり、それ自体が航空会社を直接縛るわけではなく、各国・地域が自国の航空会社への法的義務として取り込むことで初めて機能します。EUはETS指令の中でEU系航空会社にCORSIAのオフセット義務の履行(適格クレジットの償却)を義務づける形でこれを実施しており、この義務づけの期限が現行の2026年までから2035年まで延長されます。あわせて、これまで排出量や便数の基準で実質的に対象外だったビジネスジェット(報道で「プライベートジェット」と呼ばれる小型機で、その排出実態は以前の記事で取り上げました)の多くが2027年から取り込まれるほか、SAF(持続可能な航空燃料)や電動化・水素、飛行機雲対策を支援する排出枠が最大1.1億枠追加されます。

▼2032年の「条件付き撤回」

注目されるのは、2032年7月までに欧州委員会がCORSIAの実施状況を再評価し、(a)CORSIAが長期目標に向けて強化され、(b)実施国が国際航空排出量の70%超をカバーしていれば、適用範囲を域内路線に戻す法案を提出すると明記された点です。EUの措置はCORSIAの進展次第で縮小され得るという条件が、法文そのものに組み込まれています。

■海運:IMOの12月採択を待つ構え

現在の海運ETSで償却義務を負うのは、原則として総トン数5,000以上の大型船だけです。改正案は、既に排出量の報告義務が課されている総トン数400〜5,000の一般貨物船やオフショア船(洋上施設の支援などに使う船)といった特定の船種に、償却義務を広げることを提案しています。大型船から対象外の小型船に貨物を移して規制を逃れる動きを防ぎ、船の大きさによる競争条件の差をなくす狙いで、この範囲の船はETS対象船の排出量の約15%を占めるとされています。あわせて、域外港でのコンテナ積み替えによる回避への対策も盛り込まれました。同時に、IMOで交渉中のグローバル措置(5月13日の記事参照)が採択された場合に二重負担を避けるための見直し条項が置かれ、ETS収益を海運の脱炭素(EU産代替燃料や水素など)に還流する新たな支援メカニズム(SMAP)も設けられます。IMOのネットゼロ枠組みは、2026年11月30日〜12月3日のMEPC85に続けて12月4日に再開される臨時会合での採択が目標とされており、EUはその結果を見て制度を調整する構えです。

■背景:単独措置と多国間枠組みの緊張関係

EUが国際便への課金に踏み込むのは初めてではありません。2012年に国際航空をETSに含めた際は、米国や中国など各国の強い反発を受けて域外便への適用を停止した経緯があり(いわゆる「stop the clock」)、その後ICAOでCORSIAが合意されました。今回もIATA(国際航空運送協会)や空港団体は域外拡大への反対を表明しており、ビジネス航空の業界団体EBAAは、支援対象が電動・水素機に限られることなどを「不平等な扱い」と批判しています。一方で提案には、CORSIA費用の控除や撤回条項など多国間枠組みとの共存を図る要素も含まれており、賛否双方の材料を併せ持つ内容になっています。

■日本企業への影響

【航空利用・航空貨物】
日本発着の直行便は当面ETSの対象外ですが、CORSIAのオフセット義務は続きます。一方、対象に入る見込みの中東ハブ経由の欧州路線では、運賃や航空貨物運賃への転嫁が生じる可能性があります。

【クレジット市場】
EUがCORSIAの実装を2035年まで延長し、費用控除によってその需要を温存したことは、CORSIA適格クレジット市場への需要シグナルと受け止められています。事前には、EUが適格クレジットの品質基準を厳格化し、既存供給の大半が不適格になるシナリオも取り沙汰されていましたが、今回の提案には現行の適格条件(ICAO承認ユニット等)を変更する規定は盛り込まれていません。Sylveraによれば、提案内容への観測が強まる中、CORSIA適格クレジットの先物価格は発表直前の1週間で19%、約2週間前の安値からは**32%**上昇しました。クレジットの需給や国別承認の課題は7月8日の記事の分析も参照ください。

【海運・荷主】
最大の分岐点は2026年12月のIMO採択です。採択されればEU ETSとの二重負担調整の議論が始まり、不調に終わればEU単独措置が続くことになります。また、総トン数5,000未満の船は、大きな港と周辺の港との間を結ぶ短距離輸送(フィーダー輸送)や近海航路で多く使われるため、適用拡大は欧州域内の物流コストにも影響し得ます。

■まとめ:2つの期日

航空は2032年のCORSIA再評価、海運は2026年12月のIMO採択と、いずれも「多国間枠組みが機能するかどうか」を確かめる期日が設定されました。EUの措置はその結果次第で広がりも縮みもする設計であり、国際交渉の行方がそのまま企業のコスト前提に跳ね返る構図です。次回・最終回は、1,000億ユーロの産業脱炭素銀行や投資を条件とする無償配分など、産業支援策を取り上げます。


【出典】

・欧州委員会「Proposal for a Directive amending Directive 2003/87/EC and Decision (EU) 2015/1814」COM(2026) 616 final(2026年7月17日):CORSIA評価、5,000km圏、控除メカニズム、2032年レビュー、海運措置の一次情報
https://climate.ec.europa.eu/document/download/c0b4ca8e-0e12-4b4e-9976-98c0b4224410_en
・欧州委員会プレスリリース(2026年7月17日)
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_26_1596
・Reuters「Factbox: The EU's plan to overhaul its carbon market」(2026年7月17日):対象路線(ドバイ・イスタンブール等)の整理
https://whbl.com/2026/07/17/factbox-the-eus-plan-to-overhaul-its-carbon-market/
・FlightGlobal「EC to extend ETS to some flights beyond Europe from 2029」(2026年7月):航空適用拡大の解説
https://www.flightglobal.com/airlines/2026/07/ec-to-extend-ets-to-some-flights-beyond-europe-from-2029/
・IATA「Position Paper on the 2026–2027 Review」(2026年7月1日):航空業界の反対見解
https://www.iata.org/contentassets/0bf212bfcb0548f2b6ad4c1e229f7e94/iata-policy-paper-on-the-2026-eu-ets-revision_20260701-final.pdf
・EBAA「EBAA warns EU ETS proposal risks unequal treatment of business aviation」(2026年7月):ビジネス航空業界の批判
https://www.ebaa.org/news/ebaa-warns-eu-ets-proposal-risks-unequal-treatment-of-business-aviation
・Sylvera「EU ETS Reform & CORSIA Proposal 2026 Analysis」(2026年7月):クレジット市場の反応
https://www.sylvera.com/ja/blog/eu-ets-reform-corsia-proposal-2026-analysis
・過去記事「SAFの次に知っておきたい『CORSIA』」(2026年7月8日)
https://note.com/novel_hyssop1760/n/ncc261220c7cc
・過去記事「『ネットゼロ』への荒波を越えて──世界を変える国際海運規制の最前線」(2026年5月13日)
https://note.com/novel_hyssop1760/n/nbb937c265579

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