日本大会でヒロキ(秋元皓貴)と対戦したい! 復活のスアブラックのインタビュー翻訳~ONE podcast #18より
6月27日のONE Friday Fights 114で、プロボクシングアジア王者からONEに転向した、21歳のホープ、センアーティット・ルークサイゴンディンを下した、カレン族のヒーロー、スアブラック・トープラン49。彼の3連敗からの復活劇にタイのONEチャンピオンシップのファンは驚き、そして称賛した。
7月8日のONE podcast#18 では、ONEチャンピオンシップの名物通訳&リングアナウンサーのフランク氏、レポーターのトンさんが、スアブラックに早速インタビューしており、興味深い内容だったので、ここで紹介したい。40分以上の長丁場なので、あちこち省略しての意訳となる。太字がスアブラックのコメント、細字がフランク氏、またはトンさんの質問とコメントである。

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🥊等身大のスアブラック、生い立ちについて
ーーまずお伺いしたいのは、先日のビッグマッチ、センアーティット戦についてです。
勝った後は、もう全然周りの反応が違います。
キックボクシングのスアブラックさんも良い感じに見えました。この試合は、どのように準備しましたか。
キックボクシングは、以前、中国で一試合したことがあり、その時以来でした。現在、自分でもジムをやっていて、練習生に色々と教えないといけないから、普段からムエタイも、キックボクシングも、ボクシングも学び、練習しています。
ーーなるほど、そうだったのですね!スアブラックさんはONEで何試合も戦っていて、ファイターとしてのスアブラックさんはよく知られています。今日は等身大のスアブラックさん、その人となりを知りたいです。まず、生い立ちについてですが、スアブラックさんはカレン族の出身ですよね。そのあたり、子どもの頃のこととか聞いてもいいですか。
子どもの頃はペッブリー県の山の集落で暮らしていました。子どもの頃は大変でした。学校に行くのに毎日10キロ歩きました。普通の道路を使うと大変遠回りになるので、山道を歩き、幾つもの山を下って、また上がって学校に向かうのです。
ーー山道を10キロ、毎日ですか。それで脚が鍛えられたのですね。
※スアブラックの太く、強靭な太ももは有名
いえいえ、母がバイクを買った後は、途中までバイクで乗せていってもらったり、歩いて行ったり。時には自転車を使ったことも。
ーースアブラックさんのカレン族の名前はありますか。
はい。チョーチャレーと言います。
ーーチョーチャレー(カレン語)はどういう意味ですか。
チビという意味です。私の兄弟は7人おり、チビという名前ですから、7人目、末っ子ですよねとよく言われます。でも、私は5人目の子です。私が産まれた時は私が最後の子のつもりだったかもしれません。
ーー可愛い名前ですね。その頃は生活はどのように大変でしたか。
私が小さい頃は、両親は仕事をしていなかったです。父親はお酒を飲んだ時なんかは辛かったです。(上の兄弟は巣立って)母と私1人の時があって、9歳の頃です。私1人が牛を50頭面倒見たこともある。父は酔っぱらって何もできないから、、。その頃が一番大変でした。(これではいけないと思いなおしたのか)父はお酒を止めました。収入は、父がどっかから稼いで持ってきたり。野菜を育てて売ったり、牛を飼ったりが収入の柱でした。兄弟でも分け合いました。収入が少なくても、多くても分け合いました。
ーーどのようにムエタイを始めましたか。子供の頃は両親も家にいたのですよね。
私の父もムエタイをやっていました。若い頃はお寺の試合(お寺の祭りなどの催し)など出ていたようです。子どもができて、環境が変わっても、村長(カレン族の村の村長と思われる)がムエタイの催しをするというと協力していました。村長と仲が良かったので頼まれていたのでしょう。私たち兄弟も3人が協力させられました。でも、私は会場ですぐトイレに行ったり、寝ちゃったり。どこかへ行っちゃったり。(やる気がないと思われた)2人の兄は試合を組まされましたが、私は、外されました。
ーー逃げたのですね(笑)
かまわれないように目をつむって寝ておきました。起きて、「あれ、(ムエタイは)もう終わったの?」と。
ーーそれで、最初に戦ったのはいつになりますか。
7歳ですね。早くに始めたのですが、お祭りの時などで試合の機会が少ないから、それほど真剣にはやっていなかったのです。精霊流し(11月、ローイカトゥン)の時にやって、次はもう、1年後の精霊流しでの試合になることもあります。

ーーどうですか。ムエタイを好きになりましたか。
お金がもらえるし、好きになりました。1回、300バーツくらいもらえた。ファイトマネーも兄弟で分け合った。3バーツのソムタム、小さい袋に入ったものを買って食べた。あとはお母さんに渡しました。
小さい頃はそんなに練習しなかった。小さい頃から本格的にやっておけばよかったですかと聞かれますけど、当時は家族のご飯を炊いて、おかずを作って、毎日お母さんを助けていました。お母さんは朝4時、5時に起きて、畑に野菜の収穫に行きます。私たちはご飯を炊いて母を待つのです。7時、8時になるとお母さんが戻ってきます。
🥊一流選手を目指してバンコクへ
ーースアブラックさんは、ムエタイ選手としてバンコクに来たのはいつ頃からですか。はじめはペッブリー県にいたわけですよね。誰かが呼びましたか。
2人の兄が、バンコクに出ていました。小学校を卒業したタイミングで、私はバンコクに呼ばれました。兄の1人は選手になっていて、もう1人はすでに引退していました。私ははじめに入ったユッタナプームジムで長く練習していました。その後にトープラン49に移りました。
ーーバンコクに出るときは両親とも別れなければなりませんが、不安はありませんでしたか。
苦しい思いをして生活をしていた土地を離れて、バンコクに行けるということで、興奮しました。嬉しくて嬉しくて、何の不安もありませんでした。住んだのはサムローン(バンコクのバンナー地区)のソイワットダーン17です。当時、私が行けるのはソイ(小さな通り)の入り口までで、ご飯を買うほかに、どこにもいけません。それ以上行ったら、迷ってしまいます。
ーーバンコクの生活はどのようにしていましたか、全てが代わってしまいました。
その頃、どこにも行ってないのですよ。ジムも通りの中にあるから、通りの中で完結してしまいます。タイ語がしっかり話せないし、文字もちゃんと読めないわけです。(ペッブリーでは、カレン語を主に使う生活だった)
ジムが5年間に渡って、面倒を見てくれましたが、練習はとんでもなくきつかったです。ユッタナプームで練習したら、他のジム、どこでも練習についていけますよ。天井に吊るされたロープにつかまってぶら下がり、15分そのままとか。そこで鍛えられたから、どんな練習でも耐えられますよ。
ーーそれで、バンコクにやってきてからの、ムエタイ選手としての生活はどうでしたか。
7歳でムエタイを始めて、もう21年になります。14‐15歳の頃が最も成長しました。最も遊びたいさかりに、遊びに行くのは、サムローンまでです。街に出て、不良に絡まれても、戦わずにすぐ逃げていました(笑)
当時を思い出すと、その頃のムエタイ選手は、今よりもムエタイ選手らしかったかもしれませんね。試合は毎週ありましたし。私の場合、ファイトマネーは、毎週300バーツづつでした。

ーースアブラックさんは20年以上戦っているわけですが、ONEで戦う前はどのような実績がありますか。
色々なリングに上がって戦ってきました。少しだけ名前が売れていました。メインイベントも努めたし、前座やメインイベント後の試合にも出ました。
🥊サムイ島へトレーナーとして出稼ぎ~スーパーチャンプ参戦
ーー途中、ムエタイを辞めたことはなかったのですね。
はい、ありません。1回だけブランクを作ったことがあります。ユッタナプームからトープラン49にジムを代わる時です。友だちがサムイ島にいて、そこのトレーナーとして誘われました。教えるだけで結構な収入になるからいい仕事だと。
ーーサムイ島は、(観光地で)欧米人や外国人の練習生ばかりですよね。スアブラックさんは、英語も喋れるわけですね。
喋れます。でも、、、欧米人の女性としか喋れません(笑)
ーーサムイ島に行って、環境もだいぶん変わりましたね。カレン族の1人の男がバンコクへ出て、その後にサムイ島へ。その頃、ONEが始まったと思うのですが、ONEの存在は知っていましたか。ONEで戦ってみたいと思いましたか。
サムイ島でONEの中継を見ていました。そして、私もまたバンコクでムエタイを戦ってみたくなりました。恋人にバンコクに行く交通費を借りました。ギャットペット(プロモーター)に電話してみたら、スーパーチャンプ(ムエタイスーパーチャンプというイベント名)に出てくれとのことでした。
当時は恋人とは離れて住んでいたのですが、少しづつ返すからとバンコクへの交通費1000バーツ借りました。でも、試合が決まった途端に、(返せるあてができたから)やっぱり3000バーツ貸してくれ、とお願いしました。
ーー(スーパーチャンプで戦った)ファビオ戦はどうでしたか。
ファビオも強かったですが、勝ててよかったです。スーパーチャンプはグローブも小さく、3ラウンドの試合でONEに近いです。ONEに行く前に、それに近いファイトを経験していたわけです。スーパーチャンプは9戦して全勝でした。ファビオはスーパーチャンプで私にKOされてたのに、ONEにKO勝ちを続けている。なんで俺はONEへ行かないんだと自問自答しました。
みんなが言ってきましたよ。「スアブラック、お前にKOされたファビオがONEで活躍しているぞ」と。
🥊カレン族の衣装でリングイン、ONEに参戦
ーーそして、スアブラックさんはONEに来て、4連続KO勝ちを収めるのですね。スアブラックさんがONEに出た時、カレン族の民族衣装を着てリングに上がり、ファンを驚かせましたね。あれは誰だ?と。

私はアメリカ、フランスに遠征したことがありますが、その時もカレン族の衣装を着てリングに上がりました。カレン族の衣装で、タイ人であることを、カレン族であることをアピールします。観た人は、ひと目で、カレン族と分かります。ONEでカレン族の衣装を着てリングに上がったのは、私が初めてです。
※他のリングでは、元ラジャダムヌン女子バンタム級王者のソムラッサミーもカレン族の衣装を着て入場していた。彼女はチェンマイのカレン族出身。
ーー4連続KO勝ちした時はいかがでしたか。
どこに行っても注目されて驚きました。スクンビットで車を運転していたら、突然「おお、スアブラック」と声を掛けられました。
🥊6連勝(4連続KOを含む)から地獄の3連敗、SNSの誹謗中傷
ーーONEに参戦して、人生が変わったのですね。スアブラックさんはONEでの4連続KOで、本契約に至りましたが、前回のキックボクシングの試合ではスタイルが大きく代わりました。センアーティット戦の前は、2連続KO負け、そして1つの判定負けと勝てない日が続きました。倒されての失神負けもありました。外部の色んな人から、悪口を言われたりで辛くなかったですか。
こんなにSNSで書かれるとは驚きました。Facebookを開けると、何でスアブラックはあれで(KO負けで)高いファイトマネーもらえるんだとか。
家の階段に座って、電話の中の人の書き込みを、4時間も5時間も読みましたよ。有名な人もキツイコメントをしていて、俺が何か間違いをしたのかと、イライラした。みんな(未来を担う)子供たちの為、関係者の為にONEでファイトしているわけでしょう。なのに、誹謗中傷ばかりというのは、おかしいです。
選手も自分だけの為ではなく、家族の為にもやっている。優しい目で見守ってほしい。ヘンなこと言ってるやつの顔をチェックしたら、しっかりした見た目のものも半分、そうでないものも半分。私にも家族もいるし、書き込みにいちいち反応していたらきりがないと、ほっておくことにしました。
※この話題は延々と続いたが、おおよその内容に省略
🥊センアーティット戦について
ーーセンアーティット戦の準備について教えてください。ローリングホイールキックの大技でダウンも取りましたね。

キックボクシングの試合については、トレーナーと2人で集中して準備しました。他のジムに出げいこにも行かなかった。キツイ練習をしたかと言えば、そうでもない。スアブラック、気楽に、シリアスになるな、と言われて、リラックスして練習しました。
あの大技は、ムエタイをやってる人だったら、少し練習すればできると思います。そんなに難しくないです。
ーーキックボクシングとムエタイはどちらが難しいですか。
それはムエタイです。キックボクシングはパンチとキックだけ、そんなに大変ではない。私も歳をとったし、少し楽をして、キックボクシングをやっていきたいとも思う。
🥊日本大会での、秋元皓貴戦を希望
ーー日本で行われる大会ONE173には出てみたいですか。日本人選手で対戦したい相手はいますか。
是非、日本で試合してみたいです。対戦相手は、ヒロキ(秋元皓貴)とやってみたい。元チャンピオンですし。

ーーヒロキも上手な選手ですよ。体重は大丈夫ですか。今回も130ポンドでやったのですか。
時間を掛ければ落ちます。大丈夫です。日本のファンに、自分の技術、実力を見せたい。そして自分の実力がどこまで届くのか、この試合で計ってみたいと思います。
🥊家族について、自身のジムについて
ーー家族について教えてください。
子どもは3人います。一番上が5歳です。
ーー恋人のオイさんとは結婚しましたか。
オイとはまだ結婚していないのです。付き合って6年になります。タイミングを見計らっています。彼女も軍の仕事があり、忙しくて。
※軍に勤める公務員?のようです。
ーーオイさんとはどのように知り合ったのですか。
サムイ島にいた頃に、Facebookで見つけてメッセージを送ってみたのが始まりです。いい子でも、すぐけんかになったり、怒ってしまう子はダメなのです。その点、彼女は自由にさせてくれるし、良いパートナーです。彼女が車も買ってくれて、ガソリン代も持ってくれた。お陰で私は練習に集中できました。サムイ島にいた時も、携帯電話が壊れた時に、新しい携帯を買うお金を出してくれました。
ーー今、スアブラックジムはどうですか。だれか弟分にやらせていますか?
ペッブリー県のスアブラックジムは兄にやってもらっています。今年から、バンコクのベーリングでもジムを始めて、2拠点です。バンコクのジムは、手伝ってくれる弟分もいるし、自分自身でも子供たちにムエタイを教えています。子どもたちに教えるのは、、、例えばサッカーをやっていても、選手になれる人は少ないし、ユニフォーム台やら遠征費やら色々かかる。ムエタイは試合に出てお金がもらえるし、護身術にもなります。
※この後、視聴者プレゼントクイズなどがあったが省略
ーーファンに何か最後に伝えたいことはありますか。
応援してくれるファン、ファンクラブの皆さん、いつもありがとうございます。負けが続いた時に、悪いことばかりフォーカスしてしまい、気持ちが失せてしまっていました。やっと勝つことができて、本来の自分を取り戻した気がします。皆さんに言いたいのは、悪い言葉を、もう発したりしないということ(SNSでの誹謗中傷とのやりとりなど)。サポートしてくれる皆さんありがとうございます。
ーースアブラックさん、今日はありがとうございました。

※写真はONE postcastと、ONEチャンピオンシップの公式サイトより。
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