S2-24|Kindle出版 酒井先生の引き寄せの魔法

ペン吉とは?
育児や生活にまつわる記事を中心に執筆しているWebライターです。
人との出会いや日常の「ぬくもり」を残すことを大切にしています。
Kindle出版を始めたきっかけは、命の恩人である歯科医師・酒井先生の夢を叶えるためでした。
先生が旅先で綴った手記を世の中に広めたい――その想いから挑戦を続けています。

🌏 酒井先生のまっすぐ手記|旅で出会った、人と知恵とユーモア
1947年、新潟県長岡市(栃尾)生まれ。
青年海外協力隊員として2年半フィリピンに派遣され、理数科教師を務める。
長崎大学熱帯医学研究所での研修を経て、1997年に酒井歯科医院を開院。
以来、長年にわたり歯科医師として地域医療に携わってきました。
そんな酒井先生が、旅先で出会った人々との交流や、異文化に触れて感じた驚きや学び――
すべてを“まっすぐ”に綴ったエッセイシリーズが 『酒井先生のまっすぐ手記』 です。
これまでに、東南アジアやモンゴルでの体験をまとめた旅行記をKindleで出版。
ユーモラスな語り口と、現地の人々との温かな交流が、多くの読者に支持されています。
✏️ 一部のエピソードはnote記事としても公開中。
Kindle書籍には未公開の話も収録し、読みごたえあるシリーズとして広がり続けています。
先生と過ごした昼下がり
―駅での待ち合わせから、ことばの旅まで―
約束の日、ファミレスで先生とランチをしました。
話題はモンゴルの恩人との再会から、旅の裏話、そしてタイ語講座まで。
40年の時を超えても、人を惹きつける“先生の引き寄せの魔法”に触れた一日でした。
朝の決断。「今日は一緒に行こう」
今日は、先生と約束していた日。近所のファミリーレストランで一緒にお食事してきました。
はじめは、ペンちゃん(娘)を幼稚園に連れて行った足で行くつもりだったんです。ただ、昨夜鼻づまりであまり眠れなかったペンちゃんを無理に登園させるのもかわいそうで……。
うん、いいや。今日はお休みしよう。一緒に先生のところに連れていこっと。
「おじいちゃんのところいく!」
寝ぼけ顔のペンちゃんは大喜び。まあ、こんな日があってもいいかなと思いました。
昭和スタイルの待ち合わせ
数日前から「お店側の駅の出口、エスカレーター近辺にいますね」と先生と打ち合わせていました。
娘と約束の場所で待っていたのですが、時間になっても先生が来ません。
実は先生、携帯電話を持っていないんです。
さて、このような待ち合わせは昭和、平成以来。
娘も不安そうに両方の出入り口を行ったり来たりして、先生を探します。
やがて先生が姿を見せました。
娘を見ると少し驚いたような顔をして、すぐに優しく笑います。
「どうしたんだい? 娘さんも一緒かい」
事情を話すと「うんうん、いいよいいよ。そういうこともあるよ」と朗らかに迎え入れてくれました。
ファミレスで広がる、ちいさな安心
お店に入ると、ペンちゃんがうっかりお水をこぼしてしまいました。
先生はすぐに「大丈夫、大丈夫。子どもはよくあることだよ」と言って、店員さんにタオルをもらいに行ってくれます。
その手際の良さに、なんだかお父さんと一緒にいるような安心感を覚えました。
食事が来る前に、完成した旅行記の原稿と手作りの名刺を先生に渡しました。
先生は笑顔で「ありがとうね」と受け取ります。
それから、旅の話が次々と始まりました。

「國津さんが電話をくれたんだ!」
「こないだ話してたモンゴルの観劇ね。いや、もう驚いたよ。4年ほど連絡をとってなかった人から、突然電話がかかってきてね。『一緒に観に行きましょう』って言ってくれたんだ」
「もしかして、國津さんですか?」と聞くと、先生は目を輝かせて「そう! 國津さん!」と笑いました。
「本を出したって言ったら、『読みたい!』って言ってくれたんだよ」と、嬉しそうです。
國津さんは、先生がモンゴルを旅したときに出会った日本人の方で、旅の途中で助けてくれた恩人のひとり。
『バイラルラー、モンゴル』の中でも描かれているオボさんという青年に続いて、先生を支えてくれた人物でした。
その國津さんから再び連絡が来るなんて、まるで奇跡のようです。
「先生、すごいご縁ですね。だって、出版して一か月後ですよ」
「それもそうなんだけどね」と、先生はにっこり笑って続けます。
「実は、去年の夏ごろにふと『ペン吉さん、本書いてくれないかな』って思ったんだ。
そしたら今年、ほんとに原稿を持ってきたでしょ? ありがたかったよね」
先生の言葉を聞きながら、普段は信じない“引き寄せ”を感じてしまいました。
先生が願った翌年、私は本を完成させ、出版した直後にモンゴルの恩人から連絡が来るなんて。
やっぱり、みんなが先生に引き寄せられているのかもしれません。

屋久島の「助け合い」の記憶
そのあとも、屋久島での思い出話や原稿の裏話に花が咲きました。
「バスがなくてね、寒くて震えてたら“どこまで行くの? 乗っていきなよ”って助けてくれたんだ。
“送迎代を払います”って言っても、“必要ないよ! 世の中助け合いだよ”って言われてね」
と、先生は懐かしそうに語ります。
本には書けなかった温かい裏話を聞きながら、
“出版を任せてもらえたからこそ聞ける話だな”と思いました。
タイ語の「キレイ」は禁句?
食後、先生がふと思い出したように言いました。
「そういえばね、タイに行ったときのことなんだけど――」
「タイでは“キレイ”って言っちゃダメなんだよ」と先生。
「“キレイ”って言うと、タイ語では“醜い”って意味の言葉に似ててね。
だから代わりに“スワイ”って言うんだ。“スワイ”が“きれい”って意味なんだよ。
それでね、“とてもきれい”って言いたいときは“スワイ・マーク”。
日本語は“とてもきれい”だけど、タイ語は逆で“きれい とても”になるんだ」
そう言って先生は、「僕ね、タイのお店で女性の店員さんに“マ〜 スーウァイ ですね”ってよく言ってたんだよ」と楽しそうに笑います。
その様子があまりに生き生きしていて、思わず私も笑ってしまいました。
ペンちゃんは意味は分からないまま、つられてケラケラと笑っています。
「もう40年も前の話だからね」
他にもたくさん話しました。
ここでは書ききれないし、少し個人的なことも多いので、詳しくは胸の中にしまっておこうと思います。
ひとつだけ印象に残ったのは、先生がぽつりと言ったこと。
「青年隊の60周年パーティー、行くのやめたんだ。
旅行の計画立てちゃって、宿まで取っちゃったんだよ」
先生は少し照れたように笑いながら、続けました。
「まあ、それでよかったのかもね。もう40年も前の話だから。
僕が知ってる人は、もうほとんどいないよ。亡くなった人も多いしね」
その横顔は、どこか寂しそうで、でも静かに満ち足りて見えました。
きっと先生の中では、旅も、人とのつながりも、
ずっと今も続いているのだと思います。
おしゃれな先生、今日も健在
そのあともいろんな話をして、気づけばすっかり昼下がり。
「じゃあ、私は帰ったら屋久島編の執筆をがんばりますね」と手を振ると、
先生は「うん、楽しみにしてるよ」と笑ってくれました。
どうやらこのあと、町田駅の床屋さんに行くらしい。
身だしなみもきちんと整える、やっぱりおしゃれなおじいちゃんでした。

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📚 酒井さんのまっすぐ手記
旅先で出会った人や出来事、異文化に触れて感じた驚きや学びを“まっすぐ”に綴ったエッセイマガジン。
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