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エマールのバッハ:平均律クラヴィーア曲集第2巻

今晩は、ペンタトーンから10月24日にリリースされた、ピエール=ロラン・エマールのピアノによるJ.S.バッハの平均律クラヴィーア曲集第2巻を聴きます。
私のブログ・noteを始めてから最も取り上げているのが平均律なんです。新しい録音が出ると必ず聴いてします。

こうやって振り返ると、第1巻も含めると5つのアルバムをこの数ヶ月で聴いています。このアルバムは6つ目。と言うことはほぼ月に1つくらいは新しいアルバムが出ていることになりますね。さらに多分私も新しい録音を見落としているかもしれません。

なぜピアニスト、あるいはチェンバリスとはこの曲にこだわるのでしょう?西洋クラシック音楽の根源的な作品と感じるからでしょうか。音楽史的には中世・ルネサンス・バロック・古典・ロマン・近代・現代という中にあってバロック後期、あと少しで古典の時代に入る頃。そこにはそれまでの中世・ルネサンスの音楽の全ての要素を内包しつつ、未来につながる音楽の原型のようなものがある。24の調全てを使うという発想が未来的で、それは後世の多くの作曲家によって24曲の曲集が作られたことでもわかると思います。
ピエール=ロラン・エマールについてはもうあまり説明は不要でしょう。ちょうど先日聴いた、スクリャービンの交響曲第5番「プロメテ:火の詩」でもピアノを弾いていましたし、以前、クルタークの作品では作曲家とともに素晴らしい録音を聴きました。

透徹されたタッチと音色、その集中力には驚かされますね。

エマールは平均律クラヴィーア曲集第1巻をドイツ・グラモフォンから2014年にリリースしています。彼はDG移籍の第1弾としてフーガの技法を出していますから、当然第2巻もすぐにリリースされるかと思いきや、ペンタトーンに移籍して、11年ぶりに第2巻をリリースしたことになります。これはなぜでしょうね。実際バッハは第1巻と第2巻の作曲年代はおよそ20年の隔たりがあります。エマールは第1巻からより自己の音楽が成熟するのを待っていたのかもしれません。第1巻は親しみやすい第1番から始まり、美しい作品が多々あるかと思いますが、第2巻は1巻に比べるとより音楽に複雑さ・深みが出ているように感じます。それを自分の年齢の積み重ねて成熟した今録音したのかもしれません。

実際、このアルバムのブックレットに、エマールは第2巻の録音に対する強い意気込みを書いています。この巨大な集成が内包する驚くべき多様性、音響、対位法、形式設計、楽器のテクスチュア、性格づけ、舞曲への参照、無限とも言える変奏とどのように対置するか。48曲はそれぞれ独自の存在で固有の解釈が必要で、楽器の響きも調整しながらチェンバロ的な音、弦楽器のような歌う発音、オルガン的な幅広い音、そしてクラヴィコードの告白的な親密さ、合唱のような輝かしさ、さらに灼熱のトッカータ、二重唱のアリア、トリオソナタなど様々な音響的な文脈を読み取ることが要求されるとのこと。まさに宇宙ですね。

そしてその宇宙を表現するために様々なことを行なっているようです。ピアノのセッティング、スタジオ内での位置と向き、マイクの種類と配置、そしてミキシングのバランスが音のアイデンティティを鍛え上げると書いています。これがエマールの素晴らしいアルバムたちの秘密かも・・・録音に対する強いこだわりは、クルタークの作品集の時にも感じられました。DGからペンタトーンに移ったのもこのこだわりかもしれません。

さて早速聴いてみます。

第1番ハ長調プレリュードでその素晴らしい響きに圧倒されます。音を確かめるかのように前進性よりも1音1音を大切にしつつその方向性を見極めながら進む音楽。勢いに任せて溌剌と進むありがちな演奏ではなく、思索しながら弾いていると言う感じ。そして録音がペンタトーンの音ですね。澄んでいて深みがある。フーガも落ち着いたテンポ。装飾は過剰につけず、トリルも控えめなのは、ピアノという減衰の長い楽器を意識しています。終結はしっかりとリタルダンド。

2番ハ短調、繰り返しはしない演奏。淡々としているようで2つの声部の対等な絡み合いを少し柔らかめの音色。フーガは強めの音でテーマを提示しますが、テーマの中で微妙なアゴーギクがあり、その直腸を際立たせます。フーガの中で主題をきわ出せるのではなく、他パートと同じ音量で弾くことはチェンバロを意識しているようです。最後の2小節はテンポをグッと落として終結感をしっかりと出します。

第3番嬰ハ長調は柔らかく少しペダルを使っているかな?和声の柔らかい変化を美しく紡ぐという感じ、いいですね、ピアノならでは。フガートではしっかりと音を区切り前半部分との対比をつけていきます。フーガの跳ねるようなテーマは跳ねすぎず落ち着いたテンポで遊びっぽく弾くのではなく構造をしっかりと聴かせるタイプ。

第4番嬰ハ短調。ここでは3つの声部の歌。ゆったりしたテンポでしっかり歌わせますね。区切りの終止では少しテンポを緩めて構成感をわかりやすく聴かせます。フーガも速すぎない落ち着いたテンポで三連符の絡み合いを聴かせますが、各々の声部は対等な音量で弾くことでチェンバロ的。そして微妙なダイナミックスの変化をつけるのはピアノならでは。最後の音は短めであっさりと。

第5番ニ長調。輝かしいこの曲をそのまま力強いタッチで弾いていきます。ここでは少し前進性を感じさせますね。この曲でいつも思うのは、祝祭的なオーケストラ作品を聴くよう。トランペットが高らかになる協奏曲のよう。全ての声部はここでも対等ですが、コンチェルトグロッソのようにソロの部分とテュッティのような弾き分けも感じますね。フーガはテーマの三音を強く弾いて際立たせることでこのフーガがもつ面白みを聴かせてくれます。知的な遊戯。

第6番ニ短調。ここでも疾走感はあるものの、突っ走りません。地に着いたテンポ。ここでもチェンバロ協奏曲のような合奏を思い起こさせます。フーガは最初の16分音符の三連符が終わって八分音符に向かって頂点を作り半音階で下降という明確なフレージングをはっきりと示し、テーマが出るたびにその特徴を明確に弾いていきます。

第7番変ホ長調。明るく跳ねたリズムでの速目の開始。明確なアーティキュレーションで音楽を進めます。フーガはシンコペーションのリズムの特徴をしっかりと性格づけて進みます。

第8番変ホ短調。2声の絡み合いを少し仄暗い音色で綴ります。後半の32分音符の細いパッセージが入る部分、演奏者によってはかなりインテンポで弾き飛ばす解釈が多いけれど、ここでは丁寧に一つづつの音を大切に弾いていきます。フーガは柔らかい音で開始、跳ねすぎず落ち着いた3声の音楽作り。

第9番ホ長調。3声の絡み合いを丁寧に描きます。微妙なテンポの揺らぎで音楽の流れの中に静かな波を作ります。フーガは壮大な合唱曲のように長いフレーズで組み立てていきます。音の合間にほんの少しエマールの息遣いかな、それが聴こえてきますね。グールドほどではないけれど、それがこの録音に人間的なものを感じさせるかな。

第10番ホ短調。アーティキュレーションを明確にした2声。フレーズ感が感じられますね。フーガは長い特徴的なテーマの特に付点をしっかりと跳ねて弾くことで性格をつけていきます。また16分音符は丁寧。この演奏全体に言えることですが、細かい音をあまり飛ばさないでじっくり弾くことで全体に丁寧で落ち着いた印象を与えています。技巧を誇示しない。

11番ヘ長調、前の曲の緊張がふっと和らいだように感じられるソフトな音色と横に流れた歌のあるフレージングでペダルも使っているように感じます。再現部の前にふっとテンポを緩めて柔らかい中でも形式感をしっかり感じさせます。3声のフーガは特徴ある跳ねる音形をしっかりと出しながらここでも丁寧な音楽作り。ここでは32分音符の連続でもテンポを落とさず、華やかなパッセージの連続で楽しませてくれます。

12番ヘ短調。しっとりした音色で2度下がる音形のアーティキュレーションを明確にしつつ進めますが、柔らかさも兼ね備えた演奏。フーガは跳ねたタッチでの性格づけ。ストレッタでもそれは弛まずここはバッハの対位法の絡み合いが快感に変わる瞬間。

13番嬰ヘ長調。ちょっとフランス風序曲っぽいリズムの曲ですが、エマールは細かい音を弾き飛ばさず、それでいながら威厳を持った行進という大きな流れが感じられます。最後は珍しく速い部分で少しアルペジオ風。フーガは速めでここでもテーマの特徴的なアーティキュレーションをしっかりと区切って目立たせ、動機を際立たせていきますね。音色は透徹し厳しさすら感じさせるもの。

14番嬰ヘ短調。ここではテンポはそれほど遅くないけれど、音の中に哀しみが感じられます。調性の性格でもあるのでしょうが、アーティキュレーションは区切りすぎず、それでいながら明確さは保ちつつ、受難曲の中の器楽曲のように響きますね。最後のピカルディが美しい。フーガは逆に短い音を区切るって跳ねさせルことで、前奏曲との対照を作ります。ここでも自然にテンポが上がり高揚感を感じさせますね。いくつかのテーマの色を微妙に変化をつけて単調さを避けて飽きさせません。

15番ト長調は華やかな16分音符が続く音楽ですが、若い人の演奏のように突っ走りすぎず、それでいて速度感があって明確さと疾走感が同居します。フーガはその性格を引き継いで明るい音色で速めに軽やかに進み、その中で調性の微妙な変化と細かい32分音符の華やかなパッセージで変化をつけていきます。

16番ト短調は付点を明確に弾きますが、跳ねることはせず、テンポはそれほど遅くないのに荘厳さを感じさせる演奏。長い余韻。フーガは休符が入った独自のテーマを活かしつつそれらを明確に示していきます。音楽は絡み合い調性を変化させていきます。こうやって聴いていくと、バッハは空白が許せない作曲家ですね。常にそこに音を埋めようとする。休符が入るテーマですら。そしてそれがカデンツで一瞬止まる時にとても効果を発揮します。

17番変イ長調。軽く楽しげなテンポと音色。重さはなく細かい音も軽めで前進的。リズムに乗ってこれは気持ちがいい。フーガも明るいテーマに沿って前方に進む音楽作り。音は跳ねることなく、しかし明確に。これがエマールの音楽作りですね。微妙に各声部のダイナミックをコントロールして4つの声部を下り重ねて行きます。最後の数小節はかなりリタルダンドして壮大な音楽作り。

18番変イ短調は弾き飛ばす演奏が多いと思いますが、少し弾いてテンポは決して遅くないけれど、陽気さよりも弱目の音で儚さを感じさせる音色作り。2度下がるため息のパッセージがより哀しみを帯びます。8分音符が続くフーガでは時にアウフタクトを強く弾くことで単調さを避けつつ中庸のテンポ。8分の6拍子ですが、二拍子感がなく、六拍子的。極端に跳ねることはなく、やや淡々と進み、その中でアクセントが時折光のように輝きます。半音階が独特の苦しみ感を表しますね。

19番イ長調。落ち着いたテンポですがゆったり感ではなく動きがあります。8分の12の中の八分音符の中でほのかな揺れがあるんですね。気が付かないほどの小さい揺れ。それが積み重なってこのプレリュードの少し浮遊感のある音楽を作っていきます。続く3声のフーガはタイで繋がった独特の動機が特徴的。速目のテンポでこれはこの動機を意識しつつさらっとした演奏。

20番イ短調。ちょっとフーガの技法を思わせる対位法と半音階が独自の世界を響かせる作品。ここでは速めで後半の反転した世界が鏡のように描かれています。ちょっと謎めいた作品をエマールはあるがままに提示しているという感じ。フーガは最初の4つの四分音符を一つづつ短く区切り、それが倍になる次の動機もスタッカートで弾いて、さらにこの曲のミステリアスな雰囲気を強めていきます。ほぼ速目のインテンポですがそれがこの曲の特異性を際立たせます。

21番変ロ長調。謎めいた前曲と対照的な明るい雰囲気。エマールは速めに進め、前半終わりにはテンポを緩めて区切りをつけます。後半も区切りで小さなリタルダンドをつけて構造をはっきりと提示。フーガも明るい八分音符の連続した一見単純なテーマをアーティキュレーションに変化をつけて弾いていきますが、あまり明確に出しすぎない微妙なところで中間色的な色彩でまとめています。

22番変ロ短調。叙情的に弾かれることもあるこの曲ですが、エマールは少し速めでもたれません。短調ですが暗さは感じられず前向きな音楽、ピカルディが気持ちいい。フーガはテーマで各々の音を短くとって特徴的。あえてブツブツ弾くことによってこの曲が横の線で流れるのではなく、縦の短い音の連なりのようにも聴こえて新鮮であるとともに現代的な響きにも聞こえてきます。

23番ロ長調。喜びに満ちたように速いテンポで明快な2声の演奏。チェンバロを意識したかのような明快さがブランデンブルク協奏曲のような気持ちいい速さで弾かれます。フーガは二分音符を少しだけ区切っています。これがロマン派的にフレーズをつなげるのでなく、修辞的演奏というのかな、一つ一つの音を語るように弾くことで、バッハの語法をしっかりと出しています。テンポはやや速め。壮大な音楽になりがちですが、ここは明るく深刻さのない軽い響きの演奏。

いよいよ最後の24番ロ短調。ここでも短く各音を区切ることで前の曲とのつながりを感じさせますね。あえて流れる音楽をタッチで止めながらもテンポは速くすることで決然として意志を感じさせます。フェルマータや休符でストップするところも大仰になりません。フーガも速め。アーティキュレーションを明確に出しながらも軽さを忘れない、という感じ。最後はかなりリタルダンドをかけて最後の和音はピカルディで長調にしつつ前打音の ラ♯を長く入れて余韻とともにこの曲集の全曲を輝かしく、また余韻を持って締めくくっています。

全曲聴き終えた後の充実感というか達成感はいつもたまりませんね。音楽の小宇宙を全ての調を通して聴いたという感じ。エマールはその磨き上げられた音色、考え抜かれた知的な解釈、古楽的要素とピアノの特徴をうまくブレンドして、素晴らしい音色と録音で飽きさせず聞かせてくれました。

エグゼクティブ・プロデューサー:ルノー・ロランジェ
レコーディング・プロデューサー:クリストフ・クラッセン
録音:2025年1月14日〜19日、ドイツ・ベルリン テルデックス・スタジオ

https://music.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_n4NWjgpNX1J7BnOKgSB7kySQLRAHoHQz0&si=v-YXhMLIF9ymlJhO

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