陰翳礼讃の古民家ラボと秋のはじまり
夏土用が明け、昨日は立秋。
だからと言って急激に秋めいてくる訳じゃない。
いや、八月に入ったあたりから、色んなものが少しずつ分かりやすく変化しているように感じています。例えば、風の温度や湿度、フィールドの色、虫の種類、日の長さや角度、翳り方、など。
夏土用中のリトリート
夏土用の間の数日間、奈良の西から東へ、生駒から天理へと拠点を移して自分自身の静養に努めていました。間日以外は外作業はキッパリと休むと決め、執筆に専念する時間として。
と言っても「暮らし」とは本来忙しいもの。
蝉が鳴き始める朝4時半過ぎから一日が始まり、食事の準備に掃除洗濯と日々のやることは毎日のように巡ってきます。
それでも外作業はしないと心に決め、最低限の「暮らし」と読書・執筆だけに専念する時間は、身体にも心身にも調律のような効果をもたらしてくれたように思います。
月曜日はnoteを触らない
実は長らくちゃんとできていなかった「休む」ということ。
厳密には休んではいないけれど、少なくとも夏土用中(間日以外)の外作業は完全オフ。
このリトリートの間の時間の過ごし方によって、ある期間「しないこと」を設定するやり方は私に合っているように感じました。
そこで試しに「月曜日はnoteを触らない」をやってみようかなと。
予約投稿をすることはあっても、書いたり読んだりはしない「自分的note定休日」です。
ついでに今年は盆休みにデジタル世界を遮断してみようかな。
人が普遍的に希求する暮らしの研究
LEDの灯りが世に登場して久しい。けれども、その効率の良さは時にキョーレツな光の刺激として身に滲みるもの。
一方で、その明かりを消していられる間はどこか穏やかな時間が流れる。
特に夏の暑い日差しの中では、古民家のような外との距離、障子の緩衝によって光が和らぐ空間で過ごすと心地よい。
生駒の自宅は古民家ではないけれど、こうした家の造りひとつで、その暮らしの環境は大いに変わることもあらためて実感しました。
自然と明るくなる朝も一層楽しみになるものです。
そうした「暮らし」の中にある些細な、でも確実に生き物として希求している何かについて、いつもの繰り返しの中で考える。
生駒に居ても、よそに居てもそれは同じ。
この「生駒谷のポロ」では、生駒という土地の特性をあらためて考察しつつ、他の土地とも比較しつつ、そうした「暮らしの研究」をします。
その中で里にある未利用資源、特に身近にあるけれど「雑草」として嫌われているような植物の利用法を考えたり、暮らしのそばにいる生き物の多様性に目を向けたりもします。
例えば、夏土用が明けて外作業を再開し、思い立ってセイタカアワダチソウの若芽を摘んできました。
セイタカアワダチソウって背も高いですが、含有成分を抽出して水に溶けた状態にすると泡立つって知ってました?
名前そのまんまやん。

これを入浴剤やらにする方もいるようですが、私はまた別の使い方をするつもりです。そんな話もまた追い追い。
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故郷の町・生駒の地誌・民俗を探究しつつ、半自然フィールド(食べられる生態園)を整備しています。
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