「自信を持って答える新人」と「間違っているかもしれないと言える新人」、伸びるのはどちら?知的謙虚さ(Intellectual Humility)が教える、「自信」と「修正力」の育て方
新人に、仕事上の判断を聞いたとします。
新人A
「これはAで間違いありません」
新人B
「今確認できている情報ではAだと思います。ただ、この条件については自信がないので、違う可能性もあります」
どちらの新人を、
「仕事を任せられそうだ」
と感じるでしょうか。
Aの方が、自信があって頼もしく見えるかもしれません。
Bは少し頼りなく見えるかもしれない。
しかし、もし新しい情報が出てきたとき、
Aは自分の判断を守ろうとする。
Bは、
「では、判断を変えた方がよさそうです」
と修正できる。
そんな違いがあったとしたら、長期的に伸びるのはどちらでしょうか。
ここ数日のnoteでは、
評価的判断
――仕事の良し悪しを判断する力
キャリブレーション
――自分の自信と実際の理解度のずれを見る力
適応的援助要請
――必要なときに適切に助けを求める力
認識的警戒
――情報源をどこまで信頼するか判断する力
について書いてきました。
今日は、その中心にあるかもしれない能力を扱います。
それが、
知的謙虚さ(Intellectual Humility)
です。
知的謙虚さとは「自信がないこと」ではない
「謙虚」と聞くと、
「自分なんてまだまだです」
「私には分かりません」
と控えめに振る舞うことを想像するかもしれません。
しかし、知的謙虚さは少し違います。
研究では、知的謙虚さは概ね、
自分の知識や判断には限界があり、自分が間違っている可能性もあることを認識すること
として扱われています。
そして重要なのは、単に「自分は間違っているかも」と思うだけではなく、新しい証拠や他者の考えを検討し、必要であれば自分の考えを更新できることです。知的謙虚さに関する研究レビューでも、学習、発見、異なる意見への開放性などとの関連が整理されています。
つまり、
自信がない人
ではありません。
むしろ、
「私はこう考える。ただし、もっと良い根拠が出れば変える」
と言える人です。
この違いは、新人育成でもかなり重要だと思います。
新人に「自信を持って」と言いすぎていないか
新人研修では、
「もっと自信を持って」
と声をかけることがあります。
私自身も使ってきた言葉です。
もちろん、自信がなくて動けない新人には必要な場合があります。
しかし、
自信そのものを育成ゴールにしてしまう
と少し危険です。
例えば本人確認のケース問題で、新人が間違った回答をしたとします。
新人:
「絶対Aだと思います」
講師:
「違います。Bです」
新人:
「でも、前にAと習ったと思います」
ここから、
「いやBです」
「でもAだったと思います」
というやり取りになる。
このとき本当に必要なのは、
どちらが自信を持っているか
ではありません。
「何を根拠にAだと思ったのか」
「Bだと判断できる新しい情報は何か」
「その情報を踏まえたら、判断を変える必要があるか」
です。
新人に必要なのは、
「自分の答えに自信を持つ力」
だけではなく、
「自分の答えを手放せる力」
でもあります。
間違いを認めると「負けた感じ」がする
自分の考えを変えることは、思っている以上に難しいものです。
仕事では特にそうです。
一度、
「これはAです」
と言い切った。
その後、別の人から、
「いや、規定を見るとBですよ」
と言われた。
このとき、
「あ、本当ですね。私が間違っていました」
と言えるか。
それとも、
「でも前はAだったはずです」
「このケースは少し違うと思います」
「私はそう聞いていました」
と、自分の最初の判断を守ろうとするか。
ここには、
正しい答えを探すこととは別の心理
があります。
自分が間違っていたと認めることが、
「能力が低い」
「評価が下がる」
「恥ずかしい」
と感じられる環境では、人は考えを修正しにくくなります。
反対に、
「新しい情報で判断を変えることは、良い判断である」
と扱われる環境なら、修正しやすくなります。
だから知的謙虚さは、本人の性格だけではなく、
研修や職場が、考えの修正をどう扱っているか
とも関係すると思います。
フィードバックを「受け取れる人」にも関係する
知的謙虚さと学習の関係を考えるうえで、興味深い研究があります。
Wong & Wongは高等教育の学生を対象に、知的謙虚さ、学習動機、フィードバックへの受容性、学業成績の関係を調べました。
その結果、知的謙虚さが高い学生ほどフィードバックを建設的なものとして捉え、それに取り組む傾向があり、フィードバックへの受容性を通じて学業成績との間に小さいながら正の間接的関連が確認されました。これは因果関係をそのまま断定できる研究ではありませんが、「自分が間違っている可能性を受け入れられること」とフィードバックから学ぶことがつながっている可能性を示しています。
企業研修でも似たことは起きます。
例えばロールプレイ後に、
講師:
「説明は正確でした。ただ、お客様の質問へ答える前に結論を急いでいました」
新人A:
「でも必要事項は全部説明しました」
新人B:
「自分ではそこに気づいていませんでした。どの場面で急いで見えましたか?」
同じフィードバックを受けても、
その後の学習量は変わります。
重要なのは、
素直に言うこと
ではありません。
「講師が言ったから従う」
でもない。
講師の指摘を一度検討して、
「確かに、この点は自分の判断を修正した方がよさそうだ」
と自分で判断できることです。
ベテランにも必要になる
この話は新人だけではありません。
むしろ、経験が増えるほど重要になる面があります。
経験が増えると、
「これは以前もあった」
「こう対応すればいい」
という判断が速くなります。
これは経験者の大きな強みです。
一方、過去の成功パターンが強くなりすぎると、新しい状況への修正が難しくなることがあります。
医療専門職を対象にしたTrinhの研究では、小規模なサンプルではあるものの、専門性が高まる中での柔軟性と謙虚さの関係が検討され、謙虚さの高い専門家ほど柔軟性を保ちやすいという結果が報告されています。なお、これは「知的謙虚さ」だけを測定した研究ではなく、より広い意味でのhumilityを扱っているため、区別して読む必要があります。
企業でも、
「10年間こうしてきた」
は貴重な経験です。
しかし、
「10年間こうしてきたから、今も正しい」
とは限りません。
昨日の記事で扱った「認識的警戒」が、
他人の情報をどこまで信じるか
だとすれば、
知的謙虚さは、
自分の経験をどこまで信じるか
にも関わる考え方だと思います。
研修で「知的謙虚さ」を育てる5つの練習
では、新人へ、
「もっと謙虚になりましょう」
と言えばよいのでしょうか。
おそらく、それではほとんど変わりません。
性格の話にするより、
行動として練習できる形へ変える
方が使いやすいと思います。
1.答えと一緒に「根拠」を言わせる
ケース問題で、
「Aです」
だけで終わらせません。
必ず、
「何を根拠にAだと思いましたか?」
まで答えてもらいます。
例えば、
「過去に似たケースを経験しました」
「マニュアルのこの文章を見ました」
「この条件ならAだと思いました」
と答える。
すると、あとで間違いが分かったときにも、
答えではなく、判断プロセス
を修正できます。
「Aを覚え直す」
ではなく、
「私はこの条件を見落としていた」
と学べます。
2.「何が分かったら考えを変えますか?」と聞く
私は、この質問を研修に入れると面白いと思います。
新人:
「Aだと思います」
講師:
「何が分かったら、Bへ考えを変えますか?」
すると新人は、
自分の判断が成立している条件を考える必要があります。
例えば、
「契約開始日が変更前ならAですが、変更後ならBです」
と答える。
ここまで言えれば、
単なる自信ではなく、
条件つきで判断できています。
仕事では非常に重要です。
3.答えを変えたことを「失敗」にしない
ケース問題の途中で新しい情報を追加します。
最初は、
「Aだと思います」
と答えた。
追加条件を見る。
「ではBへ変えます」
このとき、
「最初は間違えていましたね」
だけで終わらせない。
むしろ、
「新しい情報を見て判断を変えられましたね」
と扱います。
もちろん最初から正しく判断できれば理想です。
しかし実務では、新しい情報によって判断を変えなければならないことがあります。
だから、
修正できること自体も評価する。
これが重要だと思います。
4.フィードバック後に「何を変えたか」を説明させる
講師:
「ここを修正してください」
新人:
「分かりました」
で終わらせない。
修正後に、
「最初と何が変わりましたか?」
と聞きます。
さらに、
「なぜ変えましたか?」
まで聞く。
例えば、
「最初は情報量が多いほど丁寧だと思っていました。でも比較すると、お客様が次に何をするか分かりにくかったので、期限と手続きを先にしました」
ここまで言えれば、
フィードバックによって判断基準が更新されたことが分かります。
5.講師自身が「分からない」「間違えた」を見せる
これは講師側にも重要です。
受講者から質問された。
分からない。
そのとき、
「たぶんAです」
と場をつなぐより、
「ここは私も確認が必要です。正式な情報を確認して返します」
と言う。
あるいは後日、
「昨日Aと説明しましたが、確認するとBでした。私の説明が間違っていました」
と言う。
これは講師の信頼を落とすでしょうか。
私は、逆の場面も多いと思っています。
少なくとも、
分からないことを分かったふりで処理しない
という仕事のモデルを見せられます。
新人は、講師の説明内容だけでなく、
講師が自分の間違いをどう扱うか
からも学んでいます。
「謙虚な新人」を評価しすぎない
ここで注意したいことがあります。
知的謙虚さを、
「先輩の言うことを素直に聞く」
「自己主張しない」
「自信満々に話さない」
と捉えないことです。
新人が、
「先輩がおっしゃるなら、私が間違っています」
と言った。
これは一見謙虚に見えます。
でも、
昨日の記事で扱った認識的警戒の視点から見ると、少し危険です。
先輩も間違えることがあります。
必要なのは、
「自分が間違っている可能性があります」
と、
「先輩が間違っている可能性があります」
を同時に持てることです。
だから、
新人:
「私はAだと思います」
先輩:
「Bだよ」
新人:
「分かりました」
よりも、
新人:
「私はこの規定を見てAだと考えました。Bになる根拠を教えてもらえますか?」
と言える方が、知的には健全な場合があります。
知的謙虚さは、
自分を小さくすることではありません。
自分も相手も間違える可能性を認め、
より良い根拠へ判断を寄せていくこと
です。
個人だけではなく、チームにも「知的謙虚さ」がある
最近では、知的謙虚さを個人の特性だけでなく、集団レベルでも捉えようとする研究も進んでいます。
2025年のTrends in Cognitive Sciencesの論文では、集団のメンバーがお互いの知的限界や、集団としての思考の限界にも注意を向ける「collective intellectual humility」という考え方が提案されています。これはまだ発展途上の枠組みですが、「優秀な個人を育てる」だけでなく、「チームとして自分たちの判断を疑えるか」という視点を与えてくれます。
例えば会議で、
「この結論で間違いないですよね?」
ではなく、
「私たちが見落としている条件はありませんか?」
と聞く。
新人研修の振り返りで、
「今回うまくいきました」
ではなく、
「まだ分かっていないことは何でしょう?」
と聞く。
こうした問いを、個人だけではなくチームの習慣にする。
すると、
「間違いを認めた人が弱い」
ではなく、
「間違いを早く発見したチームが強い」
という文化へ近づけるかもしれません。
AI時代には「自分よりAIが正しい」とも「自分の方が正しい」とも決めつけない
生成AIとの関係でも、知的謙虚さは重要だと思います。
AIが、
「Aです」
と回答した。
自分は、
「Bだと思う」
と考えた。
このとき、
「AIの方が賢いからAだろう」
でも、
「自分は現場経験があるからBに決まっている」
でもありません。
見るべきなのは、
根拠です。
AIは何を前提に答えているのか。
自分は何を根拠にBと判断したのか。
一次情報はどうなっているのか。
条件を変えたら答えは変わるのか。
昨日までの記事をつなげると、
AI時代に必要なのは、
成果物を評価する「評価的判断」
自分の確信度を見る「キャリブレーション」
情報源を評価する「認識的警戒」
そして、
必要なら自分の考えを更新する「知的謙虚さ」
だと整理できます。
全部に共通しているのは、
「正解を持っている人になる」ことより、「より良い判断へ修正し続けられる人になる」こと
です。
新人育成のゴールを「間違えない人」にしない
新人育成では、
ミスを減らしたい。
正しく判断してほしい。
自信を持って仕事をしてほしい。
当然です。
しかし、
絶対に間違えない人
を育てることはできません。
ベテランも間違えます。
講師も間違えます。
上司も間違えます。
AIも間違えます。
だからこそ、本当に育てたいのは、
間違えない人だけではなく、
間違いへ気づいたときに、判断を修正できる人
なのだと思います。
「私はAです」
と言い切る力だけではなく、
「この条件ならAだと思います」
と言える。
「新しい情報を見るとBですね」
と変えられる。
「ここは自分の知識では判断できません」
と言える。
「昨日の私の判断は間違っていました」
と言える。
それは、自信のなさではありません。
むしろ、
自分の正しさより、より良い判断を優先できる強さ
だと思います。
新人へ、
「もっと自信を持って」
と伝えることも必要です。
でも、その隣にもう一つ、
「間違っていたら、変えていい」
を置いてみる。
それだけでも、新人が学び続けられる環境は少し変わるのではないでしょうか。
先日公開した有料noteでは、こうした判断力の土台となる、
評価的判断(Evaluative Judgement)
について、企業研修で実践できる7つの研修設計としてまとめています。
100円で公開しています。
参考文献
Porter, T., Elnakouri, A., Meyers, E. A., Shibayama, T., Jayawickreme, E., & Grossmann, I.(2022)
Predictors and Consequences of Intellectual Humility.
Nature Reviews Psychology, 1, 524–536.
DOI: 10.1038/s44159-022-00081-9
Wong, I. H. M., & Wong, T. T. Y.(2021)
Exploring the Relationship Between Intellectual Humility and Academic Performance Among Post-secondary Students: The Mediating Roles of Learning Motivation and Receptivity to Feedback.
Learning and Individual Differences, 88, 102012.
DOI: 10.1016/j.lindif.2021.102012
Trinh, M. P.(2019)
Overcoming the Shadow of Expertise: How Humility and Learning Goal Orientation Help Knowledge Leaders Become More Flexible.
Frontiers in Psychology, 10, 2505.
この研究は知的謙虚さそのものではなく、より広いhumilityを扱っている点に注意が必要です。
Krumrei-Mancuso, E. J., Pärnamets, P., Bland, S., et al.(2025)
Toward an Understanding of Collective Intellectual Humility.
Trends in Cognitive Sciences, 29(1), 15–27.
DOI: 10.1016/j.tics.2024.09.006
なお、知的謙虚さの研究は、学校教育、一般心理、社会的判断などを対象としたものが多く、企業の新人研修へ直接適用した研究はまだ限定的です。本記事の「何が分かったら考えを変えるか」「答えを変えたことも評価する」「講師が間違いを訂正する」といった方法は、研究知見と企業研修での実践を結びつけて整理した提案です。
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「新人育成について相談したいです」
「数字には出ていないけれど違和感があります」
「OJT担当者の負担が気になります」
「研修と現場のつながりを見直したいです」
このくらいで構いません。
現在の状況を確認しながら、一緒に整理します。
是非他の記事もご覧ください。
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