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中国に乗っ取られる日本(2)❣️🐸🍿


中国人が日本の不動産を爆買いしまくっており、その影響で賃貸マンションを追い出される日本人の被害者が続出しているという記事を前回ご紹介しました。

どうしてこんなことが日本で起きているのかというと、その原因は日本政府が意図的に、日本を中国に支配させようとする施策を進めているからに他なりません。

今回はその件にも関連する話ですが、日本の大学が中国人留学生たちによって乗っ取られつつあると警鐘を鳴らす記事をご紹介します。
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博士課程の奨学金受給者の約4割が留学生、問題は日本社会の側にある

2025年04月02日

日本で人文系の博士号を取得しても研究を継続するのは難しい

<問題の本質は、日本人の学生が人文系の博士課程に行かなくなったこと>

東京大学などで大学院博士課程に占める、中国など留学生の比率が問題になっています。

一部の政治家が主張している内容によれば、東京大学では中国人留学生は2008年度の727人から徐々に増加し、昨年度は3396人と4倍以上になっているそうです。

また、奨学金の多くが留学生に渡っていることを問題視する声もあります。

博士課程の学生に対して1人あたり最大で年間290万円を支給する制度(次世代研究者挑戦的研究プログラム「通称SPRING」)で受給を受けている人が昨年度では、全体で1万564人だったそうですが、その約4割の4125人が外国人留学生、また、その中の2904人を中国人留学生が占めていたそうです。

運営費の過半が税金によって成り立っている国公立大学の博士課程において、実際に学んでいるのが外国人学生ということになれば、確かに税金の使い道として「疑問だ」という印象を引き出すのは簡単です。

また、これが先端技術の研究であれば、価値観を共有していない他国に技術が漏洩されるリスクは抑制すべきでしょう。

ただ、先端技術の保護という問題については、経済安全保障の枠組みで試行錯誤を繰り返しつつも、対応は取れるようになっています。問題は、人文系の博士課程です。

人文系の博士課程というのは、例えば日本の文学とか歴史など、自国の文化を対象としたものがあります。

経済学や哲学の場合はもっとユニバーサルで研究対象は全世界ですが、日本語で研究し論文を蓄積していくということでは、日本の学術研究に参加するわけです。

東大大学院が「ジャック」されている?

そうした人文系などの分野でも、博士過程に圧倒的な割合で留学生が学んでいるのです。

まるで「東大大学院がジャックされている」ように見えるこの現象ですが、問題の本質は、留学生の側にあるのではありません。そうではなくて、

「日本人学生が人文系の博士課程に行かない」

という現象があるからです。留学生が増えたのではなく、日本人が行かなくなったのです。そこが問題で、もしも日本人と留学生のバランスを取りたいのであれば、この点を見つめて対策を講じる必要があります。原因は3つぐらいあると考えられます。

1つ目は、大学教員の需要と供給についてです。日本人が日本の大学で、人文系の博士号を取ったとします。その場合に、その業績を活かしながら研究を続けるのであれば、大学の教員や研究所の研究員など研究職を目指すことになります。ところが、これは大変に難しいのです。

まず少子化で大学全体の定員が過剰になっています。経営に行き詰まる大学も増えてきており、その分だけ大学教員の定員も減りつつあります。

また、ただでさえ少ない大学教員の「空きポジション」について、大学としては英語圏など外国に留学して博士号を取った人材や、外国人を優先して採用する傾向もあります。大学を国際化するのは国策として急務だからです。

そうなると、どうしても大学教員を目指したいのであれば、少なくとも英語圏などで博士号を取った方が確実性は高いことになります。

ですから、コースとしての日本の大学の人文系の博士課程というのは、日本人学生としては敬遠しがちとなるわけです。

2つ目は、一般企業などの就職です。日本の企業は、技術系は別として大学や大学院で学んだことを重視しません。

例えば、会計学を深く学んだ学生は、企業の自己流の会計規準に対して批判的になるので敬遠します。

「地頭(じあたま)が良くて、素直な若者」を鍛えてその会社の流儀に従順な社員にすることを好むからです。

労働法を学んだ学生などは組合の手先だとして忌避されてしまうこともあります。まして、博士課程を出たなどというのであれば、企業は「敬して遠ざける」ことしかしません。

学部卒ならいいのですが、例えば営業職や事務職などで採用する場合には、博士課程で学んだ若者は、学んだ内容が「活かせない」だけでなく、年齢を重ねていることなどから、採用したがりません。

例えば、営業に行った際にも、博士号を持っているなどというのは、よほど巧妙な自虐トークなどで帳消しにしなければマイナスになります。

人間同士は対等という思想が薄い日本社会では、特に民間の就職においては特に博士課程修了という経歴は就職の邪魔になるだけなのです。

3つ目として、仮に大学のポジションが難しくても、例えば勉強熱心な学生の集まる高校の教員などは、博士課程修了者の活躍の場になる可能性はあります。

国としても博士課程で学んだ知見を、高校でより若い人たちを刺激するように活用してもらえば、国力にも資すると思うのです。

ですが、基本的に高校の職員室は博士課程修了者に対して、門戸を開いていません。民間企業と同じで、他の先生達の自尊心を乱すだけの存在という見方は否定できないからです。

人文科学軽視の風潮

それ以前の問題として、せっかく博士課程を取って深い知識を持っていても、日本の高校生の関心事はどうしても入試になります。

入試に役に立たない深い知識へ目を向ける生徒は、一部の推薦枠狙いか、余程の秀才だけということになってしまいます。

以上の理由に加えて、ここ数年の「人文科学軽視」の風潮を反映して、ただでさえ少ない若い人の間で、人文科学へ関心のある人は減っている可能性があります。

例えば、高校の国語では文学が軽視されるようになっている中では、夏目漱石の主要な作品を読み通して、大学でも漱石を研究しようというような学生は、少子化に上乗せする勢いで減少していると考えられます。

一方で、例えば中国などアジアの学生の場合は日本文学、例えば漱石を深く学ぶことで、アジアにおける近代化の問題を考えるというのは、切実な問題です。またそうした関心を持つ層の裾野は広いと考えられます。

これに、一神教文化に行き詰まりを感じた欧米から、日本文化に強い関心を寄せる学生が加わってきます。

そうなると、例えば国文学研究室で、日本文学を深く研究してゆこうという学生は自動的に外国人が多数になっていくわけで、これはどうしようもないことだというわけです。

こうした動きの全体は、既に国策になっているのかもしれません。少なくなった日本の若者には実学を学んで稼いでもらう、一方で日本文化の積極的な研究や維持の活動は外国人や外国の研究機関に期待する、そうした全体の動きは止められないと思います。

確かに不自然な動きですし、票を意識する政治家が税金のムダ使いだなどと言うのにも一理はあります。

かといって、日本人というだけでロクに文学作品を読んだことのない若者を、国文学の博士課程に入れてもカネの使い方としては、余計ムダになります。

また、人文系の博士課程の奨学金を大幅にカットしてゆけば、日本語による日本文化に関する研究活動は世界中で衰退していって、最終的に知的な近代日本語は死語になってしまうかもしれません。


この記事の後半部分では、「東大大学院がジャックされている?」という状況の原因は日本人の側にあって、それはつまり「日本人学生が人文系の博士課程に行かない」からであると指摘しています❣️🐸🍿

確かにそれもあるかもしれませんが、私から言わせて貰えば、東大大学院がジャックされているのは、日本政府が意図的に中国人を優遇させて彼らが日本を乗っ取るための手助けをしているからだと思います。

この問題について、さらに深く見つめるために次の記事をご紹介します。

この記事に登場する楊先生という方はモンゴル人であり、中国がモンゴルの歴史を書き換えていることも指摘しています。
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すでに中国による侵略は始まっている…国立大教授が危機感を覚えた中国人留学生による学会でのひと言【2025年3月BEST5】

2025/04/05 16:00

私が目の当たりにした「中国による国家侵略の進め方」

楊 海英 静岡大学教授/文化人類学者

日本の大学に留学する中国人が増えている。南モンゴル出身で静岡大学教授の楊海英さんは「それ自体は問題ではない。ただ、彼らが多数派になった時に大きな問題がおきるだろう」という。ライターの山川徹さんが聞いた――。(後編/全2回)

中国人留学生爆増による現場教師の悲鳴

前編より続く)

――最近、中国人留学生は10万人を超え、東京大学の大学院生では5人に1人が中国人留学生になりました。

【楊】日本に中国人留学生が増えること自体が問題ではありません。ただし中国政府の公式見解を教育された中国人留学生は、国際的にスタンダードな歴史を決して受け入れようとはしません。教えると逆に反論されて、議論ができなくなってしまいます。

例えば、「チンギス・ハンは本当に野蛮だったのか」という議題に対し、漢文との史料だけでなく、モンゴル語やチベット語、ウイグル語の碑文など多種多様な史料をもとに、さまざまな学者の意見を踏まえるのが、一般的な研究のアプローチでした。

しかし、中国人留学生はそれができない。彼らは中国政府が認めた歴史とそれをもとにした漢文の史料しか信じないからです。漢文はいわば勝者の記録です。漢文だけでは記録の嘘は見抜けないのに、彼らは頑として新たな意見や別の考え方に耳を傾けようともしない。

そればかりか、留学生が増えた結果、ゼミや大学内の授業でも中国政府の公式見解を信じる学生の声が多数になりつつある。「あの教授が変なことを教えている」と、留学生が大学の執行部や事務方に苦情を訴えるケースもあります。

とある私立大学では、事務方から「大切な留学生の意向に沿うような授業にして欲しい」と指導された教員がいるという話も聞きました。

私が学会で目撃した中国人留学生の横暴

ある国立大学の大学院では、中国近代史学のゼミ生約20名のうち、2人が日本人学生で残りが中国人留学生だそうです。

そこでは、教授も中国に批判的な意見を言いにくくなり、2人の日本人学生も出席しなくなったと困っていました。実際に多様な言論活動や、批判、思想が制限されてしまっているんです。

楊教授の研究室にあるモンゴル語で書かれた史料。

2024年末、私はある歴史学会に参加しました。当然ながら、日本で行われた歴史学会ですから発表は日本語で行われ、ディスカッションも当然日本語です。

しかし参加者の大半の発表者が中国人留学生だったことから、ある留学生が「多くは日本語を話せないから中国語で発表する」と宣言。中国語で発表する学生が次々に登壇したのです。

私は中国語の発表を聞きながら、今後日本の大学では健全で建設的な議論が奪われるだけでなく、そのうち授業も中国語で行うようになるかもしれないと危惧を覚えました。

大学教育の現場では、「郷に入っては郷に従え」とは真逆のことが起きているのです。

日本人はずっと中国を“誤読”してきた

――日本人は中国理解をずっと誤ってきたと先生はたびたび指摘しています。

日本には中国の歴史や文化に詳しい人が本当にたくさんいます。

中学や高校では中国の歴史や地理、漢文を学びますし、書店には中国関連の書籍が並んでいます。『論語』『大学』『中庸』『易経』『書経』『詩経』『史記』『春秋』……。

昔から日本人は、漢籍をたくさん読んで、中国の歴史や文化から多くのことを学んできたことに間違いはありません。

言い方を変えれば、日本人は、漢籍や漢文を通して、中国を理解しようとしてきました。けれど、誤読――つまり読み間違いをしてきた。

それが、等身大の中国、もっと言えば、中国の本質を見極める妨げとなっています。南モンゴル(中国は内モンゴル自治区と呼称)出身の私から見て、日本人の中国史観、中国文化論は、中国人から見たそれとは完全に異なります。

――どういうことでしょう。

端的に言えば、漢籍に記録されたのは、中国社会の現実ではなく、理想です。日本人は、理想を現実として読んできました。

昔から日本人は、孔子の言葉を現実として受け止めています。しかし、実際の孔子は出自不明で、魯の国から追放された人物。

当時の階級社会の中でたいへんな苦労をしたからこそ、理想の国家、正しい国家のありようを弟子たちに説いたのです。彼が遺したのは現実ではなく、あくまで理想論なのです。

長崎県長崎市にある孔子廟(写真=Kzhr/CC-BY-SA-2.5/Wikimedia Commons)

司馬遼太郎も見誤った

こうしたバイアスにより、いまも日本人は、中国の真の姿を捉え切れていないと感じるのです。

古い話ですが、私の恩師である社会人類学者の松原正毅先生(国立民族学博物館名誉教授)からこんな話を聞いた経験があります。

1960年代、まだ学生だった松原先生たちは、冷房もない暑い京都大学の教室で半袖のシャツ姿でゼミを受けていました。そんな松原先生たちに、東洋史学者の桑原隲蔵教授はこう言ったそうです。

「あなたたちに比べて、中国人は立派だよ。礼儀を守るから、どんなに暑くても服を脱がないんだ」

松原先生たちは、襟を正して、中国人のようになりたいと感じたと言います。

――松原先生と親交のあった司馬遼太郎さんはペンネームを『史記』の著者である司馬遷から取っています。それだけ中国びいきだったんですね。

そうです。司馬遼太郎氏と松原先生たちは1978年に中国に旅行にいっています。当時は、中国が改革開放路線に舵を切り、共産主義経済から資本主義経済に移行していた真っただ中です。

講談社『週刊現代』10月1日号(1964)より司馬遼太郎(写真=PD-Japan-organization/Wikimedia Commons)

そうした社会変化のなかで、無節操に金儲けに走る中国人の姿を目の当たりにした司馬遼太郎氏は、「自分の考えていた中国ではない」と松原先生たちに嘆いたそうです。

それも漢籍で知った中国に対する憧れが生んだ誤解です。一方で、中国で生まれ育った私にとっては、司馬遼太郎氏が語る「自分の考えていた中国ではない」中国こそが、本来の姿だと感じます。日本人は中国のありのままの姿をしっかりと見るべきです。

中国国旗が掲げられた日本の学校

――先ほど、中国人留学生の影響力が増していく大学の様子がありましたが、同様の問題は日本以外でも起きているのでしょうか。

中国系アメリカ人で、カリフォルニア大学で教鞭を執る友人がいます。彼は、中国人留学生たちに「先生も中国人なんだから、中国語で授業をしてくれ」と要求されたそうです。

「ここはアメリカの大学で、あなたたちは英語を学びにきたのでしょう?」と問うと「先生も生徒も中国人なんだからいいじゃないか」と。それはできないと断ったそうですが、他人事ではありません。

――今後の日中関係はどうなるのでしょうか。

数年前に、9割が中国人留学生という宮崎県の私立高校のニュースを見ました。校庭に中国国旗が掲げられ、入学式では中国国歌が斉唱されていました。

私には、ニュースに映る肩身が狭そうな日本人学生の姿が印象に残りました。少子化のなかでの生き残り策としての留学生を受け入れだったのでしょうが、萎縮する日本人学生の姿が子どもの頃の私に重なったのです。

私が生まれた1964年の2年後に文化大革命がはじまり、南モンゴルの草原が中国人移民に占拠され、モンゴル人も弾圧の対象になりました。

当時、南モンゴルに暮らしていた約150万人のモンゴル人のうち、2万7900人が殺害され、過酷な拷問の末に障害を負った人は12万人に達しました。5万人から10万人のモンゴル人が虐殺されたという説もあります。

母国を中国に浸食された私だからわかること

もともとはモンゴル人が通う民族学校と、漢人の学校は別々でしたが、私が小学校3年生だった頃、一時統合されました。

生徒の7割から8割ほどが漢人で、モンゴル人は2~3割程度。遊ぶときは中国語だし、ケンカしても数で負けてしまう。本当に肩身が狭かった。

一度、漢人の生徒とケンカをした経験があります。そうしたらモンゴル人の校長先生に呼ばれて「漢族は文明人で、我々こそが野蛮人なんだ。彼らがいないと我々は文明的な生活を送れないんだ」とみんなの前で怒られました。

文化大革命のさなかでしたから、校長先生もそう言うしかなかったのかもしれませんが、承服はできませんでした。

だって、文化大革命の下方政策で南モンゴルにやってきた漢人移民たちは、子どもだった私の目にも貧しく、不衛生に映っていましたから。どうしても我々モンゴル人を文明化させてくれる人たちには思えなかった。

――中国に向ける楊先生の厳しい眼差しの背景にはそうした実体験をともなうリアリティがあったのですね。

草原が、中国に浸食されていくさまを実際に見ていますからね。

「いずれ日本も」は大袈裟ではない

中国の最大の武器は、人口です。

ある日を境に、住んでいた街に中国人がじわじわ増えていった。それがいつの間にかあちこちで中国語が話されるようになり、中国語で書かれた看板があふれ出し、やがて学校では中国語で授業が行われる。あげくには、行政サービスの案内も中国語で……と浸食されていく。

これが私が南モンゴルで見た侵略の歴史です。日本はどうでしょうか。近い将来ではなく、もうすぐそこにある日本の姿かもしれないのです。

侵略のあとには何が起こるか。いまの中国には海外在住の中国人も対象にした「国防動員法」や「国家情報法」があります。

有事に祖国に協力しなければならないという「国防動員法」に対し、2017年に施行された「国家情報法」は、平時にも中国政府の情報工作活動への協力を義務づける法律です。

協力しなければ、反逆罪に問われてしまいます。協力の方法も、情報収集、破壊工作、現地での乗っ取り工作……といろいろ考えられます。

「まさか、日本で」と思う人も多いでしょう。でも、実際に、香港で何が起きたか、ウイグルや南モンゴルがどうなったのか、思い出してください。それが、明日の日本で起こらないという保証はないのです。


この記事に登場している楊さんは、中国から弾圧されたモンゴル人の視点から、中国人のやっていることを客観的事実に基づいて語っているのではないでしょうか❣️🐸🍿

私が若かった頃、司馬遼太郎の書籍をたくさん読みましたが、この人物は中国人か朝鮮人の手先だった可能性が高いと近頃では感じるようになりました。まあ今で言う、いわゆる工作員の仲間だったのかもしれません。


今の日本の状況として、国内にはすでに大量の中国人たちが入国しており、地域によっては日本語を話さない中国人たちが、彼らの祖国そのものを日本国内に再現しているかのようなチャイナタウンも各地に出現しています。

中国人は真実の歴史を消し去り、自分たちにとって都合の良い「歴史」を捏造して「歴史の書き換え」をして少数民族に弾圧を加えてきたそうです。

そのエピソードについては上で紹介した記事の「前編」で解説されていますので、後日にこの「続編」としてご紹介できればと思います。


中国人に関する記事は、過去にいくつかまとめてありますので興味がある方はどうぞお読みください🙏🌸🐰🌸
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「最大の悲劇は善人による沈黙である」



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