千歳くんはラムネ瓶のなかの”千歳朔”と大物YouTuber"Syamu game"の共通点
はじめに
syamuさんに最も近い創作物のキャラクターは誰か?はsyamu系スレでは度々議論になります。鬼滅の刃の半天狗や阿Q正伝の阿Qが候補として上がります。しかし、半天狗は作中屈指の力を持つ鬼で阿Qはスペックこそ低いものの日雇い仕事をして働き者の評価も得ているので候補から外れています。最近では卑屈な精神性と乞食根性から宮沢賢治のツェねずみのツェの名がよく出ます。
syamuさんはネットの知名度を除けばスペックがあまりにも低すぎてどのキャラと比較しても下位互換にしかならないのであまり議論が盛り上がらず尻すぼみする傾向があります。しかし、能力や性格ではなくsyamuさんの置かれた状況や願望などを念頭に置けば意外と類似するキャラクターは見つかります。
このライトノベルがすごい!(以下このラノ)の文庫部門でアニメ化前の作品では初の2021年版から2年連続1位2023年版で2位を獲得するという快挙を成し遂げて殿堂入りを果たした華々しい経歴から舞台となる福井県では様々なコラボやイベントが催されて世間的な期待度はMAXの状態でアニメが放映された結果、amazon primeで異例の1.8という低評価で半ば炎上の様な酷評を受けている千歳くんはラムネ瓶のなか(以下チラムネ)の千歳朔(以下朔)の作中での立ち位置や言動、コンテンツとしての在り様がsyamuさんに通じるものがあると感じたので以下に共通点を列挙していきます。
愛のあるいじり
作中で朔は愛のあるいじりと悪意に満ちたいじめとは違うと明言しています。しかし、本人に悪意はないとはいえ元不登校の生徒の山崎健太(以下健太)をサッカーの授業で元ひきこもりで運動不足であることが分かっていながらも上手い奴だけでやってもつまらないという理由で最前線に出して結果的にクラスの笑いものにしてしまい、ヒロインの夕湖と健太の運動音痴を揶揄する会話を聞かれて怒らせるなど、迂闊にも"いじめ"の領域に足を踏み入れてしまっています。
朔の行動は基本的に悪意が無く本人なりの善意によるものですが、自分の美学が先にあるので独りよがりなものになりがちです。syamuさんの行動も基本的には"悪意"はありませんが、ゆゆうた氏に"人殺し"と難癖をつけてウザ絡みしたことを批判された時もお笑いでいうところのいじりと切って捨てて発言を意撤回はしませんでした。いじめといじりの境界は極めて曖昧でいじる側が気を使わなければなりません。二人とも信頼関係がきちんと構築できていない相手に無神経ないじり方をした結果、顰蹙を買っています。
エゴサ
千歳朔は自他と共に認める陽キャで学校のカーストのトップに君臨する超絶リア充です。口ではカーストだなんだに意味はないとリア充の余裕を見せていますが、カーストトップであることを内心で悦に浸り、学校の裏掲示板をエゴサして自分の評判を常に気にしています。他人からの悪口や評価が気になるのは当然の話ですが、朔はアニメ第二話で健太に周囲が嫉妬や僻みを覚えず、誰も触れえないほど孤高で美しい隔絶した存在になると語ったにも関わらず他人の目を気にする描写が目立ちます。
syamuさんも自認は大物youtuberの有名人でアンチは取るに足らない存在としてSNSで創作活動や地下アイドルの追っかけに精を出していますが、実際はエゴサの鬼で一日最低6時間はエゴサに費やしています。他人は他人自分のペースでやるという信念は口だけで実際は誰よりも数字を気にしています。二人とも口では他人なんてのことなんて気にしないと言っている割に
他人からの評価を気にしているところが"小物感"が出ています。
ハーレム
チラムネは作者裕夢氏の"美少女ゲームのプロローグや共通ルートを飛ばしていきなりヒロインの個別ルートが見たい"という理由で朔がリア充設定で好感度MAXのヒロインが序盤から周りを固めています。朔の人柄に惹かれてヒロインが集まり結果的にハーレムになったいるわけですが、朔はヒロインたちへの気持ちを曖昧にしてハーレム状態を自覚的に維持しようとする向きがありヒロインを"愛のあるいじり"で肉便器扱いしたり冗談とはいえ健太にNTRプレイを提案したりと無自覚にトロフィーワイフ扱いしていることが一部から反感を買っています。
syamuさんは強烈なハーレム願望を抱いていて、それは産まれて初めての彼女が出来ても変わることはなく、ネカマに釣られて彼女同伴でラブホテルに女に会いに行ったりしたことは今でも語り草になっています。ゾット帝国以来、十年ぶりとなるsyamuさんの新作小説"成り上がり~炎上配信者だった俺が、最強の女神たちと世界をひっくり返す話~(以下なっくり、削除済み)"でも現実では大失敗した彼女オーディションで次々とsyamuさんが自己投影する主人公に美女が集結してハーレムが完成しました。
二人ともヒロインを大事にしている建前ですが、実際にはハーレムの中心にいる状況下で周囲から向けられる羨望で悦に浸り、無意識のうちに自分の手駒扱いしていることが透けて見えます。
ヤリチン童貞
朔は裏掲示板でヤリチン糞野郎と陰口をたたかれていますが、現時点では童貞です。色々ラノベの定石を外していることで話題になったチラムネですが、メタ的な都合でハーレム状態を維持するために特定のヒロインと関係を持つわけにはいかないのでここでSEXしなきゃおかしいだろというシチュエーションでも朔はヒロインに絶対に手を出しません。彼なりのヒロインへの誠意と分かりますが、自分は彼女が出来たことはなく一線を越えたこともないのに恋愛経験豊富という顔で他人に偉そうなことを言うのは滑稽です。
一方、syamuさんは41歳で童貞にも関わらず、自分はモテモテという自認でネットで女性(大半がネカマ)に次々と粉を掛けている様からヤリチン童貞の蔑称がつきました。二人とも年齢もスペックも正反対ですが、ヤリチンと童貞の矛盾する属性を内包しているのは面白いです。
ネットのおもちゃ
チラムネのシリーズ発行部数は2021年2月時点で28万部を突破しています。かなり古いデータとはいえアニメ化までする作品にしてはかなり控えめです。しかし、このラノ二年連続一位というネームバリューと福井県とのコラボなどでポテンシャルのある作品と世間から見なされていました。
アニメ化をきっかけに不特定多数の人間の目に触れたことで第13回小学館ライトノベル大賞にて優秀賞を受賞した際にゲスト審査員を務めた浅井ラボ氏が評した様に世間で賛否両論の問題作として知られる様になりました。
ふたばちゃんねるでは毎日の様にスレが完走してyoutubeではラノベやアニメをレビューするyoutuberがこぞって本作をネタにしています。特に主人公の千歳朔の良くも悪くも得意なキャラクター性は語り草になりいわゆる"叩き活"的な文脈で議論の的になっています。
syamuさんも第一期終了後、MADや切り抜きでネットの面白おじさんというイメージが定着していたことと復活時にもTwitterのフォロワー数が35万近く、youtube登録者数30万近くとなり文字通りの大物youtuberの誕生とネットで話題となりました。しかし、動画のクオリティが低い上に初動で数字を稼ぎ過ぎたことで本人が現状のままでやっていけると勘違いしたことで碌に活動しなくなった上に、目先の欲や保身で代理人たちに不義理を働き、謝罪動画では広告収入をつけて炎上するなどの行動でファンからの指示を失い、実家への空き巣が止めとなり引退してしまいました。
いずれも実情とは乖離したイメージを抱かれ、ネットのおもちゃという形で注目されています。syamuさんはネットのおもちゃとしての知名度を利用しつつ馬鹿にされるのは嫌だという理由で削除申請で知名度の源泉たるMAD動画削除に踏み切りましたが、チラムネがコンテンツとしてどう動くか今後の動きに注視したいです。
ポエマー
チラムネのファンは本作をラノベらしからぬ文学的な表現を絶賛しています。しかし、アニメ第一話が放映されるや否や主人公の独白(ポエム)が自己陶酔的で生理的に受け付けないと海外含めてネットで不興を買いました。美学や信念を貫くことは素晴らしいですが、朔の場合はそれ以上に滲み出る独りよがりなナルシズムが視聴者から受け入れられないのだと思います。原作ファンの心を掴む一方、新規のアニメ視聴者から批判が寄せられているのは本作の賛否両論性が強くでています。

syamuさんも格好つけた言い回しやポエミ―な表現を好んで多用しています。上手いこと言おうとして頓珍漢なことを言ってアンチの失笑を買うことは最早風物詩となっています。いずれも表面的な美しさや格好良さで言葉をコーティングしてますが、内側の空虚さは拭え切れません。
友達という名の子分
紆余曲折あって原作では第一巻、アニメでは第四話で朔を中心とするグループ"チーム千歳"に加わった元ひきこもりの健太ですが、彼は朔のことを"神"と讃えリア充の象徴として崇拝に近い感情を抱いています。男子メンバーの水篠 和希からは差別はしないが区別はするとスペック的に健太はチームのノリについていくことは難しいと指摘されますが、せっかくの縁だしということでチームに加えます。
自然と友達になったのではなく朔の鶴の一声でチームの一員として受け入れられたので、明らかな権力勾配が存在して対等な友人関係とはいえない歪さがありますが、カーストトップという自認の朔は違和感を覚える様子はなく、チームの面々は男女問わず朔の決定に従っていて、軽口とはいえ友人Aや妾呼ばわりされても不快感一つ示さず、友達というよりは臣下の様な印象を受けます。
syamuさんも歴代の代理人に父親になってやる仲間だと口では友情に篤い男を演じていますが、実際には代理人を奴隷扱いして顎で使って搾取していました。さらになっくりでは主人公の神谷を炎上した後に数字のために利用した天才ハッカーの配信者"今宮"は最初は状況によって敵にも味方にもなりえる面白いキャラでしたが、特に伏線もなく唐突に神谷を兄貴と慕い始めハッカーとしての腕を存分に振るい、神谷も兄貴分として振る舞うことに違和感を抱いていません。
二人とも無意識のうちに"対等の相手"を避けている様に思えます。表向きは対等に接しているように見えて実際は子分や臣下、奴隷といった関係性の相手しかいないことに闇を感じます。
ご当地性
チラムネは舞台が福井県であることもあって積極的に福井県のご当地グルメなどのローカルな要素を全面に打ち出していることが特徴です。アニメ版の第一話では声チラムネを感じる旅として七瀬悠月役の長谷川育美氏と青海陽役の大久保瑠美氏が主演のスペシャル番組が放映されました。聖地巡礼のお膳立てもばっちりで役所にチラムネファンの方がいたこともあって様々な企業が協賛しています。作者の裕夢氏も福井県の明道中で講演を行うなどしています。
syamuさんも一昨年までは現在住んでいる広島県江田島市の俗にいうゲーミング埠頭を拠点に積極的に配信活動をしていて、江田島の自然を動画にしていました。家での配信を父親である焼肉氏に禁止されていることもあって、野外配信中で近所のおじさんに話しかけられたり、海への放尿や猫にカレーパンを与えて炎上するなどしていました。Xでは特産品の牡蠣をPRしたり、江田島市役所とコラボしたがったりとご当地youtuberを自認しています。ただ牡蠣の養殖場の目と鼻の先放尿して風評被害が起こったり、チラムネでもコラボの過度なごり押しに辟易する声も現地からは聞こえてきます。
ダブルスタンダート
チラムネのテーマの一つに相互理解があります。陽キャや陰キャ、リア充といった枠組みにとらわれずお互いに理解し合うことが大事ということには同意です。しかし、本作の場合、陽キャを偏見の目で見ることはおかしいとする一方で陰キャやヤンキーに対しては極めてステレオタイプな描写が多用されています。陽キャを理解して倣うことが正義で朔は寄り添っているように見えて相手を陽キャのテンプレに無意識に嵌めようとしている点が読者から批判されています。
本作はスクールカースト要素を全面に出していることが特徴ですが、相互理解をうたうならスクールカーストという枠組みを破壊して陽キャや陰キャ関係なく交流する世界を美学や信念で行動する朔は理想とするべきなのに、スクールカーストに興味ないといいつつスクールカーストトップという立場に愉悦を感じている点が鼻につきます。
syamuさんも匿名掲示板やSNSでのアンチ行為や誹謗中傷を否定しながら裏では掲示板に嫌がらせ葉書の犯人と決めつけた相手の住所や本名のみならず配偶者の情報まで書き込んだ結果、民事訴訟を起こされる予定です。二人とも口では綺麗な理想を唱えながらも実際の行動は矛盾している所が非難される最大の要因となっています。
全肯定ヒロイン
チラムネもなっくりもヒロインの好感度が最初から100%です。主人公を好きになったきっかけや関わり合いの中で信頼関係を培った描写が一切ないため読者からの共感を持たれにくくなっています。アニメ版では流石に修正されていますが、軽口や冗談とはいえ肉便器や妾扱いを受け入れ、近くにいる自分に好意を寄せるイケメンがいても一切、心動かされず、朔を独り占めするためにヒロイン同士の足の引っ張り合いや争奪戦も発生せずにひたすら朔に選ばれるために努力し続ける描写は一部からは人間味を感じないと批判されています。
syamuさんも第一期の頃はまだ助詞(ネカマ)と拙いながらもコミュニケーションを取ろうという気概が感じられましたが、話題性が低下するに反比例してハーレム妄想を肥大させせっかくできた初めての彼女と初体験寸前までいって破局し、以降は小説のヒロインに自己投影した主人公の存在をAIを使って全肯定させて自分を慰めていました。
チラムネがつまらないというよりはキツイという感想が多く見られるのは主人公の言動を批判する存在が皆無だからです。作中で朔を悪く言うのは彼に嫉妬した陰キャでやることなすこと周囲から"尊重"されて価値観や信念そのものを批判されることはほとんどありません。
なろう系で全肯定ハーレムは珍しくありませんが、一定の人気を得ているのは異世界ファンタジーというフィルターが入っていてキツさを中和できているからです。なっくりもチラムネも現代を舞台にしているため違和感のオンパレードになっています。最初から周囲からの肯定ありきなのがsyamuと朔のキツさの原因だと思います。
おわりに
叩くことが目的化することはよろしくありませんし、叩く理由があっても一線を越えた誹謗中傷や実害行為は言語道断です。しかし、叩かれている人間やコンテンツには一定の共通点があります。
syamuさんもチラムネもコンテンツとしてのもてはやされ方や炎上の仕方に既視感があり、今回記事にまとめました。チラムネや千歳朔、syamuさん自体は良くも悪くも異色の存在で興味深く思っていて、今後も注視していきたい思います。
叩かれている理由を考察することで反面教師にしたり世の炎上の要因も見えてきます。炎上や叩かれているという事実だけで思考停止せず、理由を追及することが真の"相互理解"への道だと考えます。
