何故、ゾット帝国は成功できないのか?
はじめに
今年でsyamuさんの代表作であるゾット帝国が10周年を迎えました。ゾット帝国とはsyamumさんが第一期終了後に小説家になろうで発表した異世界ファンタジー作品です。
syamuさんの”代名詞に親を殺された男”という蔑称の由来となり、その独特の文体からsyamuコンテンツに関心の無いなろう界隈でも一定の知名度を誇っています。第四期では熱狂的なファン"ポテチのごみ"氏によりゾット帝国リブート作品"アルガスタ戦記"の自費出版計画も立ち上がるなどsyamu界隈では一定の注目度のあるコンテンツです。
2025年5月、syamuさんはニコニコ超会議への参加も叶わず、新たな代理人も登場しない状況でアンチの葉書爆撃に”負けないために”ゾット帝国執筆再開を宣言して、十キロ近く離れた江田島市立図書館に自転車を走らせラノベの冒頭や弱虫ペダルを読み耽り創作意欲を高めています。

しかし、彼のゾット帝国執筆計画が成功することは無いと私は確信しています。たとえ何かの間違いで書籍できても作品の質とは関係ない所でシリーズが打ち切られることは確実です。この記事ではゾット帝国のクオリティ自体にはあえて触れません。作品の出来不出来以前の問題でsyamuという人物の人間性に大きな問題があるからです。
またゾット帝国成功の条件はアニメ化・漫画化・ゲーム化・グッズ化とメディアミックスを展開して人気作家としての名声を得て、印税ががっぽがっぽ入ってきて助詞にモテモテになってアンチが嫉妬で憤死することとします。以下に成功できない理由を述べていきたいと思います。
ネタ化の否定
syamuさんは第三期開始直後に自分を素材としたMADの制作や二次創作を全否定しました。彼は自分や自分の生み出したコンテンツをネタされることを忌み嫌っています。ゾット帝国もツッコミどころ満載の内容でsyamu界隈の一部でカルト的な人気を博しました。第四期に編集を買って出たポテチのゴミ氏も第二期以前からブログでゾッ帝考察を生業としていましたが、第三期復活時にゾット帝国の二次創作のみならず考察まで禁止したため80余りあった考察記事を全て削除しました。はなくそもぐもぐ氏のブログをはじめゾット帝国で検索すれば考察記事がいくつも出てきます。
ニコニコ動画に本編を再現したMMD動画やpixivにもそこそこのクオリティのファンアートが投稿されていてアマチュアの作品としては二次創作活動が盛んな部類と言えます。
なろう作品が書籍化するルートはいくつかあります。純粋に面白くて人気を博す王道ルートからネットでネタ化されて話題になり知名度を上げて出版社から声が掛かるという”ネットのおもちゃ”ルートです。ネタ化という点では右に出るものが無いsyamuさんですが、ネットのおもちゃという文化そのものを敵視している彼がそのような立場を受け入れることはありません。
登場人物の突拍子の無い言動や滅茶苦茶な展開かからなろう作家の闇が見えると揶揄され”マサツグ様”とネタにされてカルト的人気を得て書籍化した”異世界で孤児院を開いたけど、なぜか誰一人巣立とうとしない件”も編集部がネットでおもちゃとして弄られたことを積極的にプッシュしています。ゾット帝国も書籍化されればネットでネタにされたことを編集部がアピールポイントにしてくると思うので、そこでもsyamuさんは心を殺されることになります。
批判への不寛容
2023年にポテチのごみ氏と組んでゾット帝国書籍化プロジェクトが動き出した頃、あるゾッ帝考察記事を投稿した零細ブログを引用して記事削除を求めて怒りを爆発させました。記事の作者はsyamuさんに愛想を尽かして、syamuさんの抗議に恐れをなしたわけではないと但し書きをして記事を削除して界隈から足を洗いました。
記事自体は厳しい言い回しではありましたが、本文を読んだ上での批判なのでわざわざ記事削除を要求するほどのものではありません。
もし仮に商業出版して知名度が上がれば、現在とは比較にならないレベルでの批判が読者から寄せられることになります。作品を世に出して誰にでも読める状態にした時点で批判や感想は自由です。もし作品とは関係ない部分で
作者の人格を否定したり現実で危害を加えるような内容は誹謗中傷なのでその場合は法に訴えればいいのです。
誹謗中傷ではない厳しい意見は謙虚に受け止めて作品の質の向上を目指さなければプロとしてやっていけません。ゾッ帝のメディアミックスを目標とする以上、一巻では終わらず継続してゾッ帝の続編を発表しなければならないので今のsyamuさんの精神状態では困難を極めます。
なろう界隈にはyoutuberの一般サイコパスの様な辛口系の評論家も数多くいます。中には誹謗中傷一歩手前の表現を使う過激なレビュアーも多々見られますが一線を超えない限りは放置を推奨します。度が過ぎた罵倒は逆に作者への同情を誘います。物事の常で過激な言動はエスカレートしていくものsで、敢えて泳がせておいて一線を越えた時点で証拠を押さえて訴訟に踏み切れば勝訴の確立が格段に上がります。
また、へずまりゅう氏からの受け売りの”悪名は無名に勝る”の通り、ひどい作品と話題になれば興味を抱くもの好きな読者も現れます。もし心を入れ替えてネタ化を受けれたら知名度を伸ばす手段として採用してほしいです。
一発逆転の危うさ
syamuさんは第一期以前からクリエイティブな仕事で一山当てることを目標にしています。syamuさんは無職の引きこもりで今年で41歳、職歴や学歴、資格もなく社会常識に欠如し、親や妹たちとの関係も最悪で友人知人は一人もおらず、壊滅的にコミュニケーション能力も低く、小柄で非力で知能や認知機能も障害が認められるレベルです。syamuさんのスペックを列挙すればそれだけで悪口のようになってしまいますが、これがsyamuさんのリアルです。
syamuさんが今の状態から短期間で一角の人物になるためには博打に出るしかないという心理は理解できます。しかし、人生の一発逆転で創作活動を行う者の特徴として過度に自分の作品に自己を投影するというのがあります。京アニ放火した青葉被告も人生の一発逆転の手段としてライトノベルの執筆に打ち込みました。
十年かけた自身の人生の金字塔ともいえる作品はあえなく落選。挙句、京アニに自分の作品が盗作されたという妄想を募らせた結果、日本の犯罪史に残る凄惨な事件が起こりました。創作に自分の人生の再起を賭けているため自分の作品の否定=自己の全否定という極端な図式が無意識のうちに出来上がってしまいます。syamuさんが青葉被告のような極端な行動に出来
るとは思えまえませんが、プロとしてやっていく以上は仕事と割り切って”作品”と”自分”はどこかで一線を引かなければ、メンタルブレイクする一方です。
支援者への不義理
一昨年の新生ゾット帝国書籍化計画でポテチのごみ氏がsyamuさんに提示した条件は以下の通りです。
・自費出版の際の印刷代や表紙イラストの費用諸々は全てポテチのごみ氏の負担。
・たとえ赤字になっても印税が発生すれば支払う。
・在庫の管理や通販の対応もポテチのごみ氏がすべて担当。
・締め切りは特に設けずsyamuさんのペースに合わせる。
一部では出版詐欺が疑われたほどの好待遇で物書きの端くれとして羨ましいの一言です。至れり尽くせりとはまさにこのこと。ポテチのごみ氏によると原稿は9割方完成していましたが、syamuさんは完成原稿を提出することはなく、アンチに確かに新生ゾッ帝を執筆していたと証明するために冒頭部を期間限定で公開してゾッ帝出版計画は頓挫しました。
アンチからの批判の矢面に立ったポテチのごみ氏はすっかり憔悴してXのアカウントもブログも削除してネットから姿を消しました。一方、syamuさんはというと健気に尽くしたポテチのごみ氏の事をすっかり忘れて東京に上京してしまいました。ゾッ帝執筆に専念すると動画投稿が途絶えた時期に夢中になっていたcluster上のネカマからのリーク情報でゾッ帝書籍化計画を一か月もすれば話がなくなるとネカマ相手には話しており元からやる気がなかったことがうかがい知れます。
syamuさんがにじさんじの切り抜きに噛みついた一件で見当違いの擁護をしてアンチの反感を買ったりとポテチのごみ氏にも問題が無かったわけではありませんが、syamuさんが発端となって始まった計画にこれほど尽力しながら雑に切り捨てられるのはあまりにも理不尽すぎます。さらにsyamuさんはポテチのごみ氏のことを”嘘つき”呼ばわりしてしっかりと後ろ足で砂をかけてさも自分が出版詐欺の被害にでもあったかのような認識なので救いようがありません。
たとえ純粋な善意による支援でもsyamuさんが心を動かされることは決してありません。ポテチのゴミ氏の末路を知った上でsyamuさんの支援者になろうという奇特な人間は今後、二度と現れないでしょう。
女性作家への精スプ
syamuさんが浜川裕平名義で小説家になろうで活動していた際に後に書籍化作家となる九藤氏を始めとする女性作家に精スプを繰り返していたことは有名な話です。若い女性がいるという理由だけでBLコミュニティにまで突撃していたので、syamuさんの女性に対する見境のなさは折り紙付きです。
もし仮にゾット帝国が出版された場合は書籍化作家と言うステータスが手に入るので、syamuさんが精スプに利用しない理由がありません。ちなみに小説家になろうは出会い目的の利用の禁止を規約で明記しています。syamuさんが女性作家になろう上で精スプDMを繰り返せば退会処分になることは目に見えています。
現在のなろうは悪役令嬢モノブームも相まって十年前とは比較にならないレベルで女性ユーザーが増加しており、女性作家を敵に回すことは、なろう界隈で居場所を失うことを意味します。さらに現役の書籍化作家は出版社がバックについているので、迂闊に手を出して悪質で執拗な精スプ(セクハラ)を繰り返せば法的処置も考えられるので炎上どころではすみません。
契約の概念の欠如
商業で本を出版する場合は出版社が提示する出版契約書の内容に同意する必要があります。出版契約書の内容は著作権の在り方や印税の割合などが明記されていて違反すれば法的なペナルティが課せられます。当然、契約書なのでsyamuさんの大嫌いな責任や義務のオンパレードともいうべき内容です。契約書の内容を理解する以前の問題で生理的に拒絶すると思います。
ゾット帝国がアニメ化、ゲーム化、グッズ化するにしても契約は常について回ります。契約書に明記された内容で制作が進行するので、契約書の内容を把握せずに気に入らないからやり直せは筋が通りません。ただ日本の著作権法では権利者に絶大な権限が認められており、人気漫画”推しの子”に登場する漫画家”鮫島アビ子”のように2.5次元の舞台用の脚本を全部描き直させるということは現実的には可能ですが業界関係者から制作会社からの反発は覚悟しなければなりません。
さらに、syamuさんは被成年後見人である可能性があり、その場合は成年後見人が代理でサインします。ただし、成年後見人が反対した場合は法律行為である出版契約をとり消せるので、この場合は成年後見人であろう父親である焼肉氏が最大の障壁になりそうです。現実的に出版契約にまでこぎつけるには代理人の力が必要ですが、単なるsyamuさんのお世話係である以上、法的にはなんら権限も持っていないので焼肉氏とどこまで長期的な信頼関係を結べるかが鍵となります。
締め切りの軽視
基本的にsyamuさんは約束事の類を一切守れません。bar勤務の時も遅刻の常習犯で無断欠勤も当然、面と向かって同僚のもえてん氏に詰められるまで謝罪の一つもありませんでした。ポテチのごみ氏はそんなsyamuさんの性格は熟知していて締め切りはあえて設けませんでしたが、イラストレーターである安蔵くんこ氏のスケジュールの問題や印刷所を利用するにも空きを確認しなければならないのでsyamuさんのマイペースに合わせていては出版の目途など到底たちません。
本は一人でも書けますが本を出版することは一人ではできません。誰にでも都合というものがあります。syamuさんがゾット帝国を商業で出版する場合は担当の編集者がつき、ゾット帝国が人気作になれば続編の催促をされて原稿の締め切りが定められます。明確な体調不良ややむに已まれぬ事情を除き、syamuさんの気分などお構いなしで締め切りの順守を求めてきます。
原稿を落とすことは出版社での編集の評価にも影響するので向こうも必死です。お金をもらって仕事をするということはこういう事です。今まで代理人や周囲から甘やかされてきたsyamuさんに締め切りと向き合うことが出来るとは到底思えません。
ファンへの不誠実な対応
迷走の末に破綻したゾット帝国出版計画ですが、当初は純粋なファンから好意的な反応もされていました。しかし、syamuさんはゾット帝国は何ページになる予定ですか?という素朴な疑問やゾット帝国、首を長くして待っています!という善意の応援もすべて自分を急かしてやる気を奪うものとしてブロックしました。理不尽にブロックされた側は当然反発してsyamuさんを見限って界隈を離れていきました。
このことからsyamuさんが欲しているのは期待や応援ではなく、一方的な賞賛であることが分かります。アンチのことで頭がいっぱいなのは百歩譲っていいとして、ファンをわざわざ篩にかけるような真似はいただけません。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いということわざの通り、作者に悪印象を抱けばゾット帝国という作品まで色眼鏡見られることになります。
ついてこれる奴だけついてこいがsyamuさんの口癖ですが、barでドレあじ氏が言っていた通り、結果的にファンが離れたり数字が逃げた責任はsyamuさん自身が負わなければなりません。
絵師の選り好み
一度はそのうち話が無くなるとやる気を失っていたゾット帝国出版計画のモチベーションを取り戻した理由の一つに当時25歳のVtuber兼イラストレーターの安蔵くんこ氏の存在は大きいと思います。syamuさんはあんじーと一方的にあだ名をつけて馴れ馴れしく接して下心を隠しませんでした。実際、配信でもsyamuさんからの精スプにはうんざりしていることを漏らしており、ゾット帝国執筆をそっちのけで精スプしていたことは明らかです。
syamuさんは”プライベートの人間関係”と”仕事上の人間関係”の区別がつきません。安蔵氏はBLを嗜んでいた経緯からで以前はシャムシバのカップリングを楽しんでいたことである程度saymuさんの知識があったので配信で愚痴る程度で勘弁していましたが、ゾッ帝を商業で出版して若い女性のイラストレーターが挿絵の担当になった場合は精スプのターゲットになることは火を見るよりも明らかです。
精スプが度を過ぎれば挿絵担当から下りることも十分あり得ます。もし男性イラストレーターに変更されれば今度は途端に興味関心を失って挿絵の指示もおざなりになって仕事に支障がきたすことになります。syamuさんがイ
ラストレーター選ぶ基準はゾット帝国の世界観にあっているか否かよりも自分好みの助詞であるかがすべてなので編集者も頭を抱えることになりそうです。
SNS中毒
最近のsyamuさんのXでのポストはアイドルへの精スプやアンチへのお気持ちか、未練がましい第一期ネタが大半であり異様な雰囲気です。もしsaymuさんに担当の編集者がついていれば戦々恐々としているのではないでしょうか。SNS上の失言は作家にとって命取りになります。
自作の挿絵担当のイラストレーターから誹謗中傷されていると勘違いしてイラストレーターを誹謗中傷してシリーズ打ち切りとなった”銀翼つばさ”氏、作中の記述が中国で大炎上した結果、過去のヘイトツイートを追及されて自作のアニメ化が中止となった”マイン”氏、書籍化デビューが確約されていたにも関わらず旧twitterでの数々の差別発言が問題視されて書籍化中止となったノベルアップ+で活動していた”たかひ狼”氏などSNS上の不適切な痛い目を見たなろう系作家は枚挙に暇がありません。
編集者は自分の担当する作家のSNSはチェックして、日々言動を追っています。アンチに対する攻撃的な言動や精スプが目に余るレベルになったらSNSの利用を制限される可能性がありますが、スマホ依存のsyamuさんにSNSでの発言を自重することはできず、炎上騒ぎに発展しそうです。
失礼な対応
商業で本を出せば晴れてプロ作家の仲間入りで、本職の先生たちとも交流が生まれます。2025年に入ってからsyamuさんは数年前に遡って自分に肯定的なツイートを探し求めています。なろうの書籍化作家の月ノみんと氏は数年前からたびたびsyamuさんを擁護するツイートをしていて、syamuさんは数年越しにフォローバックしていますが、何故このタイミングでフォローを?という真っ当なつっこみに自分から絡みに行ったにも関わらず五月蠅いと引用ポストで失礼極まりない返信をしています。

月ノみんと氏はADHD+ASDを公言していてsyamuさんの”特性”には理解があり寛容です。しかし、皆が皆、syamuさんの特性からくる失礼な言動や横柄な態度を許容するとは限りません。syamuさんは自分から一方的にアプローチしてきて自分の置かれた現状を相手が完全に把握していることを前提に話を進めるので自分の気持ちを察してくれることを暗に期待して、相手が理想通りのレスポンスを返さないと勝手に不機嫌になって口調が殺伐としてきます。一方的に絡まれた方からしたらいい迷惑です。
同業同士のトラブルは百害あって一利なしです。syamuさんがもし作家として活動する気があるなら無用な諍いを起こさないためにもsyamuさんには自分の特性と向き合い改善する努力が必要です。
自作への愛着が絶無
ゾット帝国十周年で執筆再開を宣言したsyamuさんですが、ゾット帝国という作品への愛着はありません。昔はsyamuは死んだ。syamuなんてネットの生み出した幻とsyamuの存在意義を全否定しながら今更第一期のネタを未練たらしく擦り続けるのと同様に単に引き出しがないがためにゾッ帝にしがみついているだけです。
新生ゾット帝国も本来であれば11万文字という長編小説並の分量を書き上げた時点で自己満足していました。しかし、ポテチのごみ氏が編集を買って出たことでスケベ心を出して動画投稿をサボる口実に利用しただけで真剣味というものが欠如しています。
ゾット帝国をバカにされることに憤りを覚えていますが、あくまで作者である自分が馬鹿にされていると解釈して過剰反応しているだけで、ゾット帝国に対する思い入れは自体はありません。アンチから酷評されて自分のプライドを守るために新生ゾット帝国を怪文書扱いしていましたが、ゾッ帝のファンが自分の好きな作品を貶められたらどう思うかという発想が欠落しています。
作者の愛の無さというものに作品のファンは敏感に反応します。たとえゾッ帝がハイクオリティな作品でも作者がこんな態度では熱心なファンから離れていくことは確実です。
絶望的な性格の悪さ
syamuさんは人気作家として周囲からちやほやされたがっています。しかし、たとえヒット作を出して時の人となっても、立ち居振る舞いによって周囲の評価はおのずと変わっていきます。かつて一世を風靡したIS<インフィニット・ストラトス>の作者の弓弦ユズル氏もXで金にならないとISの打ち切り宣言をして、体調不良を訴えながら暴飲暴食を繰り返し、イベントで非常識な行動をして謝罪の一つもなく、批判はブロックで対応という横暴を繰り返した結果、業界で問題児扱いされて作家活動に支障をきたしています。
syamuさんは既に大物youtuberとして皮肉交じりにおだてられたのを真に受けて増長した結果、支援者からも見限られ熱心だったファンから見限られ、アンチだけが動向を注視しています。たとえゾット帝国でヒットを飛ばせてもなろう界隈で暴れて周囲の顰蹙を買うことは目に見えています。
作品のクオリティや人気だけで作者の横柄な人格が免罪されることはありません。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの慣用句の通り作者の印象が悪く鳴れば作品も色あせて見えるのが人情です。性格の良さも立派な能力の一つです。人気作家になっても奢らず謙虚に振る舞うのが賢い処世術です。
乏しい継続力
syamuさんは配信でやるといった企画はほぼ実行しないという有限不実行を体現したような人物です。流木使ったDIYやシーグラスを使ったアクセサリー制作、キャンプギアも無言で組み立てただけで実際に使う動画はupせずじまいで釣りは道具を買っただけで焼肉氏に押し付け、女装も数回披露しただけであっという間に飽きてしまいました。
syamuさんがゾット帝国に執着するのは一冊出してスマッシュヒットを飛ばせば、動画投稿の様に定期的に投稿をする必要がないからというのも理由の一つでしょう。もしゾット帝国が大ヒットしてアニメ化、ゲーム化すればDVDへの特典小説やゲームの監修、グッズの制作の許可、ネットメディアのインタビュー、イベントの参加要請等、ゾット帝国本編以外にも仕事が山の様に舞い込んできます。作家としては願っても無い状況ですが、なんかやだで投げ出すことは目に見えています。
徹底した待ちの姿勢
何かと一人では何もできないと言われるsyamuさんですが、SNS上に限ればアクティブに支援を働きかけます。実際にそれでへずまりゅう氏とゆゆうた氏経由で繋がりを持ち第三期スタートのきっかけとなりました。
しかし、syamuさんは関係者から支援を引き出し環境を用意させることはできても、自分のコンテンツを伸ばしていくという当事者意識に致命的に欠けていて、自分から支援を要請したことは棚に上げて遊び惚けて、自分をマネジメントしきれない”無能”な代理人たちを逆恨みして被害者意識を募らせてきました。
ゾット帝国が書籍化すれば女漁りのためにサイン会やトークイベント、女性クリエイターとのコラボなどの企画(妄想)をXや配信で披歴すると思いますが、自分から企画を通すために動くとはとても思えません。良くてX上のファンに企画を通すためにお任せパックするのが関の山です。
良い編集に当たれば作者がやりたいという企画は無理のない範囲で実現させようと親身になってくれますが、syamuさんの場合は妄想と現実の区別がついていないので担当編集がsyamuという人物の特性に疎ければ困惑すると思います。
マイペースへの固執
専業のyoutuberであれば、配信活動で食べていくわけですから毎日動画を投稿したり生配信をすることが求められます。しかし、syamuさんは実家住まいの無職で最低限の衣食住は保証されているにも関わらず、緩くマイペースを合言葉にしてどれだけファンやアンチ、果ては同業のカツドン氏から動画投稿の頻度の低さを批判されても聞く耳を持ちませんでした。
去年、へずま氏の紹介で警備会社に就職して意気込みを語る場面でもマイペースに頑張りますと言っていました。saymuさんは嘘でも死ぬ気でやると言えません。あくまでマイペースにこだわり続けます。マイペース自体は否定されるべきではありません。無理をしては身体を壊して元も子もないので長期的に物事を継続するためには重要なことです。
syamuさんの場合は緩くマイペースにやって継続できないのでただ単に怠けているだけです。締め切りの軽視の項目でも述べましたが、締め切りまでに原稿を上げなければ徹底的にケツを叩かれます。今までのsyamuというキャラクターを利用しようとした歴代の代理人や最初からsyamuさんを戦力として数えていなかったbarの店員たちの様に甘い対応はしてくれません。あくまでもゾット帝国の作者として接するので締め切りを破り続け反省の色が見えなければ容赦なく契約を打ち切られます。
人気漫画カイジシリーズの登場人物たちも人生が積んだ債務者が数多く登場しますが、いずれもリスクを背負い命がけで勝負に挑んでいます。syamuさんに最も欠けている者はここで踏ん張らなければ後がないという覚悟です。マイペースで一発逆転はできません。ゾッ帝に限らず死に物狂いになることができないsyamuさんが成功を掴むことは絶対にないでしょう。
個人情報の濫用
syamuさんは自宅後悔で住所が特定され、ウォンツインタビューで本名が明らかとなり十年以上、ネットの闇の恐ろしさを訴えています。この経験から他人にも自分と同じ苦しみを味わってほしいと切に願っており、他者の個人情報を徹底的に蔑ろにします。
syamuヲチを嗜んでいる女性ファンチのフロドコちゃん氏とのやりとりでへずま氏の住所を聞かれてもいないのにべらべらと話して界隈を戦慄させました。また第二期でも思惑はどうあれ自分のために動いてくれた高木氏の住所を握っていることを盾に脅迫まがいのことをするなど個人情報を私欲で利用することになんら躊躇いがありません。
わたしはポテチのごみ氏のゾット帝国書籍化計画が成功した場合は購入するつもりでしたが、通販の場合は住所が必要になるため、なにかのきっかけでsyamuさんに個人情報が渡るリスクから電子書籍での購入を検討していました。ゾット帝国がヒットすれば創作界隈から少数とはいえ助詞が近づいてくる可能性はあります。syamuさんのお眼鏡にかなって精スプをすれば気を引
くために編集者や出版社、果てはイラストレーターや自分のファンの個人情報をべらべら話して問題になる危険性が極めて高いです。
人気歌手であるLisaの夫である声優の鈴木達央氏が妻のライブ中に不倫をして炎上した時も、業界では不倫そのものよりも不倫相手に機密情報をベッドで話したことが問題視され、取引先からの信用を失い業界から干されてしまいました。不義理を働き続けても、ここ最近まで面倒を見てくれる人間が現れ続けた成功体験からsyamuさんは信用を踏みにじることになんら罪悪感を抱いていません。
まともな出版社からは相手にされなくなり、出版ゴロのような悪質な出版社に拾われsyamuの知名度を利用するだけ利用されて捨てられて心を殺される結果になりそうです。
陰キャ(チー牛)への蔑視
チー牛とはいびりょ氏の自画像が転載されたことがきっかけで爆発的に拡散されてネットスラングとして定着してしました。主に覇気がなく根暗で冴えない陰キャな非モテ男性への蔑称として使われています。syamuさんはリア凸勢のアンチであるどれアジ氏のことをチー牛と罵っており、アンチ=チー牛と認識して陰キャを敵視しています。
一方、syamuさんは世間一般で言われるチー牛そのものな性格と見た目でとても人のことをチー牛呼ばわりできるスペックではありません。また自分は暇があればVtuberの動画を見ているにも関わらずVtuberファンをV豚呼ばわりして、美少女がいっぱいでてくるソシャゲを嗜んでいるにも関わらず二期で夢見りあむのセンシティブなイラストをRTしたことを今更になってわざわざ釈明するなど、俗にいう陰キャ・オタクの趣味嗜好を見下しています。
誤解を恐れずに言えばなろう系の主なファン層はいわゆる陽キャではありません。イケメン俳優の吉沢亮の様になろう漫画を愛好する例もあるので、なろうファン=陰キャというのは偏見と言えなくもないですが消費者の大半は陰キャ系とみていいでしょう。プロとして活動するのであれば内心はどうあれ自分の客層を否定するのはいただけません。
ファンネルの多用
syamuさんはことあるごとにファンにアンチを攻撃させようとけしかけます。いわゆるネット用語で信者による炎上を指すファンネルを使いたがるのです。しかし、syamuさんの場合は4期以降のオワコン化が著しくファンネルを使おうにも界隈の規模が縮小して母数が純粋に減っているので一人二人の信者が単発で動くにとどまっており、ほとんどの場合ファンネルは不発に終わっていて大事に至っていません。
ファンネルを利用する行為はネットで忌み嫌われます。もしsyamuさんが人気作家となり熱心な信者を抱えるようになり、同業の作家とトラブルになればここぞと言わんばかりにファンネルを使うでしょう。そうなれば炎上が大規模なものになり作家間での腫物扱いは避けられません。
夢の否定
syamuさんは過去のsyamuは死んだ、syamuはネットが生み出した幻とファンの抱く”syamu”のイメージを否定することに躍起になっています。syamuのイメージがネットで作られた幻と言うのは正しいです。したらばの掲示板のsyamuスレの初期の頃は現在でもうっすらと残る”間抜けでスケベだけどどこか憎めないネットの面白おじさん”という印象はなく厄介で痛い出会い厨のおじさんを懲らしめる風潮で今の様なネタとして面白がる様子は欠片もありません。
長年に渡りMAD素材として使われ1000本を超える動画の中から見どころを切り抜った動画にみんなでコメントで突っ込みを入れて作り上げられたイメージで現実の”濱崎順平”の実態とはかけ離れたものです。もしsyamuさんがネットのイメージと等身大の自分との乖離に苦しみネットから完全に姿を消すというのならsyamuのイメージの否定は理にかなっています。
しかし、syamuさんはネットの知名度の上澄みだけを利用して助詞との出会いに利用しようという下心で活動しています。syamuを名乗る以上、ファンの幻想に付き合うことは必要です。実際、MADの削除やネットのおもちゃ路線を非難した結果、syamuさんに好意的なファンから界隈を離れていきました。
youtuberやなろう作家に限らず、エンタメ全般に言えることですが、ファンに夢を見せることで成り立っている世界です。ファンの夢を否定することは自分の存在を否定するに等しい愚行です。syamuさんがゾッ帝に対する批
判やファンからの期待を重荷に感じたらゾッ帝を駄作扱いしたり嫌々書いていると喚き散らして純粋に作品を楽しんでいるファンに水を差してくるでしょう。
反社との交流
なろう系小説は未成年のファンも多く青年向けに比べてコンプラにもうるさいです。特に反社絡みには出版社も身構えており、反社との交際を明らかになった時点で契約破棄の厳しい対応を迫ってきます。
syamuさんは自分をヒカキンの様な老若男女に愛されるクリーンで健全などこに出しても恥ずかしくない清廉潔白なyoutuberと思い込んでいますが、実際は元迷惑系youtuberであるへずまりゅう氏と数年に渡り交流していて、自身も警察から迷惑系youtuberと認識されています。
Vtuberの懲役太郎氏の様に元ヤクザをウリにして裏社会系ライターの草下シンヤと共著で本を出すなど、反社絡みでも自身のキャラやコネを上手く使えば出版の機会に活かすことができます。しかし、なろう系小説においてはマイナスにしかなりません。今は数字が稼げなくなっているのと世話に手間が掛かりすぎることからへずま氏から距離を置かれていますが、人気作家となればへずま氏のみならず業界ゴロの様なきな臭い人間が近寄って来る可能性は高いです。
syamuさんは見た目が弱弱しいので一方的に利用されたと外野から思われて一定の同情は得られますが、二期で高木氏を説教した時の様な反社ムーブが流出すれば周囲の見方も変わって来るでしょう。
ガイドラインの不履行
syamuさんは自分で決めたルールでも気分次第で反故にします。第三期で愛のあるMADであれば認めたにも関わらず、自分が公認したMADをストレス発散で削除してしまいました。またbar三代目では自分で出勤時間を決めていたにも関わらず遅刻していました。自分で決めたんだから守るも守らないも勝手というのがsyamuさんの考えです。
コスプレや二次創作は著作権上ではグレーな領域で発展した文化ですが、最近は公式がガイドラインを定めてルールを守ってやるものに変わってきています。ゾット帝国がヒットしてアニメ化・ゲーム化・グッズ化とメディアミックスを展開する過程でコンテンツのガイドラインが制定されます。
あくまで原作のイメージを棄損しない範囲内で二次創作やコスプレなどが公認されると思います。しかし、syamuさんが自分のコンテンツのガイドラインを遵守するとはとても思えません。ガイドライン内で行われた二次創作コスプレもただ単に自分が気に入らないので取り締まれ!は筋が通りません。
また第二期から第三期の空白期間内に同人AVに出演したコスプレイヤーに精スプした疑惑もあり、ゾッ帝のミサやディーネ、フィーネのコスプレをした助詞ファンをガチ恋助詞と認識して味見しようと近づくでしょう。
ガイドラインを守る気がさらさら無いsyamuさんの暴走を防ぐために公式側が二次創作やコスプレの全面禁止という対応をとりかねないので、ファン活動は縮小を余儀なくされます。
年齢マウント
syamuさんは年下から指図されたり批判されることを異様に嫌がります。鬼滅の刃のOPを音割れした状態で歌ったことをx上で音割れおちょぼ口と高校生に揶揄されたことで侮辱罪厳罰化をチラつかせて恫喝して鍵垢に追いやって勝鬨を上げました。またチャベリではJKに声を普通と評されて”見返す”と憤慨し、一昨年のはへずま氏との結婚式ではご祝儀0円をゆたぼん氏のご祝儀3万円と比較されたことで式の後に5万円をへずま氏に渡しました。
syamuさんが自分から絡む人間は基本的にすべて年下です。単純にネットで活動する人間としては高齢な部類なのもありますが、確実にマウントが取れる年齢にこだわっているというのはアンチの間ではよく議論されます。万が一、ゾット帝国がヒットした場合、おそらくファン層の大半はsyamuさんよりも年下となります。ゾッ帝のツッコミどころ満載の内容をネタ扱いされてモノ笑いの種にされることも多々あるでしょう。
もし相手が中学生や高校生などの場合は子供の言う事と手心を加えるのが大人の対応というものですが、syamuさんの元信者で出来る範囲でファン活動に尽力していた当時高校生の純粋派(ごとひろ)氏にパワハラ紛いのことをしたり、ネカマをJKと認識して近づこうとしたりと未成年には一切容赦がありません。自分よりも格下と認識した相手へのsyamuさんのSNS上での攻撃性は尋常ではないので、ゾッ帝公式は戦々恐々とすることになります。
異常な男性嫌悪
第三期はへずまりゅう氏と共に出歩いていましたが、迷惑系youtuberとして活動していた時期に山口県知事に名指しで批判されていただけあって全国区レベルの知名度があるだけあり、道行けば若者を中心に話しかけられます。
syamuさんは誰からも話しかけられず臍を曲げて不機嫌になったので、オタクっぽい男の子のグループなら知っているかもしれないとsyamuさんに近づく様に提案した所、男となんて話したくないと心底嫌そうな顔をしていたとへずま氏が証言していて、男子ファンの何が嫌なんだろう?と素朴な疑問を抱いていました。
syamuさんは男に興味関心が無いとよく言われますが、そんなレベルではなく明確に男性を嫌悪していて、父親の焼肉氏やへずま氏の様な親代わりや、第二期代理人の高木氏の様な奴隷と見なした相手以外は男性との関りは可能な限り避けようとします。第一期の頃からこの男性嫌悪の傾向は根強く男性ファンの多さに懸念を示しており、参加者0人だったオフ会でも如何に男性ファンを篩に欠けるかで頭がいっぱいでした。
ゾット帝国の担当が男性の編集者になった場合は仕事のやり取りであることと男性と長時間会話しなければいけない耐え難い苦痛からおそらく打ち合わせをセッティングしてもバックレる可能性が極めて高いです。その上、syamuさんは41歳で年下の男性編集だった場合は年下から作品のダメ出しをされたら心を殺されて執筆のモチベーションを維持することはできないでしょう。
社会の半分は男性です。ただ男性であるという理由で遠ざけていては生きていけません。女性への一方的な執着も問題ですが、男性への異常な嫌悪感の矯正も必要だと考えます。
未成年への劣情
syamuさんは18~24歳までの女性を守備範囲としてます。41歳無職としては高望みしすぎと男女問わず非難の的となっていますが、これすらも本心ではなく、実際はJKやJCをストライクゾーンとしています。2024年のニコ生でアンケートを繰り返して配信を見ているガチ恋JKをいぶり出そうとしたりDMでも相手が現役JKだと分かれば露骨に食いつきがよくなります。
相手がネカマであることで大事には至っていませんが、相手を未成年と認識して性的な目的で会おうとしたり、卑猥な自撮りを写真を要求することは現在では明確な犯罪です。小説家になろうには未成年のユーザーも少なくないので、もしなろう利用者に自分好みのJKやJCがいたらゾッ帝作者という立場を利用して繋がろうとするでしょう。
女性作家への精スプの項目でも述べましたが、小説家になろうは出会い目的の利用は明確に禁止しています。女性作家は成人なので、双方合意の上で関係を結んだ場合は法に触れませんが未成年の場合は合意の上でも16歳未満は犯罪になります。
2020年、人気漫画アクタージュの原作者が路上で女子中学生にわいせつ行為で作品は打ち切りとなり業界から姿を消しました。当時まだ二十代でジャンプでヒット作を出せる才能に溢れた人物でしたが、性犯罪によって作家としての未来は潰えてしまいました。
ネットのおもちゃとして弄ばれたことにネットではうっすらと同情的な見方も残っていますが、未成年への性犯罪が明るみに出ればsyamuさんへの非難一色となりわずかに残った擁護派も消え去り、syamuをネットで名乗って活動することもできななります。
ご意見番きどり
syamuさんは他の配信者や世の中に対してもの申したいと常々考えています。上から目線で偉そうなことを言いますが当然、自分のことは棚に上げているので、お前が言うな!の大合唱になります。syamuさんがゾッ帝で書籍化作家となれば他の書籍化を果たしていない作家との間に権力勾配が発生することになります。
何の絡みも無いあいぽんの毎日のあいぽん氏に立ち回りの悪さを批判していたように、書籍化に向けて努力する若い作家に見当違いのアドバイスでマウントを取ったり、第三期でVtuberの小石キキ氏を数字の低さをあげつらってへずま夫妻の制止が入るまで罵倒し続けたように、自分より数字を稼げていない作家に横柄に振る舞うことは想像に難くありません。
ヒカキン氏が自分に敬意を払ったりsyamuネタに触れたことをきっかけにカキンは自分をパクったと難癖をつけたように他のなろう作品のわずかな共通点をもってゾッ帝のパクリ扱いして盗作について意見することも考えられます。yotuber界隈と変わらずなろうの作家間でも数々の素行の悪さからあっという間に間に孤立することになるでしょう。
極度のコミュ障
syamuさんのコミュニケーションは相手が”syamu”というネットミームを知っていることが大前提になっています。助詞(ネカマ)とのやり取りでもsyamuさんって知ってる?syamuさんってガチ恋?が開口一番です。天職と胸を張ったbar勤務でも客の側がsyamuさんを知って寄り添わなければまともなコミュニケーションを取れませんでした。
作家としては浜川裕平として活動することになるのでsyamuとしてのキャラは通用しません。編集とのやりとりでも自分の考えをかみ砕いて相手に伝えることが難しいので、コミュケーション能力の改善ができなければ代理人が通訳役に同席させる必要があると思います。
またメディアミックスを展開していけば編集以外の人間も打ち合わせに参加することなります。好き嫌い.comに投下されたもえてんちゃん氏の証言で三代目barの大川オーナーよるとsyamuさんは三人以上になると会話が成り
立たなくなるということでコンテンツが大きくなればなるほどコミュニケーションを取らなければならない機会が増えていくので、syamuさんは大きな苦痛を感じることでしょう。
人との関りが苦手だから作家業を志す人は少なくないですが、”仕事”である以上、最低限のコミュニケーション能力の欠落は作家としては致命的です。B型作業所を生き地獄とコレコレ氏のチャンネルに投稿された復活動画で述べていましたが、コミュニケーション能力は多少しんどくても人との関りの中でしか磨かれません。B型作業所はコミュニケーションのリハビリとして最適な環境なので今からでも通所をお勧めします。
syamuコンテンツのオワコン化

大型肉食恐竜型ハンターコピペはなろう界隈ではそれなりの知名度を誇っており、ゾット帝国単体でもなろう愛好家のyoutuberからも一定の関心を集めており、レビュー動画もいくつか投稿されています。
共通する評価がゾット帝国は"syamuさんが書いた"という以外なんの価値も無いというものです。この指摘は全くその通りでゾット帝国はsyamumコンテンツありきの作品です。まだsyamu界隈に勢いがあった二期、遅くても三期時に新生ゾット帝国出版を実現させればsyamuファンの支持やへずま氏のバックアップを足掛かりに数字を伸ばすこともできましたがすべては後の祭りです。
まとめ
yamuさんの行動や言動は今までわたしが今まで見てきたダメなワナビたちの欠点の寄せ集めで反面教師としてラノベの指南書に載せたいレベル……と思いましたがあまりにも現実味の無いレベルで創作者の適性が無いのでサンプルとしては使えないかもしれません。
ここまで厳しいことを指摘してきましたが、わたしはsyamuさんがゾット帝国で一発逆転を目指すこと自体は反対していません。今からでもやってみてほしいです。場所を選ばず紙とペンがあれば挑戦できるのが小説の利点ですからね。
