間違えない人は、何もしていない──20年PMが見つけた、失敗という名の『稼働ログ』
正直に言う。
私は、長いあいだ、間違えない人が優秀だと思っていた。
ミスをしない。
失敗をしない。
判断を、外さない。
だから、間違えるたびに、自分を責めた。
なぜ、こんなことをしてしまったのか。
もっと慎重なら、避けられたはずだ。
間違えるたびに、優秀さから、一歩ずつ遠ざかっている気がした。
だが、二十年、現場を見てきて、おかしなことに気づいた。
いちばん間違えていたのは、いちばん動いていた人だった。
いちばん間違えなかったのは、いちばん動いていない人だった。
何も間違えない人が、実は、何もしていなかった。
長いあいだ、私は、間違いを欠陥だと思っていた。
今は、違う。
間違いは、欠陥ではない。
稼働しているという、ログである。
間違えない人と、動いていない人は、別である
まず、切り分けたい。
「間違えない人」と「優秀な人」は、別である。
そして、もっと大事な切り分けがある。
「間違えない人」のなかには、二種類いる。
本当に高い精度で動いている人と、そもそも動いていない人だ。
この二つは、結果が同じに見える。
エラーが、出ていない。
だが、中身はまったく違う。
ここで、一つの比喩を持ち込みたい。
プログラムは、動けば、エラーを出す。
どれほど丁寧に書いても、実行すれば、想定外の入力にぶつかる。
例外が起きる。
エラーが返る。
これは、不良品だからではない。
動いているからだ。
逆に、まったくエラーを出さないコードがある。
二種類ある。
一つは、極限まで検証され、枯れきった、信頼できるコード。
もう一つは、そもそも一度も呼び出されていない、眠ったままのコードだ。
後者は、エラーを出さない。
当然だ。
動いていないのだから。
組織にも、同じ二種類がいる。
挑戦して、間違えて、その都度エラーを返しながら、前に進む人。
そして、安全な場所から、何も実行せず、間違えた人を評論している人。
後者は、間違えない。
何もしていないからだ。
間違えないことは、優秀さの証明ではない。
ときに、ただ呼び出されていないという、沈黙の証拠である。
痛みは、利益の二倍に見える
少し、踏み込みたい。
では、なぜ、人は間違いをこれほど恐れるのか。
ここに、人間の仕様がある。
人は、得る喜びより、失う痛みを、強く感じる。
百を得た喜びと、百を失った痛みは、釣り合わない。
失った痛みのほうが、体感では、二倍ほど重い。
これは、性格ではない。
人類が長く生き延びるなかで、組み込まれた、初期設定だ。
危険を避けるほうが、生存に有利だった。
だから、損失に、強く反応するように作られた。
つまり、失敗を怖がるのは、あなたが臆病だからではない。
人間という機種に、もともと、そういうセンサーが積まれているからだ。
そして、このセンサーは、現代では、しばしば過剰に作動する。
恥をかく。
傷つく。
評価が下がる。
どれも、命に関わらない。
だが、センサーは、命の危険と同じくらいの警報を、鳴らす。
ここで、もう一つ、厄介なことがある。
間違いを恐れるあまり、人は、実行そのものを止める。
呼び出されなければ、エラーは出ない。
だから、動かないことが、いちばん安全に見える。
だが、動かないコードは、価値を生まない。
それは、ただ、眠っているだけだ。
私は、ここで一つ、白状しておく。
つい最近も、私は、新しい環境で、いくつも間違えた。
転職して、思った以上に苦戦した。
歯車が、噛み合わない日があった。
そのたびに、損失センサーが、けたたましく鳴った。
動かなければよかったのか、と思った夜もあった。
だが、間違えたのは、動いたからだ。
動かなければ、苦労はなかった。
だが、この経験も、なかった。
失敗を怖いと感じるのは、心が弱いからではない。
損失を重く見積もるセンサーが、仕様として積まれているからである。
間違いを恐れないことと、間違いを軽んじることは、別である
ここで、抵抗を感じる人がいるはずだ。
間違いを恐れるなと言うが、無謀に突っ込んで、大失敗していいのか。
それは、ただの、考えなしではないか。
その気持ちは、わかる。
私のなかにも、その声がある。
だから、慎重に切り分けたい。
間違いを恐れないことと、間違いを軽んじることは、別である。
優れた開発では、エラーを歓迎する。
だが、エラーを放置はしない。
エラーが出たら、記録し、原因を見て、次に活かす。
エラーそのものは、責めない。
だが、同じエラーを繰り返す仕組みは、直す。
これを、人生に置き換えると、こうなる。
間違えること自体を、責めなくていい。
ただし、間違いから何も学ばないことは、別の問題だ。
恐れずに動き、間違えたら、そこから学ぶ。
その往復が、人を、少しずつ前へ進める。
ここに、二重否定を一つ置きたい。
間違いを恐れる自分を、責めなくていい。
ただし、恐れを口実に、一度も動かないことを、安全だと思い込むのは、やめたほうがいい。
そして、自分のセンサーも過信するな。
「これは危険だ、やめておけ」というセンサーの警報は、ときどき、本当の危険ではなく、ただの未知に、反応しているだけだ。
未知と、危険は、近いが、同じではない。
ここに、三つの問いを置く。
第一に、あなたが最近恐れている失敗は、本当に命に関わるか、それとも恥をかくだけか。
第二に、あなたが間違えないのは、精度が高いからか、それとも動いていないからか。
第三に、十年後に後悔するのは、間違えたことか、それとも動かなかったことか。
この三つに正直に答えると、たいてい、三つ目で、胸を突かれる。
私も、突かれた。
恐れの本質は、失敗の大きさではない。
損失センサーが、未知の警報を、危険の警報と取り違えていることである。
間違えながら、それでも、持って歩く
最後に、構造から少し離れた話をしたい。
ここまで、行動の話をしてきた。
だが、本当に伝えたいのは、たぶん、そこではない。
若い頃の私は、間違えないように生きていた。
正解を選び、減点されないように、慎重に歩いていた。
四十代は、壊れないように生きていた。
これ以上、傷つかないように、動きを最小限にしていた。
五十代になって、思う。
人生とは、完璧に進むことではないのかもしれない。
ときどき間違え、ときどき立ち止まり、それでも、自分の大切なものを持って、歩いていくこと。
たぶん、それが、人生だ。
私は、これを構造として運用することにした。
気合や根性で「絶対に失敗するな」と自分を縛るのではなく、間違いは稼働のログだと前提を置き、出たら学ぶ、という構造で進む。
人を責めるより、構造を見る。
間違えた誰かを責める前に、その人が動いていた事実を見る。
自分を責めるより、構造を見る。
間違えた自分を責める前に、それは動いていた証拠だと、構造を見る。
そして、思うのだ。
間違えない人生は、たぶん、安全だ。
だが、それは、一度も呼び出されなかったコードのように、静かで、何も起こらない人生だ。
私は、エラーを返してもいいから、動いていたい。
途中で間違え、恥をかき、傷つくこともある。
それでも、自分の大切なものだけは、手放さずに、持って歩く。
誰にも負けない正解を出す輝きではなく、間違えながらも壊れずに進んで、同じように間違える誰かを、少し安心させられる光。
それで、十分だ。
間違えるということは、それだけ、動いている証拠だ。
何も間違えない静けさより、間違えながら進む足音のほうが、たぶん、人生に近い。
そして、十年後に振り返って後悔するのは、きっと、間違えたことではない。
動かなかったことのほうだ。
そんな気がする。
この記事は、いずれ「人間を構造で読む」シリーズの一冊として、書籍化を構想している。失敗を恐れて動けないすべての人が、間違いを欠陥ではなく稼働の証として、もう一歩を踏み出せるために。
気合や根性ではなく構造として自分を運用する。人を責めるより、構造を見る。自分を責めるより、構造を見る。優しいまま、壊れないこと。誰かに勝つ輝きではなく、自分を壊さず誰かを少し安心させられる光。短期評価ではなく長期残存価値である。
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