成長の、その先を考える②:「脱成長」を知っても、私はFIREを目指す
FIREとは、資本主義のゲームから途中下車することなのかもしれません。
『人新世の「資本論」』を読んでから、そんなことを考えるようになりました。
この本が語るのは、社会全体の「脱成長」です。
しかし読み終えたあと、私の頭に浮かんだのは、もっと個人的な問いでした。
「もしかすると、私が目指してきたFIREも、一つの脱成長なのではないか。」
私は、FIREを目指して資産形成を続けてきました。
働かなくても生活できるだけの資産を築き、
「生活のために働かなければならない状態」から自由になるためです。
資本主義のゲームから途中下車する
FIREを目指していると、「もっと資産を増やしたい」という気持ちは常にあります。
あと1,000万円あれば。
あと2,000万円あれば。
もっと安心できるかもしれない。
もっと豊かな生活ができるかもしれない。
でも、それを続けていたら、結局いつまで経っても終わりはありません。
資本主義は、「もっと」を生み出す仕組みです。
もっと売上を。
もっと利益を。
もっと成長を。
もっと消費を。
それによって社会は発展してきました。
一方で、『人新世の「資本論」』は、その「もっと」が地球環境や人間の幸福を損ねているのではないかと問いかけます。
私はその問いに全面的に賛成しているわけではありません。
でも、自分自身を振り返ってみると、
「もっと」を追い続ける社会に、どこか違和感を覚えていたことも事実でした。
だからこそ、FIREという選択肢に惹かれたのかもしれません。
十分だと思えるところで、競争から降りる。
資本主義を否定するのではなく、そのゲームから途中下車する。
それが、私にとってのFIREなのだと思います。
私の脱成長は、社会の成長に依存している
ここで少し皮肉な話があります。
私は、資本主義の恩恵を最大限に受けながら、資本主義から距離を置こうとしているのです。
世界株式インデックスに投資し、世界経済の成長の果実を受け取る。
その資産によって、将来的には「もっと働かなければならない」という状態から抜け出そうとしている。
つまり、
私の脱成長は、社会の成長に依存しています。
これは少し矛盾しているようにも見えます。
でも、今の社会を生きる以上、それは現実的な選択でもあると思っています。
もし社会が成長を続けるなら、その恩恵を受ければいい。
もし将来的に脱成長の時代が来たとしても、その前に「十分」と思えるところまでたどり着けていれば、そこまで怖くはない。
だから私にとって、今は脱成長のための成長仕上げ期なのです。
働きたくないわけではない
私は「働きたくない」と思っているわけではありません。
むしろ、興味のあることなら、これからもやってみたいと思っています。
それが収益化できるなら、楽しいでしょう。
ただ、今の働き方には違和感があります。
組織の中では、ときに自分の気持ちよりも組織の都合が優先されます。
望んでいない役割を引き受けたり、納得できないことにも対応したり。
それは組織としては必要なことなのだと思います。
でも、その積み重ねが、自分の心を少しずつ削っていくこともあります。
特に日本では、「会社の一員だから」という理由で、自分よりも組織を優先することが美徳とされる場面が少なくありません。
私は、そのこと自体を否定したいわけではありません。
ただ、私には合わない。
だから、可能な限り、早く離れたいのです。
「もう十分」と言える自由
FIREを目指してきて思うのは、本当に欲しかったものは「お金」ではなかったのかもしれない、ということです。
もちろん、お金は大切です。
お金がなければ選択肢は狭まります。
でも、お金そのものが欲しかったというより、
「もう十分」と自分で決められる自由が欲しかったのだと思います。
もっと稼ぐこともできる。
もっと働くこともできる。
でも、それを自分で選べる。
働いてもいいし、働かなくてもいい。
そんな状態が、私にとっての理想です。
『人新世の「資本論」』は、社会全体に対して「成長を見直そう」と問いかけた本でした。
そして私は、その問いを自分自身に向けていました。
すると、そこにはFIREという形で、
「私にとっての十分はどこか」を探していた自分がいました。
社会がこれからも成長し続けるのか。
それとも、いつか脱成長へ向かうのか。
正直、私にはわかりません。
ただ一つ言えるのは、
私は、自分なりの「十分」を見つけたら、その先は「もっと」を追い続けなくてもいいと思っていることです。
私にとってFIREとは、お金持ちになることではありません。
「もう十分」と、自分で言えるようになることなのだと思います。
それが、私なりの脱成長なのかもしれません。
私自身は、あと数年で資産形成を終え、社会の成長に依存しすぎない生活へ移る予定です。
その資産が成長する力で、その後は生活できると考えます。
しかし、それは私の世代だから言えることかもしれません。
次回は、子どもたちの時代にも、世界株式インデックス投資は最適解と言えるのかを考えます。
