ただ、深く息がしたいだけだった。
「全ての願いが叶った、キセキの1日がやってきたとする。
その朝目覚めた時、何が変わっていましたか?」
…そんな問いをもらって、考える機会があった。
変わっていたこと…例えば、自分の着る服、部屋の間取り、食べるもの…
人によって、色々あると思う。
私の答えは、
「呼吸が深く、楽に吸えるようになっている」
だった。
答えて、自分で気づいた。
私にとって、こんなにも「深く呼吸ができること」が大事だったんだって。
以前、とても印象的な夢を見た。
その頃の私は、より良い部屋を求めて、引っ越しがしたいと思っていた。
夢に出てきたのは、今より少し広くて新しい部屋。
もうすでにそこに暮らしていて、新鮮な気持ちで向かったのは、なぜか部屋の奥にあるドア。
そこを開けると。
狭いながらも天井の高い空間が広がっていて、
今まで吸ったことがないほど深く吸える空気があった。
現実にはない、あの新感覚が衝撃的で、今も忘れられない。
私が欲しかったのは、ただ広くて新しい部屋じゃなかったのかもしれない。
呼吸で、自分を救う方法がある。
1年前、とても辛いことがあったのだけど、
自分を保つために気づいたらしていたのが、胸を開いて、大きく腹式呼吸をすることだった。
呼吸を意識した瞑想も、ひたすらやった。
5秒かけて吸って、5秒(かそれ以上)かけて吐く。
一つの呼吸に合わせて10秒。もしくはそれ以上。
それをするだけで不思議と、心が落ち着いてくる。
息を吸って吐いてるだけで、もっと続けたくなる程の気持ちよさを感じられる。
少なくとも、生きていたいとは思った。
呼吸がその時期の私を、なんとか立たせてくれた。
心と体は繋がっている。
…どころか、あまりに密接しすぎていて、もはや同じところで考える必要があると、最近私は思う。
近頃デスクワークが長引いて、首周りの緊張が激しく、整体に行くことにした。
とても丁寧に見てくれる女性の先生で、とにかく見てくれたのが、体の各部位を傾けたりすることで、その都度呼吸の入り方をチェックすることだった。
驚いたことに、骨盤や足の角度一つで、息の入る深さが違った。
先生が「この向き、どうですか?」と聞くたび、
「深く息が入ります!!(いや〜よかった〜〜!(歓喜))」となった。
喜んだのは体だけじゃない。
呼吸が深く入るたび、自分を取り戻したような気持ちになったのだ。
アートや表現活動をやっている人のインタビューで、たまに
「私はこうしている時が深く呼吸ができる気がするんです」
という言葉に出会う。
すごくわかる。本当に、いい言葉だな、と思う。
もちろんその人と私で、「深く呼吸ができる」行動は違う。
だけどその事実が、「深く呼吸ができる」と表現するだけで、途端に「わかる」に変わる。
「良い」とか、「賢い」とかじゃない。
「強い」とか「価値が高い」とかでもない。
「早い」でも「安い」でもない。
私たち一人ひとりに一番必要なのは、そんなものじゃない。
「(私にとって)深く呼吸ができる」これだ。
そしてそれは一人一人違う。
当たり前だ。
呼吸をするのは体。
体は一人、一つだから。
何か外側の基準を押し付けられる時、私たちの筋肉は縮み、呼吸が浅くなる。
だから呼吸をセンサーに、自分の息がしやすい場所を、探すんだ。
同時に、呼吸しやすい体にすることも忘れずに。
(整体で「呼吸が辛い時があります」って言うと、意外と見てくれるところがある。むしろ重要視してるところも。)
いつか夢で見た、あの超絶呼吸が深くなる空気のところに、行ってみたい。
あれを本当に感じてみたい。
自分の息がしやすいところを選んで、選んで行ったら、
概念的にはたどり着けるのかしら。
今日も自分の体を一番に考えて、休んでいく。
―――――――
読んでくれて、ありがとうございます。
ここからは私のnote内での、思考の行き先をご案内します🕊️
体を一番に考え、休むために大事なこと。↓
呼吸ができる場所を追い求め、苦しくなってしまった…そんなとき↓
ただ、呼吸する。その次に、ただ、せいかつ。
それすらも、ほんとに許していいのか迷ってる、そんな時に。↓
とにかく日々の生活を、心地よい場所にしよう🌿
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