【連載】C-POPの歴史 第29回 '10年代の中国-3 ヒップホップと少数民族の10年代
中国、香港、台湾などで主に制作される中国語(広東語等含む)のポップスをC-POPと呼んでいて(要するにJ-POP、K-POPに対するC-POPです)、その歴史を、1920年代から最新の音楽まで100年を時代別に紹介する当連載。
前回・前々回は、中国本土の2010年代(2010年〜2019年)のポップスのうち、メジャーシーンの10年、そしてインディーズとバンドの10年を振り返りました。
さあ、第29回となる今回は、いよいよ10年代中国本土の締めくくり。Hip Hopと、少数民族の音楽をお届けしたいと思います。私は各時代の様々な音楽を聴きましたが、10年代本土のHip Hopは、明らかに一つのハイライトだと思います。そしてその中心には、中国の内陸都市から登場して世界中にファンを獲得したある4人組のヒップホップクルーがいました(上の画像の四人組。知ってる?)。YouTubeのMVとともに紹介しますので、彼らの勇姿だけでもどうか拝んでください。では本編チェケラ(Check it up)!
中国本土Hip Hopブーム前夜まで
中国本土のヒップホップは、台湾や香港から遅れて1993年、第9回で紹介した某某人(Mou Mou Ren)が、いわば見よう見まねでヒップホップをやることから始まりました。その後00年代はメジャーシーンでは特に目立った動きはなく、隐藏 Yin Ts'ang、阴三儿(In3)などが北京のアンダーグラウンドとして活動していました。2組に共通しているのは、歌詞の検閲に嫌気が差したり、政府への批判的な歌詞が原因でブラックリストに載り店頭での販売を禁止されたりして、いずれも自主流通を余儀なくされたことです。そのようなハンディキャップの下で多くのリスナーを獲得するには至らず、ずっとアンダーグラウンドでの活動を余儀なくされました。それが故にヒップホップが一般化した現在ではこの2組は伝説のように扱われています。本格的にヒップホップが一般大衆のものになるのは、2010年代中盤まで待たなくてはなりません。
中国政府はどうもラップを危険なものと捉えていたようでしたし、大衆からしてもよほど耳が肥えて洋楽を聴くような人でない限り、ヒップホップはよくわからないというのが正直なところでしょう。
が、風向きが変わったのがこの時代です。日本の伝説的なトラックメーカー、2010年に交通事故で亡くなったNujabesが没後にじわじわと世界的に評価され、それまでのヒップホップのイメージを一新した繊細なメロディはLo-Fi Hip Hopという新たなジャンルを生み出しました。この波は音楽配信とともに中国本土にも飛び火し、一部の洋楽好きのユーザーの中で愛されていました。そんな時代の流れのなかで生み出されたのがこの曲です。
Dreamland/14? feat. Cise Starr & 菲亚Fayya(2015年)
聴いてわかる通りこれはそれまでのヒップホップとは異なり、リリックではなく音楽を楽しむための曲という感じがします。しかも歌詞は英語。これならさすがに中国政府も何の問題もないでしょう。
こうして、洋楽の延長にあるようなLo-Fi Hip Hopは少しづつ生産されるように中国本土でも生産されるようになりました。
88risingとHigher Brothersの世界的成功!
そうやってジワジワとヒップホップムーブメントがアングラから日の目の当たるところに現れるなか、時を同じく2015年、アメリカ・ニューヨークにとある一つの音楽プロダクション、88risingが登場します。日系アメリカ人のショーン・ミヤシロ、中国系アメリカ人のジェイソン・マーによって作られたこの小さなプロダクションの設立目的は、「アジア系移民の音楽を代表する存在になる」です。このプロダクションは最初期は米国内のアジア系移民の音楽家が所属しましたが、その後の大成功によって、アジアの音楽家が米国進出する際のステップとして利用される存在となり、例えば日本からは宇多田ヒカル、新しい学校のリーダーズ、大沢伸一(ソロではなく、オーストラリア人RHYMEとのユニットRHYME SOとして)などが88risingに所属するなり関わったりしています。
そんな88risingの所属アーティストの中国系アメリカ人、Bohan Phoenixは、中国・成都出身のとある無名の4人組をレーベルに推薦します。今からわずか10年前の2016年のことでした。1993年から1996年の間に生まれた、のちに世界をひっくり返すほどのヒットを生み出すことになる彼らの名前はHigher Brothers(更高兄弟)。中国の家電メーカー、ハイアールにインスパイアされたグループ名である彼らの、最初期に発表したBlack Cabという曲を聴いて、MVを観てもらいましょう
Black Cab/Higher Brothers(更高兄弟)(2016年)
2016年という時期は、世界的にトラップと呼ばれる重低音を強調したビートが流行っていて、彼らの曲もその影響を感じます。が、おそらくこの動画を見たニューヨークの人々は、音楽云々よりも、中国・成都からやってきた4人組がラップをしている光景がインパクトがあっただろうと想像できます。それまでアメリカ人やその他中華圏以外の地域の人にとって中国語のラップと言えばジェイ・チョウ(23回参考)やワン・リーホン(22回参考)、あるいはMC Jin(18回)のようなものだと思いますが、彼らの音楽や雰囲気にな練されたものはなく、ストリートの空気をたっぷり感じます。サムネイルの画面でこちらを睨んでいるのはメンバーのKnowknow。88risingはこのサムネイルを選んだことも含め、彼らの「野良感」を逆手にとって世界に発信しようとしたことは明白です。
翌・2017年、とうとう彼らはとんでもない曲をリリースしてしまいます。
Made in China/Higher Brothers,Famous Dex(2017年)
Black Cabからさほど時間をおくことなくリリースされたMade in Chinaは、瞬く間に世界中のヒップホップリスナーの間で話題となりました。
この曲はあっという間にYouTube上で2000万回再生され(現在は2700万回)ました。中国本土出身で世界的な成功を収めたのは、それまで女子十二楽坊ぐらいしか思いつきませんが、20歳そこそこの彼らはこの曲でその偉業を軽く成し遂げてしまいました(この記事の冒頭の写真は、AIが作成したHigher Brothersのイラストでした)。
今や飛ぶ鳥を落とす勢いの中国経済のもとで、お前の持ってる目覚まし時計も、俺の彼女も、みんなみんな中国製だと高らかに歌っています。
このヒットに驚いたのは彼らよりむしろ、中国本土のリスナーのほうかもしれません。それまでアンダーグラウンドの存在だった中国本土のヒップホップが、国内のヒットを通り越して、突如「世界的にバズってるぞ!」という状態となったからです。
「The Rap of China」のスタート
Higher Brothersが世界的にヒットするなか、彼らをアメリカに呼んだBohan Phoenixは、逆に中国本土のラップシーンに大きな可能性を感じ、中国に戻ることを決意します。彼が本拠地にしたのはHigher Brothersの出身である成都。
Bohan Phoenixは、中国のオンデマンド放送局iQIYI(爱奇艺)にラップをテーマにしたリアリティ番組を企画提案をします。この企画書は「The Rap of China(中國有嘻哈、のちに中国新说唱に改名)」という番組になり、中国本土に大センセーションを巻き起こします。この番組の第一回では、中国系カナダ人で元EXOの吴亦凡(Kris Wu/クリス・ウー)、台湾系アメリカ人で不得不愛などの大ヒット曲がある潘瑋柏(Wil Pan/ウィルバー・パン)、そして当連載でもたっぷり紹介した(第21回参考)、我愛台妹という曲でコラボした台湾人のMC HotDogと張震嶽(A-Yue/チャン・チェンユエ)をメンター・審査員として招き、中国本土中の若いラッパーが挑戦者として参加し、大変大きな反響を生みました。参加者も当時は無名だったものの、第一回の優勝者となるPG One、GAIに限らず、Vava、Tizzy T、MC Jin(第18回参考、この時は謎の覆面ラッパー、HipHopManとして登場)など、登場した人の多くがはのちに中国本土のヒップホップシーンの重要人物となったこともあり、伝説の番組となりました。
こうして、それまでアングラでしか流通していなかったヒップホップは、Higher Brothersの「Made in China」の発売と同じ2017年、突如メインストリームに登場するようになりました。
それでは、The Rap of Chinaで実演されたライブのなかから、特に印象深く海外でも評価されたVava(毛衍七)の我的新衣(My New Swag)を見てもらいましょう。
我的新衣(My New Swag)/VaVa(毛衍七) feat. Ty. & 王倩倩(2017年)
ライブシーンの迫力とともに楽しみたい方はYouTube、リリースされた音源をじっくり楽しみたい方はのちにリリースされたSpotifyでお楽しみください。
中国の伝統歌劇、京劇をフィーチャーしたこの曲はその目新しさから、中国系アメリカ人監督がシンガポール華人をテーマにした「クレイジー・リッチ!」の挿入歌としても採用され海外でも注目を集めました。00年代、台湾のジェイ・チョウやワン・リーホンあたりが中国の伝統音楽とラップの融合というテーマで曲を作ってきましたが、それの2010年代大陸からの回答という感じです。
ところで動画を確認して欲しいのですが、大衆を相手にしているiQIYIは、まだラップに慣れてない中国本土の人々にわかりやすく面白さを伝えるため、歌詞の字幕のなかで韻を踏んでいる箇所をわかりやすく紹介したり、リズムに乗ってる出演者をクローズアップしたり、とにかくヒップホップの楽しみ方をわかりやすく紹介するよう苦心しているように見えますす。
こうした努力もあってか、瞬く間にヒップホップは中国本土に広まり、ラッパーになりたいと思う若者を爆発的に増やしました。
在成都/苏芮琪(Su Ruiqi)(2019年)
こちらはRap of China出身ではありませんが、中国伝統音楽と最新ヒップホップの融合、そしてステージアクトが素晴らしい女性ラッパーという共通点で紹介させてください。かっこよくないですか。いやー、強い女性ってなんかいいですよねえ。ちなみにこの曲、作詞作曲本人なんですよ。
でも、彼女は実はChicChiliというどちらかと言えばアイドルソングを歌うグループにいたこともあるので(リーダー&ラップ担当)、ソロでのこの変わりようは驚きでした。彼女は他にも「PRODUCE 101」や、韓国のオーディション番組「Girls Planet 999」などにも参加しますが、どの大会でもいいところまで勝ち上がりつついつもギリギリでデビューを逃しています。
ただ、先ほどのライブ動画をよく見るとラップの威力もさることながらダンスもキレキレで、ここにガールズグループ出身の身体の使いこなしが生きているように思います。様々なキャリアを経たからこその輝きと言えるかもしれません。
Higher Brothersのその後
さて、Made in Chinaで世界的に大バズりしたHigher Brothersと、それを仕掛けた88risingは、その後もコラボを続け、様々な名曲を繰り出しました。
ここでは10年代に発表されたいくつかの曲を紹介しましょう。
Midsummer Madness/Joji, Rich Brian, Higher Brothers(Knowknow) , AUGUST 08
この曲は全米ビルボードチャートでHot R&Bソングの23位まで上昇した曲なので、普通に洋楽としてあなたも聴いたことがあるかもしれません。
この曲には、Higher BrothersからKnowknowというラッパーが参加しています。後半でやや高めの中国語と英語を駆使したラップをしているのがKnowknow(この曲ではDZと名乗っている)。どちらかというとこの曲のメインはJoji(メインボーカルで「♪ウーウーウー」と歌っている人。正確には「♪Fuck the ru-u-u-ules」と歌っている)ですが、イカついイメージのあったHigher Brothersがこのような甘く気だるい曲に登場するというのは、88の戦略だとは思いますが、イメチェンとしてバッチリだと思います。
Lover Boy 88/88rising, Higher Brothers(Masiwei,Knowknow), Phum Viphurit(2018年)
同じアルバムより。この曲はタイのオシャレシンガーソングライターPhum Viphurit(通称プム・ヴィプリット、88rising所属)とのコラボ。パムの原曲ではスムージーなおしゃれシティポップでしたが、そこにHigher Brothersのラップが加わると楽しいパーティラップに早変わり。パムが成都の空港に着いたところから始まるMVもいい感じです。
Made in Chinaで度肝を抜かれた人も、このいい感じに気の抜けた曲は気に入ったのではないでしょうか。ちょっと垢抜けていってる(?)メンバーの姿にも注目です。
Tequila Sunrise/Jackson Wang & Higher Brothers(Masiwei,Knowknow) feat. AUGUST08, goldlink(2019年)
こちらは、香港のJackson Wang(同じく88rising所属。韓国のボーイズグループGOT7の元メンバー)とコラボ。こちらも相変わらず夏のドライブソングとして快適な曲です。
Higher Brothersというよりも88risingの作品に彼らが客演した3曲を続けて紹介しましたが、どれも完成度が高く、気がつけば88risingは音楽の中心地米国においても注目のレーベルに成長しました。今や世界的に活躍するアジア音楽家を輩出するゲートウェイの役割を果たしていると言っていいでしょう。
もちろんその評判は各国のアーティストの魅力もあいまってアジア各国に轟き、日本を含むアジア圏においては、世界進出を目論む際のゲートウェイの役割を88risingが果たしていると思われます。現在の音楽界ではグローバルではK-POPに勢いがありますが、そのK-POP勢に対して唯一対抗している存在が88risingである、とも言い換えることができると思います。
その他、10年代のヒップホップ
さて、ここまでは活動の場を世界に広げたHigher Brothers、そして中国国内では今や国民的行事となっている音楽系オーディション番組出身のラッパーを中心に取り上げてきました。
この時代にはもう一つの要素があります。それは音楽配信発のヒットです。番組出身のアーティストがどちらかと言えばパワーで押し切るタイプのラップであれば、対照的に配信発のヒット曲は冒頭で紹介した「Dreamland/14? feat. Cise Starr & 菲亚Fayya」のような、耳馴染みのいい曲が目立ったように思います。
闭眼歌/NINEONE(赵馨玥)(2017年)
この曲は個人的にとても好きな曲。中国本土のヒップホップシーンは上に書いたような事情で「The Rap of China」が流行を作る側になっていますが、番組がバトル形式なので、どうしても破壊力がある、ステージを圧倒する力のあるアーティストにスポットが当たりがちです。
NINEONEはそういうタイプではないかもしれません。また、彼女はいまやラップの中心地となっている成都出身ではなく、西安出身。地味だと思われても仕方ありませんが、この曲は「瞳を閉じて、自分を信じるんだ」というメッセージが胸に響く曲です。
Highly Toxic/NINEONE(赵馨玥), Capper(2018年)
NINEONEからもう一曲。こちらは闭眼歌よりもかなり派手でかっこいい曲。同じく中国のラッパー、Capperとのコラボ曲。
彼女はNetEase(网易云音乐)や抖音(TikTok)、WeiboなどのSNSを中心に評価を集めたアーティストの1人です。一方で多数のオーディション番組にも挑戦を続けていて、現在ではここで紹介している2曲より一般ウケしそうな曲をやってます。ただ、ここで紹介しているようなマイナー路線は私は好きだったので、こういう曲も出してほしいです。
BERRY/李佳隆JelloRio, Cream D(Remix)(2019年)
これはまさに「Dreamland/14? feat. Cise Starr & 菲亚Fayya」に続く、Lo-Fiヒップホップの方向性。恋人をベリーに例えて、甘い甘いと言ってる、たわいもない曲ですが、なんかかわいいんですよね。
この曲のメインアーティストである李佳隆JelloRioはまさにラップの中心地となっている四川省の成都と同じ省の南充市という街の出身で、このあと2020年に「The Rap of China」で優勝を果たします。
没有理由(No Reason)/永彬(Ryan.B) & 周延英(英子-effie)(2018年)
私が中国本土のHip Hop/popsシーンで注目しているアーティストの1人が、永彬(Ryan.B)です。この曲は2018年にリリースされた彼の最大のヒット曲なのですが、この曲はヒップホップとしてもポップスとしても素晴らしいと思います。なぜか理由もなく(No Reason)、少しずつ冷めていった恋を表現しています。
歌詞もとてもリアリティあるし、特に♪I'm sorry, I'm so lonelyのところ、ア(イ)ムソーリーとア(イ)ムソロ(ン)リーで韻を踏んでますが、意味も音もとても単純かつ、単純ゆえに気持ちいい箇所だと思います。「一緒にいるけど寂しい」という瞬間を英語に訳して相手に伝えると、I'm sorry, I'm so Lonelyという状態だよなあ、と。いいこと言うよねライアン。
せっかくだからライアンでもう一曲。
放个大招给你看/永彬(Ryan.B)(2019年)
この曲もヒップホップかつポップ〜。この曲はOPPOのスマホ、Renoの広告ソング。歌詞では、コーラよりエアコンより氷よりRenoのスマホは10倍クール! みたいなことを歌っています。この曲は明らかに発注に応えたタイプの曲ですが、こういうのも作っちゃうところに彼の余裕とポップセンスを感じます。
二曲聴いて、K-POPっぽいと思ったあなた。鋭い! 彼はC-POP職人ではありますが、中国本土の延辺出身。ここは中国と北朝鮮の国境沿いの街で、伝統的に朝鮮族が多数暮らしています。彼がどういうルーツを持っているのかまでは公開されていませんが、彼のこのポップセンスは民族的、あるいは地理的なルーツも影響しているのかもしれません。
儿子娃娃/LIL-NW(那吾克热)(2018年)
このブロックの最後の曲。那吾克热(NW)。長らくこの連載を読んできた人なら那吾克热という字面から、あ、この人は漢民族の人じゃない、とわかると思います(これはもともと持ってる民族の言葉に漢字を当てた名前によくあるタイプです。トゥーリオ=闘莉王と一緒)。彼はウイグル系。自分の生まれた環境を誇示しつつも、最終的には私はMade in Chinaであるという自己と社会のアイデンティティに落とし所を与えた曲だと思います。なぜこういう書き方をするかというと中国政府とウイグル民族は常に緊張関係にあるわけですね(このあたりの事情は次の章で語ります)。
ウイグル人は中国に800〜1200万人ほど住んでいて(統計データによって差がある)、中国の少数民族としては4、5番目に多い人口、C-POPの世界でもウイグル系の人は多いです。この曲、前奏でうっすら入る楽器は、ウイグル系の曲ではよく登場する楽器で、この低音はおそらくウイグルの楽器、ドゥタールの響きじゃないかと思います(確証はないのでたぶん違うよというご意見があれば連絡ください)。
ということで、この曲を聴きながら、最終章、ウイグルへ行ってらっしゃい!
ウイグル民族ポップスの2010年代
中国本土には政府が公式に認めているだけで55の少数民族がいて、その民族のすべてが独自の文化を持ってはいますが、やはり長く一緒の統治体制にあったこともあって、現在でも民族的な独立性をある程度保っている民族は特に3つだと思います(ウイグル、モンゴル、チベット)。このうち、モンゴルとチベットは漢民族と同様、仏教がルーツにあり、遺伝子的にも顔つきも漢民族とそこまで離れてはいません。一方、ウイグル族はイスラム教徒であり、民族的なルーツで言えば中国よりもトルコに近いので、中国の中でも最も漢民族から遠い民族と思われます。確かにさっきのドゥタールの響きもそうですが、どこか中東っぽい響きがありますよね。
彼らの多くは新疆ウイグル自治区という地域に住んでいます。戦後、1955年にウイグルは省から民族的な自治性を増やすため自治区となりますが、中国は共産党による中央集権体制を強めたため、事実上の「自治」はほぼ存在しないと言えるでしょう。最も共産党体制が厳しかった1960年代には、彼らの宗教の象徴であるモスクなどが破壊されました。1990年代には、ソ連の崩壊と、中央アジア各国の独立をきっかけに連鎖的なウイグル独立運動が起こることを危惧した中国政府が地元のデモ活動などを弾圧するようになりました。
ちょっと社会的な話が長くなってきたので、一旦曲を聞いてもらいましょう。
Nefise (娜菲莎)/Adile Sidiq(阿迪拉·斯迪克)(2015年)
ウイグル系のミュージシャン、かつ中国国内に居住しているアーティストに関しては、YouTubeやSpotifyなどグローバル配信サービスへの登録が少なく、Bilibili動画(中国本土のYouTubeみたいなものです)へのリンクでお許しください。
Adile Sidiqは1984年、ウイグル・ウルムチ生まれというところまではわかっていますが、それ以上のことはデータが少なくてよくわかっていません。ウイグル系のミュージシャンは、特に海外に在住している人は活動例が多いのですが、どちらかと言えばガチの民族音楽をしている人が多く、現代的なポップスをしている人は少数派です。
彼女はウイグル語のポップスでありつつ、民族音楽ではなくR&Bなど現代音楽の要素も含んでいるので、結構面白いなと思っています。
◇
ウイグルの現代史に戻りますが、将来的な独立運動を懸念した中国政府は2014年以降、職業訓練センターという名目で強制収容所を展開していて、100〜300万人のウイグル人が本人の意思と無関係にこの収容所に収容されていると言われています。
私は、たとえ民族独立という正義があったとしても、テロを起こす人物が法律によって裁かれて何らかの施設に収容されることは否定しません。それは日本だってそうでしょう。しかし、この施設の問題は、彼らの多くが独立の意思などなく、自分たちの言語や宗教を守りたいという意思、あるいはそんな意思などなくても日常的に言語や宗教を使うだけでウイグル寄りと判断され収容所に送られるケースがあり、それはかなり由々しき事態だと思います。それはC-POPの歌手にとっても例外ではありません。たとえばアブラジャン。
Omaq jananim/Ablajan Awut Ayup(阿卜拉江·阿吾提)(2011年)
現代ポップスとウイグル民族の音楽の融合というテーマで言えば、何と言ってもAblajan Awut Ayup(アブラジャン)に叶うものはいないでしょう。彼はアブラジャンという自分の名前と、敬愛するマイケル・ジャクソンの頭文字をもじって「AJ」と自称するだけあって、極上のポップス・ダンスミュージックを奏でています。
人間は、今まで出会ったことのない新しいものに出会うと、脳の報酬系が刺激されてドーパミンが放出されると聞いたことがあります。どうでしょう? あんまり聞いたことないタイプの音楽じゃないですか? ぜひともこの曲を聴いてドーパミンを出しちゃってください。
Meshrep Nawasi/Ablajan Awut Ayup(阿卜拉江·阿吾提)(2016年)
かわいらしいウイグルの少年(コーラス)と一緒に踊るアブラジャン。地元の放送局による番組のステージなのでしょう。何の前知識もなくこの放送を見たら、これが中国内の放送だとはまったく思わないでしょう。でも、中国語がわからなくても、楽しい音楽じゃないですか?
私は、ウイグル系のミュージシャンの中でも彼がいちばん好きでした。しかし彼は2018年、地元警察に拘束され収容所に送られてしまいました。その顛末は以前noteに書いたのでよかったら読んでみてください。
私は、社会に100%の正義も100%の正解もないと考えるほうです。ですから、ウイグルが独立すべきかどうかと聞かれたら、個人的な感情としてはまったく文化が違うウイグル人からすると自分たちの国があったほうが都合がいいとは思いますが、一方で人種と国境が必ずしも揃っていなくてもいいという考えなので、彼らが幸せなら別に中国政府がウイグルを支配したって構わないという立場です。
ただ、自分たちの言葉を話すこと、自分たちの宗教を信じること、自分たちの文化を守ること、自分たちの音楽を奏でることぐらいは、その人がどの国のどの民族に所属しようとも守られるべきかな、とは思います。
たとえば台湾ではむしろ少数民族が少数民族であることを活かして音楽シーンで活躍していますが、そういう共存の方法がいくらでもあったんじゃないかな。アメリカで言えば、白人も黒人もアジア系もいて、だからこそアメリカの音楽は強いと私は思っています。この項目は政治の話ではないのでここで終わります。みなさんにお願いしたいことはまず、アブラジャンやその他ウイグルの音楽を聴いて!ということ。そして興味があれば、ウイグルのことをもっと知ってください。
まとめと次回予告
さて、3回分を使って中国本土の2010年代の楽曲を紹介してきましたが、これにて終わりです。今回はHip Hopとウイグルという、かなり多様性のある内容でした。ポップス、ロック、バンドときて、その他に分類されている2種の音楽を一記事にまとめましたが、実はウイグルもヒップホップも、中央・沿海部(北京や上海)で作られる音楽に対するカウンターという共通点はあるかもしれません。Higher Brothersの活躍以降、中国本土のヒップホップシーンは成都が中心になりました。成都は中国本土で5番目に大きな内陸の都市なので、日本で例えれば福岡あたりがヒップホップの中心地となっていると考えると面白い状況だと思ってもらえると思います。
さて次回は、香港の2010年代を紹介したいと思います。中国本土はウイグルに政治の季節がやってきましたが、香港の2010年代もまた政治の季節でした。あ、雨降ってきた。雨傘差さなきゃ。それじゃまた次回。
