【連載④】マッキンゼー流のロジックで、離職率60%の絶望施設を再生させた話【第3章】最強の武器「CKP」の前史
著:高坂涼介(社会福祉法人いちご会)
介護職員の働きやすい職場環境づくり内閣総理大臣表彰及び厚生労働大臣表彰 厚生労働大臣奨励賞受賞・介護労働安定センター理事長表彰 最優秀賞(日本一)受賞
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最強の武器「CKP」の前史
修羅場が、武器を作った
2つの武器
歩く。人を削らない。灯す。
この3つの言葉は、僕がたどり着いた最初の思想だった。
しかし、思想だけでは組織は変わらない。
80人の現場には、80人ぶんの「明日もここに来る理由」が必要だ。その理由は、誰かが「ちゃんと作る」しかない。
そこで僕は、自分の中にある、もうひとつの武器を棚から下ろした。
マッキンゼー・アンド・カンパニーとのプロジェクトで叩き込まれた、ロジカルシンキング。
そして、入職と同時に学び始めた、EMBA(人を大切にする経営学)。
この2つは、本来まったく違う言葉で書かれている。
マッキンゼーは、論理と数字の言葉で語る。
EMBAは、信念と物語の言葉で語る。
両方とも、本物だ。
ではなぜ、僕はこの2つの武器を持っていたのか。その話をしなければ、CKPの意味は伝わらない。
社畜サラリーマンの誕生 M&A修羅場の2年間
2016年。
太陽薬品の本社から、1本の電話があった。
「大事な話があるから、直接会って話したい」
数日後、三輪部長と向かい合った。
「実は、高坂にお願いがあってや。林社長が、お前にあるプロジェクトを任せるって役員会で言いよってん」
「え? なんで僕?」
「な、みんな同じ反応だよ。
カイジばりに、ざわざわしてたよ、会議室」
プロジェクトの内容を聞いて、さらに戸惑った。
M&A。
イチゴ薬局を買収した太陽薬品の社長が、買収先の二代目になる予定だった男に、M&Aの仕事をやらせる。
狂ってやがる、と思った。
でも、社長の言うことは絶対だ。
答えは「はい」か「イエス」しかない。
――――――――――――――――――――
プロジェクトの内容は、こうだった。
全国に点在する薬局グループ4社・52店舗を、太陽薬品が買収し、1つの会社にまとめる。
場所は京都、山形、栃木、神奈川。
4社合わせれば、それなりの規模になる。
最初のミッションは「説明してきて」だった。
買収される側の薬剤師たちを集め、「M&Aされるけど心配しなくていいよ」と話をしてくる、それが僕の最初の仕事だった。
子会社から出向したばかりの、肩書きだけのエリアマネージャーが、だ。
京都の会場に入ると、すでに険悪な空気が漂っていた。
情報がリークされていたのだ。
説明会をボイコットする薬剤師、遅れて来ても悪びれない薬剤師、恨み節で挨拶する会社代表。
超アウェイの中で、僕は満面の笑みで言った。
「安心してください!!」
誰も信じていない顔が、並んでいた。
――――――――――――――――――――
6月に4社が合併し、新会社として再出発した。
僕はその新会社のブロック長になった。
担当エリアは、京都・山形・栃木だ。
山形のヘルプに入る日は、朝5時に起きて高速バスで羽田空港へ向かい、飛行機で酒田空港、そこから路線バスに揺られて店舗へ。
それでやっと開店時間の8時半にギリギリ間に合う。
一人薬剤師として19時半まで働く。
その日の飛行機はもう飛ばない。
仕方ないので翌朝帰る。
ある時は、京都でヘルプに入っているとき、栃木の店舗から「午後の診察中に来られる薬剤師がいない」と電話が来た。
(知らんわ、閉めちまえ)
と思ったが、言えるわけがない。
昼で京都のヘルプを切り上げ、新幹線で東京、東北新幹線に乗って栃木の店舗へ。
着くのは閉店の30分前。
残業でやってくれないかと思う。。。
こんな日が、週6日、1年間続いた。
月の交通費は50万から70万円。個人のクレジットカードは限度額に達し、使えなくなった。
妻から「カードが使えない」と怒られた。
法人カードを何度も申請したが、結局、作る作るって言ってたけど、2年間、最後まで作ってもらえなかった。
本来やるべき業務は、薬剤師としてのヘルプでデスクワークが出来ない。
だから、移動中の新幹線や飛行機の中でパソコンを開き、決裁書を書いたり、実績をまとめたり、本社からの指示の業務を整理した。
こんなに仕事をしたのは、生まれて初めてだと思う。
それに、時間が、本当に大切なものだと知ったのも、この時だ。
愛人の愚痴を聞くのは、ブロック長の仕事です
薬局の門前には、医療機関がある。
M&Aで会社が変わったことを、その医師たちに説明してまわることになった。
本来なら代表が行くべき仕事だ。
だが、代表の鶴田は「行かん」と言い張った。
本社に抗議したが「ロージアでやれ」と一蹴された。
「鶴田代表はどうするんですか?」
「おれ、ぜってーやらねえ」
仕方がない。
社畜の自分の出番だ。
雪国の、とあるドクターには、挨拶をした瞬間に言われた。
「殴るぞオマエ!」
土地が変わると、初対面の挨拶も変わるのか(笑)
都内の整形ドクターには「薬局からのマージンは当然続けてくれるんだよねえ?」と言われた。
別のドクターには「僕の愛人の給料は、今まで通り薬局から出してくれるんだろ?」と言われた。
初対面の相手に、自分に愛人がいると言う医者がいる。
しかも薬局がその人件費を負担していた!?
イミガワカラナイ。。。
数日後、見知らぬ番号から電話が来た。
電話に出ると、そのドクターの愛人だった。
電話の内容は、給与継続の話が二割。残り八割は、ドクターへの愚痴だった。
さすがに、鶴田代表に相談した。
返ってきた言葉が、忘れられない。
「愛人の愚痴を聞くのは、ブロック長の仕事です! だから、俺は行かん!」
どうかしていた。
全員、どうかしていた。
それでも僕は、1件1件まわった。
頭を下げ、愚痴を聞き、怒鳴られ、それでも笑顔でその場を収めた。
「人が動かなければ、数字は動かない」
この1年間で、その事実を全身で学んだ。
まとめたものを、解体しろ
1年が過ぎた頃、新会社はようやく「一致団結してこれから頑張ろう!」という空気になっていた。
みんなが、やっと前を向き始めたのだ。
自分も感慨深いものがあった。
そのタイミングで、三輪部長からまた呼び出しがあったのだ。
「言いにくいんやけど、この会社をグループ企業にばらして欲しいねん」
沈黙した。
「……え?」
「社長の意向なんや」
(あの1年間を、返してくれ!)
心の中でそう思ったが、口には出せなかった。
社長の言うことは絶対だ。
答えは「はい」か「イエス」しか存在しない。
まとめた自分が、今度は解体する。
またしても全国のグループ企業を回り、反発する関係者を説得し、半年かけて分割譲渡を終えた。
このM&Aの詳しい内容は、次のリンクから読めます。
この2年間で、1つのことが骨身に染みた。
数字の正しさだけでは、人は動かない。
「なぜこれをするのか」という理由が腹に落ちて初めて、人は動く。
どれだけ合理的な再編計画があっても、現場の薬剤師が納得していなければ、ただの紙だ。
その確信を持って、僕は東京本社へ再出向という形で、2回目の出向を命じられた。
西コーチとの地獄のコーチング、マッキンゼーで叩き込まれたこと
2019年。
太陽薬品とマッキンゼー・アンド・カンパニーが組んだプロジェクトが始まった。
「2億円の効果額を生み出す人時施策」
全国120店舗の薬剤師と調剤事務の人時を、1分単位で設計する。
僕は、太陽薬品側の責任者だった。
担当のマッキンゼーコンサルタントは、西という人物だった。
マッチョな体に、いつも同じ紺のスーツ。
声は低く、表情をほとんど変えない。
褒めることをしない。
問題点だけを、淡々と指摘する。
最初の1ヶ月で、彼の口癖を覚えた。
「根拠は?」
「なぜそう言えるんですか?」
「感覚では動かせません」
プロジェクトが始まって最初の課題は、各店舗の「仮説検証シート」を作ることだった。
どの時間帯に、何人の人員が必要か。
その根拠を、データで示す。
西がエクセルを開かせ、関数を教え始めた。
インデックスマッチ?
回帰分析?
配列数式?
なんのこと??
「覚えましたか?」
「……もう一度お願いします」
「覚えましたか?」
「……すみません」
「覚えましたか?」
これが、延々と続いた。
――――――――――――――――――――
小会議室には、3人がいた。
僕と、春山さんという太陽薬品のスタッフと、西。
モンスターエナジードリンクのパイプラインパンチの空き缶が、毎日、机の上に積み上がっていた。
春山さんが、53時間起き続けて倒れかけた。さすがに会社は問題とした。
だが、「終電までには帰ること」というルールが会社に生まれただけだった。
それでも、仕事は終わらなかった。
毎日朝の9時から夜中の2時。
1日18時間、14日間、毎日エクセル格闘。
総時間、252時間をかけ、仮説検証シートがようやく完成した。
思わず声が出た。
「できた」
そのとき、背後でぼそっと声がした。
「まあ、これなら何とかいいでしょう」
振り向くと、西がいた。
「……いつからいたんですか?」
「ずっといましたよ」
「気づかなかったです」
「知ってます」
西の「何とかいい」は、たぶん他の人の「すごい!」より重い。
そう思うことにした。
黒い三連星、出動す
仮説シートができたら、次は仮説検証だ。
実際に現場に入り、処方箋1枚を受け付けてから患者が帰るまでの全工程を、1秒単位で計測する。
クロッキングという作業だ。
プロジェクトメンバーを集め、説明した。期間は二週間。
シーンとなった会議室に、誰かがぽつりと言った。「……わかりました」。みんな疲れた顔だったが、全員来ていた。
3日後から、クロッキング部隊が動いた。
左手にストップウォッチ。脇にバインダー。肩に「調査中」の腕章。
そして、全員が黒のスーツ。
黒い三連星、出動。
店舗の前に黒服の一団が並んだ瞬間、入ってきたお客さんが固まった。「……あの、なんでみんな黒いの」
「調査中です」
「え、何の?」
「業務改善です」
「……帰っていいですか」
「処方箋、お持ちじゃないですか?」
「持ってるけど……なんか怖い」
申し訳なかった。
でも、これは業務だ。
ストップウォッチを押した。
1週間で集まった処方箋の総枚数、8,400枚。
これを集計し、分析した。
処方箋の入力時間平均45秒。
錠剤一種類の調剤時間30秒。
粉薬、水薬、軟膏、一包化、それぞれの工程ごとに平均値を出し、1時間ごとの処方箋枚数をかけていく。
朝の閑散時は何人必要か。
昼のピーク時は何人必要か。
薬剤師は何人で、調剤事務は何人か。
全部、数字で出す。
全部、根拠を持たせる。
あの地獄のエクセル特訓が、ここで初めて活きた。
怒鳴られながら覚えたインデックスマッチと回帰分析が、8,400枚のデータを整然と並べていった。
「西さん、使えてますよ」
言えないけど。
「根拠なき数字は、動かせない」
この2年間で、もう1つの事実を全身で学んだ。
CKP 2つの修羅場から生まれた武器
M&Aの修羅場で学んだこと。
「人が動かなければ、数字は動かない」
マッキンゼーとの地獄で学んだこと。
「根拠なき数字は、人を動かせない」
この2つは、矛盾しているように見えて、実は1本の線でつながっている。
数字には根拠が必要だ。
しかしその根拠を現場に落とすには、人への理解が必要だ。
論理なき情熱は空回りし、情熱なき論理は空虚だ。
マッキンゼーのロジカルシンキングと、EMBA(人を大切にする経営学)。
この2つが、僕の中で、初めて同じ方向を向いた。
しかし、問題がある。現場の介護リーダーが、夜勤明けの眠そうな目で、その本のページを開くか。答えは「開かない」だった。
開かない知恵は、知恵ではない。
だから、翻訳しなければならない。
――――――――――――――――――――
翻訳の方法は、僕にしては、ずいぶん軽い言葉になった。
CKP。
ちょっと、変えて、ぱくる。
これが、僕の編み出した武器の名前だ。
1、よその一流が、すでに証明してくれているやり方を、学ぶ。
2、その学びを、いちご会の現場サイズに「ちょっとだけ」変える。
3、いちご会のオリジナルとして「ぱくる」。
それだけ。
派手な戦略フレームではない。
事例分析でもない。
一流のやり方の「考え方」だけを抽出して、「うちの80人で、明日から動ける形」にまで落とす。
それを、徹底的に繰り返す。
例えば、会社が職員を大切にする行動。
EMBAで学んだある優良企業は、お歳暮制度があった。
そのままでは導入しなかった。
いちご会には、お取引しているお米屋さん、近所にお肉屋さんがある。
コロナ禍でどちらも売上が大幅にダウンしていた。
さらに、コロナ禍で働く職員達は、自分達が施設にウイルスを持ち込んではいけないと、外出も控えていた。家と会社の往復、想像以上のストレスと疲労感が漂っていた。
そのため、年末に会社が職員にお歳暮を配布した。
「お米かお肉か、どちらがいい?」
いままで会社から大切にされていないと思っていた職員にはサプライズ。
また、お取引先様も予想外の売り上げ。
米と肉の二社択一は、いちご会のオリジナルだ。
おかげで、職員の不満や愚痴のマイナストークが、
「肉にするの?」
「コメにするの?」のプラストークに変った。
これも動いたことで生まれたプラスの副産物だ。
仕組みの「考え方」は同じ。
表現の形だけ、現場に合わせてちょっと変えた。
CKPは、革新ではない。
模倣でもない。
翻訳だ。
それが、僕が現場で見つけた、もっとも強い武器だった。
30分会議の導入、「決まらない」が、組織を殺す
CKPと並んで、もう1つの武器がある。
「30分会議」
ルールはたった1つ。
すべての会議を、30分で終わらせる。
延長しない。
報告だけで終わらせない。
30分の中で「現状の共有」「論点の整理」「次の一手の決定」までを、必ずやり切る。
ばかばかしいほど単純な制約だが、効く。
なぜなら、人が辞める職場には共通して「決まらない会議」がある。
1時間も2時間も話して、結論が出ない。
誰がやるのか、いつまでにやるのか、決まらない。
決まらないまま、また来週、同じ議題で集まる。
その繰り返しが、現場の体力を、静かに削っていく。
30分という制約は、人を急かすためのものではない。
「決めないことのコストを意識させる」ためのものだ。
時間を区切れば、本質的な話に集中する。
本質的な話をすれば、決まる。
決まれば、次に進める。
次に進めれば、結果が出る。
結果が出れば、人は希望を取り戻す。
ロジカルシンキングを、現場の規律に翻訳したのが、この30分会議だ。
『J-CKP 30』翻訳の積み重ねが、奇跡を呼ぶ
CKPと、30分会議。この2つを統合した、再現可能なメソッドの総体を、僕は「J-CKP 30」と名づけた。
派手な名前ではない。
コンサル風のフレームでもない。
ただ、この武器を手にしたとき、僕たちは「離職率60.3%の絶望」から、「離職率9.1%の現実」へと、ゆっくり、しかし確実に、歩き始めた。
奇跡ではない。
天才の発明でもない。
ただの、誠実な翻訳の積み重ねだ。
M&Aの修羅場で汗をかき、ドクターの愛人の愚痴を聞き、愛人の電話に頭を下げた日々。
夜中の2時に「できた」と声を上げ、翌朝また現場へ向かった日々。
その全部が、この1冊の本の下地になっている。
あなたの職場にも、CKPできる素材は必ずある。
一流のやり方をそのまま持ち込む必要はない。
ちょっと変えて、ぱくればいい。
30分会議のルールも、アンケートの設問も、採用の面接票も。
全部、CKPから生まれた。
あなたの現場サイズに翻訳できるものが、この先の章に詰まっている。
本書はここから先、その「翻訳の現場」を、できるだけ具体的に開示していく。
明日のあなたの会議が、30分で終わるように。
明日のあなたの面談が、一人の職員の灯を、消さずに保てるように。
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