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遠くまで行かなくても、外はある—それぞれの夏休みに

はじめに。今週、千葉県を中心とした記録的な大雨で、大きな被害が出ています。被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。この記事は大雨の前に書いたものですが、予定どおりお届けすることにしました。一日もはやく、穏やかな日常が戻りますことを、心よりお祈りしています。
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お盆休みも、終盤にさしかかったころでしょうか。

もっとも、お盆に一斉の休みがない会社の方も、この時期こそ忙しい仕事の方もいらっしゃると思います。休みの時期は、人それぞれ。この記事は、どこかのタイミングで夏休みを取られる、すべての方に向けて書いています。

この夏の私はといえば、読書三昧です。小説にエッセイ、新書もビジネス書も。仕事のためではなく、読みたいから読む——この贅沢が楽しくて、ページをめくるうちに日が暮れています。たくさんの本をかかえて、実家のある田舎にも帰りました。列車の車窓を楽しみながらの読書も、格別です。

「海外はもう、なかなか行けなくて」

ところで、この時期になると、こんな声を耳にします。

「昔は、夏に一度は海外へ行っていたんですけどね。今はもう、なかなか」

これは、気のせいではありませんでした。JTBの推計では、2019年の夏に海外へ出かけた人の1人あたりの平均費用は22万円台。今年の夏は32万円台です。7年で、およそ10万円ぶん遠くなった計算になります。家族の人数ぶんを掛け算すると、ため息が出る——そういう夏が、もう何年か続いています。

たしかに、異国で過ごす時間には、そこでしか得られないものがあります。言葉が思うように通じない心細さ。見たことのない色の空と、街並み。夕暮れの匂いまで違う、ということへの驚き。

私自身、若いころに見た異国の景色は、いまもなお、心の深いところに確かに残っています。「自分の当たり前は、当たり前ではなかった」と知るたびに、視野がひらけて、考え方まで少しずつやわらかくなっていった気がします。だから、行けるめぐりあわせが訪れたなら、それはとても幸運なこと。迷わず出かけるのがいいと思うのです。

「外」は、距離では測れない

ただ、この夏、ふと考えたことがあります。「外に出る」というのは、はたして距離の話なのだろうか、と。

思い返してみると、「ああ、外に出たな」という感覚が強く残っている時間は、必ずしも異国で過ごした時間ばかりではなかったように思えます。逆もそうで、たとえば海外出張。ずいぶん遠くまで行ったのに、なんだかいつもの仕事の続きのようだった——そんな旅も、あった気がします。

分かれ目は、距離ではないのかもしれません。いつものやり方が、そのまま通用しない。慣れた物差しが、あてにならない。あの少し心もとない、でもどこか新鮮な感じ。あれが、「外」に出ている印のように思うのです。

この夏に読んだ『越境学習入門』(石山恒貴・伊達洋駆著)という本は、そういう場所を「アウェイ」と呼んでいました。慣れていて居心地のいいホームと、勝手がわからないぶん新しい発見のあるアウェイ。その境界を越えるから、「越境」。(考え方そのものがおもしろい本なので、あらためて別の記事でご紹介しようと思っています。)

思えば、海外旅行の魅力の正体も、これなのだと思います。あの心細さも、驚きも、まるごとアウェイの新鮮さでした。

だとすれば、「外」は飛行機に乗らなくても、すぐそばにあります。

たとえば、小説を開けば、自分とはまるで違うタイプの、違う背景を生きる人たちの考え方や生き方に会えます。

誰かとゆっくり話す時間も、そうです。近況のやりとりのあいまに、ふと、まったく知らない世界の話が混ざる。別の業界のやり方、別の土地の暮らし。その場では「へえ」で終わったのに、あとになって、思いがけない場面でよみがえったりする。

デザインが気に入って新調したソファがひとつ届いただけで、部屋に入る光まで変わって見える、あの感じも。大げさなことでなくていいのだと思います。

だから、遠くへ行かなかった夏も、外に出られなかった夏ではありません。

休み明けの会社は、小さな交差点

ところで、この連載はずっと、組織の話をしてきました。だから最後に半歩だけ、そちらへ戻します。

休み明けの会社には、ちょっと面白いことが起きています。一人ひとりが、それぞれ別の「外」に触れて、戻ってくるのです。久しぶりの土地の空気を吸ってきた人、思いがけない話を聞いてきた人、小説の中の人生を歩いてきた人。距離の遠い近いにかかわらず、それぞれが少しだけ非日常をくぐって、同じ場所に集まってくる。

外に触れて戻ってきたばかりの目には、いつもの会社が、少しだけ違って見えることがあります。そして、その目が一つではなく、いくつも同時に戻ってくるのが、休み明けという時間です。

視点と視点が交差したところに、何か新しいものが生まれるかもしれない。「そういえば、友人の会社では——」というつぶやきに、興味をもって耳を傾けてみる。休み明けの会社は、そういう小さな交差点になれるのだと思います。

経営者のみなさまは、この夏、休めそうでしょうか。判断が集まる立場の方は、休みの日にも、なかなか会社のことが頭から離れないものだと思います。だからこそ、短い時間でも、いつもの物差しをそっと置ける瞬間がありますように。読みかけの本の中でも、久しぶりの誰かとの思いがけない話の中でも。

この夏が、みなさまにとって、心と体の休息と、次の活力につながる時間でありますように。

今日の三冊——ページの上で、遠くへ

最後に、旅の本を三冊だけご紹介したいと思います。ページをめくる手が、そのまま旅券がわりです。よい旅を!

『深夜特急』(沢木耕太郎著)
バスと安宿で、香港からロンドンへ。若い日の放浪の代名詞のような一冊です。読み終えるころには、自分もどこかから帰ってきたような気分になります。
『遠い太鼓』(村上春樹著)
ギリシャとイタリアで、旅ではなく「暮らして」書かれた滞在記。観光ではない外国の日常の手ざわりが、静かな文章で続きます。
『いつも旅のなか』(角田光代著)
世界のあちこちで戸惑い、驚き、うろたえる旅のエッセイ。勝手のわからない場所にいる時間の可笑しさと豊かさを、そのまま閉じ込めたような本です。

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