「AIで、時間が余ってきたんです」とは、誰も言わない
はじめに、7月28日に発生した熊本県を震源とする地震で被害に遭われた皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。いまも救助と復旧に当たられている方々のご無事と、一日も早く穏やかな日常が戻ることを、お祈りいたします。
※以下は、予定していた連載の一篇です。
**********************************
提案書のドラフトが、数十分でできるようになった。三日がかりだった分析が、昼までに終わるようになった。——この一年ほどで、そういう変化を経験した方は、少なくないはずです。
けれど、不思議なことがあります。
経営者の方々とお話ししていると、こんな声が聞こえてくるのです。「AIを入れて、間違いなく現場の効率は上がっているはずなんです。でも、現場から『時間に余裕ができました』という声は、積極的には上がってこないんですよ」
効率は、確かに上がっている。なのに、余裕は報告されない。数字と声のあいだに、奇妙な空白があります。
みんな、気づいている。でも、誰も言わない。
なぜ、言わないのか
理由を想像するのは、難しくありません。「時間に余裕があります」と言えば、仕事を積み増されるかもしれない。あるいは、自分の価値を問われる気がする。だから余った時間は、報告されないまま、静かにどこかへ消えていきます。
前回の記事で、「言えない会社」の話を書きました。上司にも、部下にも、それぞれの「言えない」があるという話です。AIがもたらした余白は、その「言えない」の、いちばん新しい形なのかもしれません。技術の話に見えて、実は、口に出せるかどうかの話。ここが、この問題の入り口だと私は思っています。
経営の立場から見れば、これは小さくない損失です。効率化で生まれたはずの時間は、本来、次の一手に使える経営資源のはずです。ところが報告されないまま消えていくので、意思決定のテーブルに載ることがない。いわば、使い途を決める前に溶けていく資源です。
会社の前にある、三つの道
では、会社の側は、この余白をどう扱えばいいのでしょうか。実際に起きていることを眺めると、道はおおよそ三つに分かれるように見えます。
一つめは、削る。効率化した分だけ、人やコストを減らして回収する道です。経営判断として、間違いとは言えません。少なくとも、今期の数字は確実に良くなります。ただ、この道を選んだ会社では、社員は二度と「時間に余裕がある」と言わなくなります。正直に言えば自分の居場所が危うくなると学習するからです。次の効率化への協力は、そこで止まります。
二つめは、詰める。空いた時間に、次の仕事を注ぎ足す道です。おそらく、いちばん多くの会社が、意識しないままこの道を歩いています。思い返せば、パソコンも、メールも、私たちを暇にはしませんでした。仕事には、与えられた時間いっぱいまで膨らんでいく性質があるようです。
実際、マクロミルが2026年に行った「生成AI活用実態調査」では、生成AIで減らせた時間の使い道を尋ねると、1位は「以前は手が回らなかった別の業務、雑務」、2位は「AIが出力した回答の検証や修正」でした。余白は、積み残しの仕事と、AIのお世話に、静かに吸収されている。誰かが決めたわけでもないのに、です。経営の目で見れば、せっかく生まれた資源が、投資先を選ばれないまま、いちばん手前にある仕事へ流れ込んでいるということでもあります。この道の先にあるのは、以前と同じ忙しさと、「あれだけ効率化したのに、なぜか楽にならない」という徒労感です。
三つめは、注ぐ。浮いた時間を、意図して、別のことに振り向ける道です。お客様と向き合う時間。人を育てる時間。考える時間。そして、話し合う時間。——道具が肩代わりできない仕事に、人の時間を注ぎ直す。
「削る」が生み出すのは、いまの事業での利益改善——同じ仕事を、少ない人手でやる発想です。効果は確実ですが、天井も決まっています。一方「注ぐ」は、浮いた時間を新しい価値づくりに投じて、生み出す価値のほうを大きくしにいく発想です。確実ではないかわりに、天井がない。先ほどの調査でも、浮いた時間が構想や学び、創造の側に注がれている現場は、少数ながら確かにありました。この道は、絵空事ではないのです。
ひとつだけ、気にかかることがあります。その道は、意思をもって選ばれたものだろうか、ということです。「詰める」だけは、選ばれた道ではなく、放置の結果であることが多いからです。
AIが時間の余白を生みはじめた会社では、その時間の使い途に、会社が本当に信じているものが現れます。掲げてきた言葉と選んだ道が重なる会社では、言葉が現実になる。ずれる会社では、社員が静かに、そのずれを見ている。
AIは、生産性の道具であると同時に、会社が掲げた理念の本気度をあぶり出す装置にもなりえる——それが、いま私が感じていることです。
答えの出る問題と、出ない問題
経営学者の宇田川元一さんが、『他者と働く』という本のなかで、組織の問題を二つに分けています。知識や技術で解決できる「技術的問題」と、人と人との関係のなかにあって、正解が一つに定まらない「適応課題」です。
この区分を借りるなら、AIが驚くほど速くしたのは、技術的問題の側です。分析も、資料も、要約も。一方で、適応課題——経営と現場の食い違い、部門のあいだの溝、言いたいことが言えない関係——は、一秒も速くなっていません。そこに向き合う方法として宇田川さんが挙げるのは、相手の側から世界を眺め直す、地道な対話です。
つまり、AIの登場で対話の価値が下がったのではなく、むしろ逆のことが起きている。技術的問題が片づくのが速くなったぶん、残された適応課題の存在が、くっきり見えるようになった。そして多くの場合、事業の成長を最後に止めているのは、技術の側ではなく、人と人のあいだの側です。時間の余白とは、本来、そのための余白なのではないかと私は思うのです。
同じ道具を使っているのに
冒頭の話に戻ります。
同じAIを使っているのに、ある会社では余白が黙って消えていき、ある会社では「時間が余ってきたんです」と口に出せて、その時間の使い途を考えられる。
道具は同じです。では、この二つの会社を分けているものは、何なのでしょうか。
私は、その分かれ目にこそ、組織づくりの本題があると思っています。続きは次の記事で。
(追記)AIは、人事の世界に来た「初めての波」ではありません。成果主義から人的資本まで、30年ぶんの波を振り返った続編を書きました。note公式「noteマネー」にも取り上げていただいた一本です。
▶「人事のトレンドを、30年ぶん振り返ってみる」
おすすめの一冊
宇田川元一『他者と働く——「わかりあえなさ」から始める組織論』(NewsPicksパブリッシング)
