三か月経つと、元に戻る——「組織の土壌」という考え方
前回の記事の最後に、一つの問いを残しました。
同じAIという道具を使っているのに、生まれた余白が黙って消えていく会社と、「時間が余ってきたんです」と口に出せて、その時間の使い途を、考えられる会社。この二つを分けているものは、何なのか。
今日は、その問いに対して私が考えていることを書きたいと思います。現場に立ち続けてきた一人の実感として、読んでいただけたら嬉しいです。この連載全体の、背骨にあたる話です。
「続かない」という、ご相談
経営者の方から、よくいただくご相談があります。
研修を実施した直後は、たしかに空気が変わった。なのに、三か月もすると元に戻ってしまった。評価制度を新しくしたのに、社員の動き方は変わらない。1on1を導入したのに、だんだん形だけの面談になっていく——。何かを始めるたびに、変化はある。けれどそれが、一時的な変化で止まってしまう。ひとことで言えば、「続かない」というお悩みです。
研修が続かない。制度を変えても変わらない。AIが生んだ時間の余白が、静かに消えていく。——この noteの連載で書いてきた景色も、ぜんぶ、どこか同じ形をしていたように思います。
熱心な会社ほど、新しい取り組みに果敢にチャレンジしています。それでも、続かない。根づかない。
かくいう私にも、覚えがあります。管理職になりたてのころ。そして、企業の中で人事として走りはじめたころ。育成プログラムを作ること。新しい制度を導入すること。評価の仕組みを見直すこと。手を打ちつづけているのに、そのわりに手ごたえが薄いな——という違和感が、正直、ありました。
その違和感の正体を探し続けた時間が、すべて今に繋がっているのですが、当時の私は、それにうまく名前をつけられずにいました。
いまなら、こう言えます。あのころの私に足りなかったのは、土に目を向けることだった、と。
種と、土
ここで言う「種」とは、会社が、組織を良くしようと考えて打つ、一つひとつの施策のことです。
研修。評価制度の見直し。1on1。エンゲージメントサーベイ。ジョブ型の人事制度。パーパスの策定。社内表彰やピアボーナス。リスキリング。そして最近なら、AIの導入。——どれも、大切な種です。
けれど、どれほど良い種でも、土が痩せていれば、育ちません。芽が出ても、根を張れないまま、枯れていきます。
多くの会社で起きているのは、これではないかと思うのです。新しい種を、次々と試している。思うように育たないと、その理由を種に求めて、また別の種を探しにいく。けれど、順序が逆だったのかもしれません。種を選ぶ前に、まず、土を見る。
私はこれを、「組織の土壌」と呼んでいます。
組織の土壌とは、何か
土壌、と言われても、つかみどころがないかもしれません。先に、私の考えをお伝えしたいと思います。
組織の土壌とは、「本当は、こうだよね」という、皆が知っている暗黙の了解のことです。実際には何が評価され、何が割に合わないか。どんな動き方が、この会社では自然とされてきたか。どこにも書かれていないし、誰かが決めたことでもない。けれどこの暗黙の了解が、人が何を言えて何を言えないか、何に力を注ぎ何を控えるかを、静かに決めています。
制度が、紙に書かれた決まりごとだとすれば、土壌は、日々の積み重ねのなかで自然とできあがってきた、書かれていない決まりごとです。そして、二つがずれたとき、人が無意識に選ぶのは——いつも、後者のほうです。
土壌そのものは、目に見えません。けれど、ふっと顔を出す瞬間があります。経営から見えている景色と、現場から見えている景色が、ずれるときです。
たとえば、経営者の方から、「一人ひとりの社員が、主体的に考えて動く。そんな自律的な組織にしていきたい」というご相談を受けることが少なくありません。ところが現場で聴いていくと、こんな声に出会います。
「前に、提案をしてみたことがあるんです。ただ、ちょうど皆が忙しい時期で、そのまま流れてしまって」
「いいアイディアだね、と任せてもらえたんです。うれしかった半面、人手や時間まではつけられない状況で。日々の仕事との両立が難しくて、続けられなくて。それからは、手を挙げるのを躊躇してしまって」
経営が育てたいと願っている主体性は——実は、一度、芽を出していたのかもしれません。そして、いつのまにか、消えてしまっていた。この、同じ会社の中にある二つの景色のずれが、土壌の状態を映しています。
だから、制度だけを替えても、組織は変わらない。新しい種を受け止める土が、前のままだからです。
では、その土壌の状態は、何で決まるのでしょうか。
私は、「掲げた理念が、日々のなかで本当に生きているかどうか」だと考えています。ここで言う理念とは、「こういう会社でありたい」「この価値観を大切にする人と、働きたい」——そう明文化した、会社の意思のことです。
人を大切にする。挑戦を歓迎する。お客様に誠実に。その言葉が、毎日の判断や振る舞いのなかで実際に息づいている会社では、理念と土壌が、地続きになっています。言葉はあり、社内に共有もされている。けれど、毎日の判断は別の理屈で動いている——そういう会社では、理念と土壌が、離れています。
掲げた言葉が、日々の判断や振る舞いというかたちになって現れたもの——それが、文化なのだと思います。この連載の題を「掲げた理念を、生きた文化に。」としたのは、この一点のためでした。
痩せた土でも、収穫はしばらく続く
一つだけ、補足しておきたいことがあります。
土が痩せていても、収穫が続くことは、あります。優秀な人の踏ん張り。追い風の市場。トップの突破力。それらがあれば、土に手をかけないまま数字が伸びることは、実際にあるのです。私も、そのようなケースを見てきました。
ただ——その実りには、賞味期限があるように感じています。踏ん張っていた人が疲れて去る。市場の風向きが変わる。強かったトップが、いつかは退く。そのとき、土に何の蓄えもなかった会社は、驚くほど早く痩せ細っていきます。
だからこの話は、いま調子の悪い会社のためのものではありません。むしろ、いま数字が伸びている会社にこそ、関係のある話なのだと思っています。
土壌は、どう変えていくのか
では、どのように土を変えていけるのか。
種を蒔くようには、いかない——というのが私の実感です。土づくりには、順序があります。そして、手間と時間がかかります。
最初の一歩は、いまの土の状態を知ることです。どこが固く、どこに水が溜まり、どこに何が埋まっているのか。それをいちばん知っているのは、その土の上で毎日働いている一人ひとりです。だから、全員に、一人ずつ聴く。
遠回りに見えますが、私は、ここがいちばんの近道だと思っています。
聴いて、土の状態がわかったら、次に、耕します。掲げてきた言葉と、現場で起きている現実。その間にあるずれを、見て見ぬふりをせず、きちんと向き合えるものにする。固まっていたものをほぐして、風と水の通り道をつくる——組織にとっての「耕す」とは、そういう作業です。
そして最後に、根づかせる。——この「根づかせる」については、これからの連載のなかで、少しずつ書いていきたいと思います。
聴く。耕す。根づかせる。書いてしまえば、それだけのことです。けれど、どの一歩も、一足飛びには進みません。この順序は、逆にも、省略にも耐えません。聴かずに耕せば、押しつけになります。
そして、もう一つだけ、動かせないことがあります。土壌の手入れは、現場任せにできない、ということです。一人の社員がどれほど頑張っても、自分のまわりの土を良くするのが精いっぱいで、会社全体の土を入れ替えることはできません。土壌づくりは、経営の責任です。
二つの会社を分けていたもの
前回の問いに、戻ります。
同じAIを使っているのに、生まれた余白が黙って消えていく会社と、「時間が余ってきたんです」と口に出せる会社。そして、その声を経営がきちんと受け取って、次の一手につなげていける会社。この違いは、どこから来るのか。
それは土壌だと、私は思っています。言っても大丈夫だと皆が知っている土では、余白は会社の財産になります。そうでない土では、静かに消えていきます。
そして、これはAIに限った話ではありません。研修の効果が出るかどうかも、評価制度が機能するかどうかも、1on1が真の対話になるかどうかも。種はそれぞれ違って見えて、育つ土は、一つです。
最後に。
土というのは、その上に立っている人からは、いちばん見えにくいものです。もし、種を替え続けたのにいまいち手ごたえを感じられないならば、次の種を探す前に、一度だけ、足元を見てみる。始まりは、案外そこにあるのかもしれません。
