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10日目:曼珠沙華

とある作品を見ていて出てきた、曼珠沙華こと彼岸花。日本人なら多くが知ってるかなり知名度の高い花かと思いますが、実はこの花文化的にもかなり面白い花なんです。
イメージとして死や不運を思い浮かべる人が多いかと思いますが、なぜそのようなイメージがつく花となったのでしょうか?少々深堀してみましょう

どのようにして日本へ?

この花は日本原産の種ではなく、大陸から6世紀に仏教とともに伝わってきたとする説が強いようです。
これは名前にも表れていて、曼殊沙華というのは仏教上の吉兆の架空の花の名前です。仏教とともにわたってきたもので、この花にも曼殊沙華という長つけられたようです。読みはサンスクリット語で、漢字は当て字だそうです。

そして彼岸花へ

しかし現在は曼殊沙華という名称の方はあまり使われず、(諸説ありますが)江戸時代後期に彼岸花という名称になっていたっと考えられているようです。
いったいなぜ彼岸花という名前になったのでしょうか?それは、この花を越えると死んでしまうからです。
なぜこんな表現をしたか、この花がどのように扱われていたか、もう少し深堀していきます

植物としての彼岸花

彼岸花はヒガンバナ科という独立した科の植物で、毒があるというのは聞いたことがあるでしょうか?この特徴から、非常食として植えられる風習があったそうです。毒があるので野生動物に食べられず、水にさらしてから食べると毒がかなり抑えられたらしく、いざというときに食べられていたそうです。
この花は飢饉等の死が迫ってきたときに、人に寄り添ってきた花でもあるのです。
他に植物としての特徴は、球根植物なので自然に広がることがない、きれいな赤い花が咲く、葉が枯れ落ちてから花は咲く、などの特徴もあります。

文化側面の彼岸花

上でも述べた通り球根植物なので、自然に広がらず、動物などが寄ってこない、そして赤く目立つという特徴があります。この特性から、様々な場所の目印や境界として植えられたそうです。

赤い色は、鳥居などでも使われているように魔除けや境界としても意味合いで使われることが多いです(想像ですが、昔の赤い塗料が金属由来で毒性を持って、腐食や錆から守る効能があったので、そこから赤に魔除けの意が付いたのではと愚考)。

そこから、此岸(生活圏)と彼岸(墓地やお墓)の境界として彼岸花が植えられたり。田畑のあぜ道や河川敷など、踏み外したり削りすぎると危ない場所に目印と植えられたり。

彼岸花の花言葉

花言葉という文化は東洋西洋問わずあるのですが、不思議と同じような意味になることが多いそうです。西洋の花言葉が東洋に持ち込まれることも、東洋の花言葉が西洋に持ち込まれることも、東洋西洋それぞれで花言葉が紡がれることも。
彼岸花の花言葉は東洋で生まれ、西洋にも似た意味の言葉で受け入れられたそうですが、その花言葉は「悲しい思い出」「あきらめ」「再会」「復活」などがあるそうです。
どのような文化圏の人が見ても、彼岸花に離別やあの世に関するイメージがあるのが興味深いです。

結び

彼岸花は、昔から人の生きれる領域とそれ以外を隔てる境界を表すようにとらえられていました。
これは穢れ(腐敗した遺体)を動物が生活圏に持ち込まないため、等実用的な理由もあったかと思いますが、日本人がなくなった先人や死後の世界に対して畏怖や敬意を持っていたからこそ、今日まで脈々と受け継がれてきた文化なのだと私は信じています。
このような、先人の大切にしてきた文化やルーツを知り、次へ大切に引き継ぐことはとても大切なことだと信じているので、また思いついたら他の文化や風習もまとめてみます。

ご覧いただきありがとうございました٩( 'ω' )و

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境界を分けることは、日本民族の在り方を守ることにもつながると思っています。

生死観の先、なぜ生きるのか、何のために生きるのか、考えたことはありますか?

彼岸花が人の生死を守るための境界として機能していたように、領域を分ける、安全な領域を確保するというのは、日本の文化の中に根付いた価値観の一つのように私は感じています。


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