日本を残せ――日本共和制論 5/5
All eyes on 残すべき日本…
1. 導入――日本を残せ
日本を残せ。
これが、日本共和制論の最終回で言うべきことである。
ただし、ここでいう「日本を残せ」とは、血統を守れという意味ではない。
排外感情を正当化しろという意味でもない。外国人をすべて拒めという意味でもない。日本的経営を復活させろという意味でもない。JTC的な空気支配、情緒的人事、曖昧な責任分界、上司の顔色読み、反論しないことを美徳にする組織文化を保存しろという意味でもない。
JTCとは、Japanese Traditional Company の略である。伝統的な日本企業、とくに古い大企業的な組織文化を揶揄・自虐する近年のネットスラングで、明確な定義があるわけではない。だが、長期雇用、年功序列、根回し、稟議、社内調整、形式的な確認、上意下達、責任の曖昧さ、空気支配、職務より人格や忠誠を見がちな評価慣行をまとめて指す言葉として、おおむね通じるようになっている。
ぼくが残せと言っているのは、そういう日本ではない。
残すべきなのは、日本語公共圏である。日本語で教育を受け、日本語で制度を理解し、日本語で世界思想に触れ、日本語で公共的な議論を行い、日本語でこの社会の次の形を考えることができる場である。残すべきなのは、教育を通じて子どもを社会の成員へ育てる責任である。残すべきなのは、学校から職業世界へ人を接続する制度である。残すべきなのは、地域、家族、介護、食料供給まで含めて、社会を次の世代へ渡す能力である。
残すべきなのは、公共財としての規律でもある。
公共空間を清潔に保つこと。順番を守ること。騒がないこと。他人に無駄に干渉しないこと。最低限の作法で共同生活を回すこと。こうした規律は、組織内で上司に逆らわないことや、空気を読んで黙ることとは違う。前者は共同生活を支える公共財であり、後者はしばしば組織病理である。日本を残すとは、この二つを混同しないことでもある。
もちろん、これは「ぼくのかんがえるさいきょうの」日本にすぎない。
残すべき日本と、捨てるべき日本を、ぼくが勝手に仕分けているだけである。国民的合意があるわけではない。多数派保守の標準的な立場でもない。リベラルに受け入れられる話でもない。ぼくの理論であり、ぼくの選別であり、たぶん少数派の日本保存論である。
それでも、単なる妄想だとは思っていない。
JTC的な組織文化を切ることは、単なる趣味ではない。情緒的人事、空気支配、人格評価、上司への適応、職務不明確性、測定忌避を批判することは、ホワイトカラーの生産性向上に関係する。EQ的な「人間力」評価をありがたがるのではなく、職務、能力、成果、制度、心理的安全性、責任分界を明確にすることは、日本企業の組織病理を解くために必要である。
また、文化財を保護するように日本を残すという発想も、完全な空想ではない。観光資源としての日本、文化資源としての日本、アニメ、マンガ、ゲーム、都市、寺社、祭り、食、公共空間の作法、清潔さ、交通の正確さ、コンビニや鉄道を含む生活インフラは、すでに内外で消費されている。クールジャパンが政策として成功したかどうかは別問題だが、日本の文化資源そのものが世界で受容されていることは否定できない。ぼくの「さいきょうの日本」は、私的な選別ではある。だが、その素材は、すでに現実の日本社会の中にある。
日本は、欧米以外では例外的に、自国語で高等教育まで届く近代社会を作った。日本語で法律を学び、日本語で医学を学び、日本語で工学を学び、日本語で哲学を読み、日本語で政治を論じることができる社会を作った。これは、当たり前ではない。
文化資本の厚い家庭に生まれなくても、少し意識の高い高校生が岩波文庫でニーチェに触れることができる。
これは、一般論として書いているのではない。ぼく自身のことである。
ぼくは、厚い文化資本に守られて育ったわけではない。少なくとも、自分の当時のSESが高かったとは思っていない。金がなくても、図書館に行けば岩波文庫くらいはある。高校生が、母語で、プラトンでも、ニーチェでも、カミュでも、ヘッセでも、ドストエフスキーでも、フロイトでも読むことができる。もちろん、読めば理解できるという話ではない。だが、入口がある。
日本語公共圏には、外へ出るための入口があった。
日本語は、閉じるためだけの言語ではない。外へ出るための母語でもある。
日本は、経済的には停滞した。バブル崩壊後の「失われた十年」は、いつの間にか「失われた二十年」「失われた三十年」と呼ばれるようになった。名目GDPでは、2010年に中国に抜かれて世界2位から3位へ落ち、2023年にはドイツに抜かれて世界4位になった。2023年のドル建て名目GDPは、日本が約4.2兆ドル、ドイツが約4.5兆ドルだったとされる。一人当たり名目GDPでも、2023年の日本は3万3,849ドル、OECD38か国中22位で、韓国を下回った。
だから、経済的な意味で、かつての “Japan as Number One” を再演することはできない。
企業組織、官僚制、日本的経営、長期雇用的な組織調整は、もはやそのままでは成功モデルではない。むしろ、いまではしばしば負債になっている。社内調整に時間を使い、責任を曖昧にし、職務を定義せず、人格や空気や忠誠を評価し、失敗を制度ではなく個人の態度に帰す。そういう日本は、残すべき日本ではない。
では、経済的に停滞した日本には、もう残す価値がないのか。
ぼくは、そうは思わない。
ただし、ここも断定しすぎない方がよい。経済的停滞のあいだにも日本社会は文化的に洗練されてきた、と言えば、いくらでも反例は出る。貧困はある。地方の疲弊はある。少子高齢化は進んだ。ブラック企業もある。教育も壊れている。政治も劣化している。公共空間にも劣化はある。観光公害もある。外国人観光客に消費されるだけの日本になっている側面もある。
それでも、昭和生まれのぼくの生活実感としては、日本社会には、かつてより洗練された部分もある。
公共空間の清潔さ。交通の正確さ。都市生活の便利さ。コンビニ、鉄道、宅配、飲食、観光地の整備。人に無駄に干渉しない距離感。騒がないことを求める感覚。表現文化、サブカルチャー、アニメ、マンガ、ゲーム、音楽、ファッション。海外から見れば奇妙に見えるかもしれないが、日常生活の細部にまで整備された作法とサービス。ぼくは、それらをすべて無条件に礼賛するわけではない。過剰サービスも、空気支配も、客を神にする文化も嫌いである。だが、それでも、ここには残すべきものがある。
だから、ぼくは、左翼的な終末思想には乗らない。
日本は終わった。日本は遅れている。日本は差別的だ。日本は閉じている。
日本は解体されるべきだ。そういう言葉で、この社会の制度、言語、文化、生活上の作法をまとめて否定する気はない。もちろん、日本社会には同調圧力がある。世間体がある。内申書的な人格評価がある。空気支配がある。家や組織のために個人を潰す病理がある。それは見ないふりをしない。しかし、それらがあるからといって、日本語公共圏も、公共空間の作法も、文化的洗練も、天皇制における権威と権力の分離も、まとめて捨てればよいわけではない。
この論で問うのは、何を残し、何を捨てるかである。
残すべき日本は、血統の日本ではない。排外感情の日本でもない。JTCの日本でもない。空気支配の日本でもない。国家を理念で飛ばすリベラルの日本でも、伝統を唱えて制度責任を飛ばす保守の日本でもない。
残すべき日本は、日本語で公共圏を維持し、教育によって成員を育て、職業世界へ接続し、地域と生活を次の世代へ渡し、権威と権力を分離し、公共財としての規律を守り、文化財を保護するように自分たちの社会を扱う日本である。
だから、英語で言うなら、Save Japan ではない。
Preserve Japan である。
救え、ではない。残せ。保護しろ。壊すな。溶かすな。世界標準に合わせて平板化するな。ガラパゴスであることを、ただ恥じるな。守るべきガラパゴスがあるなら、それを何として残すかを考えろ。
日本共和制論とは、そのための議論である。
共和制とは、ここでは反天皇制のことではない。大統領制導入論でもない。国家を公共のものとして、国民が引き受ける態度のことである。天皇を戴きながら、日本語公共圏、教育責任、成員形成、公共秩序、文化的洗練、権威と権力の分離を、自分たちの公共的実践として引き受けること。それが、ぼくの言う日本共和制である。
日本を残せ。
それは、国家を自分たちの公共物として引き受けろ、という意味である。
2. これはどうやって「日本共和制論」になったのか――具体論、違和感、AIとの対話
この日本共和制論は、最初から抽象的な国家論として始まったわけではない。
ぼくが最初から、「天皇を戴く共和主義」とか、「日本語公共圏」とか、「国家を公共的実践として引き受ける」とか、そういう大きな言葉を掲げて考えていたわけではない。発端は、もっと具体的だった。作品があり、ニュースがあり、制度への違和感があり、自分自身の経験に照らして、どうしても引っかかるものがあった。その引っかかりを一つずつ考えているうちに、どうもこれは別々の話ではないらしい、と見えてきた。
最初のきっかけの一つは、辻村深月『かがみの孤城』だった。
ただし、ここは最初に断っておく必要がある。『かがみの孤城』は、ぼくの義務教育論をそのまま書いている作品ではない。ぼくの制度論を支えるための素材でもない。あれは、不登校をめぐるファンタジーとして、それ自体で読まれるべき優れた作品である。英語圏では Lonely Castle in the Mirror として紹介されているが、英語版であれ日本語版であれ、まず作品として読まれるべきものだ。
ぼくが言いたいのは、作品解釈ではない。
『かがみの孤城』を読んだことで、ぼくの側に別の問いが立ち上がった、ということである。学校に行けない子どもをどう扱うのか。不登校を、学校という制度からの離脱としてだけ見るのか。それとも、子どもを社会へ戻す通路の問題として見るのか。義務教育とは、親が子どもを学校へ行かせる義務なのか。それとも、国家と社会が子どもを社会参加可能な成員へ育てる義務なのか。
そう考えると、義務教育は、単なる学校制度の話ではなくなる。
『義務教育を考え直す――日本共和制論 1/5』で扱ったのは、この問題だった。義務教育の義務は、親だけにあるのではない。国家にも、社会にもある。子どもを、読み書きができ、制度を理解し、他人と同じ公共空間で生き、将来どこかの職業世界へ接続できる存在へ育てる責任がある。学校へ来られない子どもをどう扱うかという問題は、ただの福祉問題ではない。国家が、誰を自分の成員として育てるのかという問題である。
次に出てきたのが、教員養成の問題だった。
これも、抽象的な教育行政論として出てきたわけではない。ぼく自身の中には、昔から教師への強い不信があった。とくに、小中学校的な人格評価、内申書的な評価、教師による情緒的人間評価への不信である。点数だけ見てくれていた方がよかった。数字で評価される方がまだましだった。そういう感覚があった。
教師が、子どもの人格を見ている。協調性を見る。態度を見る。意欲を見る。人間性を見る。そういう言葉は、いかにも教育的に見える。だが、それはしばしば、教師の主観、好き嫌い、空気への適応、従順さ、教室内での扱いやすさを、人格評価として制度化することでもある。EQ的な「人間力」評価への不信も、そこにつながっている。
ここで、「態度や生活習慣や他者との関係も大事だ」と一般論で逃げると、問題の核心を取り逃がす。
少なくとも、ぼくのような人間にとっては、そんなものはどうでもよかった。いや、より正確に言えば、どうでもよいと切るべき場面がある。全員に同じ協調性を求め、それを内申点として将来に影響させる制度は間違っている。
もちろん、社会に出る以上、最低限の規律や制度理解は必要である。暴力をふるわない。約束を守る。公共空間を破壊しない。法を理解する。職業世界へ接続するための最低限の振る舞いを持つ。そうした基準は必要である。しかし、それは全員に同じ「協調性」や「扱いやすさ」を要求することとは違う。まして、それを教師個人の感情や教室内での印象によって内申点へ変換することとは、まったく違う。
18歳時点の出口評価は、一律であってはならない。
学力トラックにいる者には、学力、制度理解、社会参加に必要な知識を問えばよい。数理や言語に極端に強い者であっても、社会制度の知識を欠くわけにはいかない。だから、学力が突出していれば何をしてもよい、という話ではない。だが、その評価軸は、あくまで学力トラックの出口として設計されるべきである。
一方で、学力トラックではない者には、別の出口が必要になる。職業接続に必要な規律、継続性、身体性、技能、対人上の最低限の境界感覚、現場での学習可能性を評価すればよい。全員を同じ学力競争へ乗せる必要はない。だが、逆に、学力トラックにいる者へ、職場的な協調性や教室内での従順さを同じように求める必要もない。
ぼくは、明らかに学力トラック側でしか生きられない人間だった。
中学の頃、ぼくは授業をまともに聞いていたとは言いにくい。授業中に寝ていたり、別のことを考えていたり、学校の授業そのものをかなりスルーしていた。それでも成績は上位だった。一桁から十位台あたりにはいたはずである。内申点の問題もあって、県内トップ校ではなく、別の進学校へ進んだ。
その学校の最初の校内模試で、少なくとも主要三科目では最上位に出た。
ぼくの勉強は、中学から高校まで、ほぼ進研ゼミ一本だった。
当時の福武書店、後のベネッセの通信教育である。塾にも予備校にも行かなかった。評判のよい参考書を多少使うことはあったが、基本は教科書と進研ゼミだった。高校の勉強であれば、進研ゼミかZ会の二択で十分だと見ていた。Z会にはどこかスノビズムを感じて敬遠し、中学から続けていた進研ゼミをそのまま使った。
ぼくは、学習においてもヒトリストだった。
山で言えば、ガイド付きツアーや隊列登山ではなく、地図と装備を持って一人でルートを読むタイプである。大学受験で求められる知識は、基本的に文部省が範囲とレベルを決めたものである。ならば、教科書、参考書、それを噛み砕いた通信教育教材をマスターすれば足りる。結局、理解するのは自分である。塾や予備校の講師という人的媒介をわざわざ挟む必要はない。少なくとも、ぼくはそう考えていた。
これは、完全な放任型の独学ではない。
進研ゼミは、教材選定とスケジューリングを外部化してくれる。何をどの順番でやるかを、毎月の教材としてパッケージ化してくれる。だから、ぼくは参考書選びや学習計画に過剰な認知リソースを使わずに済んだ。塾や予備校には行かない。しかし、教材の構造化は通信教育に任せる。人的媒介は排除するが、教材システムは使う。これが、ぼくの自学自習だった。
予備校をまったく使わなかったわけでもない。
模試は受けた。予備校は、授業を受ける場所ではなく、自分の学習戦略が正しいかどうかを測る計測器だった。高一の頃から、予備校で習うことなく、進研ゼミだけで上位者欄に名前が載っていた。載らなかった記憶は、むしろない。皮肉なことに、敬遠していたZ会の模試でも一桁順位を取った。だから、このやり方でよいのだというフィードバックは十分にあった。授業は要らない。だが、測定は要る。ここも重要である。
これは、ぼくの記憶の中でかなり大きい。
中学の時点で、授業を無視しても成績上位にいた。塾にも予備校にも行かず、通信教育を軸にしていた。進学校に入っても、最初の主要科目では最上位に出た。母集団をかなり粗く見積もっても、県内同学年の上位千分の一前後には入っていたはずである。そう考えると、当時WISCのような児童用知能検査で測っていれば、いわゆるギフテッド水準の数値が出ていた蓋然性はかなりある。
もちろん、これは診断ではない。厳密な知能検査の数値でもない。だが、少なくとも、平均的な教室運営の中で理解しやすい子どもではなかっただろう。中学までの教師にとって、ぼくはかなり扱いづらく、不気味ですらあったのだと思う。
彼らが劣っていた、と言いたいわけではない。むしろ、彼らは教師としてそれなりに優秀だったのだろう。人を育てるという意味では、ぼくよりも優れていたのかもしれない。ぼくは人を育ててきたわけではない。
だが、彼らはぼくを理解できなかったのだと思う。
それは仕方ない。教師にも限界はある。極端に認知特性が違う人間を、平均的な教室運営の中で理解することは難しい。まして、中学までの教師が、突出した学力トラック側の子どもや、ASD/ADHD的な特性を持つ子どもを、適切に評価できるとは限らない。
しかし、理解できないことと、それを内申点に換算することは別である。
教師から見て気に入らない。扱いづらい。協調性がない。授業を聞いていない。態度が悪い。そう見えたとしても、その気に入らなさを内申点に変換してよい理由にはならない。学力トラック上で突出している子ども、さかなクンのように偏った才能を持つ子ども、ASD/ADHD的な特性を持つ子どもに、同じ「協調性」や「態度」や「人間性」を求め、それを進路に影響する評価へ落とすことは、制度として間違っている。
そこから、『教育学部はいらない――日本共和制論 2/5』へ進んだ。
教員を、聖職者のような人格者として扱うのではない。教育学部を、教育理念を語る場として温存するのでもない。国家が子どもを成員として育てるのなら、教員はその責任を担う高度専門職でなければならない。教員不足、教員志望者の減少、採用倍率の低下、教員の過重労働といったニュースも、単なる労働環境問題ではない。国家が成員形成を担う職業を、どのように制度化するのかという問題である。
三つ目に出てきたのが、複線型トラックの問題だった。
ここでは、『みいちゃんと山田さん』のみいちゃんのような存在が一つの引き金になった。この作品もまた、それ自体として読まれるべき漫画である。ぼくの制度論のためにある作品ではない。ただ、日本語圏では大きく話題化した作品であり、漢字も空気も読めないとされるみいちゃんの姿は、標準的な教育・福祉・労働の接続からこぼれる人間を考えるうえで、強い問いを投げかけている。
標準的な学校制度や家庭環境や学力競争の中で、うまく接続されない子ども、社会の側から見落とされる子ども、福祉と教育と職業の隙間に落ちていく子どもがいる。そういう子どもを、自己責任で片づけることはできない。みいちゃん型の問題は、落ちこぼれ救済という言葉だけでは足りない。社会が、どの段階で、どう測定し、どう支援し、どう職業世界へ接続するのかという問題である。
だが、同時に、逆側にはさかなクンのような存在もいる。
標準ルートから外れることで、むしろ才能が見える人間がいる。学校的な総合評価や、均質な学力競争や、みんな同じ進学ルートでは測れない適性がある。ある分野に極端に偏った関心、執着、知識、観察力、身体性、技能がある。それを、単に「普通ではない」と処理してしまえば、社会は才能を潰す。
『複線型トラックをデザインしろ――日本共和制論 3/5』で扱ったのは、この両側だった。
みいちゃんのように、標準ルートからこぼれる人間をどう掬うのか。さかなクンのように、標準ルートから外れることで才能が見える人間をどう潰さないのか。これは、単なる弱者救済ではない。天才礼賛でもない。国家が、人間の適性をどう見つけ、どう職業世界へ接続するのかという問題である。
この時点で、義務教育、教員養成、複線型トラックは、かなりはっきり同じ方向を向いていた。
国家は子どもを成員として育てる。教師はそのための専門職である。学校から職業世界へは、単線ではなく複数の接続が必要である。しかも、その接続は一度選んだら終わりではない。発達の速い子どももいれば、遅れて伸びる子どももいる。早くから適性が見える者もいれば、後から自分の向き不向きに気づく者もいる。進学から職業へ、職業から学び直しへ、福祉から訓練へ、訓練から就労へ、あるいは一度外れたところから再び戻る経路が必要になる。back & forth, forth & back。突出した学力トラック、発達特性を持つ者、偏った才能を持つ者、標準的な学力競争からこぼれる者を、同じ人格評価で裁いてはならない。ここまでは、教育制度論として読める。
だが、四つ目で、問題はさらに広がった。
『この国を次の世代に渡せ――日本共和制論 4/5』で扱ったのは、少子高齢化そのものではない。少子化対策でも、結婚支援でも、子育て支援の制度論でもない。問題は、社会の再生産可能性だった。
ここにも、具体的な違和感があった。
勝倉千尋である。
勝倉千尋は、婚活インフルエンサーである。より正確に言えば、婚活市場をハックする形で、女性が現実の制度と市場の中でどう幸せを確保するかを実践的に示している人だと、ぼくは見ている。女性の実生活上の幸福を考えるなら、彼女の活動は全面的に素晴らしい。凡百のアカデミックなフェミニストよりも、はるかに実効性がある。公金チューチュー型のフェミニズムなど論外である。顔面整形を含む自己演出も、戦略として一貫している。
だから、彼女への批判ではない。
むしろ、彼女はかなり正しい。婚活をハックし、結婚をハックし、出産と子育てをハックし、女性が市場と制度の中でどう立ち回るかを、現実的に示している。理念としてのフェミニズムではなく、実践としてのフェミニズムである。そこには、ぼくから見ても賞賛しかない。
ただし、その正しさの先で、別の問いが立つ。
彼女が主に対象としている中〜高所得層の女性、あるいはそこから生まれる結婚カップルが、彼女自身が実践しているような子育て体制をどこまで再現できるのか。彼女自身は、経営者所得、発信力、自己設計能力、外注を含む高度な生活設計によって、かなり特殊な体制を作ることができる。だが、そのモデルを、社会全体の少子化や再生産可能性の議論へそのまま一般化できるのか。
そこに、ぼくの違和感があった。
個人戦略としての婚活ハック、家族形成ハック、子育てハックは有効である。だが、国家論としては、それだけでは足りない。社会全体を次の世代へ渡すには、教育、地域、介護、職業接続、国内人材、食料供給まで含めた再生産可能性を問わなければならない。勝倉千尋の実践が優れているからこそ、その外側に、個人戦略では解けない制度の問題が見えてくる。
子どもを育てること。介護を制度へ逃がすこと。地域で暮らせること。農地、海、食料供給能力を次の世代へ渡すこと。国内人材を教育し、測定し、職業世界へ接続すること。少子高齢化を理由に、安易に外国人材へ逃げないこと。これらはすべて、社会を次の世代へ渡す問題である。
ここで、移民の問題も見えてきた。
外国人を入れるな、という話ではない。だが、少子高齢化だから外国人材を入れればよい、という話でもない。人手不足だから外から労働力を入れる。その発想だけでは、国家は自分の成員形成責任を放棄することになる。まず国内の子どもを育てる。国内の人材を接続する。教育と職業と地域をつなぐ。そのうえで、外国人を迎えるなら、その人をどの公共圏の成員として迎えるのかを問わなければならない。
ここまで来ると、もう教育論だけではない。
義務教育、教員養成、複線型トラック、少子高齢化、移民。これらは、別々の政策ではない。国家が誰を成員として育てるのか。どの言語で公共圏を維持するのか。どの制度を通じて人を職業世界へ接続するのか。次の世代へ何を渡すのか。そこに収束していく。
ここで、ぼく自身の思想的な下地にも触れておく必要がある。
ぼくの「保守」志向は、最初からかなり特殊な形をしていた。情緒的な伝統礼賛ではない。美しい日本でもない。日本人の心でもない。大学時代から呉智英を読んでいたことは大きい。呉智英とその周辺の議論には、リベラルなきれいごとを疑い、近代、平等、人権、民主主義といった言葉をいったん冷たく見る感覚があった。そこには、単なる右翼思想ではなく、現実を見るための反時代的な態度があった。
また、「最初の博士――飯島昇蔵先生の教え」でも書いたように、西修の修正パンチも大きかった。ぼくは、少なくとも典型的なお花畑サヨクではなかったし、仮にそうなりかけたとしても、あそこでかなり修正されたのだと思う。理念を掲げるだけでは足りない。制度を見なければならない。憲法、国家、権力、秩序を、きれいな言葉だけで処理してはならない。そういう感覚が、かなり早い段階で入っていた。
さらに、飯島先生の授業では、オークショットにも触れていた。政治を抽象的な設計図から作るのではなく、歴史的に継承された実践や制度の中で考えるという感覚は、そこで一つの補助線になった。もちろん、ぼくはオークショット主義者ではない。だが、政治を理念で一気に作り替える発想への警戒は、そこにも由来している。
そして、そこへ天皇制の問題が入ってきた。
ぼくは、最初から反天皇制ではない。むしろ、自分では保守に近いと思っていた。ただし、それは情緒保守ではなかった。伝統を唱えて制度責任を飛ばす保守でもなかった。どちらかと言えば、リベラルなお花畑を疑い、同時に保守の情緒も疑う、かなり現実主義的な保守だった。
天皇を語るときに、すぐに日本人の心とか、神話とか、美しい国とか、そういう話に逃げるのは違うと思っていた。一方で、リベラルやリベサヨの天皇制論にも、まったく乗れなかった。
彼らは天皇制を、制度としてではなく、自傷ポエム、人権劇、護憲物語、解放のための素材として扱いがちである。天皇制をどう制度的に読むかではなく、天皇制をめぐって自分たちがいかに倫理的に傷つくか、いかに人権を語るか、いかに戦後民主主義的な正しさを確認するかに向かってしまう。
ぼくが見たかったのは、そこではなかった。
天皇制は、権威と権力の分離として読めるのではないか。権力者が国家の権威そのものにならないための仕組みとして読めるのではないか。武家政権の長い歴史の中で、天皇の権威と、実効的な政治権力は分かれていた。この分離を、近代国家の中でどう読み直すか。そこに、日本共和制論の核心があるのではないか。
この時点で、ぼくの自認は少しずつずれてきた。
自分では保守だと思っていた。あるいは、普通の意味では保守の側にいると思っていた。だが、AIとの対話で、義務教育、教員養成、複線型トラック、少子高齢化、移民、日本語公共圏、天皇制を並べて分類していくと、どうもそれは普通の保守ではなかった。
保守とは、一般に、伝統を守る、共同体を守る、家族を守る、国柄を守る、天皇制を守る、という方向へ向かう。もちろん、ぼくの議論にもそれに近い要素はある。だが、ぼくが言っていることは、単に昔の日本を守れという話ではなかった。
ぼくが守りたいのは、血統でも、空気支配でも、JTCでも、情緒的人格評価でもない。むしろ、それらは切るべきものとして出てくる。守りたいのは、日本語公共圏であり、成員形成であり、教育責任であり、職業接続であり、社会の再生産可能性であり、権威と権力の分離である。そして、それらを国民が自分たちの公共物として引き受けることである。
それは、保守というより、共和主義ではないのか。
ただし、反天皇制の共和主義ではない。天皇を廃して大統領を置く共和制ではない。天皇を戴きながら、国家を国民が公共的実践として引き受ける共和主義である。権威と権力を分離し、権力者を絶対者にせず、日本語公共圏を維持し、成員を育て、国家を公のものとして扱う。そういう意味での共和主義である。
AIは、この思想を作ったわけではない。
これは大事な点である。AIがぼくに思想を与えたわけではない。AIが、日本共和制論を書いたわけでもない。もともとあったのは、ぼくの違和感であり、経験であり、読書であり、制度への不信であり、日本社会への愛憎であり、リベラルへの嫌悪であり、情緒保守への不信であり、教師への不信であり、JTCへの嫌悪であり、日本語公共圏への感謝だった。
AIがやったのは、それらを分類することだった。
散らばった違和感を並べる。関係していないように見える論点を近づける。言葉を与える。別の概念と比較する。ときには間違える。ときには勝手に丸める。ときには、ぼくの主張をリベラルに寄せたり、福祉的に白く塗ったり、保守的に雑に処理したりする。そのたびに、ぼくは違うと言う。違うものを違うと切っていくうちに、逆に中核が見えてくる。
この意味で、日本共和制論は、AIとの対話によって作られたのではない。
AIとの対話によって、ぼくが何を拒否しているのかが見えたのである。
ぼくは、リベラルの国家忌避を拒否している。世界市民、人権、立憲主義、反差別といった大きな言葉で、具体的な国家、制度、言語、数字、公共秩序を飛ばすことを拒否している。ぼくは、情緒保守の制度忌避も拒否している。伝統、日本人の心、天皇、家族、美しい国といった言葉で、制度責任を飛ばすことも拒否している。ぼくは、JTC的な日本礼賛も拒否している。空気支配、責任の曖昧さ、人格評価、職務不明確性を、日本的なよさとして温存することも拒否している。
では、何を肯定するのか。
日本語公共圏を肯定する。成員形成を肯定する。教育責任を肯定する。複線型トラックを肯定する。国内人材を接続する責任を肯定する。次の世代へ社会を渡す責任を肯定する。権威と権力の分離としての天皇制を肯定する。封建制と勤勉革命を経由して近代社会を作った日本の歴史的蓄積を肯定する。公共財としての規律を肯定する。文化財を保護するように日本を残すことを肯定する。
こうして、具体論は国家論になった。
学校に行けない子どもの問題は、成員形成の問題だった。教育学部の問題は、国家が成員形成を誰に担わせるかという問題だった。内申書の問題は、単一の人格評価で複数のトラックを裁くことの問題だった。複線型トラックの問題は、適性と職業世界をどう接続するかという問題だった。少子高齢化の問題は、社会を次の世代へ渡せるかという問題だった。移民の問題は、誰を日本語公共圏の成員として迎えるかという問題だった。天皇制の問題は、国家の権威と権力をどう分けるかという問題だった。
だから、日本共和制論なのである。
この論は、反天皇制ではない。大統領制導入論でもない。日本を無条件に礼賛する保守論でもない。日本を解体したがるリベラル論でもない。天皇を戴きながら、日本語公共圏、教育責任、成員形成、職業接続、社会の再生産、公共秩序、文化的洗練、権威と権力の分離を、国民が自分たちの公共的実践として引き受ける立場である。
ぼくは、それを日本共和制論と呼ぶことにした。
3. 共和制とは反天皇制ではない
共和制という言葉は、日本語ではしばしば反天皇制と結びつけて理解される。
天皇制をやめる。王制をやめる。君主を廃する。大統領制にする。そういう意味で、共和制という言葉が使われることは多い。少なくとも、日本の政治語彙の中では、共和制はしばしば君主制の反対語として読まれる。だから、「日本共和制論」と言えば、反天皇制の議論だと思われても仕方がない。
だが、この論で言う共和制は、その意味ではない。
ぼくは、天皇を廃して大統領を置けと言っているのではない。天皇制を否定しているのでもない。象徴天皇制を壊せと言っているのでもない。むしろ逆である。ぼくは、天皇を戴きながら、国家を国民が公共的実践として引き受けることを考えている。
ここで言う共和制とは、制度形式としての republic だけではない。
もちろん、政治学的には、共和制は君主制と対比される。王や皇帝を国家元首としない政体を共和制と呼ぶ。その意味は消えない。だが、共和制という言葉の根にあるのは、res publica である。公のもの。公共のもの。誰か一人の私物ではなく、成員が引き受ける公共物としての国家である。
この意味で言えば、共和制とは、単に君主がいない制度のことではない。
君主がいなくても、国家が一部の政党、官僚、企業、運動家、知識人、利権集団の私物になっていれば、それは公のものではない。大統領がいても、国民が国家を自分たちの公共物として引き受けず、政治を誰かに丸投げし、制度を誰かのせいにし、公共空間を自分たちで維持しようとしないなら、それは名前として共和制であっても、共和的な社会ではない。
逆に、君主が存在していても、国家が公共物として扱われ、権力者が国家の権威そのものにならず、成員が制度を引き受け、公共空間を維持し、教育、福祉、軍事、治安、言語、職業接続、移民、帰化を自分たちの問題として扱うなら、そこには共和的な性格がありうる。
だから、ぼくが問題にしているのは、天皇がいるかいないかだけではない。
問題は、国家を誰が引き受けるのかである。
国家は、天皇の私物ではない。政府の私物でもない。官僚の私物でもない。政党の私物でもない。裁判所の私物でもない。知識人の私物でもない。リベラルの私物でも、保守の私物でもない。国家は、そこに属する成員が引き受ける公共物である。
もちろん、これはきれいごととして言えば簡単である。
だが、実際には、多くの人は国家を引き受けない。国家という言葉を嫌う。権力という言葉を嫌う。軍事という言葉を嫌う。移民という言葉を、人権か排外感情のどちらかに回収する。教育を学校と教師の問題にし、少子化を家庭や女性の問題にし、介護を家族か制度の問題にし、労働力不足を外国人材の問題にし、公共空間の劣化をマナーの問題にする。
しかし、それらはすべて国家の問題である。
子どもをどう育てるか。誰を成員として形成するか。どの言語で公共圏を維持するか。どの段階で適性を測るか。どのような職業世界へ接続するか。働けない者をどう支えるか。外国人をどの条件で迎えるか。帰化をどう考えるか。治安をどう維持するか。災害にどう備えるか。軍事をどう位置づけるか。天皇をどう読むか。これらは、すべて国家を公共物として引き受けるかどうかに関わる。
日本共和制論は、この引き受けの議論である。
だから、反天皇制ではない。
むしろ、反天皇制としての共和制論には、ぼくはあまり関心がない。天皇を廃して大統領を置けば、日本が共和的になるわけではない。大統領を選挙で選べば、国家が公共物になるわけでもない。むしろ、権力者が国家の顔になり、国家の権威まで背負ってしまう危険もある。権力者が、権力だけでなく権威まで握る。その方が、ぼくには危うく見える。
この点で、天皇制は共和制と単純に矛盾しない。
もちろん、天皇制には危うさがある。天皇を神秘化しすぎれば、政治責任が曖昧になる。天皇を日本人の心として語りすぎれば、制度としての検討が止まる。天皇を利用して政治を神聖化すれば、権力批判ができなくなる。天皇制を情緒だけで守ろうとすれば、かえって制度としての天皇制を弱くする。だから、天皇を語るなら、情緒ではなく制度として語らなければならない。
だが、リベラルやリベサヨの側も、しばしばここで失敗する。
彼らは、天皇制を制度として読むのではなく、自分たちが傷つくための装置
として読む。天皇制があるから人権が傷つく。天皇制があるから個人が抑圧される。天皇制があるから戦後民主主義が未完成である。そういう物語へすぐに向かう。もちろん、天皇制をめぐる歴史的責任や人権上の論点が存在しないと言っているのではない。だが、それだけでは、天皇制という制度の働きは見えない。
保守の側も、別の形で失敗する。
天皇を大事にしろ。伝統を大事にしろ。国柄を大事にしろ。日本人の心を大事にしろ。そういう言葉を並べれば、保守的な文章にはなる。だが、それだけでは制度論にならない。天皇を神棚に上げ、情緒で包み、疑問を差し挟まないようにすることは、天皇制を本当に理解することではない。
ぼくが見たいのは、天皇制が何をしているのかである。
この問いに対して、ぼくは天皇制を、権威と権力の分離として読めるのではないかと考えている。権力者が国家そのものにならない。政治を行う者が、国家の最終的な象徴を独占しない。権力を持つ者と、国家の権威を帯びる者が、完全には一致しない。この構造は、共和制と敵対するどころか、国家を公のものとして保つための一つの条件になりうる。
ただし、その読みは次章で扱う。
ここでは、共和制が反天皇制を意味しないことを確認すればよい。日本共和制論は、天皇を廃する議論ではない。天皇を戴きながら、国民が国家を公共物として引き受ける議論である。天皇制を情緒的に礼賛するのでもなく、天皇制を人権劇の素材にするのでもなく、国家の権威と権力をどう配置するかという制度論として読む。
ここで、リベラルはたいてい二つの方向に逃げる。
一つは、天皇制をなくせばよい、という逃げである。天皇制があるから問題なのだ。天皇制を廃して、普通の共和制にすればよい。そうすれば近代的で、民主的で、平等で、人権にかなう。そういう発想である。
だが、これは国家を甘く見ている。
君主を廃した国家が、自動的に自由で平等になるわけではない。大統領制が、必ずしも権力の抑制になるわけでもない。むしろ、選挙で選ばれた権力者が、国家の顔となり、国民的情動を背負い、国家の権威まで帯びることがある。そこでは、権力と権威が再び結合する。天皇制を廃したからといって、権力の危険が消えるわけではない。
もう一つは、国家そのものを薄める逃げである。
世界市民。人権。多文化共生。グローバル社会。立憲主義。開かれた社会。そういう言葉で、具体的な国家を飛ばす。だが、教育を実施するのは国家である。治安を維持するのも国家である。法を執行するのも国家である。災害時に動くのも国家である。移民や帰化を扱うのも国家である。社会保障を組むのも国家である。人権を現実に守るにも、制度と執行主体が必要である。
国家を薄めれば、人権が守られるわけではない。
むしろ、国家を引き受けないまま人権を語れば、その人権は執行主体を失う。教育を誰が担うのか。福祉を誰が担うのか。治安を誰が担うのか。軍事を誰が担うのか。移民を誰が受け入れ、誰が成員化するのか。そこを飛ばした人権論は、制度責任を負わないきれいごとに落ちる。
一方、保守も逃げる。
伝統。国柄。天皇。家族。共同体。日本人の心。そういう言葉で、制度責任を飛ばす。天皇を大事にしろ。家族を大事にしろ。地域を大事にしろ。日本を大事にしろ。それ自体は間違いではない。だが、それだけでは、子どもは育たない。職業世界へ接続されない。地方は再生しない。介護は回らない。
外国人政策も設計できない。教育制度も立て直せない。
伝統を唱えれば国家が維持されるわけではない。
伝統を残したいなら、制度を作らなければならない。家族を残したいなら、子どもを育てられる条件を作らなければならない。地域を残したいなら、仕事、医療、介護、交通、食料供給を考えなければならない。天皇制を残したいなら、天皇を情緒で消費するのではなく、制度として理解しなければならない。
だから、日本共和制論は、リベラルにも保守にも寄らない。
リベラルのように、国家を薄めて世界市民へ逃げない。保守のように、伝統を唱えて制度責任を飛ばさない。国家を公共物として引き受ける。天皇を戴きながら、国民が制度責任を負う。教育、職業接続、社会保障、移民、帰化、公共秩序、文化、言語を、自分たちの問題として扱う。
ここで、共和制は態度の名前になる。
大統領を置くかどうかではない。王や天皇を廃するかどうかでもない。国家を、誰かのものにしないこと。権力者のものにしないこと。官僚のものにしないこと。政党のものにしないこと。リベラル知識人の倫理劇場にしないこと。情緒保守の神棚にしないこと。そして、国民がその国家を自分たちの公共物として引き受けること。
これが、ぼくの言う共和制である。
天皇を戴きながら、国家を公共的実践として引き受ける。
日本共和制論は、そのための議論である。
4. 天皇制を、権威と権力の分離として読む
天皇制をどう読むか。
ここで、ぼくは二つの読み方を退けたい。
一つは、天皇制を情緒として読むことである。日本人の心。万世一系。神話。国柄。伝統。そういう言葉で天皇制を包み込む読み方である。もちろん、天皇制が歴史、神話、儀礼、文化的記憶と結びついていることは否定できない。だが、それだけでは制度論にならない。天皇制を情緒だけで守ろうとすれば、天皇制が国家の中で何をしているのかが見えなくなる。
もう一つは、天皇制を加害と抑圧の記号としてだけ読むことである。天皇制があるから個人が抑圧される。天皇制があるから人権が傷つく。天皇制があるから戦後民主主義が未完成である。そういう読み方である。これもまた、天皇制を制度として読んでいない。天皇制を、自分たちが倫理的に傷つき、戦後民主主義的な正しさを確認するための素材にしているだけである。
ぼくが見たいのは、天皇制が何をしているのかである。
その答えを、一言で言えば、権威と権力の分離である。
権力とは、命令し、決定し、執行する力である。税を取り、法を作り、警察を動かし、軍事を指揮し、行政を動かし、人を裁き、制度を運用する力である。一方、権威とは、その権力を超えたところにある正統性、連続性、象徴性である。誰がその国を代表するのか。国家が一時の政権や政党や指導者のものではないことを、何が示すのか。そういう問題である。
近代国家は、この二つをしばしば結合させる。
革命国家もそうである。大統領制国家もそうである。選挙で選ばれた指導者が、政治権力を握るだけでなく、国家の顔になり、国民的情動を背負い、国家の正統性を代表する。もちろん、それ自体が悪いわけではない。近代の共和制は、王の権威を否定し、国民の代表者に政治権力を与えることで成立してきた。しかし、その構造には危うさもある。権力者が、国家そのものに見えてしまうのである。
日本の天皇制は、この結合とは違う構造を持っている。
もちろん、単純化はできない。天皇が常に権威だけで、権力を持たなかったわけではない。古代律令国家の天皇、院政期の上皇、南北朝、明治国家の天皇、戦前の大日本帝国憲法下の天皇を、同じ一つの図式に押し込めることはできない。天皇制の歴史は長すぎるし、時代によって制度も権力関係も大きく違う。
それでも、日本史を大きく見ると、天皇の権威と、実効的な政治権力が分かれる構造は、非常に重要である。
摂関政治があり、院政があり、武家政権があり、幕府があった。とくに鎌倉以降、政治権力の中心は、長く武家の側に移った。源頼朝が鎌倉幕府を開き、以後、室町幕府、戦国期の諸大名、江戸幕府へと、実効的な支配権力は武家の側で展開していく。しかし、武家は天皇にならなかった。将軍は政治権力を握ったが、国家の最終的な権威そのものにはならなかった。
ここが重要である。
権力者は、天皇になれない。
日本史において、武家の権力者は、しばしば天皇の権威を利用した。官位を受け、征夷大将軍となり、朝廷の権威によって自らの支配を正統化した。そこには、もちろん政治的な操作もある。天皇制が清らかな権威として純粋に保たれていた、などと言うつもりはない。だが、権力者が天皇の権威を必要としたということは、逆に言えば、権力者自身が国家の最終的な権威そのものにはなれなかったということでもある。
これは、権力の絶対化を抑える構造として読める。
西洋史で言えば、王権と教会、皇帝と教皇、世俗権力と宗教的権威の分離や緊張が、政治秩序の中で大きな意味を持った。もちろん、日本の天皇制をそのまま西洋の教会や教皇に重ねることはできない。天皇は教皇ではない。神道はカトリック教会ではない。だが、権力と権威が完全には一致しないという点では、日本にも独自の分離構造があった。
この分離は、日本の封建制とも関わっている。
封建制とは、単に遅れた制度ではない。中央集権的な官僚国家がすべてを直接支配するのではなく、土地、身分、主従関係、地域秩序、武士の統治を通じて、分散的な権力が形成される。その上位に、天皇の権威が残る。実際に支配する者と、最終的な権威を帯びる者がずれる。このずれは、前近代的な曖昧さであると同時に、権力を一枚岩にしない構造でもあった。
だから、天皇制を語るときには、天皇だけを見ていても足りない。
天皇制とは、天皇という一人の存在だけの問題ではない。朝廷、武家、幕府、大名、地域社会、儀礼、官位、正統性、そしてそれらを支える歴史的記憶の問題である。天皇が常に直接政治をしていたわけではない。むしろ、多くの時代において、天皇は政治権力から距離を置かれながら、国家の連続性と正統性を象徴する位置にあった。
ここで、皇統の血統性を軽く扱ってはならない。
国民一般の成員資格は、血統ではなく、日本語公共圏への参加、制度理解、権利と義務の引き受け、地域や職業世界への接続によって考えるべきである。外国出身者であっても、日本語公共圏へ入り、日本の法秩序を引き受け、日本社会の成員として生きるなら、日本の成員になりうる。だが、天皇は別である。天皇は一般国民の代表者ではない。選挙で選ばれる政治家でもない。能力主義によって選抜される官僚でもない。人気投票で選ばれる象徴でもない。天皇は、国家の権威と連続性を帯びる存在である。だからこそ、天皇制なのである。
この点では、近代の平等原理や能力主義やジェンダー論だけで、皇統を簡単に組み替えればよいという発想は浅い。近代など、せいぜい片手数百年の浅知恵である。天皇制の背後には、神話的時間を含めれば数千年、記録に厳密に寄せても千数百年に及ぶ、国家の連続性を支えてきた血統の重みがある。その重みを理解しないまま、現代の理念だけで皇統を設計し直すことは、制度をいじるというより、権威の根を切ることに近い。
もちろん、これは皇室制度に一切触れるなという話ではない。皇族の数、継承の安定性、女性皇族、旧宮家、皇室の負担、個人としての尊厳。論点はいくらでもある。だが、それらを考える場合でも、天皇制が何によって天皇制であり続けてきたのかを外してはならない。国民一般については、血統主義を取るべきではない。しかし、天皇については、血統が制度の中核にある。
これは差別ではない。役割が違うのである。
天皇は、民主的代表ではない。
だからこそ、政治権力から距離を置ける。だからこそ、権力者が国家の権威を独占することを防ぐ装置になりうる。もし天皇を、近代的な選抜、人気、能力、平等原理だけで作り直してしまえば、それはもはや天皇制ではなく、別の象徴制度になる。天皇制を残すと言うなら、この別枠性を認めなければならない。
この構造は、近代に入って大きく変わる。
明治国家は、天皇の権威を近代国家の中心に置いた。幕府を倒し、版籍奉還、廃藩置県を経て、中央集権国家を作った。武家政権の分散的な秩序は解体され、近代官僚制、近代軍制、近代教育、近代的な国民統合が進められた。その中心に置かれたのが、天皇である。
ここで、天皇の権威は、近代国家の権力装置と強く結びついた。
教育勅語、軍人勅諭、大日本帝国憲法、統帥権、臣民意識。もちろん、これらを単純に一つの悪として処理するつもりはない。明治国家は、列強の圧力の中で独立を維持し、近代化を進めるための国家建設を行った。そこには、成功もあった。日本は植民地化を避け、近代国家として生き残った。その事実は軽視できない。
だが、その成功の中に、危うさもあった。
それまで分かれていた権威と権力が、近代国家の中で強く接続された。天皇の権威が、軍事、官僚制、教育、国民統合と結びついた。政治権力、軍事権力、国家の象徴性が、天皇を中心に結びつけられた。その結果、天皇の名において国家が動き、天皇の権威のもとで軍事と動員が正当化される構造ができた。
近代日本の破局は、この結合と切り離せない。
もちろん、戦前日本の失敗を、天皇制だけに還元することはできない。軍部、官僚制、政党政治の弱さ、国際環境、資源制約、メディア、大衆動員、さまざまな要因がある。だが、天皇の権威と近代国家の権力装置が危険な形で結合したことは、見なければならない。権威と権力の分離が弱まり、天皇の名の下に権力が作動したとき、日本は大きく誤った。
だから、戦後の象徴天皇制は、単なる占領下の妥協ではない。
もちろん、戦後憲法の制定過程には占領の問題がある。アメリカの影響を抜きに語ることはできない。日本国憲法の正統性をめぐる議論もある。戦後民主主義が作った問題もある。ぼくは、戦後体制を無条件に礼賛するつもりはない。
それでも、象徴天皇制そのものは、権威と権力の再分離として読むことができる。
天皇は政治権力を持たない。国政に関する権能を持たない。内閣が政治を行い、国会が立法し、裁判所が司法を担う。主権は国民にある。天皇は、日本国および日本国民統合の象徴として位置づけられる。ここでは、天皇の権威と、日々の政治権力が明確に分けられている。
ここで重要なのは、天皇が政治をしないことだけではない。
権力者が、天皇になれないことである。
首相は、国家そのものではない。政党は、国家そのものではない。官僚制は、国家そのものではない。裁判所も、国家そのものではない。どれだけ権力を持っても、それは国家の一部であり、国家の権威そのものではない。象徴天皇制は、その距離を可視化する。
もちろん、この距離は万能ではない。
象徴天皇制があるから政治が正しくなるわけではない。象徴天皇制があるから官僚制が暴走しないわけでもない。象徴天皇制があるから政党政治が健全になるわけでもない。制度は、それ自体で国民を成熟させてくれるわけではない。天皇を戴いていても、国民が国家を引き受けなければ、国家は空洞化する。
だから、象徴天皇制は、それだけでは日本共和制論にならない。
天皇が政治権力から離れているだけでは足りない。国民が国家を公共物として引き受けなければならない。教育を引き受ける。成員形成を引き受ける。職業接続を引き受ける。社会保障を引き受ける。移民と帰化を引き受ける。治安と軍事を引き受ける。言語と文化を引き受ける。象徴天皇制は、権力者が国家の権威を独占しないための構造を与える。しかし、その国家を実際に公共物として運用するのは、国民である。
ここに、天皇を戴く共和主義の可能性がある。
天皇を戴くとは、天皇に政治を任せることではない。天皇を神秘化して、国家責任を天皇に預けることでもない。むしろ逆である。天皇が政治権力から離れているからこそ、政治責任は国民とその代表、政府、行政、制度に戻ってくる。天皇を戴くとは、権威と権力の距離を認めたうえで、権力の運用責任を国民が引き受けることである。
保守は、ここを間違えやすい。
天皇を大事にする。皇室を守る。伝統を守る。国柄を守る。それはよい。だが、そこで止まれば、天皇制を情緒の保管庫にするだけである。天皇を戴く国家を残したいなら、その国家を運用する制度を残さなければならない。子どもを育て、働ける人間を接続し、地域を維持し、治安を守り、災害に備え、外国人をどう迎えるかを設計しなければならない。天皇を戴くとは、制度責任から逃げることではない。
リベラルも、ここを間違えやすい。
天皇制をなくせば、近代的で、民主的で、平等な国家になる。そう考える。だが、天皇を廃したところで、権力者が国家の顔になるだけかもしれない。選挙で選ばれた大統領が、政治権力と国家の象徴性を同時に帯びるかもしれない。権威と権力が一人の政治家に結びつく危険は、天皇制を廃したからといって消えるわけではない。
むしろ、象徴天皇制は、政治権力者を国家そのものにしないための装置として読める。
首相がどれほど権力を持っても、首相は国家の象徴ではない。政党がどれほど議席を持っても、政党は国家の象徴ではない。官僚制がどれほど行政を握っても、官僚制は国家の象徴ではない。天皇は政治をしない。だからこそ、政治権力者は国家の権威を独占できない。この構造は、共和的な公共性と矛盾しない。
むしろ、それを支える。
国家が公のものであるためには、国家を権力者の私物にしてはならない。国家を政党の私物にしてはならない。国家を官僚制の私物にしてはならない。国家をリベラル知識人の倫理劇場にしてはならない。国家を情緒保守の神棚にしてはならない。天皇制は、うまく読めば、そのどれでもない場所に国家の象徴を置く仕組みである。
ただし、ここで一つ注意が必要である。
天皇制を権威と権力の分離として読むことは、天皇制を無批判に礼賛することではない。天皇制は危うい制度でもある。権威は、政治に利用されうる。象徴は、動員に使われうる。国民統合という言葉は、異論を黙らせる方向にも使われうる。だから、天皇制は、情緒ではなく、制度として慎重に扱わなければならない。
天皇を戴くとは、天皇に依存することではない。
天皇を戴くとは、天皇を政治から遠ざけ、その距離を保ち、権力者を国家そのものにしないことである。そして、そのうえで、国民が国家を公共物として引き受けることである。ここで初めて、天皇制と共和制は両立する。
この意味で、日本は、単純な君主制でも、単純な共和制でもない。
天皇を戴いている。だが、天皇が政治権力を持つわけではない。国民主権である。だが、選挙で選ばれた政治家が国家の最終的な象徴になるわけでもない。国家の権威と政治権力は分けられている。その分けられた構造の中で、国民が国家を公共物として引き受ける。この形を、ぼくは日本共和制論として読む。
英語で言えば、crowned republic という言葉が近い。
ただし、これはそのままイギリスやオーストラリアの議論を輸入するという意味ではない。日本の天皇制は、王室を持つ英連邦諸国の立憲君主制とは違う。歴史も、宗教的背景も、制度的位置も違う。だから、単純に「日本は crowned republic である」と言えば済む話ではない。
それでも、「王冠を戴く共和制」という発想は、日本を考える補助線になる。
天皇を戴きながら、国家を国民が公共物として引き受ける。権威と権力を分け、権力者を国家そのものにしない。国家を天皇の私物にも、政府の私物にも、政党の私物にも、官僚の私物にも、知識人の私物にも、市場の私物にもさせない。その公共物としての国家を、日本語公共圏の成員が引き受ける。
これが、天皇制を権威と権力の分離として読むということである。
そして、この読みは、次の問題へつながる。
天皇制だけでは、日本は残らない。権威と権力の分離だけでは、社会は続かない。日本が近代国家になりえたのは、天皇制だけではなく、封建制、武家政権、地域社会、勤勉革命、読み書き能力、労働規律、市場への適応といった、長い歴史的蓄積があったからである。
天皇を戴く共和主義は、空中に浮かぶ理念ではない。
それは、日本という社会が、どのような歴史的OSを持っていたのかを問うことでもある。次に見るべきなのは、封建制と勤勉革命である。
5. 封建制と勤勉革命――日本はなぜ近代社会を作れたのか
日本を残すと言うとき、何を残すのか。
天皇制だけでは足りない。日本語だけでも足りない。文化財だけでも足りない。清潔な街並みや治安のよさだけでも足りない。日本という社会が、なぜ近代国家になりえたのか。なぜ西洋列強に飲み込まれず、自前の近代化を遂げることができたのか。そこを見なければならない。
ここで、封建制と勤勉革命を見る必要がある。
封建制という言葉は、日本語ではしばしば悪い意味で使われる。封建的な家族。封建的な会社。封建的な上下関係。封建的な男尊女卑。そういう使われ方である。つまり、古くさい、前近代的、抑圧的、非民主的、身分的、家父長的、という意味である。
もちろん、その用法が完全に間違っているわけではない。
封建制には、身分がある。主従関係がある。家がある。土地への結びつきがある。上下関係がある。個人の自由や平等を基準にすれば、封建制は当然、近代的な自由社会ではない。だから、封建制をそのまま現代へ戻せばよい、などと言うつもりはない。そんなものは反動である。
だが、封建制をただの遅れたものとして処理するのも間違っている。
日本が近代社会を作れたのは、封建制を経由していたからである。ここを見落とすと、日本近代を、外から西洋制度を輸入しただけのものとして理解してしまう。あるいは、明治維新によって突然、近代国家が作られたかのように見てしまう。しかし、そうではない。明治国家は、何もないところに建てられたわけではない。
その前に、長い封建制を通した、様々な蓄積があった。
武家政権があり、藩があり、村があり、町があり、寺社があり、商人があり、職人があり、農民がいた。土地に根ざした秩序があり、年貢があり、帳簿があり、村請があり、寺子屋があり、読み書きそろばんがあった。武士は支配者であると同時に、行政官でもあった。藩は、軍事組織であると同時に、地域統治の単位でもあった。
つまり、近代国家以前に、すでに統治の経験があった。
中央集権的な近代官僚国家ではない。だが、地域を治める技術があった。税を取り、人口を把握し、土地を管理し、治安を維持し、飢饉に対応し、公共事業を行い、教育を担い、身分秩序を維持する技術があった。もちろん、それは近代的な市民社会ではない。だが、無秩序でもなかった。
封建制とは、単なる停滞ではない。
それは、地域ごとに権力と責任が配置された社会である。藩は、中央から見れば分権的な単位であり、同時に地域から見れば統治主体だった。武士は、単なる暴力装置ではなく、行政、教育、儀礼、秩序維持を担う階層でもあった。村は、単なる被支配単位ではなく、相互監視と相互扶助を含む自治的な単位でもあった。
ここに、日本の近代化の下地がある。
近代化とは、制度を輸入すれば済む話ではない。憲法を作れば近代国家になるわけではない。議会を作れば市民社会になるわけではない。学校制度を入れれば教育社会になるわけでもない。制度を動かす人間が必要である。記録を読み、命令を理解し、役割を担い、規律を守り、税を払い、学び、働き、地域の中で生活する人間が必要である。
封建制は、その人間をある程度作っていた。
ここで重要なのが、勤勉革命という歴史学上の考え方である。
勤勉革命とは、産業革命のように機械化と化石燃料によって生産力を飛躍させる革命ではない。むしろ、人間の労働投入、家族労働、時間管理、土地利用、細かな改良、生活規律によって、生産性と生活水準を少しずつ高めていく変化である。大きな機械が来る前に、人間の側が勤勉化する。労働の質と密度が上がる。
これは、日本社会を考えるうえで非常に重要である。
江戸期の日本は、単に閉ざされた停滞社会ではなかった。人口、農業、商品流通、都市、出版、教育、職人技術、貨幣経済が展開していた。農村では土地を細かく使い、肥料を使い、作物を工夫し、家族労働を投入し、市場に接続していく。都市では商人と職人が発達し、読み書きと計算の能力が広がる。人々は、制度の中でただ眠っていたわけではない。
この勤勉さは、美徳として礼賛すればよいものではない。
勤勉は、しばしば抑圧でもある。働きすぎ、我慢しすぎ、家族労働への依存、女性や子どもの労働、村の相互監視、逃げ場のなさ。そういう側面もある。だから、勤勉革命を「日本人は昔から勤勉で素晴らしい」という話にしてはいけない。それでは、ただの日本礼賛になる。
だが、それでも、勤勉革命は日本近代の重要な条件だった。
近代国家を作るには、学校へ行く人間が必要である。軍隊に入る人間が必要である。工場で働く人間が必要である。役所の文書を読み、契約を理解し、指示を守り、時間を守り、計算をし、公共空間の規律を身につける人間が必要である。江戸期の読み書き能力、商業活動、家族労働、村落秩序、武士の行政能力は、明治以降の近代化に接続した。
つまり、日本は、近代化の前に、すでに近代化に耐えうる社会的基盤をかなり持っていた。
これは、重要な点である。
日本は、ただ西洋を真似たから近代化できたのではない。西洋制度を輸入し、それを自分たちの社会の中で動かすだけの蓄積があったから近代化できた。学校制度を入れれば子どもが学ぶ社会があり、徴兵制を入れれば軍隊を組織できる社会があり、税制を入れれば税を取れる社会があり、官僚制を入れれば文書を処理できる人間がいた。
もちろん、明治国家は強引だった。
廃藩置県、徴兵、地租改正、学制、身分制の解体、戸籍、軍制、官僚制、中央集権化。多くの摩擦があった。反発もあった。西南戦争もあった。農民反乱もあった。近代化は、穏やかな自然成長ではない。国家が強く介入し、古い秩序を壊し、新しい秩序を押し込んだ過程でもあった。
それでも、その強引な近代化がまったく空回りしなかったのは、前近代の蓄積があったからである。
ここで、封建制をどう評価するかが重要になる。
封建制をそのまま肯定してはならない。身分制、家父長制、自由の制限、地域的閉鎖性、権威主義、村の相互監視を、そのまま現代へ戻してはいけない。だが、封建制を全部まとめて暗黒として処理してもいけない。封建制は、地域、責任、労働規律、教育、統治経験、公共秩序を蓄積した社会でもあった。
近代は、封建制を否定するだけでは作れない。
封建制を壊す。だが、その蓄積を使う。身分制を壊す。だが、武士の行政能力を使う。藩を壊す。だが、地域統治の経験を使う。家を壊す。だが、家族労働と生活規律の蓄積を使う。寺子屋的教育を国民教育へ接続する。村の相互監視を、近代的な公共秩序へ転換する。ここに、日本近代の妙味がある。
これを見ないと、日本の近代化は理解できない。
そして、これを見ないと、日本共和制論も理解できない。
日本共和制論は、天皇制だけを残す話ではない。封建制的な身分秩序を戻す話でもない。勤勉な日本人を礼賛する話でもない。問題は、近代国家を成立させた社会的OSを、どう読み直し、どう再設計するかである。
封建制には、責任の配置があった。
もちろん、それは近代的な自由な責任ではない。身分に縛られた責任である。家に縛られた責任である。主従関係に縛られた責任である。だが、責任がどこにもない社会ではなかった。武士には武士の責任があり、村には村の責任があり、家には家の責任があり、商人には商人の責任があった。誰もが自由な個人としてばらばらに生きていたわけではない。
近代化は、その責任を再配置する過程でもあった。
武士の責任は、官僚、軍人、教師、警察官、知識人へ分解された。村の責任は、自治体、学校、地域共同体、消防、農協、各種団体へ分解された。家の責任は、家族、学校、企業、福祉国家へ分解された。もちろん、この分解は完全ではなかった。家父長制や村社会の悪い部分も残った。だが、責任が制度へ移されていったことは見なければならない。
いま問題なのは、その責任の配置が壊れていることである。
家族が子どもを育てきれない。学校が成員形成を担いきれない。企業が人を育てなくなっている。地域が人を支えられない。福祉が人を接続しきれない。介護が家族に戻ってくる。農地や漁業が次の世代へ渡らない。地方が空洞化する。少子高齢化を前に、国内人材を育てる責任が、どこにも十分に置かれていない。
だから、封建制と勤勉革命を読むことは、懐古ではない。
むしろ逆である。昔はよかった、と言いたいのではない。かつて日本社会が持っていた責任配置、労働規律、教育能力、地域的な接続、公共秩序が、どのように近代国家へ接続したのかを見る。そのうえで、現代ではどの責任を、どの制度へ置き直すべきかを考える。これが必要なのである。
ここで、JTC的な日本礼賛と明確に分けなければならない。
JTC、つまり Japanese Traditional Company と揶揄されるような日本企業文化は、封建制や勤勉革命の悪い残骸を多く引きずっている。空気を読む。上司に従う。責任が曖昧になる。職務が定義されない。根回しと稟議で時間を浪費する。成果よりも忠誠や滞在時間が重視される。異論を言いにくい。そういう文化を、日本のよさとして残す必要はない。
むしろ、それは切るべき日本である。
勤勉とは、無駄な残業のことではない。規律とは、上司の顔色を読むことではない。公共秩序とは、会議で黙ることではない。責任とは、責任者を曖昧にすることではない。封建制の蓄積を読むことは、JTCを肯定することではない。勤勉革命を読むことは、社畜文化を礼賛することではない。
残すべきなのは、労働の密度、学習への接続、制度への信頼、公共空間への配慮、地域と職業世界を維持する責任である。
捨てるべきなのは、空気支配、人格評価、同調圧力、責任の曖昧さ、長時間労働信仰、職務不明確性、上司への情緒的服従である。
ここを分けなければならない。
封建制と勤勉革命を読まずに日本を語ると、二つの誤りに落ちる。
一つは、リベラルな誤りである。
日本の前近代を、封建的で、差別的で、家父長的で、抑圧的なものとして一括処理する。そのうえで、近代的な人権、平等、個人、世界市民へ逃げる。だが、それでは、近代国家を動かす具体的な社会的基盤が見えない。人権を守るにも、教育、治安、行政、税、職業接続、福祉が必要である。それを動かす人間と制度が必要である。
もう一つは、保守の誤りである。
昔の日本はよかった。家族があった。地域があった。勤勉だった。礼儀があった。天皇がいた。そう言って、過去を美化する。だが、それでは、現代の制度設計にならない。家族だけでは子どもは育たない。地域だけでは介護は回らない。勤勉だけでは賃金は上がらない。礼儀だけでは移民政策は作れない。天皇だけでは社会は再生産されない。
必要なのは、過去を使うことであって、過去へ戻ることではない。
封建制の中にあった責任配置を、近代以後の制度へ置き直す。勤勉革命の中にあった学習能力と労働規律を、JTC的な社畜文化ではなく、職業教育、複線型トラック、専門職化、公共秩序へ接続し直す。地域の閉鎖性を戻すのではなく、地域が人を支え、職業と生活をつなぐ機能を再構築する。家父長制を戻すのではなく、子育てと介護を制度へ接続する。
ここで、日本共和制論は、単なる国家形態論ではなくなる。
天皇を戴く。国家を公共物として引き受ける。だが、その国家を動かすには、成員が必要である。成員は、抽象的な個人ではない。教育され、働き、制度を理解し、公共空間で振る舞い、地域や職業世界へ接続される人間である。そういう人間を作る社会的OSがなければ、共和制は空論になる。
封建制と勤勉革命は、そのOSの歴史的前提である。
日本は、天皇制だけで続いてきたのではない。武家政権、藩、村、町、商人、職人、農民、寺子屋、読み書き、そろばん、家族労働、地域秩序、勤勉な生活規律があった。そうしたものが、明治国家の学校、軍隊、官僚制、産業、都市、出版、鉄道、会社へ接続された。だから、日本は近代国家になれた。
いま問われているのは、同じことをもう一度できるかである。
もちろん、江戸に戻るのではない。明治に戻るのでもない。昭和に戻るのでもない。JTCに戻るのでもない。だが、社会を次の世代へ渡すには、現代の封建制なき責任配置、現代の勤勉革命なき学習・労働規律を、どう作るのかを考えなければならない。
教育は誰が担うのか。教師はどのような専門職であるべきか。学校から職業世界への複線型接続をどう作るのか。家庭で抱えきれない子育てと介護をどう制度へ逃がすのか。地域の産業と生活をどう維持するのか。農地、海、食料供給能力をどう次の世代へ渡すのか。外国人材に逃げる前に、国内人材をどう形成し直すのか。
これらは、すべて封建制と勤勉革命の後継問題である。
封建制は、責任を身分と地域へ置いていた。近代国家は、その責任を国民、学校、軍隊、官僚制、企業、自治体へ再配置した。戦後日本は、それをさらに学校、会社、家族、地域、行政へ分解した。しかし、いま、その配置が崩れている。だから、もう一度、責任を置き直さなければならない。
これが、日本を残すということである。
昔の日本をそのまま残すことではない。封建制を戻すことではない。勤勉な日本人という自己陶酔に浸ることでもない。日本が近代社会を作ることができた歴史的OSを読み直し、現代に必要な制度へ変換すること。それが、日本を残すということである。
天皇制を権威と権力の分離として読むだけでは足りない。
その権威と権力の分離を支える社会が必要である。国家を公共物として引き受ける成員が必要である。成員を形成する教育が必要である。成員を職業世界へ接続する制度が必要である。地域と家族と福祉と労働をつなぐ仕組みが必要である。
日本共和制論は、ここで歴史論から制度論へ戻る。
日本は、封建制と勤勉革命を経て近代社会を作った。ならば、現代の日本は、その歴史的蓄積を、JTCでも、情緒保守でも、リベラルなお花畑でもなく、公共的な制度設計へ変換しなければならない。
日本を残すとは、過去に戻ることではない。
過去を使って、次の制度を作ることである。
6. 世俗性と八百万――日本はもともと非スピだった
日本を残すと言うとき、宗教をどう扱うのか。
これは、かなり重要な問題である。天皇制を語る。神話を語る。神道を語る。八百万を語る。そうすると、すぐに話がスピりやすくなる。日本には神々がいる。山にも川にも森にも神がいる。だから日本人は自然と調和している。西洋近代とは違う。合理主義ではなく霊性だ。そういう方向へ行く。
ぼくは、そういう話をしたいのではない。
むしろ逆である。日本の強さは、スピリチュアルなところにあったのではない。日本の強さは、かなり世俗的だったところにあった。神や仏や霊を語りながら、それを抽象的な霊性や超越思想へ持ち上げすぎず、生活、場所、作法、仕事、共同体、季節、身体、儀礼の中に置いてきたところにあった。
ここで言う「スピる」とは、現実の制度、身体、責任、因果を飛ばして、抽象的な霊性や理念へ逃げることである。
制度を見ない。身体を見ない。労働を見ない。金を見ない。権力を見ない。責任を見ない。因果を見ない。その代わりに、宇宙、魂、波動、愛、いのち、ほんとうの自分、世界市民、自然との調和、精神性、日本人の心、そういう大きな言葉へ逃げる。これが、ぼくの言うスピである。
この意味で言えば、日本はもともとスピではなかった。
少なくとも、ぼくが残したい日本は、スピではない。
八百万とは、抽象的な霊性ではない。むしろ、場所に張りついたものだった。山に神がいる。川に神がいる。田に神がいる。竈に神がいる。便所に神がいる。道具にも、家にも、井戸にも、土地にも、神や霊が宿る。これは、世界を抽象的な一者へ回収する思想ではない。むしろ、生活の具体物を、具体物のまま扱う感覚である。
神は、遠い空の上にだけいるのではない。
生活の中にいる。場所にいる。物にいる。作法にいる。季節の行事にいる。掃除にいる。食事にいる。仕事にいる。死者との関係にいる。だから、八百万は、現実から逃げる思想ではない。現実に張りつく感覚である。
ここを間違えると、八百万はすぐにスピになる。
八百万を、「日本人は古来、自然と一体化する高い精神性を持っていた」という話にしてしまうと、もうだめである。それは抽象化されすぎている。山に入る。田を耕す。海で漁をする。家を掃除する。祭りをする。道具を大事にする。そうした具体的な生活の行為から切り離して、「日本人の霊性」として語った瞬間に、八百万はスピ化する。
日本の世俗性は、宗教を否定する世俗性ではない。
ここが、西洋的な世俗化とは違うところである。西洋近代の世俗化は、しばしば教会権力から政治や社会を切り離す形で進む。宗教的権威と世俗権力の分離、信仰の私事化、理性や科学の自立、そういう問題として語られる。もちろん、西洋も一枚岩ではない。だが、大きく言えば、宗教と世俗を分けることが近代化の大きな課題だった。
日本の場合、話は少し違う。
日本では、神仏習合があり、神社があり、寺があり、祖先祭祀があり、年中行事があり、葬式仏教があり、初詣があり、地鎮祭があり、厄除けがあり、七五三があり、盆があり、正月がある。それらは宗教であると同時に、生活習慣でもある。信じているのかと問われれば、はっきり答えにくい。だが、やる。そこに、日本的な世俗性がある。
この曖昧さは、弱さでもあり、強さでもある。
弱さとして見れば、信仰が浅い。教義が弱い。主体的な信念がない。何でもありで、節操がない。そう見える。だが、強さとして見れば、宗教が生活に溶けている。神や仏を語りながら、それに人生の全体を預けすぎない。教義で世界を一気に説明しない。神を語っても、制度、仕事、家族、地域、季節、作法から切り離さない。
これは、かなり非スピ的である。
スピは、現実から浮き上がる。日本の生活宗教は、現実に沈んでいる。スピは、制度や身体を飛ばす。日本の年中行事や祭祀は、むしろ制度と身体に張りついている。スピは、抽象語で世界をまとめる。八百万は、世界を細かく分けたまま扱う。山は山であり、川は川であり、田は田であり、家は家であり、便所は便所である。そこに、それぞれ神がいる。
これは、ぼくにとって重要な日本である。
日本を残すとは、抽象的な日本人の精神性を残すことではない。むしろ、そういうものは疑った方がよい。残すべきなのは、生活の具体物に対する作法であり、場所に対する感覚であり、公共空間を壊さない振る舞いであり、物を雑に扱わない感覚であり、自然を抽象的に愛するのではなく、山、川、田、海、道、家、道具を具体的に扱う感覚である。
ここで、公共秩序の話ともつながる。
日本の公共空間には、独特の規律がある。列に並ぶ。大声で騒がない。ゴミを捨てない。場所を汚さない。人に迷惑をかけない。公共交通の中で一定の静けさを保つ。もちろん、すべてが美しいわけではない。陰湿さもある。同調圧力もある。監視もある。村社会的な息苦しさもある。だが、それでも、公共空間を壊さないという感覚は、日本社会の大きな価値である。
これは、宗教的霊性ではない。
かなり世俗的な規律である。誰かに迷惑をかけない。場所を汚さない。自分の欲望をそのまま公共空間へ垂れ流さない。行為を抑制する。身体を調整する。声量を調整する。距離を取る。これは、魂の問題ではない。身体化された公共性の問題である。
だから、ぼくは、日本をスピ化したくない。
日本を語るときに、すぐ「日本人の心」へ逃げるのは危険である。心と言った瞬間に、制度が消える。作法が消える。身体が消える。責任が消える。日本人の心があるから大丈夫だ、という話になる。だが、そんなものでは社会は維持できない。心ではなく、制度と習慣と作法と教育と公共秩序が必要である。
八百万も同じである。
八百万の神々がいるから日本は特別だ、という話ではない。八百万とは、世界を抽象的な一神や理念に回収せず、具体物に即して扱う感覚である。だからこそ、八百万は、非スピ的に読まなければならない。山を山として扱う。川を川として扱う。田を田として扱う。家を家として扱う。道具を道具として扱う。場所ごと、物ごと、行為ごとに、作法がある。
これは、制度論と相性がよい。
制度もまた、具体的である。学校には学校の制度がある。職業には職業の制度がある。帰化には帰化の制度がある。移民には移民の制度がある。福祉には福祉の制度がある。軍事には軍事の制度がある。治安には治安の制度がある。制度を飛ばして、「人権」や「愛」や「共生」や「日本人の心」へ逃げると、現実は壊れる。
日本の非スピ性とは、ここにある。
神や仏を否定することではない。むしろ、神や仏を、生活の中に沈めておくことである。霊性を否定することではない。霊性を、制度や身体や場所や作法から切り離さないことである。抽象的な理念で現実を一気に裁くのではなく、場ごとの作法、制度ごとの責任、身体ごとの限界を見ることである。
この意味で、日本の世俗性は、共和制ともつながる。
国家を公共物として引き受けるには、抽象的な理念だけでは足りない。市民。人権。平等。自由。多文化共生。世界市民。そういう言葉だけでは、国家は動かない。誰が学校を運営するのか。誰が子どもを育てるのか。誰が道路を維持するのか。誰がゴミを処理するのか。誰が治安を守るのか。誰が災害時に動くのか。誰が移民を成員化するのか。そこを見なければならない。
同じことは、保守にも言える。
伝統。天皇。家族。共同体。国柄。日本人の心。そういう言葉だけでは、国家は動かない。伝統を残したいなら、制度を作らなければならない。家族を残したいなら、子育てと介護の条件を作らなければならない。共同体を残したいなら、仕事と地域と交通と医療をつながなければならない。天皇制を残したいなら、情緒ではなく、権威と権力の分離として読まなければならない。
つまり、リベラルも保守も、別々の仕方でスピる。
リベラルは、世界市民、人権、開かれた社会、多文化共生へスピる。保守は、日本人の心、伝統、国柄、神話、家族へスピる。どちらも、現実の制度、身体、責任、因果を飛ばすとき、同じ構造になる。言葉の向きが違うだけで、スピっているという点では同じである。
日本共和制論は、その両方を拒否する。
国家を薄めない。国家を神棚に上げない。制度を飛ばさない。身体を飛ばさない。責任を飛ばさない。教育、職業接続、福祉、治安、軍事、移民、帰化、言語、文化、公共秩序を、それぞれ具体的な制度として扱う。そこに、天皇を戴く共和主義の世俗性がある。
日本は、宗教国家である必要はない。
だが、無宗教の空白国家である必要もない。神社も寺も祭りも年中行事も、生活の作法として残ればよい。神話も儀礼も、国家の連続性を支える文化的記憶として読めばよい。ただし、それらを政治権力の神聖化に使ってはならない。制度責任から逃げる口実にしてはならない。抽象的な日本人の精神性へ回収してはならない。
日本の強さは、むしろ雑多さにあった。
神道があり、仏教があり、儒教があり、道教的なものがあり、民間信仰があり、近代科学があり、西洋思想があり、アメリカ文化があり、サブカルチャーがあり、企業社会があり、学校文化がある。日本は、純粋な一つの教義でまとまってきた社会ではない。雑多なものを、生活の中で処理してきた社会である。
この雑多さは、八百万的である。
ただし、それは「何でもあり」という意味ではない。雑多なものを、場ごとの作法で処理するということである。神社では神社の作法がある。寺では寺の作法がある。学校では学校の作法がある。職場では職場の作法がある。公共交通には公共交通の作法がある。家には家の作法がある。場が違えば、振る舞いも違う。
ここにも、日本の非スピ性がある。
一つの理念で全部を裁かない。全部を「人権」で裁かない。全部を「伝統」で裁かない。全部を「自己実現」で裁かない。全部を「日本人の心」で裁かない。場ごとに見る。制度ごとに見る。責任ごとに見る。身体ごとに見る。これは、思想としては地味である。だが、社会を維持するには、その地味さが必要である。
もちろん、この場ごとの作法は、同調圧力にもなりうる。
ここを美化してはいけない。場の空気を読むことが、異論を封じることになる。作法が、抑圧になる。公共秩序が、弱い者を黙らせる。共同体が、個人を潰す。これもまた日本社会の現実である。だから、場ごとの作法をそのまま肯定することはできない。
しかし、だからといって、すべてを抽象的な権利論に溶かせばよいわけではない。
必要なのは、場ごとの作法を、公共性へ変換することである。空気支配ではなく、明示されたルールへ。情緒的な人格評価ではなく、測定可能な評価へ。村社会の監視ではなく、制度的な支援へ。迷惑をかけるなという圧力ではなく、公共空間を共有するための規律へ。ここで、非スピ的な日本は、制度設計へ向かう。
八百万を残すとは、神秘主義を残すことではない。
場所ごとの感覚を残すことである。物を雑に扱わない感覚を残すことである。公共空間を壊さない作法を残すことである。自然を抽象的に礼賛するのではなく、山、川、森、田、海、道、家、道具を具体的に扱う感覚を残すことである。そして、それを現代の制度、教育、地域、環境、文化政策へ接続することである。
ここで、文化財保護の比喩が効いてくる。
文化財を保護するとは、拝むことではない。管理することである。記録する。修復する。公開する。継承する。必要なら利用を制限する。壊れたら直す。危険があれば保存環境を変える。文化財は、好きだから眺めていれば残るものではない。制度と技術と予算と人員によって残る。
日本も同じである。
日本を残すとは、日本を拝むことではない。日本人の心を唱えることではない。八百万の神々をスピリチュアルに語ることでもない。日本という社会を、制度と作法と教育と公共秩序と文化政策によって管理し、修復し、継承することである。そこには、かなり世俗的な仕事が必要である。
だから、日本共和制論は、宗教的保守ではない。
天皇を戴く。八百万を読む。神話や儀礼を切り捨てない。だが、それは宗教国家を作るためではない。日本をスピリチュアルな共同体として礼賛するためでもない。むしろ、天皇制も、八百万も、神話も、儀礼も、生活と制度に沈め直すためである。抽象化しすぎず、神秘化しすぎず、公共物として扱うためである。
日本は、もともと非スピだった。
少なくとも、ぼくが残したい日本は、非スピである。神や仏を生活の中で扱い、抽象的な霊性へ逃げず、場ごとの作法を持ち、公共空間を壊さず、物と場所を具体的に扱い、制度と責任を通じて社会を回す。そういう日本である。
そして、この非スピ的な日本を残すには、言語が必要である。
作法も、制度も、文化も、教育も、公共秩序も、言語なしには継承できない。日本語で世界を読み、日本語で制度を理解し、日本語で公共空間を共有し、日本語で外の思想へ接続する。その日本語公共圏を残さなければ、日本の非スピ的な世俗性も残らない。
次に見るべきなのは、日本語公共圏である。
7. 日本語公共圏を残す――外へ出るための母語
日本を残すとは、日本語公共圏を残すことである。
これは、単に日本語という言語を保存するという意味ではない。日本語を話す人が一定数いればよい、という話でもない。日本語公共圏とは、日本語で教育を受け、日本語で制度を理解し、日本語で政治を語り、日本語で世界の思想や科学や文学へ接続し、日本語で公共的な議論を行う空間である。
日本語は、内向きの檻ではない。
むしろ、外へ出るための足場である。
この点は、かなり重要である。母語を重視すると、すぐに閉鎖的だと言われる。グローバル化に逆行している。英語をやらなくていいのか。世界に出なくていいのか。そういう話になる。だが、それは順序を間違えている。母語で十分に考えられない人間が、外国語で深く考えられるわけではない。母語で制度を理解できない人間が、国際社会で成熟した判断をできるわけでもない。
日本語公共圏は、外を遮断する壁ではない。
外へ出るための踏み台である。
日本語公共圏は、世界を日本語へ翻訳してきた。哲学、文学、社会科学、自然科学、技術、法律、政治思想、心理学、宗教、芸術。もちろん、翻訳には問題がある。訳語はずれる。概念は歪む。原語で読めなければ分からないものもある。だが、それでも、母語で、どの国や時代の主要な文学も哲学も読める入口があることは決定的である。
もちろん、読めば理解できるという話ではない。
カミュを読んで、実存主義を理解できるわけでもない。フロイトに至っては、いまから見れば、そもそも読む必要があるかどうかも怪しい。だが、それでも入口がある。背伸びできる。間違って読める。勘違いできる。あとで読み直せる。そういう入口が、日本語の中にあった。
すべての人が、最初から英語やドイツ語やフランス語で世界へ入れるわけではない。
むしろ、ほとんどの人は母語から入る。母語で読めるから、外の世界へ接続できる。母語で考えられるから、外国語で読んだものも受け止められる。母語で制度を理解できるから、外国の制度とも比較できる。母語の公共圏が弱ければ、外へ出る前に、足場が崩れる。
だから、日本語公共圏を残すことは、反グローバルではない。
むしろ、まともに外へ出るための条件である。
英語は必要である。世界の知識へ直接接続するには、英語を避けられない。科学、技術、ビジネス、国際政治、研究、ソフトウェア、金融、文化産業。多くの領域で、英語は事実上の共通語になっている。リンガフランカとしての英語だ。だから、英語を学ぶなと言っているのではない。ぼく自身も、外資系やITの世界で英語を使ってきた。
だが、英語が必要であることと、日本語公共圏を薄めてよいことは違う。
英語ができる個人を増やすことと、日本語で制度を考えられる社会を残すことは、対立しない。むしろ、両方必要である。英語で外へ出る個人がいる。日本語で公共圏を支える社会がある。この二つがそろって、はじめて日本は外へ開ける。
日本語公共圏が壊れると、何が起こるか。
まず、教育が壊れる。子どもが、制度、歴史、社会、科学、職業世界を、母語で十分に理解できなくなる。次に、政治が壊れる。国民が、政策、法律、財政、安全保障、移民、福祉を、自分の言葉で議論できなくなる。さらに、文化が壊れる。世界を受け取る入口が、英語のできる一部の人間に偏る。翻訳を通じた広い知的接続が細る。
そのとき、社会は二重化する。
英語で世界へ接続できる層と、日本語の中に閉じ込められる層に分かれる。前者は、日本語公共圏を軽視し始める。後者は、外の世界へ接続する力を失う。すると、日本語は、世界へ出るための足場ではなく、取り残された人々の言語になってしまう。それは、日本語公共圏の敗北である。
日本語公共圏を残すとは、この分断を防ぐことである。
日本語で世界へ入れる入口を残す。日本語で制度を考える力を残す。日本語で公共的な議論を行う力を残す。日本語で職業世界へ接続する力を残す。そのうえで、英語や他言語へ出ていく。順序は、閉じることではなく、足場を作ることである。
ここで、教育の問題に戻る。
義務教育は、日本語公共圏への参加資格を作る制度でもある。読み書きができる。文章を読める。数字を扱える。制度を理解できる。公共空間で振る舞える。職業世界へ接続できる。その基礎は、母語で作られる。だから、義務教育は単なる学校制度ではない。日本語公共圏の成員を形成する制度である。
教員養成も同じである。
教員は、子どもに知識を伝えるだけではない。日本語公共圏へ入るための基礎を作る。文章を読ませる。説明を理解させる。制度の言葉に慣れさせる。数字と記録を扱わせる。自分の経験を、公共的な言葉へ変換させる。だから、教員は人格者であればよいのではない。日本語公共圏への接続を担う専門職でなければならない。
複線型トラックも、日本語公共圏と切り離せない。
学力トラックに進む者だけが、日本語公共圏の成員なのではない。職業高校、専門学校、職業訓練、現場技能、地域産業、福祉的就労、学び直し。どの経路に進むとしても、制度の言葉を理解し、契約を理解し、職場の指示を理解し、公共空間で振る舞い、自分の権利と義務を理解する必要がある。だから、日本語公共圏は、大学進学者だけのものではない。
ここを間違えると、日本語公共圏はエリート文化になる。
そうではない。日本語公共圏は、国民の公共インフラである。道路や水道や電気や学校や警察と同じように、社会を成立させる基盤である。高度な文学や哲学を読むためだけのものではない。役所の通知を読む。契約書を読む。病院で説明を受ける。職場で指示を理解する。災害時に情報を受け取る。選挙で政策を判断する。そういう生活の基盤である。
だから、やさしい日本語の問題も、ここに入る。
外国人や障害のある人、高齢者、読み書きが苦手な人に向けて、制度の言葉をどう開くか。これは、日本語公共圏を薄めることではない。むしろ、日本語公共圏への入口を増やすことである。専門的な言葉を、必要な精度を保ちながら、届く形にする。制度の言葉を、制度の責任として説明可能にする。
これは、成員形成の一部である。
ただし、ここでも注意が必要である。
日本語をやさしくすることと、制度を曖昧にすることは違う。難しい概念を消してしまえばよいわけではない。権利、義務、契約、責任、帰化、在留資格、税、保険、介護、教育、治安、災害、安全保障。これらの言葉を、ただ柔らかくすればよいのではない。理解できるようにしながら、制度の輪郭を残す必要がある。
日本語公共圏を残すとは、難しい言葉を全部捨てることではない。
むしろ、難しい言葉へ上がっていける階段を残すことである。子どもにも、外国人にも、読み書きが苦手な人にも、最初の入口は必要である。だが、入口だけでは足りない。制度を理解するには、抽象語が必要になる。政治を語るには、概念が必要になる。職業世界へ入るには、専門語が必要になる。公共圏とは、その階段を社会の中に作ることである。
ここで、移民政策ともつながる。
外国人を迎えるなら、その人をどの公共圏の成員として迎えるのかを問わなければならない。労働力としてだけ見るなら、日本語公共圏は不要に見える。現場で働いてくれればよい。安い労働力として来てくれればよい。そういう発想になる。だが、それは国家の成員形成責任から逃げている。
外国人を、日本で暮らす成員として迎えるなら、日本語公共圏への接続が必要になる。
もちろん、すぐに完璧な日本語を求めるという話ではない。だが、教育、医療、法律、税、地域、学校、職場、災害、警察、行政へ接続するには、日本語公共圏への入口が必要である。日本語を学ぶ機会が必要である。制度を理解する機会が必要である。子どもが学校で孤立しない仕組みが必要である。
これは、排外主義ではない。
むしろ、逆である。日本語公共圏へ入る入口を用意せず、労働力としてだけ外国人を受け入れる方が、よほど冷たい。日本語が分からないまま、制度が分からないまま、地域から切り離されたまま、安い労働力として使う。それは共生ではない。労働力の外注である。
日本語公共圏を残すとは、外国人を拒むことではない。
日本で暮らすなら、どの言葉で制度を共有するのかを明確にすることである。日本では、日本語が公共圏の中心である。これは、民族血統の話ではない。制度の話である。教育、法律、行政、医療、福祉、災害、選挙、地域、職業世界を、どの言葉でつなぐかという話である。
ここを曖昧にすると、多文化共生はスピる。
多文化共生という言葉は美しい。だが、制度に落とさなければ、ただのきれいごとである。学校で何語を使うのか。行政通知をどう出すのか。医療通訳を誰が担うのか。子どもの日本語教育を誰が支えるのか。職場の安全指示をどう伝えるのか。災害時の避難情報をどう届けるのか。帰化や永住の条件をどう設計するのか。そこを見なければならない。
日本語公共圏は、その中心軸である。
もちろん、他言語を否定する必要はない。英語も、中国語も、韓国語も、ベトナム語も、ポルトガル語も、ネパール語も、さまざまな言語が日本社会の中に存在してよい。必要な場面では多言語対応も必要である。だが、公共圏の中心がなくてよいわけではない。中心言語なき多文化共生は、制度として持続しにくい。
国家には、共通語が必要である。
それは、民族主義のためではない。公共性のためである。税を取り、教育をし、法を執行し、災害に対応し、社会保障を組み、選挙を行い、政策を議論するには、共通の言語基盤が必要である。日本において、それは日本語である。ここを言わずに、多文化共生だけを語ることはできない。
日本語公共圏を残すとは、文化を残すことでもある。
文学、漫画、アニメ、ゲーム、批評、音楽、学術、報道、法令、行政文書、学校教育、職場の言葉、地域の言葉。これらは別々に見えて、同じ公共圏の中でつながっている。日本語で作品を作り、日本語で批評し、日本語で制度を理解し、日本語で外の世界を翻訳し、日本語で議論する。その厚みが、日本の文化的な強さを作ってきた。
ここでも、単なる日本礼賛はしない。
日本語公共圏には悪いところも多い。空気を読む言葉。責任を曖昧にする言葉。主語を消す言葉。決定者をぼかす言葉。忖度を生む言葉。抽象語を雰囲気で使う癖。カタカナ語で中身を誤魔化す癖。日本語があるから素晴らしい、という話ではない。
むしろ、日本語公共圏は鍛えなければならない。
責任を明確にする日本語が必要である。制度を説明できる日本語が必要である。数値を扱える日本語が必要である。異論を言える日本語が必要である。専門知を翻訳できる日本語が必要である。世界の思想を受け取り、自分たちの制度へ接続できる日本語が必要である。日本語公共圏を残すとは、日本語を甘やかすことではない。
それは、日本語を鍛え直すことでもある。
ここで、AIの問題も見えてくる。
生成AIは、日本語公共圏を助ける可能性がある。翻訳し、要約し、説明し、比較し、制度を読み解き、難しい文章への入口を作ることができる。英語圏の情報を日本語へ引き込むこともできる。日本語で考えた内容を英語へ出すこともできる。これは、日本語公共圏にとってかなり大きな道具である。
だが、AIは日本語公共圏を壊す可能性もある。
もっともらしいだけの日本語を大量に出す。概念を丸める。論点をずらす。責任を曖昧にする。リベラルなきれいごとや、保守的な定型句へ勝手に寄せる。日本語らしいが中身のない文章を作る。そうなれば、日本語公共圏はむしろ劣化する。言葉は増えるが、思考は薄くなる。
だから、日本語公共圏を残すには、AIもまた使い方を問われる。
AIに日本語を丸投げするのではない。AIを使って、外の情報へアクセスする。翻訳する。比較する。検討する。だが、最後に何を言うのか、何を残すのか、どの概念を使うのかは、人間が引き受けなければならない。AIは道具であって、公共圏の主体ではない。
公共圏の主体は、成員である。
日本語を使う人間である。日本語で制度を理解し、日本語で異論を言い、日本語で責任を問う人間である。日本語で世界を読み、日本語から外へ出て、外で得たものをまた日本語へ戻す人間である。そういう成員がいなければ、日本語公共圏は残らない。
日本語公共圏を残すとは、母語を閉じることではない。
母語を足場にして、世界へ出ることである。外へ出たものを、また母語へ戻すことである。外国語を学ぶことと、母語の公共圏を守ることは矛盾しない。むしろ、母語の公共圏があるから、外へ出た個人の知識が社会へ戻ってくる。
外へ出るだけでは、公共圏は残らない。
英語で成功する個人が増えても、それだけでは日本語公共圏は強くならない。外で得た知識を、日本語で説明し、日本語で制度へ接続し、日本語で議論し、日本語で次の世代へ渡す必要がある。そうして初めて、日本語公共圏は外とつながる。
日本を残すとは、この往復を残すことである。
日本語から外へ出る。外で得たものを日本語へ戻す。日本語で制度を作る。日本語で公共空間を維持する。日本語で子どもを育てる。日本語で外国人を迎える。日本語で異論を言う。日本語で国家を引き受ける。
ここに、日本共和制論の言語的基礎がある。
天皇を戴く。国家を公共物として引き受ける。教育責任を負う。複線型トラックを作る。社会を次の世代へ渡す。移民と帰化を設計する。公共秩序を維持する。これらは、すべて日本語公共圏なしには成立しない。
だから、日本語公共圏を残さなければならない。
それは、閉じるためではない。
外へ出るためである。
8. 成員資格とは何か――教育・帰化・外国人受け入れを日本語公共圏から問い直す
国家には、成員がいる。
この当たり前のことが、いまの日本ではかなり曖昧にされている。国民とは誰か。市民とは誰か。住民とは誰か。外国人とは誰か。帰化とは何か。労働力として来る人と、社会の成員になる人は同じなのか。ここを曖昧にしたまま、教育も外国人受け入れも多文化共生も語ることはできない。
日本共和制論にとって、国民一般の成員資格は血統の問題ではない。
日本人の血があるから日本人である、という話ではない。民族としての日本人だけを国家の成員とする、という話でもない。もちろん、歴史的な日本社会が、言語、文化、生活習慣、身体化された作法、家族制度、地域社会を通じて形成されてきたことは否定しない。国家は抽象的な契約だけでできているわけではない。だが、それでも、ここで言う成員資格は、血の純度の話ではない。
成員資格とは、日本語公共圏へ参加する資格である。
日本語で教育を受ける。日本語で制度を理解する。日本語で公共空間を共有する。日本語で権利と義務を理解する。日本語で職業世界へ接続する。日本語で政治的な判断を行う。日本語で他者と暮らす。そういう公共圏へ入っていくことが、日本社会の成員になるということである。
ただし、これは天皇の血統性を否定する話ではない。国民一般の成員資格は血統ではなく日本語公共圏への参加で考えるべきだが、天皇は国家の権威と連続性を帯びる別枠の制度であり、皇統の血統性を近代的な平等原理だけで軽々に扱ってはならない。
一方で、国民一般については、血統主義を取るべきではない。
外国出身者であっても、日本語公共圏へ入り、日本の制度を理解し、日本の法秩序を引き受け、日本社会の成員として生きるなら、日本の成員になりうる。ここで必要なのは、血統ではなく、公共圏への参加である。
だから、教育は成員資格の入口である。
子どもは、生まれた時点で完成した成員ではない。国家と社会は、子どもを成員へ育てる。読み書き、計算、制度理解、歴史、社会、科学、身体の扱い、公共空間での振る舞い、職業世界への接続。そうしたものを通じて、子どもは日本語公共圏の成員になっていく。義務教育とは、その入口を社会が責任を持って作る制度である。
ここで、家庭だけに責任を押しつけてはならない。
親が子どもを育てる。もちろんそれは重要である。だが、親だけでは足りない。親の所得、学歴、文化資本、地域、家庭環境、健康状態、労働時間によって、子どもの成員形成が決まってしまえば、国家は自分の責任を放棄していることになる。国家が国民を持つなら、国家は子どもを成員として育てる責任を負う。
成員資格は、単線で作られるものでもない。
大学へ行く者だけが成員ではない。ホワイトカラーになる者だけが成員ではない。職業高校、専門学校、高専、職業訓練、現場技能、農業、漁業、介護、建設、製造、サービス、福祉的就労、学び直し。どの経路であれ、公共圏の成員になるための接続が必要である。
だから、教育と職業接続は切り離せない。
読み書きだけできても、社会へ接続されなければ成員形成は途中で止まる。逆に、働けと言うだけで、制度理解や言語能力や権利義務の理解がなければ、単なる労働力として扱われるだけになる。成員とは、労働力ではない。制度を理解し、職業世界へ接続され、公共空間を共有し、権利と義務を引き受ける存在である。
ここで、帰化の問題が出てくる。
帰化とは、単に国籍を取る手続きではない。法的には国籍取得の手続きである。だが、社会的には、日本語公共圏の成員になるということである。日本で暮らし、日本語で制度を理解し、日本の法秩序の中で権利と義務を持ち、地域社会の中で生活する。そういう成員化の問題である。
帰化を、血統の裏切りのように見る必要はない。
外国出身者であっても、日本語公共圏へ入り、日本の制度を理解し、日本の法秩序を引き受け、日本社会の中で生活し、次の世代を日本社会へ接続するなら、その人は日本の成員になりうる。ここで必要なのは、血統ではなく、公共圏への参加である。
だが、帰化を、紙の手続きだけにしてもならない。
国籍を取ればそれで終わり、という話ではない。日本語が分からない。制度が分からない。地域とつながらない。子どもが学校で孤立する。職場では安い労働力として扱われる。行政手続きが理解できない。権利も義務も分からない。そういう状態のまま国籍だけを与えても、成員化は成立しない。
外国人受け入れも、ここから考えるべきである。
問題は、外国人を入れるか入れないかだけではない。どのように迎えるのかである。労働力として使うのか。短期・中期の労働滞在者として扱うのか。帰化を含む成員化ルートに乗せるのか。日本語公共圏へ接続するのか。子どもを日本の教育制度へどう入れるのか。ここを設計しなければ、外国人受け入れは破綻する。
ここで、短期労働者と帰化前提の成員候補を混ぜてはならない。
日本で外国人を受け入れるなら、基本は二つに分けるべきである。一つは、短期・中期の労働滞在者である。もう一つは、帰化を含む成員化ルートに乗る者である。この二つを曖昧にしたところに、「移民」という言葉の欺瞞が入り込む。
短期・中期の労働滞在者として受け入れるなら、そのように扱うべきである。期間、職務、賃金、住居、安全、医療、労働者保護、帰国条件を明確にする。搾取してはならない。暴力や中間搾取を許してはならない。だが、日本社会の成員として迎える制度を用意しないなら、滞在の出口も明確にしなければならない。成員にしないなら、帰ってもらう。ここを曖昧にしてはならない。
一方で、日本社会の成員として迎えるなら、帰化を含む成員化ルートとして扱うべきである。
その場合、日本語公共圏への参加を求める。日本語教育、制度理解、地域接続、子どもの教育、法秩序への参加を制度として設計する。単なる労働力ではなく、日本で暮らす生活者として迎える。ここでは、権利だけでなく義務も問う。日本社会の成員になる以上、公共圏への接続を避けることはできない。
問題なのは、この二つを混ぜることである。
短期労働者として呼ぶ。しかし長く使いたい。帰化前提とは言いたくない。しかし人手不足は埋めたい。成員化の責任は負いたくない。しかし帰国させると現場が困る。子どもが生まれれば人道問題になる。地域に摩擦が起きれば多文化共生と言う。これでは、制度が最初から嘘をついていることになる。
日本共和制論は、この嘘を嫌う。
短期労働者なら短期労働者として扱う。帰化させるなら、帰化する者として扱う。どの公共圏の成員にするのかを決める。日本語公共圏へ入れるなら、その入口と条件を制度化する。入れないなら、滞在の範囲と出口を明確にする。
曖昧な善意で、外国人を滞留させてはならない。
曖昧な人手不足で、外国人を使い続けてもならない。
成員にするなら、成員にする。
成員にしないなら、帰ってもらう。
その線引きを制度として持つことが、国家を公共物として引き受けるということである。
成員資格は、権利だけではない。
義務でもある。税を払う。法を守る。子どもを教育へ接続する。地域のルールを理解する。公共空間を壊さない。災害時の情報を理解する。必要な手続きを行う。労働契約を理解する。社会保障制度を理解する。これらは、成員として暮らすための条件である。
もちろん、日本人にもそれができていない者はいる。
ここを忘れてはならない。外国人にだけ高い基準を課し、日本人には何も問わない、という話ではない。日本人であっても、日本語公共圏に十分参加できていない人はいる。読み書きが弱い人、制度が理解できない人、学校からこぼれた人、職業世界へ接続されない人、福祉と労働の隙間にいる人。だからこそ、義務教育、教員養成、複線型トラックが必要なのである。
日本共和制論における成員資格とは、この全体を指す。
血統ではない。単なる国籍でもない。住民票でもない。労働力でもない。人権主体であるだけでもない。日本語公共圏へ参加し、制度を理解し、職業世界や地域社会へ接続され、権利と義務を引き受け、公共空間を共有する存在である。そういう成員を、国家と社会が形成する。
これは、閉じた社会を作るための議論ではない。
開くためには、形が必要である。受け入れるためには、入口が必要である。共生するためには、共通の公共圏が必要である。帰化するためには、成員化の制度が必要である。外国人を受け入れるためには、教育、言語、職業、地域、法、福祉を接続する設計が必要である。
無限に開けば、社会は壊れる。
完全に閉じれば、社会は痩せる。
必要なのは、境界を持った開放である。
日本語公共圏を中心に置き、国内の成員形成を立て直し、そのうえで外国人をどう迎えるかを設計する。血統ではなく、公共圏への参加を基準にする。ただし、天皇は別枠として扱う。排外ではなく、成員化を基準にする。労働力ではなく、生活者として見る。ただし、生活者として迎えるなら成員化の責任を制度として負う。理念ではなく、制度で受け止める。
これが、日本共和制論における成員資格である。
そして、この議論は、次の問題へつながる。
開かれた社会とは、何でも無限に開く社会ではない。批判可能性を持ち、誤りを修正できる社会である。しかし、そのためには、そもそも社会の輪郭が必要である。誰が議論し、誰が制度を引き受け、誰が責任を負うのか。その境界を失えば、開かれた社会は、ただの無責任な開放になる。
次に見るべきなのは、開かれた社会の限界である。
9. 開かれた社会は、無限に開く社会ではない
開かれた社会とは、何でも無限に開く社会ではない。
ここで念頭に置いているのは、ポパー的な意味での開かれた社会である。つまり、権力を批判できる社会であり、誤りを指摘できる社会であり、制度を修正できる社会であり、全体主義的な閉鎖へ抵抗できる社会である。開かれた社会の中核は、国境や制度や共同体を際限なく開くことではない。批判可能性であり、誤謬訂正可能性である。
だからこそ、開かれた社会には制度が必要である。
批判するには、言語が必要である。記録が必要である。手続きが必要である。誰が何を決めたのか、どの制度がどの責任を負うのか、どの言葉で異論を述べるのか、どの場で修正を求めるのか。それがなければ、批判はただの叫びになる。怒りはあっても、制度は直らない。
ここを間違えると、「開かれた社会」はすぐにスピる。
国境を開く。市場を開く。大学を開く。職場を開く。制度を開く。外国人を受け入れる。多文化共生を掲げる。異論を許す。批判を許す。もちろん、それらには重要な意味がある。閉じた社会は腐る。批判されない権力は腐る。異論を許さない共同体は硬直する。外と接続しない社会は、自分の誤りに気づけなくなる。
だが、開くとは、形を失うことではない。
開かれた社会とは、輪郭を持たない社会ではない。何でも受け入れ、何でも許し、何でも混ぜ、誰も責任を負わず、制度の境界も、成員資格も、言語の中心も、公共秩序も曖昧にする社会ではない。それは開かれた社会ではなく、輪郭を失った社会である。
ここで言う境界とは、排除のための壁ではない。責任を発生させるための輪郭である。誰が成員なのか。誰が投票するのか。誰が税を負担するのか。誰が教育を受けるのか。誰が社会保障を使うのか。誰が法秩序を引き受けるのか。誰が公共空間を共有するのか。誰が国家の失敗について批判し、修正を求めるのか。そこに輪郭がなければ、責任は溶ける。
リベラルは、ここをしばしば見失う。
開くこと自体を善にしてしまう。たしかに、閉じすぎた制度を開くことには意味がある。家父長制、身分制、差別、共同体の抑圧、学校の画一性、企業の閉鎖性。そういうものを開くことは必要だった。
だが、開いた後に何が残るのかを考えなければならない。
家族を開くなら、子どもを誰が育てるのか。学校を開くなら、成員形成を誰が担うのか。国境を開くなら、公共圏の入口をどう設計するのか。企業を開くなら、職業訓練と生活保障をどうつなぐのか。地域を開くなら、公共空間の作法をどう維持するのか。国家を開くなら、国家責任を誰が引き受けるのか。
開くことは、制度設計を免除しない。
むしろ、開いた後の方が制度設計は難しくなる。閉じた共同体なら、暗黙の作法で回っていたものがある。良くも悪くも、空気、慣習、家、村、会社、学校が人を縛っていた。そこから人を解放するなら、代わりの制度が必要になる。自由になった個人を、どう教育し、どう仕事へつなぎ、どう福祉へつなぎ、どう公共空間へ接続するのか。そこまで引き受けなければ、開放は放置になる。
自由には、足場が必要である。
足場のない自由は、強い者の自由になる。金がある者は移動できる。学歴がある者は外へ出られる。英語ができる者は世界へ接続できる。情報処理能力がある者は制度を使える。だが、そうでない者は、開かれた社会の中で置き去りにされる。共同体から解放されたが、国家にも接続されない。学校から外れたが、職業世界にも接続されない。家族から逃れたが、福祉にもつながらない。これは自由ではなく、放出である。
だから、開かれた社会は、成員形成を必要とする。
読み書き、計算、制度理解、職業接続、公共空間の作法、法秩序、批判の言葉。これらがなければ、人は開かれた社会を使えない。開かれた社会は、自然に成員を育ててくれるわけではない。国家と社会が、成員を育てる必要がある。
ここで、日本語公共圏が重要になる。
外の言語を学ぶことは重要である。英語を含む外国語への接続も必要である。だが、国内の公共圏には中心言語が必要である。教育、行政、司法、医療、福祉、災害、政治、職業接続を、どの言葉で共有するのか。日本では、それは日本語である。日本語公共圏という足場があるから、外へ開ける。ここを否定して、いきなり世界へ開こうとすれば、外へ出られる層と出られない層、制度を使える層と使えない層、理念を語る層と負担を背負う地域や学校が分かれてしまう。
それは、共和的ではない。開かれた社会もまた、公共物として運用されなければならない。特定のエリートだけが外へ出る。特定の企業だけが安い労働力を使う。特定の知識人だけが多文化共生を語る。特定の地域や学校だけが負担を背負う。これでは、開放のコストを誰かに押しつける社会である。
開放には、コストがある。
外国人を受け入れれば、言語教育が必要になる。学校に負担がかかる。医療通訳が必要になる。行政手続きが複雑になる。労働市場に摩擦が出る。地域で生活習慣の違いが出る。治安や公共秩序の問題も起こりうる。もちろん、それらを理由にすべてを拒否する必要はない。だが、コストがあることを否認してはならない。
これは、観光客についても同じである。
鎖国しないなら、観光客も一定程度は受け入れることになる。観光は、外貨をもたらす。地域経済を支える。日本文化を外へ開く入口にもなる。外国人が日本を訪れ、日本の街、自然、食、交通、治安、文化、公共空間を経験することには意味がある。日本を完全に閉じるのでないなら、観光客を受け入れること自体を否定する必要はない。
だが、観光客に対しても、開放は無限ではない。
観光客は成員ではない。日本語公共圏の成員として教育されるわけでも、税と社会保障を引き受けるわけでも、地域の長期的責任を負うわけでもない。それでも、観光客は日本の公共空間を使う。道路、鉄道、バス、宿泊施設、飲食店、観光地、神社仏閣、山、海、街、住宅地に入ってくる。ならば、観光客の受け入れにも、量、場所、作法、費用負担、治安、文化財保護、地域生活の保護という境界が必要である。
観光公害を、国際交流の美名で誤魔化してはならない。
地域住民の生活が壊れる。公共交通が混雑する。ゴミが増える。騒音が出る。私有地や生活空間に入り込む。文化財が傷む。山や自然環境が荒れる。安い宿泊施設や短期滞在向けの商売によって、地域の生活基盤が歪む。そういう負担が出るなら、観光客数、入域制限、料金、宿泊税、マナーの明示、違反時の排除、文化財や自然環境の保護を制度として考えなければならない。
観光客は客であって、主ではない。
日本の公共空間は、観光客のために存在しているのではない。まず、そこで暮らす人間の生活空間であり、日本語公共圏の成員が引き受ける公共空間である。そのうえで、外から来る人を迎える。歓迎することと、公共空間を明け渡すことは違う。もてなすことと、地域生活を壊されることは違う。観光立国という言葉で、国家と地域の輪郭を薄めてはならない。
だから、必要なのは、開くか閉じるかではない。
境界を持った開放である。
境界とは、誰を拒むかという話だけではない。誰を、どの条件で、どの公共圏へ迎えるのかという話である。短期・中期の労働滞在者として受け入れるのか。帰化を含む成員化ルートに乗せるのか。観光客として一時的に公共空間へ入れるのか。日本語公共圏へ入れるのか。子どもを日本の学校制度へ接続するのか。法秩序、税、社会保障、地域、公共空間の作法をどう共有するのか。ここを設計することが、境界を持つということである。
境界なき開放は、外国人にも不誠実である。
日本社会の成員として迎えるつもりがないのに、労働力として長く使う。帰国してもらう制度なのに、現場の都合でなし崩しに引き延ばす。日本語公共圏へ入れる支援をしないのに、地域で生活させる。子どもが生まれてから、人道問題として場当たり的に処理する。観光客に地域生活を壊されても、国際交流や観光立国の名で放置する。これは、開かれた社会ではない。制度の嘘である。
だから、日本を開くには、まず日本を残さなければならない。
日本語公共圏、成員形成、教育、職業接続、公共秩序、帰化の条件、短期労働者と成員候補の区別、観光客受け入れの境界。そうした輪郭があるから、外へ開ける。輪郭を失った社会は、外へ開くのではない。外に溶けるだけである。
開かれた社会は、無限に開く社会ではない。境界を持ち、責任を持ち、制度を持ち、言語を持ち、成員を育てる社会である。
そして、ここから次の問題が出てくる。開かれた社会を支える成員は、世界市民としてではなく、まず日本市民として育てられなければならない。
次に見るべきなのは、世界市民ではなく、日本市民を育てるということである。
10. 世界市民ではなく、日本市民を育てる
開かれた社会を支えるのは、世界市民ではない。
まず、日本市民である。
ここで言う日本市民とは、単に日本国籍を持つ人間という意味ではない。日本語公共圏の中で教育され、日本の制度を理解し、日本の法秩序を引き受け、日本の公共空間を共有し、日本という国家を公共物として扱う人間である。権利を持つだけではない。義務を負うだけでもない。国家と社会を、自分に関係のある公共物として引き受ける人間である。
この章では、コスモポリタニズムを正面から扱う。
コスモポリタニズムとは、ざっくり言えば、人間を特定の国家や民族や地域に閉じ込めず、世界全体の市民として考える立場である。コスモポリタンとは、そのように国境を超えた人間として自分を位置づける者である。世界市民。地球市民。人類の一員。そういう言葉で語られることもある。
この発想には、もちろん意味がある。
国家は危険である。民族も危険である。宗教も危険である。閉じた共同体は、外部の人間を敵視し、異質な者を排除し、戦争や虐殺や差別を生むことがある。だから、人間を国家や民族の内側だけで考えない視点は必要である。普遍的人権、国際法、戦争犯罪、難民保護、国境を超えた倫理。そうしたものを考えるうえで、コスモポリタニズムには役割があった。
だが、コスモポリタニズムは、すぐにスピる。
どの国家の制度を引き受けるのか。どの言語で公共的に議論するのか。どの税を負担するのか。どの社会保障を支えるのか。どの学校で子どもを育てるのか。どの法秩序の中で暮らすのか。どの公共空間を維持するのか。どの安全保障に責任を持つのか。そこを飛ばして、「人類」「世界」「地球」「普遍的人権」へ逃げるとき、コスモポリタニズムはスピになる。
人間は、抽象的な人類としては暮らしていない。
どこかの土地に住む。どこかの言語で考える。どこかの制度を使う。どこかの学校に通う。どこかの病院にかかる。どこかの行政手続きを行う。どこかの道路を歩き、どこかの公共交通に乗り、どこかの水道や電気や警察や消防に支えられている。人間は、具体的な制度の中で生きている。
だから、市民は、まず具体的な国家の市民でなければならない。
日本で暮らすなら、日本の制度を理解する必要がある。日本語公共圏に参加する必要がある。日本の法秩序を引き受ける必要がある。日本の公共空間を壊さない振る舞いを身につける必要がある。日本の教育、福祉、税、医療、治安、災害対応、職業世界を理解する必要がある。これを飛ばして、いきなり世界市民になることはできない。
世界へ出るためにも、足場がいる。
母語があるから、外国語へ出られる。自分の公共圏があるから、他国の公共圏を理解できる。英語で情報を取り、英語で仕事をし、英語で発信する力は重要である。リンガフランカとしての英語を使えることは、現代では大きな力である。だが、英語ができることと、公共性を引き受けることは違う。外へ出た知識を日本語公共圏へ戻せなければ、それはエリートの移動能力であって、市民性ではない。
日本市民とは、閉じた国民ではない。日本語公共圏を足場にして外へ出る人間であり、世界を知ったうえで、日本の制度を引き受け、日本へ戻し、日本を直す人間である。
ここで、カントとヘーゲルの問題が出てくる。
カント的な世界市民の構想は、永久平和や国際法、諸国家の連合を考えるうえで重要である。人間を単なる国家の所有物としてではなく、普遍的な理性を持つ存在として見る。その発想には意味がある。国家を超えた法や倫理を考えるうえで、カントは避けて通れない。
だが、ヘーゲル的に言えば、倫理的な自由は抽象的な人類の中では成立しない。
人間は、家族、市民社会、国家という具体的な制度の中で自由を現実化する。もちろん、ヘーゲルをそのまま受け入れる必要はない。国家を過度に神聖化する必要もない。だが、抽象的な世界市民ではなく、具体的な国家の制度の中で市民が形成されるという点では、ヘーゲルの方が現実を見ている。
自由は、制度なしには現実化しない。
人権も同じである。人権は普遍的だと言える。だが、それを現実に守るのは、具体的な国家、裁判所、行政、警察、学校、福祉制度、言論空間である。世界市民として人権を唱えることはできる。だが、人権侵害を訴える裁判所はどこにあるのか。保護する警察はどこにあるのか。子どもを救う学校や福祉はどこにあるのか。そこを見なければ、人権は空中に浮く。
この問題は、国際連盟と国際連合を見れば分かる。
第一次世界大戦後、人類は国際連盟を作った。国家間の戦争を防ぎ、集団安全保障によって平和を維持しようとした。だが、国際連盟は第二次世界大戦を防げなかった。国家が自国の安全保障、資源、領土、帝国、革命、民族、軍事をめぐって動いたとき、国際連盟はそれを止められなかった。
第二次世界大戦後、人類は国際連合を作った。
国際連合は、国際連盟の失敗を踏まえて作られた。安全保障理事会、常任理事国、拒否権、国連総会、国際機関群、人権、開発、難民、平和維持。制度は国際連盟よりもはるかに複雑になった。だが、それでも国際連合は、世界政府ではない。国連は、国家を超えた主権者ではない。国連は、各国に代わって税を取り、警察を動かし、軍隊を常備し、学校を運営し、社会保障を負担し、成員を形成する主体ではない。
国際連合は、国家を前提にしている。加盟国が資金を出し、加盟国が人員を出し、加盟国が合意し、加盟国が実行する。国連は、国家を超えているように見えて、実際には国家に依存している。世界税も、世界警察も、世界軍も、世界義務教育も、世界共通の成員資格もない。国際連合は、世界市民の政府ではない。
国際機関は、国家の代わりにならない。
疫病、難民、環境、貿易、通信、航空、海洋、金融、戦争犯罪、人道支援など、国家を超えた調整が必要な領域はある。国際機関には、調整、情報共有、基準設定、監視、援助、交渉の場としての意味がある。だが、それは国家が引き受けるべき成員形成、教育、治安、福祉、安全保障、言語公共圏、公共秩序の代替ではない。
国家を薄めれば、人権が強くなるとは限らない。
むしろ、国家が弱ければ、弱い者の人権は守られない。強い個人、強い企業、強い共同体、強い宗教、強い国際資本、強い犯罪組織、強い軍事勢力が、弱い者を支配する。国家は危険である。だが、国家がなければもっと危険なものもある。国家を批判するには、国家を消せばよいのではなく、国家を公共物として制御しなければならない。
ここでも、天皇を戴く共和主義が関わる。
天皇を戴くとは、国家を神秘化することではない。天皇に国家責任を預けることでもない。権威と権力を分け、政治権力者を国家そのものにしない。そのうえで、国民が国家を公共物として引き受ける。これは、国家を信仰することではない。国家を使い、批判し、維持し、修正するということである。
日本市民は、国家を拝む者ではない。
国家を使う者である。国家を批判する者である。国家を直す者である。国家を維持する者である。国家の失敗に責任を問う者である。国家を他人事にしない者である。天皇を戴きながら、国家を公共物として引き受ける者である。
これが、コスモポリタンとの違いである。
コスモポリタンは、しばしば国家を上から眺める。日本は遅れている。日本は閉じている。日本は人権意識が低い。日本は多様性がない。日本はグローバルではない。そう言うことは簡単である。もちろん、日本には実際に遅れているところもある。閉じているところもある。人権上の問題もある。多様性を受け止めきれていないところもある。
だが、批判するなら、直す責任も問わなければならない。
どの制度をどう変えるのか。誰が費用を負担するのか。学校現場はどうなるのか。地域はどうなるのか。治安はどうなるのか。家族はどうなるのか。職業接続はどうなるのか。日本語公共圏はどうなるのか。そこまで考えなければ、批判はただの外部者の目線になる。
日本市民は、外部者ではない。
内部にいる。制度の中にいる。公共空間の中にいる。日本語公共圏の中にいる。税と社会保障の中にいる。災害と治安と教育と職業世界の中にいる。だから、批判も内部から行う。外から見た日本批判ではなく、自分が引き受ける公共物としての日本を批判する。
これは、愛国心とは少し違う。
日本が好きだから守る、という話ではない。日本が素晴らしいから誇る、という話でもない。もちろん、好きでよい。誇ってもよい。だが、日本市民の中核は感情ではない。責任である。日本社会への愛憎があるとしても、その愛憎を制度責任へ変換することが必要である。好き嫌いではなく、引き受けるかどうかである。
だから、ぼくは世界市民よりも日本市民を重視する。
世界を知らなくてよいという話ではない。人権を軽視してよいという話でもない。他国の人間をどうでもよいと思えという話でもない。そうではなく、普遍的なものへ向かうためにも、まず具体的な国家と言語と制度を引き受ける必要があるという話である。
日本市民を育てるとは、排外主義者を育てることではない。
日本語公共圏を持ち、外の世界を学び、日本の制度を理解し、外国人をどう迎えるかを考え、他国と比較し、自国を批判し、自国を修正できる人間を育てることである。外を知らない人間ではない。外へ出たまま戻らない人間でもない。外を知り、日本へ戻し、日本を直す人間である。
日本市民を育てるとは、国家を市民のものにすることである。
ここで言う「市民のもの」とは、国家を好き勝手に私物化するという意味ではない。国家を公共物として扱うという意味である。政府のものではない。官僚のものではない。政党のものではない。天皇の私物でもない。リベラル知識人の倫理劇場でもない。保守派の神棚でもない。国家は、成員が責任を持って運用する公共物である。
世界市民では、ここが弱くなる。
世界市民は、国家を超えた正しさを語ることができる。だが、国家を運用する責任から離れやすい。日本市民は、国家を超えた正しさを疑う必要はない。人権も、国際法も、他国への配慮も必要である。だが、それらを日本の制度へ接続し、日本語公共圏で議論し、日本の学校や行政や法制度の中で実装しなければ、理念は現実化しない。
世界へ出るために、日本を残す。
普遍へ向かうために、具体的な国家を引き受ける。
開かれた社会を支えるために、日本市民を育てる。
それが、日本共和制論における市民形成である。
11. リベラル/左派はなぜ国家を引き受けられないのか
ここまで、国家を公共物として引き受ける、という話をしてきた。
天皇を戴きながら、国家を国民が公共的実践として引き受ける。教育を引き受ける。成員形成を引き受ける。日本語公共圏を引き受ける。職業接続を引き受ける。公共秩序を引き受ける。外国人受け入れの境界を引き受ける。観光客を受け入れる条件を引き受ける。安全保障を引き受ける。
ここで、リベラル/左派の弱点が出る。
まず確認しておく。リベラルは必要である。
権力を疑うこと。国家を制限すること。個人の自由を守ること。信教の自由、表現の自由、法の下の平等、少数者の保護、恣意的な支配への抵抗。これらは、近代国家にとって不可欠である。国家を公共物として引き受けるなら、国家権力が暴走しないように縛らなければならない。ここでリベラルな原理は絶対に必要である。
問題は、リベラルそのものではない。
問題は、リベラルな言葉を使いながら、国家責任から逃げる態度である。ここでは、それをリベサヨと呼ぶ。
リベサヨとは、リベラルな原理を掲げながら、国家を公共物として引き受けない態度である。国家は嫌いだが、国家には要求する。権力は嫌いだが、福祉は要求する。国境は嫌いだが、人権保障は要求する。学校は嫌いだが、教育機会は要求する。家族制度は嫌いだが、子育て支援は要求する。警察や軍事は嫌いだが、安全は要求する。つまり、国家を嫌いながら、国家に依存する。
国家を嫌いながら、国家に依存する。
ここに、リベサヨのねじれがある。
国家を批判すること自体は必要である。だが、批判した後に、誰が制度を作るのか。誰が教育するのか。誰が税を取るのか。誰が福祉を担うのか。誰が治安を維持するのか。誰が国境を管理するのか。誰が災害対応をするのか。誰が安全保障を担うのか。誰が帰化条件を設計するのか。誰が公共空間の作法を守るのか。そこへ降りなければ、国家批判はただのポーズになる。
リベサヨは、理念を掲げる。
人権。平等。多様性。包摂。反差別。共生。平和。立憲主義。どれも重要な言葉である。だが、理念は制度へ落とさなければならない。誰をどう救うのか。どこまで支援するのか。どの予算を使うのか。どの義務を課すのか。どこで線を引くのか。そこまで書かなければ、理念は現実を動かさない。
リベラルなら、本来は制度を語らなければならない。
自由を守るには、裁判所が必要である。人権を守るには、行政と司法が必要である。少数者を守るには、学校、福祉、警察、医療、労働規制が必要である。表現の自由を守るには、権力制限と同時に、暴力や脅迫から言論空間を守る制度が必要である。つまり、リベラルな原理は、制度を通じてしか現実化しない。
ところが、リベサヨは制度の汚れを嫌う。
制度は、必ず線を引く。予算を配分する。対象者を決める。優先順位を決める。入れる者と入れない者を分ける。救う者と救えない者を分ける。子どもと大人を分ける。義務教育の対象を決める。帰化の条件を決める。観光客を受け入れる場所と制限する場所を決める。これはつらい。だが、国家を引き受けるとは、そういう線引きから逃げないことである。
リベサヨは、境界を語ることを嫌う。
成員資格を語ると、排外主義に見える。国語を語ると、国粋主義に見える。公共秩序を語ると、管理社会に見える。治安を語ると、権威主義に見える。軍事を語ると、軍国主義に見える。天皇制を制度として読むと、反動に見える。帰化条件を語ると、差別に見える。観光客への制限を語ると、閉鎖性に見える。
だが、境界を語らなければ、制度は作れない。
誰が成員なのか。誰が一時滞在者なのか。誰が税を払うのか。誰が社会保障を使うのか。誰が投票するのか。誰が学校制度に入るのか。誰が日本語公共圏へ接続されるのか。誰が公共空間の作法を引き受けるのか。これを語ることは、排外主義ではない。制度責任である。
リベラルは、個人を守るために国家を疑う。
それは必要である。だが、個人を守るためにも国家が必要である。子どもを家庭の暴力から守るには、国家が必要である。労働者を企業の搾取から守るには、国家が必要である。障害者を制度へ接続するには、国家が必要である。治安を維持し、司法を動かし、医療と福祉を整えるには、国家が必要である。国家を疑うことは、国家を消すことではない。国家を公共物として制御することである。
ここを理解しないリベサヨは、結局、強いものを放置する。
国家を弱くする。共同体を解体する。家族を相対化する。学校を開く。企業を流動化する。国境を薄める。すると、自由が増えるように見える。だが、その自由を使えるのは、能力、金、情報、学歴、移動力、言語能力を持つ者である。弱い者は、古い共同体からも、国家からも、職業世界からも切り離される。これは自由ではなく、放出である。
リベサヨは、しばしばこの放出を解放と呼ぶ。
家族から解放する。学校から解放する。企業から解放する。国家から解放する。共同体から解放する。だが、解放された人間をどこへ接続するのか。そこが問われなければ、解放は放置になる。みいちゃん型の人間をどこへつなぐのか。さかなクン型の偏った才能をどう拾うのか。学校から外れた子どもをどう職業世界へ戻すのか。働けない人間をどう福祉と接続するのか。そこまで考えなければならない。
だから、日本共和制論は、解放よりも接続を重視する。
もちろん、壊すべき抑圧はある。家父長制、同調圧力、学校内の理不尽、企業の人格支配、地域共同体の閉鎖性。これらは批判されるべきである。ここでリベラルな批判は必要である。だが、壊すだけでは足りない。壊した後に、教育、職業、福祉、地域、法、公共空間へどう接続するのか。そこが国家と社会の責任である。
政治とは、この汚れた具体を扱うことである。
きれいな言葉だけで政治はできない。制度は、常に線を引く。問題は、線引きがあることではない。線引きが正当化され、説明され、批判可能であり、修正可能であるかどうかである。つまり、開かれた社会の問題である。
ここで、ポパー的な開かれた社会とつながる。
開かれた社会とは、線引きのない社会ではない。線引きを批判し、修正できる社会である。制度をなくす社会ではない。制度を誤りうるものとして運用する社会である。国家を消す社会ではない。国家を公共物として批判可能にする社会である。リベラルが本当に開かれた社会を望むなら、国家を嫌うだけでは足りない。国家を引き受け、国家を批判可能にしなければならない。
リベラルの弱点が最も露骨に出るのは、安全保障である。
国家を引き受けるなら、軍事を避けられない。戦争を嫌うことは当然である。軍事権力を疑うことも当然である。ここまではリベラルな警戒として必要である。だが、軍事を嫌えば軍事が消えるわけではない。他国は存在する。軍事力は存在する。侵略は起こりうる。国際連合は世界政府ではない。国際法は、それだけでは人を守らない。最終的に、国家は自国民の安全を引き受けなければならない。
ここで、リベサヨは現実から逃げる。
話し合い。平和外交。憲法。国際世論。国連。もちろん、それらは必要である。外交も、国際法も、国際世論も、軍事を抑えるために重要である。だが、それだけでは足りない。国連が機能しないとき、国際法を破る国が出たとき、隣国が軍事力を行使するとき、国民の安全をどう守るのか。そこを語らなければ、安全保障論にはならない。
自衛隊を災害派遣隊のようなものにすればよい、という発想は、軍事を舐めている。
災害派遣ができるのも、自衛隊が軍事組織としての規律、指揮命令系統、装備、訓練、兵站を持っているからである。軍隊だからこそできることを、軍隊性を抜いたきれいな組織に置き換えればよい、というのは、お花畑である。ぼく自身も、かつてはその程度の感覚を持っていた。だが、それは修正されなければならなかった。
国家は、暴力を扱う。
ここを嫌がってはならない。警察も、司法も、刑罰も、軍事も、最終的には暴力の制度化である。暴力を野放しにしないために、国家が暴力を制度化し、制限し、責任を持って運用する。国家暴力は危険である。だからこそ、批判可能性と法の支配が必要である。だが、国家暴力が危険だからといって、それを見ないことにすれば、非国家的暴力や外部の軍事力に弱い者がさらされる。
リベサヨは、国家暴力だけを見て、非国家的暴力や外部権力を軽く見がちである。
企業の搾取。家庭内暴力。性暴力。犯罪組織。外国政府。軍事力。宗教共同体。地域の圧力。市場の力。これらもまた、人を支配する。国家だけが危険なのではない。国家は危険であると同時に、それらから人を守るための制度でもある。だから、国家を公共物として引き受け、制御しなければならない。
天皇制についても、同じ混乱が起こる。
リベラルな観点から、皇室制度に含まれる人権上の問題や個人の尊厳の問題を問うことは必要である。皇族の負担、個人としての自由、制度としての持続可能性。論点はいくらでもある。そこを考えるなという話ではない。だが、それだけで天皇制を処理すると、権威と権力の分離という制度的意味が見えなくなる。
リベサヨにとって、天皇制は倫理的に傷つくための道具になりやすい。
天皇制があるから日本は未成熟である。天皇制があるから戦後民主主義は不完全である。天皇制があるから個人が抑圧される。そう言うことで、自分たちの倫理的な正しさを確認する。だが、その先に、国家の権威と権力をどう分けるのか、国家の象徴性をどう扱うのか、政治権力者を国家そのものにしないために何が必要なのか、という制度論がない。
日本共和制論は、そこを問う。
天皇制を情緒で守るのでもない。天皇制を倫理劇場として否定するのでもない。天皇制を、権威と権力の分離として読む。そのうえで、国民が国家を公共物として引き受ける。ここに、天皇を戴く共和主義がある。リベサヨは、天皇を否定することで近代的になったつもりになるが、国家の公共性をどう担保するのかという問いを残したままにする。
外国人受け入れや観光客の問題でも、同じ構図が出る。
人権、反差別、共生、国際交流。入口の原理は必要である。だが、前章で見たように、受け入れるなら条件と責任を設計しなければならない。労働者として守るのか、成員候補として育てるのか、一時的な訪問者として公共空間の作法と負担を求めるのか。そこを曖昧にしたまま、やさしい言葉で包むなら、制度の嘘になる。
リベサヨは、公共秩序を軽く見すぎる。
公共秩序という言葉を聞くと、すぐに管理、抑圧、同調圧力を連想する。たしかに、日本社会には同調圧力がある。空気支配もある。迷惑をかけるなという圧力が、弱い者を黙らせることもある。それは批判すべきである。だが、公共秩序そのものを軽視すれば、公共空間は壊れる。弱い者ほど、壊れた公共空間の負担を受ける。
公共秩序は、強者の趣味ではない。
道路を安全に歩けること。電車に乗れること。学校が荒れないこと。病院が機能すること。役所が動くこと。災害時に情報が届くこと。夜道を歩けること。ゴミが放置されないこと。公共空間で暴力や騒音や迷惑行為が抑えられること。これらは、社会の基盤である。公共秩序を守ることは、弱い者を守ることでもある。
国家を引き受けられないリベサヨは、この基盤を見落とす。
権利を語る。自由を語る。多様性を語る。だが、権利や自由や多様性が成立するための秩序を語らない。秩序を語る者を権威主義者扱いする。治安を語る者を差別主義者扱いする。国境を語る者を排外主義者扱いする。天皇制を制度として語る者を反動扱いする。そうして、制度の具体へ向かう道を塞ぐ。
その結果、リベサヨは、国家を批判するが、国家を作れない。
教育制度を作れない。職業接続を作れない。安全保障を作れない。帰化制度を作れない。公共秩序を作れない。天皇制を制度として読めない。観光客の受け入れ境界を作れない。日本語公共圏を守れない。国家を権力として批判することはできるが、国家を公共物として設計し、運用し、修正するところまで行けない。
日本共和制論は、そこを越えるための議論である。
リベラルな原理は残す。国家を疑う。権力を制限する。個人の自由を守る。少数者への不当な抑圧を批判する。制度を批判可能にする。これは必要である。だが、そこに国家責任、成員形成、日本語公共圏、公共秩序、安全保障、帰化、外国人受け入れの境界、観光客への制限を足さなければならない。
リベラルを、国家を引き受ける方向へ作り替えなければならない。
リベサヨは、たぶんそこに耐えられない。国家を引き受けるとは、きれいな側に立ち続けられないということである。線を引く。予算を決める。排除する。送還する。治安を守る。軍事を持つ。教育で測る。職業へ振り分ける。福祉から就労へつなぐ。観光客を制限する。そういう、汚れた具体へ降りることである。
国家を公共物として引き受けるとは、その汚れた具体から逃げないことである。リベラルな原理は残す。だが、それを国家嫌悪や国家責任からの逃避に使わない。国家を神棚に上げず、天皇を政治化せず、家族や地域へ丸投げせず、JTC的な同調圧力も美化しない。教育、職業、福祉、治安、軍事、言語、文化、外国人受け入れを、制度として組み直す。
国家を公共物として引き受ける。
この一点で、リベラル/左派は問われる。
国家を批判するだけなら簡単である。国家に要求するだけなら簡単である。国家を悪者にするだけなら簡単である。だが、国家を引き受け、制度を作り、成員を育て、境界を引き、誤りを修正し、次の世代へ渡すことは難しい。
日本共和制論は、その難しい方へ行く。
そして、ここまで来ると、次に問うべきことが見えてくる。
日本を残すと言っても、それは Japan as Number One の再演ではない。かつての経済大国日本、企業社会、官僚制、日本的経営を称揚する話ではない。むしろ、それらの多くはすでに壊れている。JTC的なものは、残すべき日本ではなく、切るべき日本である。
それでも、日本は残す価値がある。
次に見るべきなのは、Japan as Number One ではない日本保存論である。
12. Japan as Number One ではない――それでも日本は残す価値がある
日本を残せ。
そう言うと、すぐに誤解される。
日本は素晴らしい。日本人は優秀だ。日本文化は世界一だ。日本的経営は正しかった。かつての経済大国日本を取り戻せ。Japan as Number One をもう一度。そういう話に聞こえるかもしれない。
だが、ここで言っているのは、そういう話ではない。
かつて、エズラ・ヴォーゲルは『Japan as Number One』で日本を論じた。
そこにあったのは、産業国家としての日本、行政能力、企業組織、教育、社会的統合への注目だった。戦後日本が高度成長し、製造業で世界を席巻し、官僚制、企業、教育、家族、地域、勤労倫理がうまく噛み合っているように見えた時代の日本論である。
しかし、いま日本を残すと言うとき、それはヴォーゲル的な意味での日本礼賛ではない。
むしろ逆である。ぼくが残したい日本は、企業社会でも、官僚制でも、日本的経営でもない。年功序列、終身雇用、根回し、稟議、空気、曖昧な責任、上司の顔色、人事評価の情緒、無駄な会議、長時間労働、人格的な忠誠。そうしたものを、残すべき日本だとは思っていない。いまではJTCという言葉さえある。Japanese Traditional Company。そこには、かつて誇られた日本的組織への、かなり苦い自己認識がある。
ぼく自身も、企業社会としての日本を信じてきたわけではない。
日本的な大企業文化に自分を預けてきたわけでもない。むしろ、外資やコンサルを含む職業世界の中で、日本的組織の強さと弱さを見てきた。日本企業の現場力、調整力、勤勉さ、細部へのこだわりには強さがある。一方で、責任の所在の曖昧さ、意思決定の遅さ、空気支配、属人的調整、人格評価、変化への鈍さには、深刻な弱さがある。
だから、日本を残せとは、JTCを残せという意味ではない。
昭和を戻せという意味でもない。高度成長をもう一度という意味でもない。バブルを懐かしむ話でもない。官僚主導の産業国家を復活させろという話でもない。日本的経営を礼賛しろという話でもない。そういう日本は、すでに壊れている。壊れて当然だった部分もある。
それでも、日本は残す価値がある。
ただし、ここで残すべきなのは、企業社会でも、官僚制でも、日本的経営でもない。経済成長モデルとしての日本でもない。残すべきなのは、日本語公共圏であり、教育責任であり、複線型トラックであり、勤労可能性であり、社会の再生産可能性であり、公共秩序であり、文化の維持管理であり、権威と権力を分ける制度的知性である。
ヴォーゲルが見た日本は、産業国家としての日本だった。行政があり、企業があり、教育があり、家族があり、社会的統合があり、それらが経済成長へ結びついているように見えた日本である。だが、ぼくがここで見ているのは、経済成長モデルとしての日本ではない。成員を形成し、職業世界へ接続し、社会を再生産し、日本語公共圏を維持し、天皇制を権威と権力の分離として読み、国家を公共物として引き受けられるかどうかという問題である。
ここで、ナショナリズム論として見れば、ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』に接続することもできる。国民は、自然にそこにある血の集団ではない。言語、出版、教育、行政、制度、記憶、メディアを通じて想像され、形成される共同体である。そういう意味では、日本語公共圏を残すという議論は、「日本人」という自然な実体を前提にしているのではなく、日本を成員形成と制度的想像力の問題として捉えている。
だが、この論考では、アンダーソン論を展開しない。ここで重要なのは、日本が想像された共同体だから無意味だ、という話ではない。むしろ逆である。想像され、教育され、制度化され、言語によって共有され、公共空間で実践されるからこそ、残すには手入れが必要だという話である。共同体は自然物ではない。だからこそ、放っておけば壊れる。
この意味で、日本を残すとは、優越のナショナリズムではない。保存の共和主義である。日本が世界一だから残すのではない。日本が永遠だから残すのでもない。日本が自然に続くから残すのでもない。続かないから残すのである。壊れるから修理するのである。次の世代へ自動的には渡らないから、制度として渡すのである。
Japan as Number One ではない。
それでも、日本は残す価値がある。
日本を残すとは、世界に勝つことではない。
この国を、次の世代に渡すことである。
13. 結論――Preserve Japan
日本を残せ。
これが、この連続論考の結論である。
ただし、ここまで読めば分かるはずである。それは、日本を神棚に上げることではない。かつての経済大国日本を懐かしむことでもない。JTCを守ることでもない。日本人の心を唱えることでもない。外国を拒み、内側だけで固まることでもない。
日本を残すとは、国家を公共物として引き受けるということである。
天皇を戴きながら、国家を国民が公共的実践として引き受ける。これが、日本共和制論の中核である。反天皇制の共和主義ではない。大統領制への移行論でもない。天皇に政治責任を預ける話でもない。権威と権力を分け、政治権力者を国家そのものにしない。そのうえで、国家を政府のものにも、官僚のものにも、政党のものにも、企業のものにも、知識人のものにも、市場のものにもせず、成員が引き受ける。
その成員は、自然には育たない。
教育が必要である。日本語公共圏が必要である。職業世界への複数の接続が必要である。子どもを育て、働ける者を働けるようにし、つまずいた者が戻れる経路を作り、老いと介護と地域と産業を次の世代へ渡す制度が必要である。勤労可能性だけでなく、社会の再生産可能性が必要である。
開かれた社会も、世界との接続も、その足場なしには成立しない。
外国人を受け入れるなら、労働滞在者なのか、成員化ルートに乗る者なのかを曖昧にしない。観光客を受け入れるなら、客としての範囲、量、費用負担、作法、地域生活と文化財の保護を設計する。世界市民を名乗る前に、日本語公共圏と制度責任を引き受ける日本市民を育てる。開かれた社会は、無限に開く社会ではない。
残すものと、切るものを分けなければならない。
残すのは、日本語公共圏、教育責任、複線型トラック、社会の再生産可能性、公共秩序、文化の維持管理、権威と権力の分離である。切るのは、空気支配、陰湿さ、村社会、JTC的な同調圧力、曖昧な責任、人格評価、学歴単線主義、教師の恣意、家族への丸投げである。日本を残すとは、日本のすべてを残すことではない。残すべきものを残し、切るべきものを切り、制度として維持管理することである。
ここまで来て、ようやく日本共和制論の形が見える。
それは、反天皇制ではない。天皇制礼賛でもない。国粋主義でもない。世界市民論でもない。JTC礼賛でもない。リベラルな無限開放でもない。排外的な閉鎖でもない。天皇を戴き、権威と権力を分け、日本語公共圏を中心に、成員を教育し、複数の職業経路へ接続し、社会の再生産可能性を立て直し、外国人受け入れと観光客に境界を持ち、国家を公共物として運用する議論である。
日本は、自然に残らない。
天皇がいれば残るわけでもない。GDPが大きければ残るわけでもない。企業が強ければ残るわけでもない。アニメや観光が人気なら残るわけでもない。日本語公共圏、教育、職業接続、公共秩序、成員資格、文化継承、社会の再生産、天皇制の制度的位置を、成員が引き受けて初めて残る。
日本は、管理対象である。
文化財のように、都市インフラのように、教育制度のように、社会保障制度のように、公共空間のように、保守し、修理し、更新し、使い方を制限し、次の世代へ渡す対象である。日本を残すとは、日本を信仰することではない。日本を維持管理することである。
だから、Preserve Japan である。
Save Japan ではない。
Save では、危機から救うという語感が強くなる。外敵から救う。衰退から救う。何か劇的な救国を行う。そういう響きになる。もちろん、日本には危機がある。だが、ここで言いたいのは、救国の高揚ではない。保存、維持、修理、継承である。壊れかけたものを手入れし、残すべきものを残し、切るべきものを切り、次の世代へ渡すことである。
Preserve Japan.
日本を残せ。
Word up.
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければチップお願いします。AI批評の各種経費に役立てます。