くじら餅 戸沢村こぶし会 山形戸沢村 和菓子なスクチャイ097 2025.08.18
和菓子なスクチャイ097 山形 > 戸沢村
※くまの身長は7.5cm。大きさの参考に。
くじら餅 戸沢村こぶし会 山形戸沢村

1.序・戸沢村は母親の故郷
何を隠そう山形県最上郡戸沢村は吾輩の母親の育った地だ。
もともと先祖は戸沢村にいたらしいが一家で樺太に入植し現地で豆腐屋を始めた。その後現地で母親は産まれたので出生地は樺太なのだ。
終戦間際に負けを感じた入植者たちは内地に引き上げ戸沢村に戻った。
そのあたりの話は「ありがとう浜村淳です」のラジオで浜村淳が母親の経験を番組で何回かに分けて物語風に話すのが放送された。
それを母親は録音していて、吾輩も何度もその録音テープを聞かされた。
母親は家で内職の傍ら聴いていた浜村淳の番組に自分の生い立ちなどを便箋に書いて番組の浜村淳に人知れず送っていたのだ。
浜村淳はその頃の流行歌や映画「氷雪の門」の内容などと併せて独特の大阪弁で樺太での母の経験の話をうまく物語風に話すのだった。
浜村淳は喋りの天才で、実家の母の部屋の本棚には浜村淳から贈られたらしい『浜村淳・喋り死に物狂い』というハードカバーの本があったのを覚えている。
ちなみに浜村淳の喋る大阪弁は吾輩が聞いても他の大阪人に言わせても桂文枝さんに言わせても西川きよしさんに言わせても誰に言わせても独特なので有名なのだ。特にアクセントがね。「さてみなさん」とか・・・(≧∇≦)
2.その戸沢村で作るくじら餅を発見
ともかくそういう経緯で戸沢村と聞けば吾輩は反応してしまうのだ。
今回はその戸沢村で作っている「くじら餅」を紹介する。
吾輩が子供の時に食べたくじら餅に出会えるかもしれないという淡い期待を抱いて。
3.戸沢村こぶし会
くじら餅製造元の、戸沢村こぶし会とはなんぞや?
たぶんそれは「あれ」なのだろう、と想像していた通り、地域の高齢者などが中心となって活動している団体なのだった。
最近、過疎の町村では、町おこし村おこしの一環で、地域の高齢者が集まって何か地域密着の事業のようなことをやる、といった例を吾輩も散見してきている。
例えば、山形県西川町でも同じような高齢層の団体が食堂「かわどい亭」を楽しそうに元気に運営していた。
で、そのような活動をしている高齢者さんの団体は例外なく圧倒されるほど元気なのだ!
歳を知ってしまうと腰を抜かすほどだ!
自分ってなんて元気がないんだろう!? と自省するしかなくなるのだ。
本当に「元気があれば何でも出来る!1、2、3ダー!byアントニオ猪木」を体現している団体なのだ。
もうこうなったらパワーをもらうしかないけんね、というけんね的気分にもなるのだった。(ちょっと椎名誠入り)
で、戸沢村こぶし会の人たちには吾輩は実際に会ったことはないけれど、吾輩自身が地方の小村などで過去に見てきた既視感を元にすると、地元の食材を使った加工品作りなどの活動を元気に行っている団体と容易に想像出来るのであった。
4.戸沢村の生産物
そこでこの会で特に有名な生産物が、山形の郷土菓子「くじら餅」なのだ。
地元で収穫された米(もち米、うるち米)や味噌などを使ってくじら餅以外にもあられなども製造販売している。
すべての生産物は昔ながらの製法を守り、添加物や保存料を使わずに手作りしているのが特徴だ。
そのため、体に優しく、素朴で懐かしい味わいが楽しめるというところが売りなのだ。
5.戸沢村くじら餅の特徴

以前から何度か書いているように、くじら餅は山形県最上地方で古くから親しまれている伝統的な餅菓子だ。
特に今回の戸沢村こぶし会のくじら餅には、以下のような特徴がある。
山形県産のもち米とうるち米を使い、くるみを入れて作られている。
味の種類は黒砂糖、白砂糖、味噌、小豆など、複数の味がある。
特に味噌味は、甘じょっぱい独特の風味が魅力だと推されている。
名前の由来は「久しく持ち歩いても良い(久持良餅)」という説がある。
携帯食として、昔から農作業や狩り、戦の際に重宝されてきた。
包み紙に書かれているように戦国時代の非常食でもあったようだ。(写真参照)
他の説としては「形が鯨肉に似ている」というのがある。
これら名前の由来は以前も書いたのでそちらを参照して欲しい。
6.戸沢村のくじら餅を手にれた
できたてはやわらかいので、そのまま食べられるのはくじら餅の一般だ。
現にこれ「戸沢村のくじら餅」を買った時も、ふにゃふにゃするほど柔らかかった。
そのまま封を切って食べたらそれはそれで美味しかっただろう。
ちなみに購入場所は東京銀座にある山形県アンテナショップ「おいしい山形プラザ」だ。
前もって戸沢村こぶし会に連絡して山形プラザで受け取れるように手配してもらっておいた。
戸沢村のくじら餅はいつもあるわけではなく、手作り故生産量も限られているので東京まで送られてくるのは数が限られている。
それでもわざわざ戸沢村現地に行くよりははるかに便利なのだ。
アンテナショップの存在はありがたい限りだ。
1個が税込540円で、4種類の味を買った。(上部写真)
7.子供の時のくじら餅を思い出す
今回は特別な目的のために、わざと日数を経て固くなってから食べることにしていた。
もちろん賞味期限内での話だが、賞味期限に近い日まで食べずに置いておいたのだ。
理由は昔子供の時に食べたくじら餅はすでに固く、というか山形から大阪に送ってもらったりしていたせいもあって作りたてではまずなかったからだ。
それで固いのがダメなのではなく、むしろ固いのを切って焼いたのがおしいしかったのだ。
いつも固かったから、くじら餅は焼いて食べるものと思っていたぐらいだった。
それでその焼いたのがほんのり甘く、醤油や味噌の焦げた香ばしさがたまらなかった。
8.子供の時のくじら餅を求めて
くじら餅の製造元は新庄市にも尾花沢市にもあり、これまでに複数の製造元のくじら餅を手に入れて食べてみているが、子供の時に食べて美味しかった思い出のあるくじら餅まだ出会っていないのだった。
過去の記事も読んでもらいたいが、これまで手に入れたくじら餅は日数を置いていても完全に固くならないのだった。
依然としてかじって食べられるほど柔らかいのだったが、どうも粉っぽいのだった。
それで、その柔らかいままで焼いてみたところ粉っぽさはなくなったが香ばしさよりも甘さが際立ち、ういろうの食感に近くなった。
それはそれで美味しかったが、子供の時のくじら餅の食感と味ではなかったのだ。
表現が難しいが、子供の時に食べたのは完全な甘いお菓子のおやつと言うより、ちょっと主食あるいは食事に近いような食べ物だったのだ。
くじら餅には味噌や醤油味があるが、砂糖入りの味噌や醤油を付けて焼いた餅を思い浮かべるとわかるかもしれない。
おやつと言いつつ重い食べ物でそれだけでお腹がいっぱいになり、食事の代用にもなり得るほんのり甘い餅菓子がくじら餅だったのだ。
9.最近のくじら餅はういろうのよう
最近までに手に入れたくじら餅はいつまで経っても固くならず、そのまま食べると粉っぽく、焼いてみたら香ばしくはなるが甘さが際立った。
これまでに山形最上地域のくじら餅としては尾花沢と新庄深田の2種類を食べたが、以前の記事で書いたように最終的に「ういろう」に近い印象を持ったのだった。
ういろうはういろうで大好きなのだが、くじら餅はくじら餅でういろうとは別物なので、くじら餅とういろうが同じようでも困るのだった。
10.最後の望みで戸沢村のくじら餅
以上のようなことで、吾輩はまだ子供の時の懐かしいくじら餅とは出会っていない。
そこで今回はほぼ最後の望みのような気分で今回の母親の故郷戸沢村のくじら餅を手に入れたのだ。
11.結果、戸沢村のくじら餅は?

上左より時計回り:味噌、砂糖、小豆、黒砂糖
結果的に、戸沢村のくじら餅も、上に書いたような新庄と尾花沢のくじら餅と同様だった。
すなわち、日数が経っても完全に固くならず、そのままかじって食べられるほどの固さだった。
完全に固くならない時点ですでにして子供の時のくじら餅とは異なっているのだ。

上より時計回り:味噌、砂糖、小豆、黒砂糖

上より下そして右:黒砂糖、小豆、味噌、砂糖
焼くと香ばしさは出たが、ものすごく柔らかくなり、甘さが際立った。
そのあたりも先に食べている尾花沢と新庄のくじら餅と同様だった。
まるで今のくじら餅のレシピを最上地域の各地域の店舗で共有しているかのようだ。
地域を変えてもそれぞれ独自の個性はなく、子供の時に食べたくじら餅ではない。
最終的に母親の故郷戸沢村で作られるくじら餅も子供の時のくじら餅とは違ったのだ。
今のお菓子はなんでもそうかもしれないが、くじら餅も例外ではなく、柔らかく甘いのが望まれるのだろう。
今回の記事で言いたかったのは、最後の望みであった戸沢村のくじら餅でも叶わなかった、という話だ。
懐古主義というわけではなく、お菓子も時代と共に改良発展すればいいとは思うのだが、もし商売上の理由で最近望まれている固さや味に擦り寄るがために旧来の製法を消してしまうようなことがあれば残念がる人たちもいるかもしれないという話だ。
吾輩は紛れもなく残念がっているひとりなのだ。
くどいようだが、この戸沢村のくじら餅もおいしかった。
しかし、もう子供の時に食べて美味しかったもっと固くて甘くないくじら餅には出会えないのだろうと諦めることにした。
(おわり)
