Q:アルゼンチンタンゴはすごい階級社会で、初心者とか下手な人は踊りに行っても無視されるって聞いたんですけど、ほんとですか?
ショート・アンサー:階級社会、というほど固定していませんが、踊る人たちの間にランクの意識はあります。すべからく、ダンスパーティで自分よりダンスが上手い人に、踊りたい、とシグナルを送ってもスルー😭というのは起こります(あこがれの先輩を見つめる後輩のイメージ?)。でも、あこがれの人と踊れなくても、他の人と踊って楽しいかったということもあるし、また、初心者は無視されると限ったわけでもありません。その辺のもう少し細かいことは、お手数ですが、以下のロング・アンサーをご参照ください。
ロング・アンサー
ランク&ランキング
アルゼンチンタンゴには昇級試験でグレードが決まるというようなシステムはないので、ダンサーのランクはあくまで個人の主観的なものですが、それでも面白いことに、うまい人とそうでない人の違いは、踊ってみると初心者にもはっきりわかります。なので、たいていの人は、
本当の初心者(タンゴを始めて間もない人)
万年初心者(結構な年数踊っているが基本部分がおぼつかない、もしくはダンスの上達に興味のない人)
上手いアマチュア
プロのダンサー(ダンス活動が主な収入源の人)
くらいの分け方で、自分も含めて踊る人たちを位置付けているのではないでしょうか。
生まれながらにタンゴを踊れる人はいないので、みんな初心者から始め、時間をかけて練習し、でも才能は不公平に分布しているので、皆同じように上手くなれるわけではありません。つまり、大多数のわたしたちは1、2、3のどこか、ということになります。
ビギナーズ・ラック?
タンゴのダンスパーティはミロンガといって、そこには幅広いレベルの人たちが踊りにやってきます(ミロンガについて詳しくはコチラ)。タンゴを始めて間もない、本当の初心者がミロンガで全く無視される、意地悪される、ということはあまりないように思います。たいていのミロンガのオーガナイザーは初めてやってきた人にも親切だし、踊りにやってきた人たちの中にも世話好きの人が必ずいて、わからないことをきけば(例えば、バーの飲み物はでデビットカードで買えるかとか)待ってましたとばかりにいろいろ教えてくれることが多いからです。
リーダーの場合、はじめたばかりでダンスに自信が持てなければ、ダンスフロアの真ん中部分(初心者用スペースとされている。フロア外周部分は慣れた人たち用)で踊っていれば文句をいう人はいないはずです。夢中になってそこからはみ出してロンダに渋滞を起こしたりしたら「ほら、真ん中で踊りなよ!」などといわれるかもしれませんが、せいぜいそのくらいかと。
フォロワーの場合、ミロンゲーロスが新顔への好奇心で誘ってくれたりもするので、ビギナーズ・ラックというか、結構たくさん踊れちゃったりすることもあります。
また、初心者のうちは知り合いも少ないしミロンガの仕組みにも慣れていないので、スルーされているのか気づいてもらえていないのかもわからない。なので、誘ってもらえない、誘っても断られる、などの問題が感じられるようになってくるのはもう少し後、2、3のあたりからではないでしょうか。
万年初心者からの脱出!?
以前も少し述べましたが、ミロンガにはみな踊るために来るので、ダンスがおぼつかないと、無視されるとまでいかなくても、誘われる・誘って成功する確率が低くなってしまいます。従って、人情としては、万年初心者とみられることはできれば避けたい。
この「万年初心者」というあまりかんばしくない呼び方を私が初めて聞いたのは、北米で教えているあるマエストラからでした。曰く、
「何年踊っていても、ダンスフロアでの技術の基本が身についていないと初心者よ。ちょっとフロアが混んでくるとあっちこっちにぶつかったり、(スペースがなくて)何もできないって困ったりするわ」
う~ん、その通り……ですけど、だれが万年初心者かなんて、どうやって決める・わかるんでしょう?
「簡単よぉ。自分のミロンガでのダンスを録画してもらうの。何人か別のパートナーと踊ってるとこをね。(ミロンガから)帰ってから一人でそのビデオをみる。自分の基準で判断してどのあたりのレベルのダンスだった? 自分が『実現可能な目標』って思っているレベル(例えば3の上手いアマチュアのあたり)だった? 何年も踊ってるのにそうじゃなかったら、万年なんとかだし、他の人からそうみられてもしょうがないわよね」
ガ~~ン。……人のことをとやかくいう前に、まず自分のダンスの見直しから、ですね💦(まずは自分のダンスをみる勇気が必要だけど)。えーと、でも、万年初心者でいいのよワタシ、友達とそこそこ踊れれば、という考え方もあるとおもうんですけど……。
「それは個人のきめることね。社交を楽しむのは大事だし。ただ教える側としては(生徒を)ミロンガで無理なく踊れるようになるようにしてあげたい。そうじゃないと、ロンダがよくならない。ロンダがよくないってことはオンダもよくない。そういうのが続くと、ミロンガに人が来なくなって、うちみたいに小さなタンゴ・コミュニティはすぐ消滅してしまうわ」
確かに、コミュニティレベルで2が減って3が増えると、ミロンガもグンと活気づきますしね~。彼女のかかわっているタンゴコミュニティが30年近く続いているのも、一人一人のダンスを越えたレベルでの楽しさ、 "buena onda" を常に作り出そうとしているからかもしれませんね。
話をしてくれたマエストラは、何とかチャンピオンなどではありませんが、歩くことを中心に一見地味にみえるけれど非常によく考えられたレッスンを展開していて、上達の頭打ちを感じている人たちや、すでに何らかの形でタンゴを教えている人たちにも人気があります。タンゴリバイバルから40年以上たち、世界中でタンゴの指導技術が上がって、彼女のような先生をあちこちでみかけるようになったのは、本当にすばらしいことだな~と思います。タンゴを始めたばかりの時は、華やかなステップを習うことに意識が向いてしまいがちですが、その時期を過ぎたら、こういう先生について垢を落とすのが脱(万年)初心者の近道かも。
「拒絶」とのお付き合い
さて、努力の甲斐あって、自分が踊りたいように踊れるようになった、としましょう。そのころにはミロンガの習慣にもなれて、友達、顔見知りも増えていることとおもいます。しかし、そうなってもミロンガは水物、あの人と踊りたかったのに踊れなかった~、などということは頻繁に起こります。
何年踊っていても、誘ったのに断られた・誘われたけど断った、というのはドンヨリきます。なんでと訊きたい・理由はこうだといいたい、とおもう反面、理由を知ればさらに傷つく・気まずくなるなんてことも起こりうる。そこのところをうまく処理するため、アルゼンチンタンゴではカベセオという、視線とうなづきだけで踊りたい人を誘う・誘われる仕組みがあります(詳しくはコチラ)。
離れたところから言葉を交わさずにシグナルするので、断っても断られても、理由を口に出して気まずくなることはない。カベセオにはダンスパートナーを探すだけでなく、負の感情スパイラルを防ぐ機能もあるのです。それでもグズグズ思うことがないわけではないですが、理由は永遠にわからないよね、というあいまいさのおかげで次(か次の次)のミロンガまでには立ち直れるくらいのダメージですんでいる感じでしょうか😅。ともあれ、踊れるようになって、誘う・誘われるが頻繁になってくると、「拒絶」との折り合いもつけられるようにならないといけないなんて、ちょっと逆説的な感じもしますが、そういうところもタンゴの魅力なのかもしれませんね。
プロの位置づけ
すごくうまいわけじゃないけど、全然踊れないってわけじゃないわよ、といういじましいランク意識の中でジタバタいるワタシたちにとって、プロのタンゴダンサーはあこがれの的。技術も経験も群を抜く彼らはミロンガのランクのてっぺん……かというと、それがそうでもない。
まず、身近なプロであるタンゴ・インストラクターの方々。時にはマエストロ・マエストラと呼ばれて尊敬されている彼らがあちこちで活躍するようになったのは割合最近のことなのだそうです。例えば、ビエホ・ミロンゲーロと呼ばれる1940-50年代のミロンゲーロたちは口をそろえて「昔はマエストロなんていなかった。皆ミロンガで上手い奴の踊り方を見て自分で練習した」といっています。なので、彼らの中で特に尊敬されているような名ダンサーはマエストロじゃなくて「グラン・ミロンゲーロ」と呼ぶべきなんだそうです。(ビエホ・ミロンゲーロたちが階級意識を嫌うことについてはコチラ)
その後、入門クラスや練習時間をもうけるような、それなりの大きさのミロンガでは、その面倒をみるインストラクターを雇うようになり、1980年代以降はアルゼンチン国内外でのタンゴ・レッスン需要も高まって、タンゴ・インストラクターという職業が成立するようになりました(関連記事はコチラ)。仕事先のミロンガでインストラクターは尊敬されてはいるけれど、トップ、という感じではない。じゃあトップは、というと、昔からあるミロンガなら古くからの常連の皆さん、そのコミュニティで尊敬されている人、オーナーさんやオーガナイザーさんなどかな~、という感じがします。
また、世界チャンピオンといった頭抜けた現役パフォーマーの方々も、尊敬されてはいるけれど、ミロンガでトップ、という感じではない。ミロンガによっては「xxxは子供の頃から知ってるよ。ハナタレでなあ。(ナニかが擦れて付いちゃった仕草をして)スーツの前を台無しにされたこともあったよ」なんて軽~くいっちゃう古手のミロンゲーロがいたりもするし😅。そのあたり、チャンプになるような人たちはちゃんとわかっているので、ミロンガで彼らの振舞いは謙虚というかとても慎重です。また、ミロンガのデモンストレーターとして招かれたパフォーマーは、仕事で来ているのでカベセオに参加しないのが普通で、したがって一般参加者と踊ることはまずありません。
そんなわけなので、一般参加者のわたしたちがプロの方とミロンガで偶然出会って踊る、なんていうことは、まあ、ほとんどないといっていいかと思います(小説とかではありうるけれど)。
上手な人と踊りたい(ビデオあり)
なんだ、うまい人と踊れないならミロンガに行く意味ないじゃん……とおもわれるかもしれませんが、ある程度の規模以上で活気のあるミロンガでは、自分くらいか、心惹かれるダンスをする人がいるものです。そういう人を目ざとく見つけて踊るところまで持ち込む、それがミロンガの遊びの一部でもあるのです。
……あの彼と踊りたい。こっち見てくれないかな……あ~、もう、前横切らないでよ、視線が届かないじゃない! よし、自分がキレイにみえる角度に座り直して、もう一回。目をキラキラさせて楽しそうに……ねえ、ワタシと踊らない?……………………やった~~~!
と首尾よくカベセオが成功して目当ての人とダンスができた時は、その1タンダ(3-4曲のセット、10分程度)だけで今夜はじゅうぶん、と思えるくらい満足なのです。そのあたりのことを、以下のビデオで Horacio Godoy がとてもうまく説明してくれています(このビデオは前にもご紹介しました Pepa Palazon のインタヴュー・シリーズの一本)。オラシオはタンゴダンサー、インストラクター、振付家、DJでイベント・オーガナイザーというマルチタレントで、彼が演じてみせるカベセオをめぐるあれこれが(1:02:30あたり)あるある満載で、大笑いしながらも大納得。日本語字幕付きだし、他の部分もとても面白いので、お時間があれば是非ご覧になってみてください🌹
このように、ミロンガでは踊るだけでなくいろいろな感情の交錯があります。なので、そういうダイナミクスを踏まえていただくと、何年たっても思い出すようなステキなダンスはうまい人とのダンスとは限らない、という点もなんとなくご理解いただけるのではないでしょうか。
また蛇足ですが、時折聞く「うまくなるために上手なダンサーと踊りたい」という動機、これ、レッスンや練習の時はそれなりに意味もあるかと思いますが、ミロンガでは的外れなんだそうです。あるマエストロ曰く、「練習しないでミロンガに来て踊れないより、練習してから来ていっぱい踊ったほうが楽しいよ」ですって。(それはわかってますって!)
外見、年齢、性別、その他の要因(ビデオあり)
ミロンガででは、ダンスの上手い下手や、コミュニティでの立場以外にも、外見や年齢、性別、その他の様々な要因が複雑に混じりあって、誰と踊れるかに影響します。残念ながらきれいごとで済まない面もあり、また、いろいろな立場もあり、今もあちこちで議論が続いています(それでも、議論できるのはいいことですよね。関連記事はコチラ)。
「タンゴにはね、パンドラの箱と一緒で人間性のすべてが入ってるのよ」
というのは Alejandra Mantiñan の言葉ですが、言い得て妙👍。大成功したショーのひとつ Tango Pasión のオリジナル・キャストの一員で、その後も綺羅星のようなパートナーと組んで世界中で踊り、今はマエストラとしても引っ張りだこの彼女が「踊る時に私がいちばん私自身でいられる」と絶大な信頼をよせるのは Aoniken Quiroga。 二人の、キレキレでかつ遊び心あふれるダンスはコチラ。
まとめ
ロング・アンサー、ホントに長くなってしまったので一応まとめますと、
タンゴを踊る人たちにランクの意識はあるが、それは固定していなくて、ダンスの上手さだけでなく、そのタンゴコミュニティへの貢献度など、いろいろな要因や文脈で変化する。
タンゴを踊る場であるミロンガでは、踊りたい、とカベセオに参加している人たちにはすべて踊るチャンスはある。ただし、実際に目当ての人と踊れるか、満足いくダンスができるかは、人生とおなじで予測不能である。
となるでしょうか。ビギナーズラックの時もあれば、ミロンゲーロ・ミロンゲーラと尊敬されていてもまったくの空振り夜もある。なぜあの人が踊ってくれなかったのかは、永遠にわからない。でも時折訪れる、わたしたちを待っていたかのような抱擁の時間……。う~ん、わかるようなわからないような? でも、やっぱり気になるんでしょ? だったらやっぱり一度踊ってみるべきですよ~🌹
©Rico Unno, 2025, CC BY-ND
