【毎日更新3800日】続けてよかったことを振り返る
「三條さんと旦那さんって、どこで出会ったん? 地元どこ?」
ママ友からよく聞かれるのがこの言葉。
説明がちょっと複雑で、今までは曖昧に笑いながら、緊張して言葉を紡いでいた。
「あーなるほど、じゃあ大学が一緒なんや。え、違う? どうやって出会ったん?」
でも今は……。
2024年の大晦日。
家事ブログの毎日更新が3,653日──まる10年になった。
大晦日でブログのほうは週1更新に変えた。
迎えたお正月。そわそわする。落ち着かなくて元日からパソコンに向かってしまった。
結局、noteに活動の場を移して毎日更新を続け、今日で3,800日になった。
このnoteでは、誰の役にも立たないかもしれないけれど、毎日更新を続けてよかったことについて振り返ってみたいと思う。
▼自己紹介はこちら。暮らし系の著書6冊があり、ふだんはコラムを書くお仕事が多いです。
1. 文章が秒速で生まれるようになった
3,800日間書いて思うのは、とにかく、書くのが早くなったということ。
正直なところ、ブログに書いた3,600個以上のコンテンツはほとんど忘れてしまっている。
でも、忘れてしまっていても、頭の奥底には残っているようだ。
毎日書き続けたことで、わたしの頭の中には巨大な図書館が構築されたような気がする。
そこには「役に立つ情報の切れ端」や「物語の種」が、雑然と収められている。
そして「これを書こう」と思ったとき、0から考えるのではなく、頭の中の本棚から自動的に必要な情報が引き出されてきて、それらをつないでいく感覚で書けるようになった。
素材さえあれば、文章ってこんなに流れるように生まれるんだ。
そんな実感がある。
2. 書くことは、片づけに似ている
ふつうに生活しているだけで、頭のなかは散らかっていく。
大事なタスク、どうでもいいこと、もやもやすること、幸せなこと、目に見えるもの、音、手ざわり……。
色も形も大きさもばらばらなものたちが、だだっ広い部屋に雑然と置かれているような状態に、とても似ている。
けれども書くことで、ごちゃごちゃした情報や知識、感情がていねいに仕分けされていくのを感じた。
そうして整理された思考そのものが、自分の”センテンス”"文脈""言葉"になっている実感がある。
この「整理された言葉」は、冒頭の出来事のように、人と話すときにも使えるようになり、人前で話すハードルが少し下がった。
▼冒頭の問いにすぐ答えられるようになったきっかけのnote。
3. ナイトルーティンは執筆
これはブログ時代はなかったもので、noteを再開してから──毎日更新3,700日ごろからの変化だ。
ブログを書くのはもちろん楽しかったしやりがいがあった。けれども、一部の読者さんから寄せられるダメ出しに疲れていたのも事実だった。
それをベースに気をつけて書いても、どんどん読んでくれる人は減っていく。
いつからか、ブログを書くことは”義務”のようになっていて、わたしは夏休みや冬休みという自分時間がないときに書くのがいやだなと思い始めていたのだった。
かといってなにをすればいいのかわからず、ぼんやりとマリカーをする日々。
※ただし、マリカーをすると家がきれいになる。noteを再開したきっかけがじつはこの記事。家事のはなしだけど「これ、ブログに書く内容じゃない気がする」。そう思ってnoteに書いたら注目記事に選んでもらえた。うれしくてまた書いて……という良いループに。
読んでくれる人がいる。
言葉を、感想をもらえる。
それは思っていた以上に大きな原動力になった。夜中に何千文字、何万文字を書くのも、苦痛から「ふつう」に変わった。
4.どんどんアクティブになっていった
1月の終わり。
美容院について思うことをつらつらと書いていたら、コニシ木の子さんが「美容師の小説が読みたい」と言ってくれた。わたしは調子に乗って、恋が叶うサロンをテーマに小説を書いた。
5日間で5万字の中編ができあがった。
▼推敲したものをTalesに載せている
これを書いているとき、ふと自分でも「”これがわたし?”な体験をしてみたい」と思うようになった。まつ毛パーマのサロンを予約してみた。
また、せっかく書くのなら、もう少し舞台設定にリアリティを持たせたいとも考えた。
子どもが学校に行っているあいだに自転車・電車・バスなどさまざまな公共交通機関を乗り継いで、舞台として映えそうな県の中心地まで赴くなどしてみた。
これは一例に過ぎない。
わたしはいつもと違うことをしてみたくなって、ひとりで船に乗って島を旅したり(※「いってらっしゃい」から「おかえり」までのたった数時間で)、瀬戸内国際芸術祭を見ようとやはり島へ行ったりした。
※まさかの”休島日”に当たってしまい、チケットを買ったのに見られなかった……。
家にいるのも好きだし、近場の行きつけのカフェで過ごすのも好き。でも、だれにも迷惑をかけずに一人旅をしてみたら、呼吸がすっと深く通る感じがあった。
▼15年ぶりに公募に挑戦したのも大きい。時間がないんじゃなくて、やらないだけだったと思い知らされた。
▼1次通過したものの……。2次落ちする前日に書いたnote。
▼コンテストに辛くなってきたときも、でもやっぱり書いてみたくて。そして「みんなのnoteコン(春になると思い出すこと)」でついに選んでもらえた作品。
人とのふれあいがきっと、原動力になっていると思う。
わたしは孤独な期間が長くて、とくにこの数年は、見知らぬ土地でのコロナ禍で、Twitter以外に人と関わる機会がなかったくらいなのだ。
noteを通して、性別・年代問わず、さまざまな人と話せるのがとてもたのしい。人とかかわるのってすごい。巻き込まれて自分がどんどん変わっていく感じがある。
たとえば、長距離を歩くとき。
ひとりで歩くとびっくりするくらい長くて辛くて大変なのだけれど、友だちがいっしょならあっという間に感じてしまう──そういう感じに似ている。
がんばってはいるけれど、苦労を感じずに、ひとりではいけない遠いところまで一緒に連れてきてもらえるような。
5. 「役に立つ」から「好き」と言ってもらえるへ
noteをはじめて7年になる。
とはいえ、2024年の夏までは、年に数回しか更新していなかった。
noteには家事に関係のないエッセイや小説を書こうと思ったのだけれど、フォロワーさんから「(わたし自身のことや小説には)興味がない」とDMで遠回しに言われてしまい、ショックだったからだ。
※もちろん、小説も読んで楽しんでくれる読者さんもいたのだけれど、マイナスの言葉のほうが深く心に残ってしまった。
わたしが発信するべきことは、便利な100円グッズや、掃除のスケジュール、生活がうまく回るノート術など「役に立つこと」だけであるべきなのだ。
そういう呪いにかかってしまった。
とはいえたしかに、その気持ちもわかる。
たとえば、インスタで料理のつくりかたを見ていたのに、字幕でずっと夫への不満やママ友の愚痴などがテロップとして流れるものがある。
そういうときわたしは、手元の料理にまったく集中できないし、重たいきもちになってそっとアプリを閉じている。
”家事本”の人であるわたしが、自分自身のことを綴るというのは、そういう「ノイズ」だったのだろう。
そしてそれは、アルゴリズム的にもよろしくないらしい。家事本の人なら、ただ家事術を。ノート本の人なら、ただノート術を……。
わたしには書きたいものがたくさんある。でも、この求められる発信内容やアルゴリズムが苦しくて仕方がなかった。
それでいて、その通りにやったって、ほとんど誰にも読まれていないのだ。
やがてわたしは、路地裏に迷いこむ。
▼はじめての路地裏作品。正直、これを開示するのですらちょっと怖かった。
▼路地裏で恐る恐る自己開示デビューをして、みくまゆたんさんの「自分語り」企画で少しずつ踏み込みはじめる。
毎日更新3,600日台だったころのnoteには、まだ、こんなふうに「役に立つこと」をなるべく発信しようとした雰囲気がしっかりと残っている。

けれども3,800日目となる今の、直近のnoteを表示してみると……

かなり小説に振り切っていることがわかる。
スキマークは多くないけれど、書いていてすごくたのしい。
さまざまな種類の小説が好き。
でも自分が書くなら、どこかに「暮らしのヒント」を入れたいという気持ちは残っている。
それは、コラムを読むのが苦手だという読者さんでも、すっと入ってくるかたちだと思ったから。
そして最近になって、書いた小説を「好きだ」と言ってもらえることが増えてきた。
これは本当に、なによりもうれしい。
だって、100%役に立つことを書いているわけじゃないのだ。
わたしが3,800日間かけてこつこつ集めてきたたくさんの知識や情報や経験、思い出。
そういったすべてのものを、星座をつくるようにつないで作っているものなのだ。
わたし自身を「好き」と言ってもらえているような感動があった。
春休み、わたしは過去のブログでそうしたように、note記事のストックをつくることをしなかった。
毎日、その都度書いた。
ブログを書きはじめたころと同じ。
書くことはもう義務じゃなくて、趣味だった。
おわりに. これからやりたいこと
「三條さんと旦那さんって、どうやって出会ったん? 地元どこ?」
「地元はわたしは青森なんですけど、夫は違って。留学先で出会ったんです。夫は陽キャで、わたしはガリ勉だったから、先生に『ふたりは一緒にいるのがいい』って隣の席にされちゃって」
「えーなんなん、ドラマみたい!」
頭のなかにあるものが、すぐに言葉になる。
今までみたいにうつむかずに、しゃべれる。書くだけじゃなくて、たしかにわたしの中で、思考が言葉として固まっている。
書くことに対する考え方は、少しずつ変化している。
ー 役に立つことを、物語として書く
ー でも、役に立たないことでも、書いていい
ー 書くことをたのしむ
ー 自分を支えてくれる人にはお礼がしたい
ー 夢をあきらめない
目の前の目標は、ひとまず4000日連続更新。
毎日にこだわる必要はないかもしれない。
でも、たくさん書けば書いただけ、それはわたしの知識になり、身を守るものになり、物語の種になった。
意味がなさそうなことでも、ながいながい目でみてみたら、意味があった。
ここまできたら、あとたったの200日なのだと思える。わたしは目標があると燃えるタイプだから、わかりやすい数字があると効果的なのだ。
書くことがとにかくたのしい。
これからもずっと、命あるかぎり、言葉を綴って生きていきたい。
▼毎日更新を続けるための方法。こちらは3,800日記念(?)でタイムセールにしてみた。
【関連記事】
いいなと思ったら応援しよう!
最後までお読みいただき、ありがとうございます♡