妻を救った執刀医
妻が脳出血に倒れた日──
その治療にあたった
脳神経外科の医師は、
非常勤の若い先生でした。
話し方も柔らかく、
見た目もどこか頼りなさを感じる雰囲気でした。
──けれど、その実は、
正義感が強く、
とても熱い先生でした。
7時間以上に及んだ
妻の手術──
私は一度帰宅して、
夕方に再び病院へ戻ると、
ナースステーションで、
その先生はパソコンに向かっていました。
話しかけるのも
申し訳ないと思いつつ、
『先生、昨夜は、
本当にありがとうございました』
そうお礼を伝えると、
『良かったですね。
手術は大成功でした』
とても穏やかな笑顔で、
返してくれました。
──少し気になり、
『先生……もしかして、
寝てないんじゃないですか?』
と尋ねれば、
『実はもう2日間寝てないですよ。
早く帰りたいんですけどね』
冗談めかして笑う、
その姿には、
こちらが心配になるほどでした。
『ご無理なさらないでくださいね』
そのまま私は、
妻のICUへ向かいました。
面会時間が終了する
20時になり──
荷物をまとめて帰ろうと、
ナースステーションに目をやれば、
夕方とまったく同じ姿勢で、
先生は、まだそこに座っていました。
『お先に失礼します、先生』
と声をかければ、
──少し、申し訳なさそうに、
『お気をつけて、ください』
穏やかな顔で、
そう返してくれました。
命の選択を迫られた、あの夜──
『妻をこのまま逝かせて、
あげられませんか?』
と言った、あのとき──
先生の、
『途中でダメならやめますから。
やらせてください!』
『救命処置しない選択は、
ここにないので。時間がないんです!』
あの言葉がなければ、
おそらく、妻とは──
今を送れていなかっただろうと、
思います。
──後になって聞いた話では、
手術当日、
その先生は熱を出していたらしく。
それでも『休めないから』と、
無理を押して出勤し、
そこへ運ばれてきたのが、
──妻でした。
そして、
妻の命を救ってくれた先生は、
それから2ヶ月後、
別の病院へ、
異動されていきました。

妻を救った執刀医 【完】
▼この話は、創作大賞2026 エッセイ部門にエントリーしています。
その他の応募作品は、こちらからご覧になれます。
※この話に関連した話
『破壊される妻』
▼この話が収録されたマガジンは、
こちらからご覧になれます。
▼その他の話やシリーズは、
全体構成【目次】からご覧になれます。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援とフォローをお願いします。
チップはクリエイターとしての活動費にいたします!