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『救急搬送された妻』──寂しいリビング


▼前回の話



在宅での介護が始まってから、
すでに何年も経過していましたが。



妻がいない家というのは、
こうも寂しく感じるものか、
と思います──




2025年6月某日。


『てんかん発作』によって、

自宅から救急搬送された妻は、
まだ入院していました。






救急搬送された妻は、
静脈注射による抗てんかん薬により、
症状は落ち着いていました。


HCUでの妻は、
鼻には酸素を供給する管をつけて、
顔は青白かったものの意識も戻っていました。


『すっかり、病人みたくなったね』

と、妻に声を掛ければ、


まだ言葉は戻ってはいなく、
やや恥ずかしいような顔をしながらも、声にならない言葉で反応をしていました。


医師からは、
『しばらくは様子みて、今後のことを考えましょう』とのこと。



入院はどれくらいの日数になるか、
分からなかったため、

とりあえず家に戻り、
妻の着替えや身の回りのものを用意して、病院に届けました。




それから数日ーーー


私は妻に会えていません。


コロナ以降、
病院の面会時間は大きく制限され、


その翌日から仕事に復帰した私は、
妻と顔を合わせることはできていませんでした。


何かあれば連絡すると病院からは、
伝えられていましたが、

妻の様子も、入院中の状況も、
その時には知る術はなく──。



これは、これで、患者の家族としては、
不安が先立って正直どうかと思いますが。


いまは仕方のないことと、
諦めざるを得ませんでした。


ただ、入院から2日経ったぐらいから
妻は、私のLINEに反応をし始めていたため、


身体の状態は、
悪くないんだろうとも思っていました。




いつも私が帰宅する時間ーーー


妻はリビングでドラマか、
映画を見ていました。


失語症は残っていても、
私が帰ってくると、それを一時停止して、

その日あったことをニコニコしながら、一生懸命に話してくれていました。



仕事で、疲れきった時などは、
正直それを聞き流すことも多かったですが。

ーーー


でも今、静まり返った妻のいないリビングで、一人ソファに座っていると、




こうも寂しいものかと──


リビングは明かりがついていながらも、部屋の四隅は薄暗く感じ、

テレビを付けていてもどことなく、
もの静かさを感じていました。



『当たり前の日常』は、
うちにとっては、『当たり前ではない』ということを改めて知り。



ソファに座り、手に持っていたスマホから、妻のLINEに一言だけ送信。


『寂しいから、早く退院してね』




その日、妻のLINEが、
既読になることはありませんでした。



その時は21時過ぎ。
妻のいる病棟は、
もう消灯の時間でしたーーー






『救急搬送された妻』
──寂しいリビング【完】


▼この話は続きます





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