『介護が始まるとき』──ある詩との出会い
施設介護編
【第0話】
ー退院前夜ー
それはきっと──
ここで暮らした誰かの本音でした。
エレベーターホールに置かれた
自由帳に書かれたそれは、
その時の私の心に、
触れていました。
『愛するあなたへ』
障害者になったからといって
人生が終わったわけじゃあるまいし
動かないあなたの手
動かないあなたの足
不自由な、あなたの言葉
みんな、あなたのものだから
今のあなたに
変わりはないのだから
みんないつものとおり
みんないままでどおり
私たちは
あなたを愛しつづけます
──作者不明
妻が退院する前日──
その日の私は、
妻がこれから生活する
施設への入所に向けて、
引っ越しの作業に追われていました。
224日に及んだ入院生活は、
妻の荷物を想像以上に増やしていました。
加えて、これから1年以上、
暮らすことになる施設での、
生活に必要な日用品や、
衣類が山のようにありました。
病院と違い、
障害者支援施設は、
──生活をする場所。
そのため持ち込める物も多く、
収納スペースも、
十分に用意されていました。
私は職員の方々に、
ひと通りの挨拶を済ませ、
入所の準備を終えました。
その帰り際──
エレベーターホールの
小さなテーブルの上に置かれた、
数冊の自由帳に目が行きました。
それは、ここで暮らしてきた人や、
その面会に訪れた人たちが、
自由にその思いを綴ったものでした。
匿名で書かれたものが、
ほとんどでしたが。
お世話になった職員への感謝の言葉や、
ちょっとした施設への愚痴、
家族への想いなどが、
そこのページいっぱいに
綴られていました。
何気なく、その自由帳を
パラパラと覗いていました。
そこの、あるページに書かれた、
一編の詩──
その詩の言葉一つ一つに、
自分と似た経験をした
誰かの想いを感じて、
私は少し気持ちが
軽くなった気がしました。
自由帳を閉じて、
そのまま妻の待つ病院へ向かいました。
運転しながら、
明日はいよいよ退院か──と。
嬉しくもなぜか、
寂しさを感じていました。

『介護が始まるとき』
──ある詩との出会い
【第0話 完】
▼この話は、第7章 プロローグ
『妻の退院』に続きます。
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